【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

アルバイト

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 誰だ、アルバイト経験無しの樹くんよりは私の方が役に立つなんて言ったのは。

(私です)

 ……いや、樹くんが規格外なのだ。なんで15分でフロアのこと全て把握しちゃってるの? 教えられてないことできるの?

「食事しながら見ていたから」

 お寿司屋さんの和風テイストなユニフォーム(なぜか似合う)で樹くんは首を傾げた。

「見てるだけで実行できるなら、マニュアルも研修もいらない……!」
「む、そうなのか」
「自分が規格外なのは自覚しててね」
「……?」

 ぽかん、とする樹くんだけど、ヒトを使う立場になるんだからその辺は自覚しててもらわないと。俺ができるんだからお前もできるだろう、じゃヒトはついてこない。
 そんな訳で、一瞬で店長さんの信頼を得た樹くんはレジとお客様案内(何番テーブルです、と札を渡す)、お持ち帰り寿司のお渡し等々をひとりでこなしていた。
 私はテーブルの片付け係。
 分からないことだらけで、少しまごついていると店長さんが手伝ってくれた。

「す、すみません」
「いやいや、設楽さんもかなりシッカリしてるよ!? ほんと助かった」
「ですかねぇ」
「鹿王院くんはなんていうか、あれだね、キャバクラの黒服向いてるよね、付け回しうまそう。フロアマネっていうの?」
「……」

 付け回しって。普通高校生知らないぞ。まぁあれ、大変らしいけど! お客さんの様子みながら女の子どこにつけるとか考えなきゃで。
 ……でも確かにボーイさんの服とか、似合いそうだな。くすっと笑うと、店長さんも笑ってくれた。

「そうそう、リラックスしてね! ほんと助かってるから」

 あの子は規格外だと思うから比べちゃダメだよいくら彼女さんでも、と続けた。

「……ありがとうございます」

 この人、ちゃんと周り見れる人なんだなぁ。数時間の付き合いなのに、私が樹くんに劣等感みたいなの持ってるの、バレバレだった。劣等感っていうか、釣り合ってないことへの……なんだろう、申し訳なさみたいな。

「でもひとつ、訂正です」
「? なに?」
「カノジョじゃないです、私」
「え、そうなの?」

 ものすごく驚かれた。

「なに関係?」
「えっと……なんだろ」

 なんでしょう。許婚、という枠がなければ、私たちは。
 言いよどんでいると、お客さんに呼ばれた。50代くらいの、女性のお客さん。

「ちょっと!? ねぇ醤油もワサビもなかったんだけど!」
「すぐにお持ちします」

 店長さんがすぐに駆け寄った。

「そういう問題じゃないでしょ!?」

 キイキイと叫ぶように言うお客さん……てか、そこ、さっき私が片付け担当したテーブル!
 片付けた時は、確かにあったはずなのに! 銀色の、小分けの袋のお醤油。カゴの中は空っぽだ。

「も、申し訳ありません、私の確認不足で」

 横から声をかけると、お客さんはキッと私をにらんだ。

「どういうことよ!」
「か、確認不足で」

 申し訳ございません、ともう一度謝る。

「それに、割り箸もお茶もないんだけど!?」
「え!?」

 私はテーブルを確認した。

(ない!)

 本当に、ない……。

(確認したはずなのに!)

「回転寿司なんて、その場でチャチャっと食べられるからいいんでしょ!? なのに何にもなくて、食べられやしないじゃない!」
「は、はい」

 店長さんが空いてるテーブルからすぐに醤油とワサビ、割り箸を持ってきてくれた。

「大変失礼いたしました」
「これだけで済むの!? ワタシが損した時間は?」

(う、わ)

 すっごい遠回しだけどこれ、タダにしろとかそういうやつなのでは。
 大声で騒ぐので、お店の注目がすっかり集まっていた。

(初めて見たよー)

 前世含めても。いやまぁ、私がお醤油とかのチェック抜けてたのが悪かったんだけど……ううんやっぱり、ちゃんとあったはず!

「こちらでは?」

 樹くんの声が突然した。
 そして勝手にお客さんのカバンを開く。

「え、ちょ、なにするのよ!」

 お客さんのカバンには、たっぷり詰まったお醤油とワサビの小袋……。え? 割り箸も詰まっていた。
 ぽかん、とお客さんを見つめる。
 お客さんは口をパクパクさせた後、「これは私物よ!」とよく分からない言い訳をした。

「そ、それより勝手に人のカバンをあけるなんて」
「当店のロゴの醤油の小袋が、私物ですか」

 樹くんは冷たくお客さんを見下ろした。

「カバンを勝手に開けたのは謝罪します。しかし、備品を大量に持ち帰るのは窃盗です」

 淡々と続ける。

「どうなさいますか、警察でもお呼びしましょうか」
「……泥棒扱いするのっ!?」

 樹くんは、スッと指をさした。

「あちらの防犯カメラ」
「防犯カメラ!?」
「お客様が醤油の小袋をおカバンにしまっておられるのがハッキリ映っておりましたが」

 樹くんの声が低くなる。

「どうなさいますか」
「……帰るわよッ!!!」

 お客さんは醤油の袋を樹くんに投げつけた。

「二度と来てやるもんか!」
「来なくて結構ですよ」

 店長さんが言う。

「いつもいつも、理不尽なクレームを入れてる割に客単価低くてムカついてたんです」
「……本社にクレームいれてやるからっ!」

 お客さんはどしどし、と足音を立てながらお店を出て行った。お金も払わずに……。まぁ、まだ口はつけてなかったけど。お寿司。

「……出すぎた真似を」

 樹くんは店長さんに謝る。

「レジ横の防犯カメラ映像で、あの人が不審な動きをしていたものですから」
「いやいや、いいのいいの、そろそろ出禁にしようかと思ってたから」

 カラカラと店長さんは笑った。

「あの人来るたびに醤油もガリも割り箸もトイレットペーパーも、ぜーんぶ根こそぎ持って帰っててね、困ってたんだよね」

 あ、爪楊枝も、と店長さんは苦笑いした。ホントにいるんだ、そんな人……。

「おおかた今日はお金も払いたくなかったんじゃないかなぁ」
「で、でも毎回そんな風に持って帰って、どうするんでしょうか」
「んー、僕も疑問だったんだけど」

 店長さんは、醤油の小袋を拾いながら続けた。私たちも手伝う。

「本社に、お客様対応室みたいなとこがあるんだけど、そこの人によるとね、ああいう人って"損"したくないんだって」
「?」
「普通にお寿司食べてその代金を払うのは、ああいう人たちにとっては損してるんだって。プラスアルファがないと」
「えぇ……だからって」

 いくらなんでも持ち帰りすぎだし、トイレットペーパーに至っては確実に窃盗なんじゃないだろうか?

 小袋を拾い終わり、お盆に乗せた。床に落ちたものをお客さんに出すわけにはいかないから、……これって廃棄になっちゃうんだろうか。
 店長さんは、ぱん、と手を叩いた。

「さ、仕事仕事。持ち場に戻りましょう」

 にっこりと笑った店長さんに、私たちは頷く。うん、プロって感じ。さすがだなぁ。
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