【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・相良仁

梅雨の日

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「あら、設楽サン」

 紫と青のグラデーションが美しい紫陽花は、少し前に降った梅雨の雫に彩られていた。
 その紫陽花の前でそう話しかけられて、私は振り向いた。そこにいたのは金髪のボンキュッボン(語彙が古い)美女。

「……アリソン先生」

 ALTの先生。なんでか仁のネクタイ掴んでた……あ、仁に聞き忘れてた。どんな関係なのか。

(たまに2人でいるとこ見かける)

 そう思うと、なんだか心がもやもやとした。

「観光ですカ?」
「ええ、まぁ」
「地元なのニ」

 不思議そうなアリソン先生。
 ……いいじゃないですか、女子高生が休みの日に鎌倉のお寺の紫陽花巡りをしたって。中身が結構いい年なので、こういうの楽しいんですよう。のんびり、まったり。

「……先生も観光ですか?」
「そーデス。そろそろ帰国したいんで、その前に観光しとこーと」

 先週はキョートまで行ったんですよ、と先生はにこりと笑った。

「そうですか」

 答えつつ、不思議に思う。

(帰国?)

 早くないかな、新任の先生のはずなんだけど。1年経たないで帰国?

「お一人ですカ?」
「はぁ」

 答えながら、紫陽花を見つめる。

「フーン」

 先生はちょっと考えた後、ニコリと笑った。

「じゃー、設楽サン。案内してもらえませんカ」
「え、どこをです」
「この辺り?」
「えーと」

 嫌ですとは言いづらい雰囲気です。
 曖昧に笑っていると、ふと髪に触れられた。髪を耳にかけられる。

「気づかなかった」

 先生の目が細くなる。唇も優しく弧を描く。綺麗な笑顔。

「似合ってますね、ピアス」
「……はぁ」

 少し後ずさりしながら答えた。仁からもらった小さな花のピアス。

「知ってますカ?」
「?」

 首を傾げて先生を見ると、先生の目がほんの少し、嗜虐的に輝いたように見えた。

「相良センセーも、ピアス開けたみたいなんです、よ」

 私の表情は、一瞬固まったかもしれない。どうだろう。

「少しお話しませんカ」
「ええと」

 少し迷う。でも、下手に探られるよりいいし、……私も気になる。仁とどんな関係? とか……聞けはしないけど、探れるかな。
 私はおずおずと頷いた。
 北鎌倉の、線路沿いにあるアジアンカフェ。
 雨が降ってなくて、少し気持ちが良かったのでオープンテラスに通してもらった。

「おごりますヨ」
「いえ、おごりだとお腹いっぱい食べれないんで」

 遠慮しちゃうからね。
 アリソン先生はきょとんと私を見た。

「気にしないでください……あ、私、ランチのBで」
「じゃあワタシはAで」
「わたしも」

 唐突に混じってきた声に、私はその人を見上げた。

「? 小西先生」
「駅からふたり、見かけてね」

 にこり、と笑う養護教諭の小西先生。私は何度か瞬きする。肩で息してるし、どうしたんだろう。

「楽しそうじゃないですか。混ぜてください」
「……いいですヨ」

 アリソン先生は貼り付けたような笑顔で言った。
 じきに料理が運ばれてくる。
 私のセットは生春巻き、エビのココナッツ揚げ、鳥のフォー、蓮のサラダ。

「パクチー、ワタシ、ニガテなんですよね」

 アリソン先生は、私のフォーに入った大量のパクチーを見て顔をしかめる。

「美味しいですよう」
「まぁ現地ではこんなに入れないとか聞くけどね」

 小西先生は少し微笑んで言った。

「美味しいよね」
「ですよねー」

 にこっ、と笑って微笑み合う。小西先生はとても嬉しそうに微笑み返してくれた。
 先生たちはココナッツカレーに、青パパイヤのサラダ、生春巻き、豚唐揚げの甘辛ソース。
 豚唐揚げをこっそり見てしまうと、アリソン先生が苦笑してエビと交換してくれた。

「や、優しいっ。ありがとうございますっ」
「設楽さん、交換じゃなくて普通にあげる」

 謎に小西先生は私に豚唐揚げをくれた。そんなにお腹空いてるように見えましたでしょうか?
 ……空いてるんですけども。
 デザートは、バイン・フランというプリン。プリンなんだけど、氷が乗ってる。濃厚で美味しい!

「プリンにかき氷だなんて……!」
「あんまりナイ組み合わせですヨネ? というか、設楽サンってどんな胃してるの?」
「うふふ」

 追加で鶏肉のカシューナッツ炒めとライス(香り米)を追加して食べてしまったのです、私は。

「ここ、美味しいですねー、初めて来たけど」
「ですネ」

 アリソン先生は笑ってそう言って「ところでアナタと相良センセーはどういうご関係で?」とぶっこんで来た。蓮の実茶を吹き出しそうになる。

「え、え?」
「あのヒト、アナタに執着してますよネ?」

 ね、小西センセー? とアリソン先生は首を傾げた。

「……お答えはしかねます、が」

 小西先生はふと目線をそらした。

「仲は良いのではないかと」
「あの、そんな、変なことは」
「ナイ? 同じような時期にピアスなんか空けて?」

 私はしどろもどろになってしまう。

「あの、その、」
「勝手に生徒との仲を疑うの、やめてもらえませんかね?」

 ばん、とテーブルに手をついたのは仁だった。いつの間に。
 そこからは早口の英語の会話だったので、私はほとんど聞き取れなかった。うう、文章にしてくれたら多分、分かるんだけど……リスニング苦手なんだよなぁ。
 小西先生は聞き取れてるみたいで、時々会話に入ってた。

(む、)

 私は助かった、という安堵と、なんだか蚊帳の外にされちゃった、っていう疎外感で少し心がごちゃごちゃになった。
 だって気づいてしまったから。

(わざわざ英語で話すってことはさー、)

 蓮の実茶に目線を落とす。

(私に聞かれたくないこと、だってことだよね)

 またほんの少し、心臓がぎゅうっと痛くなった。
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