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【高校編】分岐・山ノ内瑛
盛夏
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炎天下の中を、ゆらゆら歩く。目的地は学園高等部の図書館。
(うだるような暑さ、ってこういうの言うのかな)
暑いのは苦手なのでうんざりする。日焼けしたら赤くなるし痛いし。
(とはいえ、日傘はなぁ)
「青百合組」(中学からの内部進学組)の中でも生粋の子たち(要は幼稚園からのガチお嬢様がた)は日傘を学園内でも使ってるけど、……私はねぇ。浮く気がしてちょっと無理かもと躊躇してる。
(でも、そんなこと言ってらんないかもなぁ)
生命の危機だよもはや、これほどの暑さは。ふう。
図書館のエントランスで、私はやっと息を吐いた。
(つ、疲れた)
家からここまで来るだけで(しかも校門までは車で送ってもらって!)ヘトヘトだ。
図書館のひんやりとした空調が、本気で心地よい。
一階の普通開架フロアは、夏休みだけど(だから?)それなりに人がいる。
でも、自習目的の人は自習室(別の棟に、キッチリしたキレイな専用のスペースがある)へ行くので、勉強目的の人はそこまでいないようだ。自習室は飲食ができるからね。図書館では厳禁だけど。
さて、いつもの地下の書庫で、アキラくん来るまでのんびりしてようと思ったけれどーー残念、先客だ。
女子生徒がこちらに背を向けて、少し前傾姿勢で閲覧机に向かっていた。
(どしよ、アキラくんに連絡)
一瞬迷う。その間に、その人が同じクラスの友人だと気づいた。
(あれ、松井さん)
この間ーーってもう随分前だけど、梅雨の頃だったかな。
アキラくんたち中等部バスケ部と、高等部バスケ部三軍の練習試合に誘ってくれた女の子だ。
あれ以来なんだか急に仲良くなったのだ。
ツインテール、真面目そうな眼鏡。キレイでしっかりしてて、でも結構ノリがいい子。文系よりは理系科目が得意みたい。
その、普段はまっすぐな背中が震えて、私は首をかしげる。
(どうしたのかな)
そう思って、私は「松井さ……」と声をかけようとした。びくりと振り向いた彼女は、かつんと何かを床に落とす。
「大丈夫?」
私は近づいてそれを拾おうとした。
「、だ、だいじょうぶっ」
松井さんが先にそれを拾おうとして、というか実際松井さんが先にそれを拾った。
でも、私はそれがなんなのか見えてしまった。気づいてしまった。
「えと、その。松井……さん、の?」
「あの、ごめん、黙ってて……」
松井さんがぎゅうっと握りしめるそれは、……私だってよく知らない。前世で一度生理がものすごく遅れた時に一度だけ使ったことがある。結局杞憂だったんだけど。
(……妊娠検査薬)
しかも、たぶん、見えた感じ、陽性。
「松井さん、……赤ちゃんいるの」
松井さんは泣きそうな顔で私を見上げた。
「設楽さん……やっぱりこれって、あたし、妊娠してるのかな……」
途端にその目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちて、私は慌てて松井さんに駆け寄る。
松井さんは私にしなだれかかるようにしがみついて、低く抑えた嗚咽をもらした。
(ど、どうしよう)
私はちょっとパニックになりそうながらも何とか落ち着いて(いちおう! 中身はオトナだ)優しく彼女の背中を撫でたーー他にどうしたらいいか見当がつかなかったのだ。
(大人なのになぁ……)
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる松井さん。
(不安だよね)
てか、付き合ってる人いたんだ。知らなかった。
(まぁまだ親しくなって日も浅いし)
つらつらとそんなことを考えていると、松井さんがゆっくりと落ち着いてきた。
「ごめんね、急に、こんな。泣いちゃって」
「いいの、ごめん。いきなり突っ込みすぎたね」
赤ちゃんいるの、なんて。びっくりしてたにしてももうちょっと言葉があっただろうに、自分。
でも松井さんはゆるゆると頭をふった。
「最近、体調悪くて……生理来なくて。不安で、でも確かめられなくて」
松井さんは、ぎゅうっと、スカートを握りしめる。
「やっと勇気出て、これ隣の市まで行って買ってーー家で親にバレるの怖くて、学校でって。ここなら人いないかなって」
松井さんはぽつりと呟く。
「ね、ほんとにこれ、陽性? 妊娠してるの? あたし」
松井さんに渡される、それ。
「たぶん……、説明書とかある?」
「はい」
空箱を渡される。説明書を見るまでもなく、箱に描かれた「陽性サイン」と同じところに青い一本線。
「妊娠……してる、ね」
松井さんだって、わかってるだろう。けれど、不安で一人で抱えられなくて、納得したくなかったのだろう。
私がそう言って小さく息をついたとき、背後から「なぁキスで妊娠ってするもんなん」と聞き覚えのある声、というか大好きな人の関西弁。
「あ」
連絡、忘れてた。
ティーシャツに下はジャージ。大きい黒のバックパック、特徴的な金髪。
(あ、かっこいい)
部活帰りのアキラくん。
(いやいやいやかっこいい、じゃない)
見るたびに反射的にそう思ってしまうけど、それどころじゃないんだった。
「いや突っ込んでや。出来るわけないやん。つか、ごめん、なんや変なとこで声かけてもうた」
「ううん、ごめん」
私も連絡忘れてた、と言うとアキラくんは眉を下げた。
「ちゃうねん、ちょうど華の『妊娠してるね』が聞こえて、しかもなんかそれ、検査薬? ドラマとかで見るやつやし一瞬ガチでパニクってん」
ほんで声かけてもうたんやけど、と言うアキラくんと、そのアキラくんと普通に会話してる私を見て松井さんは交互に私たちの顔を見る。
「え? あれ? 設楽さんの天敵なんじゃないのこの子」
「どーも、華のカレシの山ノ内っす」
にこりとアキラくんは片手を上げて爽やかに笑った。
(バラすんかーい)
いや、まぁ、会話の流れ的にもうバレてたようなものなんだけどね……。
(うだるような暑さ、ってこういうの言うのかな)
暑いのは苦手なのでうんざりする。日焼けしたら赤くなるし痛いし。
(とはいえ、日傘はなぁ)
「青百合組」(中学からの内部進学組)の中でも生粋の子たち(要は幼稚園からのガチお嬢様がた)は日傘を学園内でも使ってるけど、……私はねぇ。浮く気がしてちょっと無理かもと躊躇してる。
(でも、そんなこと言ってらんないかもなぁ)
生命の危機だよもはや、これほどの暑さは。ふう。
図書館のエントランスで、私はやっと息を吐いた。
(つ、疲れた)
家からここまで来るだけで(しかも校門までは車で送ってもらって!)ヘトヘトだ。
図書館のひんやりとした空調が、本気で心地よい。
一階の普通開架フロアは、夏休みだけど(だから?)それなりに人がいる。
でも、自習目的の人は自習室(別の棟に、キッチリしたキレイな専用のスペースがある)へ行くので、勉強目的の人はそこまでいないようだ。自習室は飲食ができるからね。図書館では厳禁だけど。
さて、いつもの地下の書庫で、アキラくん来るまでのんびりしてようと思ったけれどーー残念、先客だ。
女子生徒がこちらに背を向けて、少し前傾姿勢で閲覧机に向かっていた。
(どしよ、アキラくんに連絡)
一瞬迷う。その間に、その人が同じクラスの友人だと気づいた。
(あれ、松井さん)
この間ーーってもう随分前だけど、梅雨の頃だったかな。
アキラくんたち中等部バスケ部と、高等部バスケ部三軍の練習試合に誘ってくれた女の子だ。
あれ以来なんだか急に仲良くなったのだ。
ツインテール、真面目そうな眼鏡。キレイでしっかりしてて、でも結構ノリがいい子。文系よりは理系科目が得意みたい。
その、普段はまっすぐな背中が震えて、私は首をかしげる。
(どうしたのかな)
そう思って、私は「松井さ……」と声をかけようとした。びくりと振り向いた彼女は、かつんと何かを床に落とす。
「大丈夫?」
私は近づいてそれを拾おうとした。
「、だ、だいじょうぶっ」
松井さんが先にそれを拾おうとして、というか実際松井さんが先にそれを拾った。
でも、私はそれがなんなのか見えてしまった。気づいてしまった。
「えと、その。松井……さん、の?」
「あの、ごめん、黙ってて……」
松井さんがぎゅうっと握りしめるそれは、……私だってよく知らない。前世で一度生理がものすごく遅れた時に一度だけ使ったことがある。結局杞憂だったんだけど。
(……妊娠検査薬)
しかも、たぶん、見えた感じ、陽性。
「松井さん、……赤ちゃんいるの」
松井さんは泣きそうな顔で私を見上げた。
「設楽さん……やっぱりこれって、あたし、妊娠してるのかな……」
途端にその目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちて、私は慌てて松井さんに駆け寄る。
松井さんは私にしなだれかかるようにしがみついて、低く抑えた嗚咽をもらした。
(ど、どうしよう)
私はちょっとパニックになりそうながらも何とか落ち着いて(いちおう! 中身はオトナだ)優しく彼女の背中を撫でたーー他にどうしたらいいか見当がつかなかったのだ。
(大人なのになぁ……)
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる松井さん。
(不安だよね)
てか、付き合ってる人いたんだ。知らなかった。
(まぁまだ親しくなって日も浅いし)
つらつらとそんなことを考えていると、松井さんがゆっくりと落ち着いてきた。
「ごめんね、急に、こんな。泣いちゃって」
「いいの、ごめん。いきなり突っ込みすぎたね」
赤ちゃんいるの、なんて。びっくりしてたにしてももうちょっと言葉があっただろうに、自分。
でも松井さんはゆるゆると頭をふった。
「最近、体調悪くて……生理来なくて。不安で、でも確かめられなくて」
松井さんは、ぎゅうっと、スカートを握りしめる。
「やっと勇気出て、これ隣の市まで行って買ってーー家で親にバレるの怖くて、学校でって。ここなら人いないかなって」
松井さんはぽつりと呟く。
「ね、ほんとにこれ、陽性? 妊娠してるの? あたし」
松井さんに渡される、それ。
「たぶん……、説明書とかある?」
「はい」
空箱を渡される。説明書を見るまでもなく、箱に描かれた「陽性サイン」と同じところに青い一本線。
「妊娠……してる、ね」
松井さんだって、わかってるだろう。けれど、不安で一人で抱えられなくて、納得したくなかったのだろう。
私がそう言って小さく息をついたとき、背後から「なぁキスで妊娠ってするもんなん」と聞き覚えのある声、というか大好きな人の関西弁。
「あ」
連絡、忘れてた。
ティーシャツに下はジャージ。大きい黒のバックパック、特徴的な金髪。
(あ、かっこいい)
部活帰りのアキラくん。
(いやいやいやかっこいい、じゃない)
見るたびに反射的にそう思ってしまうけど、それどころじゃないんだった。
「いや突っ込んでや。出来るわけないやん。つか、ごめん、なんや変なとこで声かけてもうた」
「ううん、ごめん」
私も連絡忘れてた、と言うとアキラくんは眉を下げた。
「ちゃうねん、ちょうど華の『妊娠してるね』が聞こえて、しかもなんかそれ、検査薬? ドラマとかで見るやつやし一瞬ガチでパニクってん」
ほんで声かけてもうたんやけど、と言うアキラくんと、そのアキラくんと普通に会話してる私を見て松井さんは交互に私たちの顔を見る。
「え? あれ? 設楽さんの天敵なんじゃないのこの子」
「どーも、華のカレシの山ノ内っす」
にこりとアキラくんは片手を上げて爽やかに笑った。
(バラすんかーい)
いや、まぁ、会話の流れ的にもうバレてたようなものなんだけどね……。
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