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分岐・鍋島真
五分前仮説
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「とりあえず甘いものとか食べる?」
真さんはにっこりと微笑みながら言った。お昼ご飯は京都駅で済ませて、地下鉄を乗り継いでここまでーー南禅寺近くまで来たのだ。
タクシーだと道の混み方が読めないから、と真さんは言った。
(なんか機嫌いいな)
少し首をかしげる。
……京都、好きなのかな。てか詳しいのかも? 混み具合がどうのとか言ってたし。
南禅寺を出て北へ。
京都は哲学の道、青空と紅葉のコントラスト。道沿いの琵琶湖疏水は、12月の優しい陽の光を反射しながら、さらりさらりと流れていく。
観光客はたくさんいるけれど、ごった返すような感じではない。
「修学旅行以来です」
「修学旅行ってどこいったの?」
「伏見稲荷とかですかね~。あと清水寺」
「清水寺はいまヒトすごいからね」
真さんは嫌そうな顔をした。
「人混み嫌いですか?」
「体調悪くなるんだよね」
「あー」
私は苦笑いした。
「分かります」
「頭痛くなる」
それから真さんは私の手を握りなおした。
「行こ」
「はい」
大人しくうなずく。
(多分、この人なりに気を使ってくれたんだろうなぁ)
そう思ったから。
……さすがにそれくらいは分かる。割と周りには鈍感だとか言われちゃうけどさ。失礼だよなぁ。
(しかし、まぁ)
案外、不器用な人なのかもしれないなぁと思う。京都駅で、手を繋ぐの繋がないの、の話とか。そもそも急に京都とか。
(ま、ロールケーキ食べたいって言い出したのは私なんだけど)
それにしたって、ねぇ?
……、根はいい人なのかも、なんて思い始めてる。樹くんに知られたらすっごい怒られるだろうなぁ。
「哲学の道ですかぁ」
「? どうしたの」
「真さん、哲学的なことを言ってください」
「は?」
思いっきり呆れ顔で返された。
「どうしたの急に」
「いや、なんか、あれでしょ、なんか考え事しながら歩く道なんでしょここ」
「まぁそうだけど」
真さんは呆れ顔で続けた。
「近くの大学の哲学者が散策したのが由来」
「じゃあ、ほら、考えましょ、哲学的なことをー」
まぁ私、何もしらないけどね。
英語の構文で覚えた我思う、故に我ありくらいしか……これ言ったの誰だっけ?
「人間は考える葦なんでしたっけ?」
「フワッフワしてるね」
真さんはクスクス笑う。
通りすがりの外国人観光客が、真さんのその笑顔をみて、少し目を瞠りながら通り過ぎた。
(うわー、なんかほんと綺麗なひと)
嫉妬とかもはや湧かない。さらりと黒髪が冬風に揺れた。
「じゃあさ」
真さんはそんな私の微妙な感情とか無視して続ける。
「五分前仮説の話をしよう」
「五分前仮説?」
「提唱したヒトいわく、世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が覚えていた状態で突然出現した、そしてそれを否定することはできない、という仮説」
ふふん?
私は立ち止まり、首をひねる。
(ほう?)
ちょっと考えたあと、思わず吹き出す。
「どうしたの」
「いっこもわかんなくて笑ってます」
「あほなんだね」
真さんは呆れてるんだか楽しいんだか分からないような表情で、私の眉間をぐりぐりと親指で押した。
「痛たたた!?」
「要は、今から五分前にこの世界が突然作られたってこと」
「えー?」
私はやっぱり笑った。
「その前の記憶とかちゃんとありますけど」
「その記憶も植え付けられた状態で、いまここに僕らが発生したんだ。世界が」
真さんはやたらと優雅に手を広げる。
「この世界は、五分前に誕生した。君が持ってる記憶も。もちろん僕の記憶も、世界が誕生した時に植え付けられたものに過ぎない」
「えぇ、……」
私は眉をひそめた。
「なんか怖いです。それ」
「これ否定できる? っていう話」
「うーん。記憶の有無は材料にならないんですよね?」
「そう」
「えー? あ、分かった。それこそこういう」
私は疎水の反対側に見えたお寺を指差す。
「あの、お寺とか。いつからのものか知りませんけど、昔のものですよね? 五分前じゃない」
「あのお寺ができたのは鎌倉時代だけれど、"鎌倉時代にできたお寺"という状態で五分前にできたんだ」
「えーもうこんがらがってきました」
私は頬を膨らませる。
真さんは楽しそうに頬を片手で押しつぶした。
「あは、ぶさいく」
「……お好きに」
これだけ綺麗なひとにブサイク言われたら納得するしかありませんよ。
「これ以上考えたら、華の頭が爆発するからやめておこうね」
歩き出しながら、真さんは言う。
「そうしましょう」
私の脳は哲学なんて考えるスペックがないのよきっと……。
ふう、とため息をつくと真さんは「でも」と笑った。
「この世界が本当に、五分前に作られたとして、……誰が作ったか知らないけれど。でも僕はその人に感謝したい」
「なぜです?」
真さんはまっすぐ前を見たまま小さく言う。
「だってさ、……僕の人生で一番幸せな瞬間に世界を作ってくれたんだよ」
「幸せな瞬間?」
首をひねる。そんなに京都がお好きなんでしょうか?
真さんは微苦笑して私を見た。
「きっと伝わってないだろうけど」
「はぁ」
「君が好きだよ」
「そうですか」
こういうの、何度目でしょうかね。
私が淡々と答えると、真さんは肩をすくめた。
「僕って信用ないなぁ!」
真さんはにっこりと微笑みながら言った。お昼ご飯は京都駅で済ませて、地下鉄を乗り継いでここまでーー南禅寺近くまで来たのだ。
タクシーだと道の混み方が読めないから、と真さんは言った。
(なんか機嫌いいな)
少し首をかしげる。
……京都、好きなのかな。てか詳しいのかも? 混み具合がどうのとか言ってたし。
南禅寺を出て北へ。
京都は哲学の道、青空と紅葉のコントラスト。道沿いの琵琶湖疏水は、12月の優しい陽の光を反射しながら、さらりさらりと流れていく。
観光客はたくさんいるけれど、ごった返すような感じではない。
「修学旅行以来です」
「修学旅行ってどこいったの?」
「伏見稲荷とかですかね~。あと清水寺」
「清水寺はいまヒトすごいからね」
真さんは嫌そうな顔をした。
「人混み嫌いですか?」
「体調悪くなるんだよね」
「あー」
私は苦笑いした。
「分かります」
「頭痛くなる」
それから真さんは私の手を握りなおした。
「行こ」
「はい」
大人しくうなずく。
(多分、この人なりに気を使ってくれたんだろうなぁ)
そう思ったから。
……さすがにそれくらいは分かる。割と周りには鈍感だとか言われちゃうけどさ。失礼だよなぁ。
(しかし、まぁ)
案外、不器用な人なのかもしれないなぁと思う。京都駅で、手を繋ぐの繋がないの、の話とか。そもそも急に京都とか。
(ま、ロールケーキ食べたいって言い出したのは私なんだけど)
それにしたって、ねぇ?
……、根はいい人なのかも、なんて思い始めてる。樹くんに知られたらすっごい怒られるだろうなぁ。
「哲学の道ですかぁ」
「? どうしたの」
「真さん、哲学的なことを言ってください」
「は?」
思いっきり呆れ顔で返された。
「どうしたの急に」
「いや、なんか、あれでしょ、なんか考え事しながら歩く道なんでしょここ」
「まぁそうだけど」
真さんは呆れ顔で続けた。
「近くの大学の哲学者が散策したのが由来」
「じゃあ、ほら、考えましょ、哲学的なことをー」
まぁ私、何もしらないけどね。
英語の構文で覚えた我思う、故に我ありくらいしか……これ言ったの誰だっけ?
「人間は考える葦なんでしたっけ?」
「フワッフワしてるね」
真さんはクスクス笑う。
通りすがりの外国人観光客が、真さんのその笑顔をみて、少し目を瞠りながら通り過ぎた。
(うわー、なんかほんと綺麗なひと)
嫉妬とかもはや湧かない。さらりと黒髪が冬風に揺れた。
「じゃあさ」
真さんはそんな私の微妙な感情とか無視して続ける。
「五分前仮説の話をしよう」
「五分前仮説?」
「提唱したヒトいわく、世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が覚えていた状態で突然出現した、そしてそれを否定することはできない、という仮説」
ふふん?
私は立ち止まり、首をひねる。
(ほう?)
ちょっと考えたあと、思わず吹き出す。
「どうしたの」
「いっこもわかんなくて笑ってます」
「あほなんだね」
真さんは呆れてるんだか楽しいんだか分からないような表情で、私の眉間をぐりぐりと親指で押した。
「痛たたた!?」
「要は、今から五分前にこの世界が突然作られたってこと」
「えー?」
私はやっぱり笑った。
「その前の記憶とかちゃんとありますけど」
「その記憶も植え付けられた状態で、いまここに僕らが発生したんだ。世界が」
真さんはやたらと優雅に手を広げる。
「この世界は、五分前に誕生した。君が持ってる記憶も。もちろん僕の記憶も、世界が誕生した時に植え付けられたものに過ぎない」
「えぇ、……」
私は眉をひそめた。
「なんか怖いです。それ」
「これ否定できる? っていう話」
「うーん。記憶の有無は材料にならないんですよね?」
「そう」
「えー? あ、分かった。それこそこういう」
私は疎水の反対側に見えたお寺を指差す。
「あの、お寺とか。いつからのものか知りませんけど、昔のものですよね? 五分前じゃない」
「あのお寺ができたのは鎌倉時代だけれど、"鎌倉時代にできたお寺"という状態で五分前にできたんだ」
「えーもうこんがらがってきました」
私は頬を膨らませる。
真さんは楽しそうに頬を片手で押しつぶした。
「あは、ぶさいく」
「……お好きに」
これだけ綺麗なひとにブサイク言われたら納得するしかありませんよ。
「これ以上考えたら、華の頭が爆発するからやめておこうね」
歩き出しながら、真さんは言う。
「そうしましょう」
私の脳は哲学なんて考えるスペックがないのよきっと……。
ふう、とため息をつくと真さんは「でも」と笑った。
「この世界が本当に、五分前に作られたとして、……誰が作ったか知らないけれど。でも僕はその人に感謝したい」
「なぜです?」
真さんはまっすぐ前を見たまま小さく言う。
「だってさ、……僕の人生で一番幸せな瞬間に世界を作ってくれたんだよ」
「幸せな瞬間?」
首をひねる。そんなに京都がお好きなんでしょうか?
真さんは微苦笑して私を見た。
「きっと伝わってないだろうけど」
「はぁ」
「君が好きだよ」
「そうですか」
こういうの、何度目でしょうかね。
私が淡々と答えると、真さんは肩をすくめた。
「僕って信用ないなぁ!」
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