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【高校編】分岐・相良仁
さよなら、
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コンビニで、私はその週刊誌を買った。
公園のベンチでそれを広げ、淡々と、その記事を眺める。
そろそろ秋も深まってきつつあって、少し色づいた銀杏の下のベンチ。
【「ええ、そうなんです。僕は"御前"の不興を買ってしまって」
常盤コンツェルンの旧幹部、A氏(68)は本紙記者にそう語った。
"御前"とは、常盤コンツェルンの前会長、常盤耕一郎氏(72)のことである。
自身が取締役社長に就任したのは1987年、昭和の終わり頃であった。以降、批判的な幹部を次々と左遷、常盤天皇と呼ばれる独裁体制を確立させる。そして、平成という30年間に、御前は不明瞭な経理によって会社を私物化していった。
これに異を唱えたのが、冒頭のA氏である。これにより、A氏は200*年、身に覚えのない背任疑惑で本社を追われた。
一方、御前は与党議員のN氏から紹介された竹田朱音を愛人として寵愛(のちに妻)朱音は御前の庇護のもと常盤内において発言力を強めていった。
さらに、朱音の親戚である建設会社(事実上の倒産状態にある)に具体的な再建計画もなく投資を始めた。A氏は、この建設会社に「出向」という形で勤務することになった。20※※年のことである。
「実質のところ、ほとんどペーパーカンパニーでした」
A氏は語る。経営の実態はほとんどなかったらしい。
同年*月**日、朱音の親戚が経営するこの建設会社の納入業者に対し、リフォーム等の商品を購入するよう強制する。
これに関しても、A氏はよく知っていた。というのも、これを担当したのはこのA氏なのである。
「これは押し付け販売と言って、違法行為にあたります」
犯罪行為と分かっていてそれをしたのか、という記者の質問に対しA氏はこう答えた。
「はい。違法性の認識は、御前や朱音さん本人たちにもあったはずです。けれど、もうこれ以上御前に刃向かう気力は僕にはありませんでした」
また、納入業者に対し、同建設会社への社員派遣を要請なども行われた。
のちに、独占禁止法第19条、優越的地位の濫用に当たるとした審決を公正取引委員会により受けることとなる。
しかし"御前"はどこ吹く風であったようだ。ただ、本紙を含む週刊誌には報道され、ネット上でもさまざまな情報が飛び交った。
これに追い打ちをかけることとなったのが、欧州における原発の建設と、高速鉄道事業からの撤退だ。
「アメリカの**エレクトリックに原発を、日本の**重工に高速鉄道建設を、それぞれ持っていかれた形になりました」
A氏は語る。
「もともと、この二つに関しては与党のNさん肝いりのものでした」
N議員としては顔を潰された形になる。関係省庁内部からの不信も手伝い、株価も暴落。
コンツェルン内部でも御前の手腕に疑問を呈する声が密かに噴出していた、という。
同年7月、ジョーバン重工取締役会での審議が終わった後、御前は妹の常盤敦子に議長を交代した。
「事前に、"御前と朱音についての報道は事実に反するという報告、及び確認"があるため進行役を敦子様に交代する、とだけ伝えてあったそうです」
A氏は語る。
しかし敦子からあったのはそのような確認事項の伝達ではなかった。
彼女は、御前の会長職と代表権を解くことに賛同する者の起立を求めたのだ。
そして、それに応じ15人の取締役が起立。
驚いた御前は抵抗したが、鹿王院社外取締役の提案により、改めて発議された動議も同様に、可決成立。
その場で御前は解任となったのである。
その後、役員陣は記者会見を開き、御前のジョーバン重工取締役会長職、および兼任していた常盤コンツェルン内の役職からの事実上の解任を公表した。
また現在、御前と朱音は25億円の特別背任罪の容疑で、東京地検特捜部に逮捕され、現在は東京拘置所に収監中である。
かくも、欲にかられると身をもち崩すという典型であったろう。】
まぁ、週刊誌だけど、……だいたいこの通りのことが起こったんだろう、と思う。
(あの日、)
仁にキスされたあの梅雨の日、それからすぐに私は樹くんと話した。
「あのね」
私の言葉を、樹くんは静かに聞いた。
「好きな人かもってひと、やっぱり、好きだった」
「そうか」
樹くんは静かに頷いた。
「お互いに、……そうなのか?」
「う、ん」
私は小さくうなずく。
「ずっとずっと、好きでいてくれた人だよ」
長い間。本当に、長い間。
「そのひとは」
「?」
「華を幸せにしてくれるのか」
真剣な目をしてた。私は安心させたくて、少し微笑む。
「幸せにしてくれるっていうか、一緒に幸せになりたいなって思ったよ」
「……そうか」
樹くんは笑った。
「最後に、 華」
「なぁに」
「抱きしめても、いいだろうか」
私は返事をせずに、ぎゅうっと樹くんき抱きついた。樹くんの手も背中に回る。
「さようなら、華。俺の大事な許婚」
「さよなら、」
そこから言葉が続かなかった。ぽろぽろと涙がこぼれた。
たくさんありがとう。
ほんとにほんとに、ありがとう。
大人たちも、案外すんなりと同意してくれた。
「相手は教えてくれないのよねー」
ブツブツという敦子さんと、少し寂しそうにしてくれた樹くんのご両親。
あとは、両家のタイミングを見て婚約破棄ーーというところまできて、なんていうか、不測の事態が起きた。
私は銀杏の下、ちらりと膝の上の雑誌に目をやる。
【なお、鹿王院静子社外取締役の孫息子・樹さんと、常盤敦子新代表取締役兼会長の孫娘・華さんは婚約が内定しており、この2つのグループのますますの結束は間違いないだろう】
……この一文が、問題をややこしくしちゃったのである。
公園のベンチでそれを広げ、淡々と、その記事を眺める。
そろそろ秋も深まってきつつあって、少し色づいた銀杏の下のベンチ。
【「ええ、そうなんです。僕は"御前"の不興を買ってしまって」
常盤コンツェルンの旧幹部、A氏(68)は本紙記者にそう語った。
"御前"とは、常盤コンツェルンの前会長、常盤耕一郎氏(72)のことである。
自身が取締役社長に就任したのは1987年、昭和の終わり頃であった。以降、批判的な幹部を次々と左遷、常盤天皇と呼ばれる独裁体制を確立させる。そして、平成という30年間に、御前は不明瞭な経理によって会社を私物化していった。
これに異を唱えたのが、冒頭のA氏である。これにより、A氏は200*年、身に覚えのない背任疑惑で本社を追われた。
一方、御前は与党議員のN氏から紹介された竹田朱音を愛人として寵愛(のちに妻)朱音は御前の庇護のもと常盤内において発言力を強めていった。
さらに、朱音の親戚である建設会社(事実上の倒産状態にある)に具体的な再建計画もなく投資を始めた。A氏は、この建設会社に「出向」という形で勤務することになった。20※※年のことである。
「実質のところ、ほとんどペーパーカンパニーでした」
A氏は語る。経営の実態はほとんどなかったらしい。
同年*月**日、朱音の親戚が経営するこの建設会社の納入業者に対し、リフォーム等の商品を購入するよう強制する。
これに関しても、A氏はよく知っていた。というのも、これを担当したのはこのA氏なのである。
「これは押し付け販売と言って、違法行為にあたります」
犯罪行為と分かっていてそれをしたのか、という記者の質問に対しA氏はこう答えた。
「はい。違法性の認識は、御前や朱音さん本人たちにもあったはずです。けれど、もうこれ以上御前に刃向かう気力は僕にはありませんでした」
また、納入業者に対し、同建設会社への社員派遣を要請なども行われた。
のちに、独占禁止法第19条、優越的地位の濫用に当たるとした審決を公正取引委員会により受けることとなる。
しかし"御前"はどこ吹く風であったようだ。ただ、本紙を含む週刊誌には報道され、ネット上でもさまざまな情報が飛び交った。
これに追い打ちをかけることとなったのが、欧州における原発の建設と、高速鉄道事業からの撤退だ。
「アメリカの**エレクトリックに原発を、日本の**重工に高速鉄道建設を、それぞれ持っていかれた形になりました」
A氏は語る。
「もともと、この二つに関しては与党のNさん肝いりのものでした」
N議員としては顔を潰された形になる。関係省庁内部からの不信も手伝い、株価も暴落。
コンツェルン内部でも御前の手腕に疑問を呈する声が密かに噴出していた、という。
同年7月、ジョーバン重工取締役会での審議が終わった後、御前は妹の常盤敦子に議長を交代した。
「事前に、"御前と朱音についての報道は事実に反するという報告、及び確認"があるため進行役を敦子様に交代する、とだけ伝えてあったそうです」
A氏は語る。
しかし敦子からあったのはそのような確認事項の伝達ではなかった。
彼女は、御前の会長職と代表権を解くことに賛同する者の起立を求めたのだ。
そして、それに応じ15人の取締役が起立。
驚いた御前は抵抗したが、鹿王院社外取締役の提案により、改めて発議された動議も同様に、可決成立。
その場で御前は解任となったのである。
その後、役員陣は記者会見を開き、御前のジョーバン重工取締役会長職、および兼任していた常盤コンツェルン内の役職からの事実上の解任を公表した。
また現在、御前と朱音は25億円の特別背任罪の容疑で、東京地検特捜部に逮捕され、現在は東京拘置所に収監中である。
かくも、欲にかられると身をもち崩すという典型であったろう。】
まぁ、週刊誌だけど、……だいたいこの通りのことが起こったんだろう、と思う。
(あの日、)
仁にキスされたあの梅雨の日、それからすぐに私は樹くんと話した。
「あのね」
私の言葉を、樹くんは静かに聞いた。
「好きな人かもってひと、やっぱり、好きだった」
「そうか」
樹くんは静かに頷いた。
「お互いに、……そうなのか?」
「う、ん」
私は小さくうなずく。
「ずっとずっと、好きでいてくれた人だよ」
長い間。本当に、長い間。
「そのひとは」
「?」
「華を幸せにしてくれるのか」
真剣な目をしてた。私は安心させたくて、少し微笑む。
「幸せにしてくれるっていうか、一緒に幸せになりたいなって思ったよ」
「……そうか」
樹くんは笑った。
「最後に、 華」
「なぁに」
「抱きしめても、いいだろうか」
私は返事をせずに、ぎゅうっと樹くんき抱きついた。樹くんの手も背中に回る。
「さようなら、華。俺の大事な許婚」
「さよなら、」
そこから言葉が続かなかった。ぽろぽろと涙がこぼれた。
たくさんありがとう。
ほんとにほんとに、ありがとう。
大人たちも、案外すんなりと同意してくれた。
「相手は教えてくれないのよねー」
ブツブツという敦子さんと、少し寂しそうにしてくれた樹くんのご両親。
あとは、両家のタイミングを見て婚約破棄ーーというところまできて、なんていうか、不測の事態が起きた。
私は銀杏の下、ちらりと膝の上の雑誌に目をやる。
【なお、鹿王院静子社外取締役の孫息子・樹さんと、常盤敦子新代表取締役兼会長の孫娘・華さんは婚約が内定しており、この2つのグループのますますの結束は間違いないだろう】
……この一文が、問題をややこしくしちゃったのである。
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