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【高校編】分岐・鍋島真

潮騒(side真)

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 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する……なんてね。

「ちゃんと返します」

 僕は誰ともなく呟く。今日のところはね、とも小さく言い添えた。誰も聞いてないけど。
 今、このロッジには僕と華と二人きりだった。安達は食材を買いにでかけていて、華は洗面所で着替えているはず。

(似合うだろうな)

 僕はぼんやり思った。まぁ、ほんとに思いつきだったんだ。
 朝起きて、ふと「わー華の水着姿がとっても見たい」と思ってしまった。善は急げで水着を買いに行って、その足で華の家まで向かっていたら華を見かけた。
 素直に「ヘイ彼女海いかなーい?」なんて言ってもついてこないだろうから、軽く未成年者略取してきちゃった。えへへ。

「あの」

 涼やかな声で、僕は我にかえる。
 予想通りの、……それ以上に似合ってる姿で華は現れた。思わず拍手。

「マーベラス」
「……褒められてる気がしないんですけど……」

 僕は笑った。まったく、裏なんかないのにね。もはや君に隠し立てするものなんか、何もない。

「君が好き」
「うお、今日も唐突ですね……」

 まったく相手にされない告白を続けて、どれくらいになるだろう?

(けど、まぁ、効いてる気もする)

 亀の歩みだけどね。さっさと絆されてくれたらいいのになぁ。こんなに君が好きなのに。

「じゃあ行こうか、海、海~」
「海好きなんですか?」
「いや別に?」

 振り向いて答えると、実に珍妙な顔つきをするから僕は笑っちゃう。すっごいブサイクな顔で、ほんとに可愛らしいったら!

「好きじゃないのに、連れ出されたわけですか」
「好きな女の子とデートするためなら、手段を選ばない方針なんだ」
「選びましょうよ……」

 呆れたように言うその目は、僕の好きな目。コドモを見るような、そんな呆れた目線。これこそ華の中身って感じがして、僕はゾクゾクしてしまう。

「ふっふ、僕って変態だからさ」
「エッ」

 華は驚いた顔で口をあけた。

「ん?」
「いえ、真さんに変態サンの自覚があったんだなぁ、と感心してるとこでして」
「そこは感心しなくていいよ」

 ほんとに珍妙な子だなぁ。

「というか、」

 華は少し目線をうろうろさせる。

「真さんも泳ぐんですね……」

 僕も水着に着替えてる。

「え、泳がなくてもいいけど。華が泳いでるの見てるだけでもいいけど」

 華は少し考え顔をした。

「……泳ぎましょか」

 ジロジロ眺められるよりはいい、って判断かな? いや、いっしょに泳いでも眺めるけど……。

「というか、案外に鍛えてらっしゃるんですね」

 実に意外、って顔で言われて首をかしげる。

「いえ、もっと生白いナマッチロイのかと」
「これでも体育会系だよ、僕は」
「え!? 部活してるんですか!?」
「大学でも剣道部だけど? 中学からずっと」
「えぇ……意外……」

 華はほんとにびっくりしてるから、ぼくは笑う。もっと知ってよ、僕のこと。
 僕は華の手を取って歩き出す。華は抵抗せずについてきた。
 砂浜、今度はサンダルでさくさく歩く。

「海、何しよう。何が好き?」
「えっと、えーっと、はい、とりあえず入りましょう!」

 華はなんだかんだ言って、少し嬉しそうだ。綺麗な海だからなぁ。

「あのう手を離していただけませんかね」
「えっやだ」

 びっくりして僕は華を見た。

「デートなのに?」
「いやデートではないような」

 華は首をひねる。

「浮かべないので離してください」
「浮かぶの」
「はぁ」

 華は不思議そうに頷いた。
 とりあえず手を離して、様子を見てみる。
 華はざぶざぶと海に入っていって(なんのためらいもなく)そしてある程度の深さのところで、ぷかりと背泳ぎのように浮かんで、空を見上げた。

「あー、きもちー」

 幸せそうに言う華。沈まないように、ゆらゆらと手を動かす。

「超久しぶりですけど、案外いけました」
「水泳得意なの?」
「……これ、水泳って言います? まぁ塩水なんで浮かびやすいですよね」
「まぁね」

 僕はぷかぷか浮かぶ華を見ていた。
 さらさらの髪の毛が、海にたゆたう。
 なんとなく、隣に並んで浮かんだ。

「……」

 無言で空を見上げる。抜けるような青空、薄い群青色のそこを、白い雲が流れていく。

「……なるほどね」
「いーでしょ、水中眼鏡あったら、水中から空眺めるのもいいですよ」

 波がきらきらして、と華は笑ったみたいだった。なんだか胸にぐっとクる。なにそれなにそれ。

「あー何それやば、可愛いなぁ結婚してほしいマジで」
「あの。……ほんとそれ、なんなんですか」
「なにが?」
「好きとか結婚とか、」

 華の声が硬くなる。

「なんなんですか、ほんと」
「なんなんですか、って……本気」

 僕は浮かぶのをやめて、立ち上がるーー少し流されたみたいで、さっきより深い。僕の胸くらいまで水面があった。
 僕は濡れた髪をかきあげた。華はそれを目線だけでちらりとみて、また視線を戻す。
 華は空を見上げたまま、少し眉をひそめている。

「ほんとに、ほんとのほんとうに」
「信じられませんけどねー」
「千晶に聞いてもいいよ。もう随分、僕、他の女の子と遊んでない」
「大学生なのに?」

 華の大学生のイメージってなんなんだろう。

「大学生だろうと社会人だろうと、僕、華以外の女の子欲しくないもん」
「……ええと」

 華は少し戸惑った声を出した。

「え?」
「なにが"え?"なのか全然わかんないんだけど」
「いや、だって、……からかってますよね? もしくは嘘ですよね?」
「僕の過去の所業がわるいんだとは思うけど、信じてほしいなぁ」
「信じたところでってとこはあるんですけど」
「大好き、愛してる、どーして伝わんないかなぁ、でも」

 僕は微笑んで華を見つめる。

「そんなこと気になりだすなんて、華、僕のこと少し好きになってるんじゃないの?」
「は!? なに言っごぼごぼごぼごぼ」

 目の前で華が沈んで、慌てて僕は華を海中から抱き上げた。縦抱っこみたいにして、少し背中を叩く。

「げほげほ、すみませ、げほっ」
「いいけど大丈夫?」

 平静を装ってはいるけれど、正直どきどきしてる。うわぁ、僕の心臓ってこんなんなるの……?

「うう、しょっぱ」
「そりゃそうだろうね」

 縦抱っこから、お姫様抱っこに変更。だって顔が見たかった。どんな顔してるんだろ。

「あの、もう大丈夫で」
「やーだねー」

 困ったように濡れた髪をいじる華の頬は赤い。溺れかけたから? それとも僕のせい?

(僕のせいならいいなぁ)

 そんな風に思って、なんだか自然にキスしてしまった。
 おでこに、だけど。うん、海の味。

「そ、ういうの」

 やめてください……、って消え入りそうな声で華は言う。けど、顔が真っ赤で、目は恥ずかしげに伏せられてて、なんだか全然説得力がないから、僕はくすくす笑ってしまう。
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