375 / 702
【高校編】分岐・山ノ内瑛
もしあるとすれば(side瑛父)
しおりを挟む
なんや因果な商売やな、とは思う。
中華レストランの個室、丸いテーブルには料理が並んでいるけれど、お互い箸をつけようとはしない。
「単刀直入に申し上げますと、あなたのお兄さんに背任容疑がかかっています」
「そんなこと口に出していいの」
あたしに、と常盤さんは言った。その目があの人に瓜二つで、オレは懐かしく思う。夫を喪ったときでさえ、凛としたあの眼差しを。
「大丈夫だと踏んでいます。耕一郎氏さえいなくなればーー常盤は貴女の天下だ」
「その言い方は気にくわないわね」
常盤さんは眉を上げた。
「あたしが兄に反抗してるのは、華を守るため。それから、若い世代があのクソジジイに毒される前にあのクソジジイの腐ったケツをあの椅子から引き摺り下ろすためよ」
あたしが天下獲ろうなんて気はないわ、と言い放つ。
(ああ、)
オレは微笑む。
やっぱりあの人の母親なんだなぁ、この人は。
「であれば尚」
オレは畳み掛ける。
「悪い話ではありません」
分厚い書類をカバンから取り出す。
常盤さんは藤色の薄いフレームの眼鏡をかけて、ふと目を細めてそれを手に取った。
オレは黙ってそれを見つめる。
十数分、経っただろうか。
「……あの子の」
オレは眉を上げた。あの子? 華さん?
「エミの」
ほんの少し、息を飲む。このひとの娘で、アキラの命の恩人の奥さんで、華さんの母親。設楽笑さん。
「裁判の際は、尽力してくださって」
常盤さんはオレをじっと見る。
「ありがとう」
「いえ。……仕事、ですので」
素直に答えた。常盤さんは苦笑する。
ご遺族の辛さはオレには分からない。この国が法治国家であり、仇討ちも報復も禁じている以上、法律はあくまで法律で、復讐では、ない。
だけれど、……少しは力になれたのだろうか。
「分かりました」
「と、言いますと」
「この話、乗りましょう」
常盤さんは眼鏡を外す。
「いつ頃なのかしら、あなた方が動くのは」
「断定はできませんがーー近々には」
「ではそれまでに、取締役会を開こうと思います」
「ありがとうございます」
オレは頭を下げた。
「……子煩悩なのね」
「は?」
「別に、この話にあの子達を絡める必要性はないのではなくて?」
「しかし、結果として華さんは婚約を解消しても構わなくなるでしょう?」
「どこまでご存知なの?」
「当初、華さんを引き取ろうとしていたのは貴女ではなく耕一郎氏でしたね」
「その通りです。あたしが迷ってる間にーー結果として、尻を蹴られた形になったけれど」
「耕一郎氏は、華さんを政略結婚の駒にしようとしていました」
「……あたしがした事も、変わらないわ」
「随分違いますよ。同じ年の男の子と、親子ほど年齢の離れた男のところに嫁ぐのとでは」
常盤さんは、軽く肩をすくめた。
「たしかに、これが上手くいけばーー華が樹くんと婚約している必要性はなくなる」
「もう誰も華さんを利用したりできない」
オレが言うと、常盤さんは笑う。
「長生きしなくちゃ」
「ひ孫も早く見たくありませんか」
じとり、と常盤さんはオレをにらんだ。オレは苦笑いしてみせる。
「あの2人は仲睦まじいですよ」
「そのよう、ね……あたしまでちゃんと情報が上がっていた訳ではなかったけれど」
「瑛が何事もなく青百合に通えていたのは、あの学園長が耕一郎氏派だったからでしょうか」
「かもしれないわね……華と樹くんの婚約は、目の上のタンコブだったでしょうから、あの人たちにとって。華がお宅の息子さんとくっついて、あたしと鹿王院との縁が切れれば御の字だったでしょうから」
「それに関しては」
オレは苦笑いした。
「耕一郎氏に感謝しなくては」
「本当に余計な、ね……」
ため息をつく常盤さんに、オレは言う。
「もしそんなものがあるとすれば」
オレはふと思い出す。一昨年の花見での、瑛の笑顔。やっと見つかった、瑛だけの宝物。
「運命的なものだと思いますよ」
何も知らずに、惹かれあった。
華さんの父親は瑛の命の恩人だ。あの事件で実の母親を喪った瑛と、父親を喪った華さんと。
「だからと言って、息子さんとのことを認めたわけではないわよ? あたしは華を手放す気がない」
「まぁ、それはおいおい……アイツが自分で認めさせるでしょう」
「あら自信があるのね」
「まぁ」
オレは笑う。
「アイツはそういう男なんですよ」
常盤さんはほんの少しだけ、笑った。
「楽しみにしているわ」
それを契機に、オレはアキラに電話をかけて呼び戻す。
恐る恐る、という感じで部屋に入ってきた2人は、少しぽかんとする。しっかり手を握っていて、いやはやお熱いことで……。まあ驚いているのは、オレと常盤さんがそこまでピリピリしていなかったから、だろう。
「何をぽかんと突っ立っているの」
常盤さんはキリリと言い放つ。
「さっさと座りなさい、華、瑛くん」
瑛の名前が呼ばれてーーそれに呆然としてる2人に向かって、常盤さんは続ける。
「料理がすっかり冷めてるわよ」
中華レストランの個室、丸いテーブルには料理が並んでいるけれど、お互い箸をつけようとはしない。
「単刀直入に申し上げますと、あなたのお兄さんに背任容疑がかかっています」
「そんなこと口に出していいの」
あたしに、と常盤さんは言った。その目があの人に瓜二つで、オレは懐かしく思う。夫を喪ったときでさえ、凛としたあの眼差しを。
「大丈夫だと踏んでいます。耕一郎氏さえいなくなればーー常盤は貴女の天下だ」
「その言い方は気にくわないわね」
常盤さんは眉を上げた。
「あたしが兄に反抗してるのは、華を守るため。それから、若い世代があのクソジジイに毒される前にあのクソジジイの腐ったケツをあの椅子から引き摺り下ろすためよ」
あたしが天下獲ろうなんて気はないわ、と言い放つ。
(ああ、)
オレは微笑む。
やっぱりあの人の母親なんだなぁ、この人は。
「であれば尚」
オレは畳み掛ける。
「悪い話ではありません」
分厚い書類をカバンから取り出す。
常盤さんは藤色の薄いフレームの眼鏡をかけて、ふと目を細めてそれを手に取った。
オレは黙ってそれを見つめる。
十数分、経っただろうか。
「……あの子の」
オレは眉を上げた。あの子? 華さん?
「エミの」
ほんの少し、息を飲む。このひとの娘で、アキラの命の恩人の奥さんで、華さんの母親。設楽笑さん。
「裁判の際は、尽力してくださって」
常盤さんはオレをじっと見る。
「ありがとう」
「いえ。……仕事、ですので」
素直に答えた。常盤さんは苦笑する。
ご遺族の辛さはオレには分からない。この国が法治国家であり、仇討ちも報復も禁じている以上、法律はあくまで法律で、復讐では、ない。
だけれど、……少しは力になれたのだろうか。
「分かりました」
「と、言いますと」
「この話、乗りましょう」
常盤さんは眼鏡を外す。
「いつ頃なのかしら、あなた方が動くのは」
「断定はできませんがーー近々には」
「ではそれまでに、取締役会を開こうと思います」
「ありがとうございます」
オレは頭を下げた。
「……子煩悩なのね」
「は?」
「別に、この話にあの子達を絡める必要性はないのではなくて?」
「しかし、結果として華さんは婚約を解消しても構わなくなるでしょう?」
「どこまでご存知なの?」
「当初、華さんを引き取ろうとしていたのは貴女ではなく耕一郎氏でしたね」
「その通りです。あたしが迷ってる間にーー結果として、尻を蹴られた形になったけれど」
「耕一郎氏は、華さんを政略結婚の駒にしようとしていました」
「……あたしがした事も、変わらないわ」
「随分違いますよ。同じ年の男の子と、親子ほど年齢の離れた男のところに嫁ぐのとでは」
常盤さんは、軽く肩をすくめた。
「たしかに、これが上手くいけばーー華が樹くんと婚約している必要性はなくなる」
「もう誰も華さんを利用したりできない」
オレが言うと、常盤さんは笑う。
「長生きしなくちゃ」
「ひ孫も早く見たくありませんか」
じとり、と常盤さんはオレをにらんだ。オレは苦笑いしてみせる。
「あの2人は仲睦まじいですよ」
「そのよう、ね……あたしまでちゃんと情報が上がっていた訳ではなかったけれど」
「瑛が何事もなく青百合に通えていたのは、あの学園長が耕一郎氏派だったからでしょうか」
「かもしれないわね……華と樹くんの婚約は、目の上のタンコブだったでしょうから、あの人たちにとって。華がお宅の息子さんとくっついて、あたしと鹿王院との縁が切れれば御の字だったでしょうから」
「それに関しては」
オレは苦笑いした。
「耕一郎氏に感謝しなくては」
「本当に余計な、ね……」
ため息をつく常盤さんに、オレは言う。
「もしそんなものがあるとすれば」
オレはふと思い出す。一昨年の花見での、瑛の笑顔。やっと見つかった、瑛だけの宝物。
「運命的なものだと思いますよ」
何も知らずに、惹かれあった。
華さんの父親は瑛の命の恩人だ。あの事件で実の母親を喪った瑛と、父親を喪った華さんと。
「だからと言って、息子さんとのことを認めたわけではないわよ? あたしは華を手放す気がない」
「まぁ、それはおいおい……アイツが自分で認めさせるでしょう」
「あら自信があるのね」
「まぁ」
オレは笑う。
「アイツはそういう男なんですよ」
常盤さんはほんの少しだけ、笑った。
「楽しみにしているわ」
それを契機に、オレはアキラに電話をかけて呼び戻す。
恐る恐る、という感じで部屋に入ってきた2人は、少しぽかんとする。しっかり手を握っていて、いやはやお熱いことで……。まあ驚いているのは、オレと常盤さんがそこまでピリピリしていなかったから、だろう。
「何をぽかんと突っ立っているの」
常盤さんはキリリと言い放つ。
「さっさと座りなさい、華、瑛くん」
瑛の名前が呼ばれてーーそれに呆然としてる2人に向かって、常盤さんは続ける。
「料理がすっかり冷めてるわよ」
0
あなたにおすすめの小説
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる