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【高校編】分岐・鍋島真
帰路
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「ねえこれやっぱりイラナイ」
真さんが声をかけると、お母さんはびくりと肩を揺らした。ホテルのロビー、豪華な花が活けてある大きな花瓶(もはや壺だと思う)の横にあるソファで、隠れるようにしてお母さんは泣いていた。
「あ、……」
「僕もう行くけど」
通帳を突きつけながら、真さんは言う。お母さんは、泣き腫らした瞳で、真さんを見上げた。
「……ひどい顔してるから送ってあげる」
「え」
「車だから」
真さんは淡々と言った。
「クルマまわしてくるからここにいて」
私にそう言うと、さっさと歩き出してしまった。うーむ。
ちらり、とお母さんを見ると、ソファで小さくなってハンカチでしきりに涙を拭いていた。汚れてるのはお化粧が落ちているせいだろう。
まじまじとその人を見つめる。真さんの年齢の息子がいるにしては若い……のは、実年齢が若いのか、それとも見た目が若々しい方なのか。
「あの?」
「ひゃ!」
じっと見つめてると不思議そうに私を見てきた。そりゃそーだ。
私は曖昧に笑って、横に同じく小さく座った。
「……その、お金は心配ないですよ。あの人焼き鳥屋さんとかしてるんで」
「焼き鳥屋で働いてるの?」
「んんっまぁそう……なるんですかね?」
私も良く知らないので、首を傾げた。
「華さんは、その」
「高校生です。まだ実家? にいて」
「その、……なんでご結婚を?」
なんだか丁寧に「ご」を付けられてしまった。
「ええと」
多分体の相性が良かったからですなんて口が裂けても言えない。真さんは大爆笑してたけど。
「す、好きだから」
ですかね、という語尾は小さくなってしまった。なんか、真さん相手にそんな感情持ってるっての、まだ少し照れが生じる。
「それにしても早くないかしら、……あっ、いえ、その、2人の選択を咎めるつもりはなくって」
「いえ」
私はゆるゆると首を振った。
「ご挨拶も遅れてしまって」
私は改めて、お母さんに向き直り頭を下げた。
「改めまして、華です。不束者ですが」
「あの、いえ、頭をあげて、……わたしにそんな資格はないの」
顔を上げると、お母さんは泣き笑いのような表情で私を見ていた。
「ないのよ」
「……お金で子供を売るような人には」
「そのつもりはなかったわ、でも結果的にはそうなった」
同じよ、と自嘲気味にお母さんは笑う。
「わたしには何の力もなくて、あの子が連れて行かれるのを指をくわえて見ているしか、なかったの」
何も返せずに、でもつい、私はお母さんの手を握る。
「あの人、真さん、クッソ性格悪いんですけど」
「エッ」
悪いの……? と不思議そうな顔で言われた。
「腹黒です。常に悪巧みしてます」
「ええ……?」
「でも」
私は微笑んだ。
「純粋な人です。根は多分、おそらく、きっと、優しいです。ときどき、ヒーローみたいだなって思うことがあります」
「……」
「とても大事にしてくれます」
「そう、みたいね」
お母さんは微笑む。
「私が口を挟める問題ではないので、何もできないんですけど……でもいつか、真さんがあなたを"お母さん"と呼んだら」
私はじっと見つめる。
「私も、お母さん、って呼んでいいでしょうか」
「……ええ」
お母さんはやっぱり泣き腫らした顔で笑った。
「そんな日が、来るとは思えないけれど」
私は眉を下げた。
ちょうど、そのタイミングでスマホが鳴る。真さんからメッセージだった。
『エントランス』
車が着いたってことだろう。私はお母さんを促して、ホテル内をさくさく歩く。
ベルボーイさんがドアを開けてくれて、私とお母さんは後部座席にちんまりと収まった。お母さんは何とも言えない表情をしていたけれど、なぜか「ふふふ」と笑い出した。
「……なに」
平坦な真さんの声。
「ご、ごめんなさい。ただ」
そのあと、お母さんはふと黙り込む。
「ただ、何?」
「……相変わらず水色が好きなんだと思って」
お母さんは小さく、小さく、まるで大事な宝物の話をするように話を続けた。
「真、さん。小さ頃から水色が好きで。この車とよく似たオモチャも持っていたわ。大事にして、いつも持ち歩いてーー服もお気に入りしか着ないって、水色のTシャツ、冬でも着ようとするから困って」
ふふ、と小さく笑う。思い出したかのように、まるで昨日の出来事のように。
「水色の長靴がお気に入りで、どこへ行くにもそれを履いて」
「もう結構」
真さんの冷たい声で、お母さんの言葉は遮られた。ハッとした様子でお母さんは黙り込む。
「ごめんなさい」
真さんはそれ以上、何も言わなかった。
車の窓の外は、すでに夕闇に包まれていた。
お母さんの家の前で、車は止まる。なんで知ってるのかな、と一瞬思って、そういえば一度様子を見に来たことがあるって言っていたなぁ、とぼんやり思い返した。
「真」
車を降りようとするお母さんの、絞り出すような声。
「最後、に……もう一度だけ、顔を見せてくれませんか」
「イヤ」
冷たい声だった。
「お願い」
「……」
真さんは、無言で顔を後部座席に向けた。
「……ねぇ」
綺麗なかんばせを、ほんの少しも歪ませることなく、真さんは聞いた。
「なんで僕を捨てたの」
「……ごめんなさい」
ぶわり、とお母さんの瞳から涙が溢れた。真さんは興味がないように前を向く。
「ごめんなさい……幸せに」
幸せになってね、ずっと幸せでいてね、それだけお願いね、とお母さんは言う。
「華、ドア閉めて」
「でも」
「華」
低く言われて、私はドアを閉める。車の内と外。窓ガラスの向こうで、ただ泣き続ける真さんの、お母さん。
車は静かに走り出す。
しばらく走ったところで、車は唐突に路肩に寄せて止まった。
「?」
真さんは運転席をおりて、後部座席のドアをガチャリと開けて私の横に座る。
「なんですか」
「華」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「……泣きたい時は泣くべきですよ」
「その必要性は感じてない」
真さんの声は冷静で、でも私を抱きしめる手は混乱でいっぱい、って感じで。
私は真さんの背中をゆるゆると撫でた。真さんが落ち着くまで、ずっとそうし続けた。
車窓の外には、金色の三日月が浮かんでいて、私はそれをひどく綺麗だなと感じたのだった。
真さんが声をかけると、お母さんはびくりと肩を揺らした。ホテルのロビー、豪華な花が活けてある大きな花瓶(もはや壺だと思う)の横にあるソファで、隠れるようにしてお母さんは泣いていた。
「あ、……」
「僕もう行くけど」
通帳を突きつけながら、真さんは言う。お母さんは、泣き腫らした瞳で、真さんを見上げた。
「……ひどい顔してるから送ってあげる」
「え」
「車だから」
真さんは淡々と言った。
「クルマまわしてくるからここにいて」
私にそう言うと、さっさと歩き出してしまった。うーむ。
ちらり、とお母さんを見ると、ソファで小さくなってハンカチでしきりに涙を拭いていた。汚れてるのはお化粧が落ちているせいだろう。
まじまじとその人を見つめる。真さんの年齢の息子がいるにしては若い……のは、実年齢が若いのか、それとも見た目が若々しい方なのか。
「あの?」
「ひゃ!」
じっと見つめてると不思議そうに私を見てきた。そりゃそーだ。
私は曖昧に笑って、横に同じく小さく座った。
「……その、お金は心配ないですよ。あの人焼き鳥屋さんとかしてるんで」
「焼き鳥屋で働いてるの?」
「んんっまぁそう……なるんですかね?」
私も良く知らないので、首を傾げた。
「華さんは、その」
「高校生です。まだ実家? にいて」
「その、……なんでご結婚を?」
なんだか丁寧に「ご」を付けられてしまった。
「ええと」
多分体の相性が良かったからですなんて口が裂けても言えない。真さんは大爆笑してたけど。
「す、好きだから」
ですかね、という語尾は小さくなってしまった。なんか、真さん相手にそんな感情持ってるっての、まだ少し照れが生じる。
「それにしても早くないかしら、……あっ、いえ、その、2人の選択を咎めるつもりはなくって」
「いえ」
私はゆるゆると首を振った。
「ご挨拶も遅れてしまって」
私は改めて、お母さんに向き直り頭を下げた。
「改めまして、華です。不束者ですが」
「あの、いえ、頭をあげて、……わたしにそんな資格はないの」
顔を上げると、お母さんは泣き笑いのような表情で私を見ていた。
「ないのよ」
「……お金で子供を売るような人には」
「そのつもりはなかったわ、でも結果的にはそうなった」
同じよ、と自嘲気味にお母さんは笑う。
「わたしには何の力もなくて、あの子が連れて行かれるのを指をくわえて見ているしか、なかったの」
何も返せずに、でもつい、私はお母さんの手を握る。
「あの人、真さん、クッソ性格悪いんですけど」
「エッ」
悪いの……? と不思議そうな顔で言われた。
「腹黒です。常に悪巧みしてます」
「ええ……?」
「でも」
私は微笑んだ。
「純粋な人です。根は多分、おそらく、きっと、優しいです。ときどき、ヒーローみたいだなって思うことがあります」
「……」
「とても大事にしてくれます」
「そう、みたいね」
お母さんは微笑む。
「私が口を挟める問題ではないので、何もできないんですけど……でもいつか、真さんがあなたを"お母さん"と呼んだら」
私はじっと見つめる。
「私も、お母さん、って呼んでいいでしょうか」
「……ええ」
お母さんはやっぱり泣き腫らした顔で笑った。
「そんな日が、来るとは思えないけれど」
私は眉を下げた。
ちょうど、そのタイミングでスマホが鳴る。真さんからメッセージだった。
『エントランス』
車が着いたってことだろう。私はお母さんを促して、ホテル内をさくさく歩く。
ベルボーイさんがドアを開けてくれて、私とお母さんは後部座席にちんまりと収まった。お母さんは何とも言えない表情をしていたけれど、なぜか「ふふふ」と笑い出した。
「……なに」
平坦な真さんの声。
「ご、ごめんなさい。ただ」
そのあと、お母さんはふと黙り込む。
「ただ、何?」
「……相変わらず水色が好きなんだと思って」
お母さんは小さく、小さく、まるで大事な宝物の話をするように話を続けた。
「真、さん。小さ頃から水色が好きで。この車とよく似たオモチャも持っていたわ。大事にして、いつも持ち歩いてーー服もお気に入りしか着ないって、水色のTシャツ、冬でも着ようとするから困って」
ふふ、と小さく笑う。思い出したかのように、まるで昨日の出来事のように。
「水色の長靴がお気に入りで、どこへ行くにもそれを履いて」
「もう結構」
真さんの冷たい声で、お母さんの言葉は遮られた。ハッとした様子でお母さんは黙り込む。
「ごめんなさい」
真さんはそれ以上、何も言わなかった。
車の窓の外は、すでに夕闇に包まれていた。
お母さんの家の前で、車は止まる。なんで知ってるのかな、と一瞬思って、そういえば一度様子を見に来たことがあるって言っていたなぁ、とぼんやり思い返した。
「真」
車を降りようとするお母さんの、絞り出すような声。
「最後、に……もう一度だけ、顔を見せてくれませんか」
「イヤ」
冷たい声だった。
「お願い」
「……」
真さんは、無言で顔を後部座席に向けた。
「……ねぇ」
綺麗なかんばせを、ほんの少しも歪ませることなく、真さんは聞いた。
「なんで僕を捨てたの」
「……ごめんなさい」
ぶわり、とお母さんの瞳から涙が溢れた。真さんは興味がないように前を向く。
「ごめんなさい……幸せに」
幸せになってね、ずっと幸せでいてね、それだけお願いね、とお母さんは言う。
「華、ドア閉めて」
「でも」
「華」
低く言われて、私はドアを閉める。車の内と外。窓ガラスの向こうで、ただ泣き続ける真さんの、お母さん。
車は静かに走り出す。
しばらく走ったところで、車は唐突に路肩に寄せて止まった。
「?」
真さんは運転席をおりて、後部座席のドアをガチャリと開けて私の横に座る。
「なんですか」
「華」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「……泣きたい時は泣くべきですよ」
「その必要性は感じてない」
真さんの声は冷静で、でも私を抱きしめる手は混乱でいっぱい、って感じで。
私は真さんの背中をゆるゆると撫でた。真さんが落ち着くまで、ずっとそうし続けた。
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