【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鍋島真

【side真】"ごっこ"

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「磯ヶ村さんが転校して」

 ぽつり、と彼は語り出した。

「しばらくは、平和でした」
「平和?」

 僕は復唱した。平和? 平和、ねえ。

(なんとも思わなかったのかな)

 思わなかったんだろうな。自分たちがオモチャにしていた女の子がいなくなったからって。

(ヒトのこと言えないかな)

 僕はふと思うけれど、どうなんだろう。豚さんにしちゃったりしたことは……あれは報復だからなぁ。復讐はなにも生まないらしいよ。知るかって感じだ。
 それに、嫌がる女の子に手を出したことはないーーというか、嫌がる女の子っていなかったけど。

(華くらいだな)

 思い返してくすくす笑ってると、胡乱な目つきで見上げられた。

「失礼」

 僕は彼に手のひらを向ける。

「続きを」
「……でも、ふとある日、言ったんです。桜澤さんが」

 彼は布団を握りしめ、俯く。

「ひまだから、ゲームをしようって」
「ふうん」

 僕はなんとなく、部屋を舞う埃がカーテンの隙間から入ってきた日光でキラキラ光るのを眺めていた。構わず、彼は話し続ける。

「最初に選ばれたのが、オレでした」

 彼は俯いていて、表情は見えない。

「コンビニからお菓子を盗ってくる。それだけの、ゲーム、だと」

 彼の声が震えた。

「イヤだと言ったんです。犯罪だからと。……口ごたえ、したのが間違いでした」

 僕は黙って先を促す。

「取り巻きの男子たちに……オレは友達だと思ってたヤツらに、服で見えないところを殴られました。……痛かった」

 心からの「痛かった」だった。身体も、精神面でも、ってことなんだろう。

「ふーん」

 僕は首をかしげる。

「そいつら……そのオトコノコたちもアリサちゃんにシてもらってたんだよね?」

 ぐっと言葉に詰まった後、彼はノロノロとうなずく。

「そりゃあショックだったね。アナ兄弟……でもないのか。クチ兄弟? にそんな事されたらさぁ」

 僕の言葉に、彼はパッと顔を上げて、実に情けない顔で肯定だか否定だか分からない唸り声を出した。

「で? そのあとは?」
「痛いよりマシなので、言われた通りに」

 しました、と蚊の鳴くような声で呟いた。ふうん。

「それを盾に、そのあとは『自殺ごっこ』をさせられました」
「なにそれ」
「遺書を、書かされて」

 万引きしました、責任とって死にます、と書きましたと彼は言う。

「そのあと首を吊る……フリですけど。させられて。翌日には机に花が置いてあるんです」

 立派な菊の花、と彼は言った。

「教師は何と?」
「なにも」

 彼は首を振る。

「……噂だと、桜澤さん、先生と一緒に別の先生も虐めてたらしいです」
「へえ」

 僕は少しだけ警戒レベルを上げた。

(オトナ相手でもウマイコトやれるコなんだねぇ)

 尿路結石のくせになぁ。

「それで、その日は一日中無視されます……死んでるので」

 ふ、と彼が笑う気配。自虐?

「それから桜澤さんが無視に飽きると、また何かさせられました」
「何かって?」
「万引きもですけど。盗撮、痴漢……いろいろ」

 そして、と彼は続ける。

「その度に、僕は『自殺』させられるんです」

 彼の声が震えた。

「一度だけ、桜澤さんに聞いたことがあります」
「なにを?」
「なぜ、オレがこんな目に遭うのかを」

 それを一番聞きたかった女の子は、今機械に繋がれているよ、と僕は思う。

「答えはシンプルで、そしてオレは自分が汚い人間だと自覚しました」
「ふうん?」
「『一番楽しんでたじゃない』『あんなの犯罪なのに』『知ってるのよ個人的にもさせてたの』『だから、あなたは本性が犯罪者だから』『矯正してあげてるの』『ね?』」

 一気にそう言って、彼は沈黙した。僕は聞くことは聞き終えたので、さっさと、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。

「あの」
「なあに」

 後ろから声をかけられる。

「磯ヶ村さんの友達の関係の方、だって言ってましたけど、その」

 彼の目線はウロウロする。

「ああ」

 僕はできるだけフランクに答えた。

「アリサちゃん? 自殺したよ」
「……え?」

 彼はぽかんと僕を見つめる。そんな目で見られてもなぁ。

「正確には未遂だけれど。ま、いまだに意識戻ってないらしいから」
「な、にが」
「寒い寒い12月の終わりに、そう」

 僕はくるりと視線を動かした。また想像してしまう。きらきらとしたイルミネーションは、彼女にどう映ってたんだろう。

「クリスマスの日に、自宅マンションのベランダからぴょーん。その前からすっごい痩せてたんだって」

 黙って僕を見てる彼に、僕は続けた。

「クチにモノを入れることを、極度に嫌がるようになっていたらしいよ」
「……あ」

 言葉を失った彼を置いて、僕は今度こそ部屋を出た。
 それから華の家まで行って、お手伝いの八重子さんにお茶を淹れてもらって、リビングから海を眺めつつ華の帰宅を待った。華に会いたくて仕方なくて。

「え、何してるんですか」

 帰宅早々、華は言った。

「クルマ停まってたからいるなとは思ったんですけどむぐう」

 なんか文句言ってる華を抱きしめる。八重子さんは「まぁまぁ新婚さん」と呆れてるんだか揶揄ってるんだかな口調で言う。

「八重子さん」
「はい?」
「華の夕食はいりません」
「はいはい、わかりました」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 華は僕の腕の中でぶうぶうと不満を漏らす。

「今日、八重子さん、晩ご飯ハッシュドビーフだって!」
「とっておくから」
「圭くん食べ尽くすもん! 成長期だもん!」

 半泣きの華を抱き抱えて玄関を出て、車に詰め込む。不服顔の華の耳に「何ならいい?」とささやいた。

「……八重子さんのハッシュドビーフは絶品なんですよ?」
「んん、じゃあ。ル・グリは?」

 お高めなホテルのレストランの名前を出すと、む、と華の顔が少しだけ変わる。僕は笑いそうになるのを堪えながら華の髪を撫でた。

「期間限定のスイーツがつくって」
「……仕方ないですねぇ」

 本当に仕方ないですねえ、と言いながら自分からシートベルトをしてる華はものすごく、なんていうか、ものすごくチョロ可愛い。
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