【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

雪片

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「華、少しいいだろうか」

 同じ総合病院内の、産婦人科を受診し終えて廊下を歩いていると、ふと樹くんにそう声をかけられた。

「? うん」

 優しく手を繋がれる。手を引かれるままに付いていくと、樹くんはガラス戸を押し開けて小さな中庭に私を連れ出した。

「寒くないか?」
「うん」

 そう答えたのに、樹くんは自分の分のマフラーを私にぐるぐる巻きつける。とても真剣な仕草で。

「樹くん?」
「華」

 樹くんは私の正面に立って、そっと私の両手を握った。

「華」

 なあに、と言おうとして声にならなかった。樹くんは、なんていうか、子供みたいな顔をしていた。

(えっと、)

 私は少し混乱する。どうしよう。

(困っちゃってる、よね?)

 樹くんはこれから大事な時期で、まだ高校二年生で。

(結婚はするけれど、でも、それはまた別の話だよね)

 私はなんだかフワフワして実感がないけれど、樹くんは色々考えるぶん、困惑っていうか、そんな感じなんだろう、か。
 私が眉を下げて俯くと、樹くんがもう一度私の名前を呼んだ。

「華」
「……うん」

 それから、軽く深呼吸をして樹くんは続ける。

「華には、肉体的にも、精神的にも。辛い思いを沢山させるのではないかと思うし、実際そうなのだと思う」

 目の前を、ちらりと白いものが落ちていく。
 2月の重い、灰色の雲からゆっくりと、その小さな雪片は落ちてくる。

(なにを言うつもりなんだろう)

 ぼんやりと、その雪片を眺めながら私は思う。
 それがもしーー諦めて欲しい、とかだったら。私は……軽く首を振る。
 答えは決まっていた。

「だが、できるだけ、俺が背負えるものは全部背負うから」

 辛そうな顔。どこか、懇願するような。

「……うん」
「逃げたりしないから」
「うん」

 樹くんは、大きくまたひとつ、深呼吸をした。

「産んでくれ」
「えっ産むけど」

 ぽかんとして即答してしまった。

「ごめんけど、樹くんがどんだけ嫌がっても産むつもりだったよ」

 今度は樹くんがぽかんとする番だった。

「あは、何その顔」

 思わず笑う。なんだろう、鳩が豆鉄砲?

「いや、だって」

 樹くんは、私の両手を握ったまま、ずるずると座り込む。

「嬉しくて」

 樹くんは、小さく続けた。

「身勝手なお願いで、そんなこと、本当に叶うだなんて」
「樹くん」

 樹くんは私の手を離して、腰にすがりつくみたいに、抱きつく。お腹に耳を当てるように。

(あ、)

 私は思う。つむじ、二個。
 お腹の子は、つむじはどっちに似るのかな。

「子供が、いるんだなぁ」
「だねえ」

 ぎゅう、と強く抱きしめられて「痛いよ」と笑うと、慌てて樹くんは腕の力を緩めた。

「……大丈夫だろうか」
「それくらいで潰れないよ!」

 おかしくて笑うと、樹くんは立ち上がって、今度は腕の中に閉じ込められる。

「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ」
「それでも」

 そっとオデコにキスが落とされた。

「愛してる、華」

 そう言って離れた樹くんの目は少し赤くて、私はやっとなんだか色々実感する。
 そうか、私、赤ちゃんできたんだ。

 その翌日には、敦子さんがアメリカからすっ飛んできた。

「行かないからね!」

 私は土下座してる樹くんに縋り付きながら、敦子さんに言い放つ。

「ぜーったい、ここ離れないからね私」
「そんなこと言ってないでしょう華」

 敦子さんは呆れたように私たちを見た。

「というか、樹くん。それやめて」
「しかし」
「しかしも何もないわよ、好きにしなさいって言ったのあたしだし」

 ふー、と敦子さんは軽く息を吐いた。

「まぁ、予想よりは早かったけれど。

 私は首を傾げた。「好きにしなさい」?
 私を見て、敦子さんは苦笑した。

「樹くんがカイシャの後継ぐの継がないのの話の時よ。好きにしなさい、ってのは今後の人生設計アナタ達に任せるって意味だったから、まぁ」

 敦子さんは肩をすくめた。

「それにしたって早いけど」

 やっぱりちょっと怒ってた。
 でもまぁ、最終的には「できちゃったものはしょうがない」って笑ってくれたので、良かったんだと思う。
 樹くんが経済的に独立してる(してたらしい、知らなかった)のもあるとは思うけれど。
 同じ日には樹くんのご両親も帰国してくれた。わざわざ申し訳ない、って恐縮する私を気遣って、あまり長居はされなかったけれど。


「食べられるか、華」

 なんとなく春めいてきた三月のはじめ、私のツワリはピークを迎えていた。

「ネギが食べたい」

 樹くんが買ってきてくれた色々なゴハンを前に、私は呟くようにそう言った。
 昼休み、生徒会室。
 教室や学食だと、いろんな匂いがして気分が悪くなるので、ランチミーティングという名目の元、生徒会室でお昼ご飯を食べているのですが。

「ね、ネギ?」

 困惑したように、樹くんは言った。
 そもそも昼休み前、樹くんに「何が食べたい?」と聞かれて「分からない」と答えたのは私。

(だって本当に何が食べたいのか分からなかったんだもん……!)

 先月までは「甘いもの」で吐いてしまっていたのに、最近は何がトリガーになるか分かったものではないのです。同時に、何が食べたいのか。
 そして唐突にネギが食べたくなった。ネギ。

「青ネギ」
「青ネギ……」
「刻んだやつをご飯にのせて、生卵かけて食べたい」
「そうか……」

 樹くんはしばし佇んだあと、「まかせろ」と真剣に頷いて生徒会室を出て行く。申し訳ないけれど、いま、私、それ以外お腹に入れたくない。

(ワガママ炸裂してる)

 自覚はあるけれど、ごめんね、とも思うけれど……どうにも抑えづらかった。
 とにかく食べられないし、夜もうまく眠れないし。

(ダメなのに)

 少しは抑えなきゃ、呆れられちゃう。
 そう思うのに、樹くんはすごく優しくて。
 ひたすらに、申し訳なさだけがつのる。
 私はそっとお腹を撫でた。こんなママでごめんよ。でもパパはすごく優しいひとだから、安心して生まれておいでね。
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