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【高校編】分岐・鹿王院樹
雪片
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「華、少しいいだろうか」
同じ総合病院内の、産婦人科を受診し終えて廊下を歩いていると、ふと樹くんにそう声をかけられた。
「? うん」
優しく手を繋がれる。手を引かれるままに付いていくと、樹くんはガラス戸を押し開けて小さな中庭に私を連れ出した。
「寒くないか?」
「うん」
そう答えたのに、樹くんは自分の分のマフラーを私にぐるぐる巻きつける。とても真剣な仕草で。
「樹くん?」
「華」
樹くんは私の正面に立って、そっと私の両手を握った。
「華」
なあに、と言おうとして声にならなかった。樹くんは、なんていうか、子供みたいな顔をしていた。
(えっと、)
私は少し混乱する。どうしよう。
(困っちゃってる、よね?)
樹くんはこれから大事な時期で、まだ高校二年生で。
(結婚はするけれど、でも、それはまた別の話だよね)
私はなんだかフワフワして実感がないけれど、樹くんは色々考えるぶん、困惑っていうか、そんな感じなんだろう、か。
私が眉を下げて俯くと、樹くんがもう一度私の名前を呼んだ。
「華」
「……うん」
それから、軽く深呼吸をして樹くんは続ける。
「華には、肉体的にも、精神的にも。辛い思いを沢山させるのではないかと思うし、実際そうなのだと思う」
目の前を、ちらりと白いものが落ちていく。
2月の重い、灰色の雲からゆっくりと、その小さな雪片は落ちてくる。
(なにを言うつもりなんだろう)
ぼんやりと、その雪片を眺めながら私は思う。
それがもしーー諦めて欲しい、とかだったら。私は……軽く首を振る。
答えは決まっていた。
「だが、できるだけ、俺が背負えるものは全部背負うから」
辛そうな顔。どこか、懇願するような。
「……うん」
「逃げたりしないから」
「うん」
樹くんは、大きくまたひとつ、深呼吸をした。
「産んでくれ」
「えっ産むけど」
ぽかんとして即答してしまった。
「ごめんけど、樹くんがどんだけ嫌がっても産むつもりだったよ」
今度は樹くんがぽかんとする番だった。
「あは、何その顔」
思わず笑う。なんだろう、鳩が豆鉄砲?
「いや、だって」
樹くんは、私の両手を握ったまま、ずるずると座り込む。
「嬉しくて」
樹くんは、小さく続けた。
「身勝手なお願いで、そんなこと、本当に叶うだなんて」
「樹くん」
樹くんは私の手を離して、腰にすがりつくみたいに、抱きつく。お腹に耳を当てるように。
(あ、)
私は思う。つむじ、二個。
お腹の子は、つむじはどっちに似るのかな。
「子供が、いるんだなぁ」
「だねえ」
ぎゅう、と強く抱きしめられて「痛いよ」と笑うと、慌てて樹くんは腕の力を緩めた。
「……大丈夫だろうか」
「それくらいで潰れないよ!」
おかしくて笑うと、樹くんは立ち上がって、今度は腕の中に閉じ込められる。
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ」
「それでも」
そっとオデコにキスが落とされた。
「愛してる、華」
そう言って離れた樹くんの目は少し赤くて、私はやっとなんだか色々実感する。
そうか、私、赤ちゃんできたんだ。
その翌日には、敦子さんがアメリカからすっ飛んできた。
「行かないからね!」
私は土下座してる樹くんに縋り付きながら、敦子さんに言い放つ。
「ぜーったい、ここ離れないからね私」
「そんなこと言ってないでしょう華」
敦子さんは呆れたように私たちを見た。
「というか、樹くん。それやめて」
「しかし」
「しかしも何もないわよ、好きにしなさいって言ったのあたしだし」
ふー、と敦子さんは軽く息を吐いた。
「まぁ、予想よりは早かったけれど。
私は首を傾げた。「好きにしなさい」?
私を見て、敦子さんは苦笑した。
「樹くんがカイシャの後継ぐの継がないのの話の時よ。好きにしなさい、ってのは今後の人生設計アナタ達に任せるって意味だったから、まぁ」
敦子さんは肩をすくめた。
「それにしたって早いけど」
やっぱりちょっと怒ってた。
でもまぁ、最終的には「できちゃったものはしょうがない」って笑ってくれたので、良かったんだと思う。
樹くんが経済的に独立してる(してたらしい、知らなかった)のもあるとは思うけれど。
同じ日には樹くんのご両親も帰国してくれた。わざわざ申し訳ない、って恐縮する私を気遣って、あまり長居はされなかったけれど。
「食べられるか、華」
なんとなく春めいてきた三月のはじめ、私のツワリはピークを迎えていた。
「ネギが食べたい」
樹くんが買ってきてくれた色々なゴハンを前に、私は呟くようにそう言った。
昼休み、生徒会室。
教室や学食だと、いろんな匂いがして気分が悪くなるので、ランチミーティングという名目の元、生徒会室でお昼ご飯を食べているのですが。
「ね、ネギ?」
困惑したように、樹くんは言った。
そもそも昼休み前、樹くんに「何が食べたい?」と聞かれて「分からない」と答えたのは私。
(だって本当に何が食べたいのか分からなかったんだもん……!)
先月までは「甘いもの」で吐いてしまっていたのに、最近は何がトリガーになるか分かったものではないのです。同時に、何が食べたいのか。
そして唐突にネギが食べたくなった。ネギ。
「青ネギ」
「青ネギ……」
「刻んだやつをご飯にのせて、生卵かけて食べたい」
「そうか……」
樹くんはしばし佇んだあと、「まかせろ」と真剣に頷いて生徒会室を出て行く。申し訳ないけれど、いま、私、それ以外お腹に入れたくない。
(ワガママ炸裂してる)
自覚はあるけれど、ごめんね、とも思うけれど……どうにも抑えづらかった。
とにかく食べられないし、夜もうまく眠れないし。
(ダメなのに)
少しは抑えなきゃ、呆れられちゃう。
そう思うのに、樹くんはすごく優しくて。
ひたすらに、申し訳なさだけがつのる。
私はそっとお腹を撫でた。こんなママでごめんよ。でもパパはすごく優しいひとだから、安心して生まれておいでね。
同じ総合病院内の、産婦人科を受診し終えて廊下を歩いていると、ふと樹くんにそう声をかけられた。
「? うん」
優しく手を繋がれる。手を引かれるままに付いていくと、樹くんはガラス戸を押し開けて小さな中庭に私を連れ出した。
「寒くないか?」
「うん」
そう答えたのに、樹くんは自分の分のマフラーを私にぐるぐる巻きつける。とても真剣な仕草で。
「樹くん?」
「華」
樹くんは私の正面に立って、そっと私の両手を握った。
「華」
なあに、と言おうとして声にならなかった。樹くんは、なんていうか、子供みたいな顔をしていた。
(えっと、)
私は少し混乱する。どうしよう。
(困っちゃってる、よね?)
樹くんはこれから大事な時期で、まだ高校二年生で。
(結婚はするけれど、でも、それはまた別の話だよね)
私はなんだかフワフワして実感がないけれど、樹くんは色々考えるぶん、困惑っていうか、そんな感じなんだろう、か。
私が眉を下げて俯くと、樹くんがもう一度私の名前を呼んだ。
「華」
「……うん」
それから、軽く深呼吸をして樹くんは続ける。
「華には、肉体的にも、精神的にも。辛い思いを沢山させるのではないかと思うし、実際そうなのだと思う」
目の前を、ちらりと白いものが落ちていく。
2月の重い、灰色の雲からゆっくりと、その小さな雪片は落ちてくる。
(なにを言うつもりなんだろう)
ぼんやりと、その雪片を眺めながら私は思う。
それがもしーー諦めて欲しい、とかだったら。私は……軽く首を振る。
答えは決まっていた。
「だが、できるだけ、俺が背負えるものは全部背負うから」
辛そうな顔。どこか、懇願するような。
「……うん」
「逃げたりしないから」
「うん」
樹くんは、大きくまたひとつ、深呼吸をした。
「産んでくれ」
「えっ産むけど」
ぽかんとして即答してしまった。
「ごめんけど、樹くんがどんだけ嫌がっても産むつもりだったよ」
今度は樹くんがぽかんとする番だった。
「あは、何その顔」
思わず笑う。なんだろう、鳩が豆鉄砲?
「いや、だって」
樹くんは、私の両手を握ったまま、ずるずると座り込む。
「嬉しくて」
樹くんは、小さく続けた。
「身勝手なお願いで、そんなこと、本当に叶うだなんて」
「樹くん」
樹くんは私の手を離して、腰にすがりつくみたいに、抱きつく。お腹に耳を当てるように。
(あ、)
私は思う。つむじ、二個。
お腹の子は、つむじはどっちに似るのかな。
「子供が、いるんだなぁ」
「だねえ」
ぎゅう、と強く抱きしめられて「痛いよ」と笑うと、慌てて樹くんは腕の力を緩めた。
「……大丈夫だろうか」
「それくらいで潰れないよ!」
おかしくて笑うと、樹くんは立ち上がって、今度は腕の中に閉じ込められる。
「ありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ」
「それでも」
そっとオデコにキスが落とされた。
「愛してる、華」
そう言って離れた樹くんの目は少し赤くて、私はやっとなんだか色々実感する。
そうか、私、赤ちゃんできたんだ。
その翌日には、敦子さんがアメリカからすっ飛んできた。
「行かないからね!」
私は土下座してる樹くんに縋り付きながら、敦子さんに言い放つ。
「ぜーったい、ここ離れないからね私」
「そんなこと言ってないでしょう華」
敦子さんは呆れたように私たちを見た。
「というか、樹くん。それやめて」
「しかし」
「しかしも何もないわよ、好きにしなさいって言ったのあたしだし」
ふー、と敦子さんは軽く息を吐いた。
「まぁ、予想よりは早かったけれど。
私は首を傾げた。「好きにしなさい」?
私を見て、敦子さんは苦笑した。
「樹くんがカイシャの後継ぐの継がないのの話の時よ。好きにしなさい、ってのは今後の人生設計アナタ達に任せるって意味だったから、まぁ」
敦子さんは肩をすくめた。
「それにしたって早いけど」
やっぱりちょっと怒ってた。
でもまぁ、最終的には「できちゃったものはしょうがない」って笑ってくれたので、良かったんだと思う。
樹くんが経済的に独立してる(してたらしい、知らなかった)のもあるとは思うけれど。
同じ日には樹くんのご両親も帰国してくれた。わざわざ申し訳ない、って恐縮する私を気遣って、あまり長居はされなかったけれど。
「食べられるか、華」
なんとなく春めいてきた三月のはじめ、私のツワリはピークを迎えていた。
「ネギが食べたい」
樹くんが買ってきてくれた色々なゴハンを前に、私は呟くようにそう言った。
昼休み、生徒会室。
教室や学食だと、いろんな匂いがして気分が悪くなるので、ランチミーティングという名目の元、生徒会室でお昼ご飯を食べているのですが。
「ね、ネギ?」
困惑したように、樹くんは言った。
そもそも昼休み前、樹くんに「何が食べたい?」と聞かれて「分からない」と答えたのは私。
(だって本当に何が食べたいのか分からなかったんだもん……!)
先月までは「甘いもの」で吐いてしまっていたのに、最近は何がトリガーになるか分かったものではないのです。同時に、何が食べたいのか。
そして唐突にネギが食べたくなった。ネギ。
「青ネギ」
「青ネギ……」
「刻んだやつをご飯にのせて、生卵かけて食べたい」
「そうか……」
樹くんはしばし佇んだあと、「まかせろ」と真剣に頷いて生徒会室を出て行く。申し訳ないけれど、いま、私、それ以外お腹に入れたくない。
(ワガママ炸裂してる)
自覚はあるけれど、ごめんね、とも思うけれど……どうにも抑えづらかった。
とにかく食べられないし、夜もうまく眠れないし。
(ダメなのに)
少しは抑えなきゃ、呆れられちゃう。
そう思うのに、樹くんはすごく優しくて。
ひたすらに、申し訳なさだけがつのる。
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