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【高校編】分岐・黒田健
心音
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黒田くんのお父さんの車は、暗闇に包まれた山道をぐんぐんと登っていく。
乗っているのは、私と黒田くんのお父さん。お母さんは連絡係として、家で待ってくれている。
(絶対に連れて帰る!)
ぐっと唇を噛む。
なんで青花が黒田くんに手を出したかは、分からない。けれど、おそらくーー彼女がなにかしたのは、間違いない。
前世の記憶を取り戻して、壊れてしまった彼女。
もしかしたら、私も同じだったかもしれない未来の姿。
「鎌倉っていうのは」
お父さんがぽつりと口を開く。
「要塞のような街だから」
「?」
「ほら鎌倉幕府。片方が海で、周りは海に囲まれててーー攻められづらいでしょう」
「ああ」
私は頷く。日本史でもそういう内容で習った。
「だから、いわゆる切り通しっていうのが何箇所かにある」
「はい」
古道、といわれる昔の道。
「今から行くのもそんな場所で」
お父さんが口にしたのは「墨坂」という地名だった。
「……あ、黒?」
「以前にね、監禁事件を捜査したことがあって。自分の娘だったんだけれど、病気の……精神的な病気のお嬢さんを閉じ込めて」
「はい」
「なんでも、前世の記憶が戻ったとか戻らないとか……そんなことを契機に、病気になってしまったみたいで」
私は息を飲む。
ほかにも、いた? 記憶があるひと。
「その類似事件として資料にあったのが、……ここ」
車は草がぼうぼうと生えた空き地に止まる。
ライトに、ぼろぼろの家屋が浮かび上がった。洋風の一軒家だけれど、どこの壁も崩れかかっているように見えた。
「華さんは、ここで」
「いえ」
私はきゅっと手を強く握る。
「行きます」
懐中電灯片手に、車から降りる。
天を見上げた。ぽかり、と白い月がひとつ、浮かんでいる。
ぞわ、と背中が粟立つ。
(……落ち着きなさい、華)
自分に言い聞かせる。
(助けるんでしょ、黒田くんを)
一番大切なひとを。
懐中電灯をそうっと動かす。息ができなくなりそうな暗闇に、足を踏み出した。
とたんに、ガサガサと大きな音をさせながら目の前の崖(竹がたくさん生えている)から何かが飛び降りてきた。
「ひゃあっ」
思わず黒田くんのお父さんに抱きつく。でも、ライトに浮かんだのは。
「……黒田くん」
「オイコラクソ親父、何深夜に息子の彼女連れてデートなんかかましてんだ」
黒田くんは私の腕を引く。私は震えててーー黒田くんにしがみついた。
ぼろぼろに泣きながら。
「生きてたか」
「死ぬかよ」
お父さんと黒田くんは、それだけ会話を交わして、私は黒田くんに抱き上げられるようにしながら車に戻された。
(な、情けないっ)
あれだけ意気込んでおきながら、何もしてないし……!
後部座席で、私は黒田くんにしがみついて泣き続ける。
黒田くんの、腕の中。
どくんどくんと、心臓の音。
(生きてる……!)
ぽんぽん、と黒田くんが私の背中を撫でる。余計に安心して、私の眼球は蕩けそうなくらいに涙を量産した。
「……心配かけたな、すまん」
その言葉に、うう、と私はみっともなくしやくり上げるしか、できなかった。
「とにかく帰ろうか。……怪我は?」
「なし」
「良し」
それだけの会話で、車は動き出す。
しばらく走って、黒田くんの家について。
お母さんもさすがに泣いてて、黒田くんは少しきまり悪そうな顔をした。
「何があった? 健。とりあえず、署の方に」
「親父、少し待ってくれ」
黒田くんは真剣な顔をして、言う。
「少し考えがある」
「考え?」
「逆武田信玄的な」
「は?」
ぽかん、としてる私達に、黒田くんはニヤリと笑った。
お風呂に入ってる黒田くんを、私は洗面所で座って待つ。
「設楽、寒くないか」
「ないよー」
じきに、シャワーの音が止まる。
がらりとお風呂の二つ折り戸が開いて、黒田くんは少し驚いた顔をしてる。
「いや、あっち向いてくれ」
「やだ」
裸の黒田くんに抱きつく。
「あのなぁ」
「やだ」
黒田くんはタオルをとって、がしがしと頭を拭きながら困ったような、でも甘い声で私を呼んだ。
「設楽」
「うん」
「な? 約束守っただろ」
その言葉で、私の涙腺はまた決壊して。
「……泣くなって」
「うん、ごめん、うん」
優しい声と、あったかい身体。
何が起きたのか、まだ何も分からないけれどーー黒田くんが生きてる。
それだけで、私の心はいっぱいになって、涙が止まらないのでした。
乗っているのは、私と黒田くんのお父さん。お母さんは連絡係として、家で待ってくれている。
(絶対に連れて帰る!)
ぐっと唇を噛む。
なんで青花が黒田くんに手を出したかは、分からない。けれど、おそらくーー彼女がなにかしたのは、間違いない。
前世の記憶を取り戻して、壊れてしまった彼女。
もしかしたら、私も同じだったかもしれない未来の姿。
「鎌倉っていうのは」
お父さんがぽつりと口を開く。
「要塞のような街だから」
「?」
「ほら鎌倉幕府。片方が海で、周りは海に囲まれててーー攻められづらいでしょう」
「ああ」
私は頷く。日本史でもそういう内容で習った。
「だから、いわゆる切り通しっていうのが何箇所かにある」
「はい」
古道、といわれる昔の道。
「今から行くのもそんな場所で」
お父さんが口にしたのは「墨坂」という地名だった。
「……あ、黒?」
「以前にね、監禁事件を捜査したことがあって。自分の娘だったんだけれど、病気の……精神的な病気のお嬢さんを閉じ込めて」
「はい」
「なんでも、前世の記憶が戻ったとか戻らないとか……そんなことを契機に、病気になってしまったみたいで」
私は息を飲む。
ほかにも、いた? 記憶があるひと。
「その類似事件として資料にあったのが、……ここ」
車は草がぼうぼうと生えた空き地に止まる。
ライトに、ぼろぼろの家屋が浮かび上がった。洋風の一軒家だけれど、どこの壁も崩れかかっているように見えた。
「華さんは、ここで」
「いえ」
私はきゅっと手を強く握る。
「行きます」
懐中電灯片手に、車から降りる。
天を見上げた。ぽかり、と白い月がひとつ、浮かんでいる。
ぞわ、と背中が粟立つ。
(……落ち着きなさい、華)
自分に言い聞かせる。
(助けるんでしょ、黒田くんを)
一番大切なひとを。
懐中電灯をそうっと動かす。息ができなくなりそうな暗闇に、足を踏み出した。
とたんに、ガサガサと大きな音をさせながら目の前の崖(竹がたくさん生えている)から何かが飛び降りてきた。
「ひゃあっ」
思わず黒田くんのお父さんに抱きつく。でも、ライトに浮かんだのは。
「……黒田くん」
「オイコラクソ親父、何深夜に息子の彼女連れてデートなんかかましてんだ」
黒田くんは私の腕を引く。私は震えててーー黒田くんにしがみついた。
ぼろぼろに泣きながら。
「生きてたか」
「死ぬかよ」
お父さんと黒田くんは、それだけ会話を交わして、私は黒田くんに抱き上げられるようにしながら車に戻された。
(な、情けないっ)
あれだけ意気込んでおきながら、何もしてないし……!
後部座席で、私は黒田くんにしがみついて泣き続ける。
黒田くんの、腕の中。
どくんどくんと、心臓の音。
(生きてる……!)
ぽんぽん、と黒田くんが私の背中を撫でる。余計に安心して、私の眼球は蕩けそうなくらいに涙を量産した。
「……心配かけたな、すまん」
その言葉に、うう、と私はみっともなくしやくり上げるしか、できなかった。
「とにかく帰ろうか。……怪我は?」
「なし」
「良し」
それだけの会話で、車は動き出す。
しばらく走って、黒田くんの家について。
お母さんもさすがに泣いてて、黒田くんは少しきまり悪そうな顔をした。
「何があった? 健。とりあえず、署の方に」
「親父、少し待ってくれ」
黒田くんは真剣な顔をして、言う。
「少し考えがある」
「考え?」
「逆武田信玄的な」
「は?」
ぽかん、としてる私達に、黒田くんはニヤリと笑った。
お風呂に入ってる黒田くんを、私は洗面所で座って待つ。
「設楽、寒くないか」
「ないよー」
じきに、シャワーの音が止まる。
がらりとお風呂の二つ折り戸が開いて、黒田くんは少し驚いた顔をしてる。
「いや、あっち向いてくれ」
「やだ」
裸の黒田くんに抱きつく。
「あのなぁ」
「やだ」
黒田くんはタオルをとって、がしがしと頭を拭きながら困ったような、でも甘い声で私を呼んだ。
「設楽」
「うん」
「な? 約束守っただろ」
その言葉で、私の涙腺はまた決壊して。
「……泣くなって」
「うん、ごめん、うん」
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何が起きたのか、まだ何も分からないけれどーー黒田くんが生きてる。
それだけで、私の心はいっぱいになって、涙が止まらないのでした。
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