【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・山ノ内瑛

【番外編】冬の記憶(下)

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 小さい頃の記憶。
 "おかあさん"が殺されたときの、記憶。
 アキラくんの腕の中で目を開きながら、私はその記憶を反芻する。

(──え?)

 違う、と私は思う。
 違う。
 私は「おかあさん」とお酒を飲んだことがある。結婚まだなの、とか言われながら……え?

(そんなはず、は、……)

 だって「今の私」は18歳からの記憶がある。その前の記憶が曖昧なだけ。お酒を飲むはずもなければ、結婚を親からせっつかれるような年齢でもない。

「華、今日はバイトやめとき」

 私はフルフルと首を振った。

(飲み込まれそう)

 このままだと、この記憶の波に。
 できるだけ「日常」にいたかった。
 そう告げると、アキラくんは小さく小さく、頷いた。


 駅前のカフェでのバイトが終わって、外に出る。ちらほらと雪が降り続くそこで、アキラくんは待っていてくれた。

「わ、なにしてるの!? 寒くない?」
「今来たところや」
「ほんとう~?」

 私は手を伸ばして、アキラくんの頬に触れる。

「冷え冷えじゃん」
「来る途中で冷えてもうたんや。さっきまで図書館おった」

 帰ろ、とアキラくんは私の手を握る。強く。私の存在を確かめるみたいに。

「今日は俺がメシ作るわ」
「え、いいのに」
「……華を甘やかしたい気分なんや」

 アキラくんは密やかに笑う。鮮やかな金髪に雪が降る。彼を見上げながら、私はこの人はなんでこんなに優しいのか不思議に思う。
 雪は降り続いている。雪が降ると、街がシンとしているように感じる。

 晩ご飯は海鮮鍋。リビングでその美味しいお鍋を食べてる途中、私は体調が悪くなってしまう。

「胃腸風邪やろか」

 問答無用で布団に私をお姫様抱っこで運んだアキラくんは、心配気に言う。

「うーん、お腹痛いわけじゃないんだけど」

 せっかく作ってくれたお鍋、ちょっと吐いてしまった。吐くの久しぶりで、嘔吐って体力使うなぁなんて思ったりもする。
 ぴぴ、と脇に挟んだ体温計が音を鳴らす。

「……微熱もあるな」

 アキラくんは「37.1」の表示を見せて、私の髪をよしよしと撫でた。

「二月入って少し気温上がったと思ったら雪やもんな。気温差やろな」
「かもねぇ」

 あったかいお布団に包まれて、アキラくんにヨシヨシと頭を撫でられていると──どうにも、眠くなってきて。

「寝とき。薬買うて来る」
「え、悪いよ。寝てたら治る」

 カーテンの向こう、もうすっかり暗い屋外では雪がまだ降り続いているのだと思う。

「明日、俺おらんで? ひどなったらどないすんの」
「んー……」
「ええから」

 アキラくんはさっさと寝室を出て行ってしまう。シンとした部屋のなかで、ぼんやりとしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。

 夢を見る。
 今度は──幸せな、ふつうの、家族だった。両親がいて、姉がいて、みんなで食卓を囲んでいる。

(誰の、記憶?)

 夢や想像というには、あまりに生々しい。「私」は──男運がやけに悪い以外は、とてと幸せに暮らしていて。
 ほろりと涙が溢れた。
 私は知っている。この人たちには、もう二度と会えないんだって。

(家族、欲しいな)

 なんだか強く、そう思った。
 私、家族が欲しい。

 ぱちりと目を覚ますと、目の前は誰かの腕の中──て、誰かってアキラくん以外いない。

(いま、何時……)

 もぞもぞと身体を動かすと、アキラくんが腕に力を入れる。

「んっ!」
「起きたん? 華」

 アキラくんの指が、頬を撫でたあと唇に触れる。それから額にキスが落ちてきて、よしよしと後頭部をごく軽く叩かれた。

「起きたよ。いま……」
「まだ23時とかちゃう」

 ふたりして起き上がる。私の胃は随分スッキリしていて、薬飲まなくても平気そうだなと首を傾げた。

「ねぇアキラくん──」
「華、あのな? 先に籍だけいれとかへん?」
「へ?」

 常夜灯だけの、薄暗い部屋のなかで首を傾げた。籍、って。

「え、でも結婚式のときで良くない?」

 嬉しいけれど。
 ちょっと頬のあったかさを感じながらそう言うと、アキラくんは苦笑する。

「ちゃうねん、あんな──薬剤師さんに」
「薬剤師さん?」
「華の症状、伝えたら。薬飲む前に一応検査してくださいやて」
「検査?」

 なんの? と首をかしげる。

「妊娠」
「妊娠……妊娠っ!?」

 がばりと身を起こした。妊娠、妊娠って……ええと。

「華、最後生理きたんいつ」
「えっ、と……」

 元々乱れがちな、それ。
 え、いつだっただろう? 去年の──あれ?

「で、でもその、避妊……」
「んー。色々考えたんやけどな、心当たりがない、でもないねん」

 アキラくんも身体を起こして、私の正面であぐらをかく。

「心当たり?」
「ほら去年のな、クリスマス。えらい盛り上がったやん」
「……ん?」
「もう華がどえらいエロエロになった日やって」
「え、えろえろっ」

 私は頬が熱くなるのを感じる。頬どころじゃなくて、首まで赤いかも!

「あ、アキラくんだって……!」
「いやだってな、ミニスカサンタにあんなポーズされたらダメやろ、そら」
「さ、させたんじゃんっ!」

 ぽかぽかとアキラくんの胸を叩く。アキラくんははっは、と楽し気に笑った。

「ほんでな、あんときな──失敗しとったかも」
「え、本当?」
「いやもうあのあとすぐ二回戦突入したからよう覚えてないねん、ごめん」
「ええっと……」
「もし、もしやで?」

 アキラくんはスッと表情を引き締めた。真剣なものに。

「子供、できてたら──俺は嬉しい。死ぬほど嬉しい。華は、……どうやろ」

 暗い部屋のなかでもハッキリわかる、アキラくんのまっすぐな瞳。
 私はすぐに頷く。

「ねぇアキラくん、──家族に、なってくれる?」

 お腹に赤ちゃんがいるとして、と私はアキラくんの手を引いて、お腹に当てる。

「私とアキラくんと、赤ちゃんで、家族、してくれる?」
「──アホやな華は」

 ぎゅ、と抱きしめられた。

「華と家族になりたくて、プロポーズしてたんやで? 子供おってもおらんでも、華を大事な奥さんにしたくて、俺、何回もプロポーズしてたんやで」

 一生そばにいて、とアキラくんが掠れた声で言うから──私は震えながら彼の背中に手を伸ばす。
 多分、外ではまだ静かに雪が降り続いている。
 私の記憶も、少しずつ雪みたいに降り積もる。全部が降ってきて、私のごちゃごちゃした記憶が全部全部戻っても──私にとって、一番大切な人がこの人だっていうのは、きっと変わらない。

 だから、怖がらなくていいんだ。

 私はぼんやりとそう思いながら、アキラくんの温かさをただ感じていたのだった。
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