前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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「えーと、それでは改めまして」

 ぺこり、と私は膝に乗せた獅子狗さんに頭を下げた。
 ……どうやら、皇太后様から(どういう意図かよく分からないけれど)私を守る(?)ために遣わされた妖、とのことだったから。

「秦嫦娥と申します」
「うむ、苦しゅうない」

 とても偉そうに、獅子狗さんは可愛らしい口を開けて笑う。

「あのう」
「なんじゃ?」
「何とお呼びすれば」
「ふむ」

 獅子狗さんは鼻を鳴らした。

「昔はな、いくつかあったなぁ」
「? 名前ですか?」
「うむ」

 獅子狗さんは頷く。

「アレは妾たちに名をつけなんだ」
「えーと」

 そういえば、と私は思う。皇太后様、「犬に名前つけるの?」って言ってたけど、それ?

「名は呪であるからな」
「呪……?」
「うむ。良くも悪くも魂に影響を及ぼすし、力を与えもすれば奪いもする」

 私は思い切り首をひねる。よく分からない。

「んー、名は体を表すという、アレじゃよ」
「ああ」

 それならば分かります、と私は答えた。

「名を与えられれば、妾はまた力を得られるであろ」
「そういうもの、なのですか?」
「うむ」
「ちなみに、昔のお名前は」

 そうさな、と獅子狗さんは目を細める。

「妲己と呼ばれたこともあった」
「え、それって」

 さすがに知ってる。

「……九尾の狐?」
「うむ」

 とても嬉しそうに、私の膝の上で獅子狗さんは胸を張る。妖の骨格ってどうなってるんだろう。

「それがなぜ、獅子狗に」
「だからアレにこうされたのじゃ。もうすぐで千の心臓を喰らい尽くすところであったのに」
「し、心臓を」

 アレ、っていうのはやっぱり皇太后様?

「そうじゃ。男の心臓を千食えば、妾は神になれたのじゃ。それをアレがのう」

 くちおしや、と獅子狗さんは小さな犬歯を見せて悔しがる。

「そうじゃ、妾のことギョクソウと呼ぶがいい」
「ぎょくそう?」
「うむ、これもかつての名じゃが」
「それって」

 私の頭に浮かぶのは「玉藻」の文字。

「こう、こんな字ですか?」

 私が宙に書いたその文字を、獅子狗さんは円な瞳で見つめる。

「うむ、その通りじゃ。そちは文字の読み書きができるのじゃな」
「簡単なものなら」
「良き名であろ? 気に入っておったのじゃ」
「これって、……"たまも"ですか?」
「ふむ?」

 獅子狗さん、じゃないや、玉藻さんは目を細めた。

「なぜ読める? 外つ国の言葉じゃ。この世界の外の言葉じゃ」
「あー、えーと」

 私はぽりぽりと頬をかきながら、説明をする。妖さん相手なので、前世がどうのとか言っても引かれない(多分)だろうし。

「ほーん」

 説明を終わらせた私に、玉藻さんはうなずいた。

「なるほどな」
「信じてもらえるのですか?」
「いや納得といったところじゃ……そち、妖に襲われたことがないであろ?」
「え、あ! 分かるんですか?」
「分かるとも」

 玉藻さんは重々しくうなずく。

「魂がぐちゃぐちゃだもの」
「ぐ、ぐちゃぐちゃ?」
「妙~な色をしておる。魂が混じっておるせいだったのじゃな。妾、それが気になってそちのところへ来たのよ」

 くんくん、と玉藻さんは匂いを嗅ぐ。

「一緒におれば、なにやら面白きことがおきそうな魂のにおい。うむ。友になってやらんでもない」
「は、はあ……」

 私は首をかしげる。

「それと、妖に襲われないのと、関係あるんですか?」
「うむ。そち、不味そうじゃもの」
「不味……えっ?」
「不味そう。腐ってそう。美味しくなさそう」

 玉藻さんは畳み掛けるように続ける。

「ていうか食べたら食当たりしそう」
「……妖に食当たりなんかあるんですか?」
「あるよ。妾たちだってイキモノだもの」
「はぁ……」

 まぁそりゃそうなのかも、しれないけれど。

「そちの魂の濁りがな、肉体をこれでもかというほどに不味ッそ~にしておるのじゃ」

 濁りって……なんかヤダなぁ。

「舐めたら苦そう」
「嬉しいような、嬉しくないような」
「妖に襲われぬのじゃ、御の字であろうに」
「そうなんですけど」

 そうなんですけど!
 なんか釈然といかない!

「まぁともかくな、妾はそちとおることに決めたのよ」
「はぁ……まぁ、よろしくお願いいたします」
「構わんよ。友だもの。さて、ほら」

 ウキウキした様子で、玉藻さんは言う。

「呼んでみよ」
「? なにをです?」
「名じゃよ。さあ」
「ええと」

 私は少し迷って「玉藻さん」と呼ぶ。
 その瞬間、だった。ぶわぁ、と光がさして、風が巻き上がる。

「ひゃあ!?」
「ほんに、色気のない女子じゃのう」

 そう言って私を斜に見ているのはーー。

「え」
「どうじゃ? これが、妾じゃ」

 目の前に顕現したのは、艶やかな美女。ぬばたまの長い黒髪、臈長けたかんばせ、華やかな十二単ーー日本の、平安時代の、あの着物。

(外つ国の、って言ってた)

 この世界のどこかにも、「日本」は存在するの?
 おそらくは、私の知らない「日本」なのだろうけれど……。

「……わ」
「と、まぁこれくらいしかもう力が残っておらぬのだがのう~」

 ぽん、という可愛らしい音とともに、玉藻さんは元の獅子狗に戻った。

「あ、もうやめちゃうんですか?」
「うむ……というよりは、これで精一杯、というところか」
「そうなんですか?」
「アレに力を封じられておるからのう、これでいっぱいいっぱいじゃなぁ」
「はー」
「というか、今のでコツコツちょおっとずつ貯めた分の力を使い果たしてしもうたわ、かっか」
「……勿体なっ!」

 いや、さすがにねぇ。もうすこし使う時期ってあったんじゃないかなぁとおもいますよ。
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