前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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悪夢

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 悪い夢を見ていたようだーーなんて使い古された言い回しだと思うけれど、実際のところそれは「現実」に対する感想だ。
 つまるところ私もまた「あれ」が現実だったと、後宮の居室自分の部屋で目が覚めてそう思ったのだった。

(厳密には自分の部屋、ではないのだけれど)

 不思議なことに、後宮へ帰ってきたはいいものの、通されたのは昨日まで私が寝起きしていた居室へやではなかった。

「? 私の居室は」
「少し立て込み中」
「立て込み中?」
「今日からここが君の部屋」

 昨夜、憂炎様はそう答えて、それ以上は教えてくれなかった。

「起きたか」
玉藻ぎょくそうさん」

 足元で寝ていたっぽい玉藻さんがポフポフと私のそばまで夜具ふとんを踏んで歩いてくる。

「よう寝ておったな、もうひる前じゃぞ」
「えぇ……」

 そんなに? と私はまわりをきょろりと見渡す。
 なんか、新しい居室、慣れないなぁ。調度品とかはあまりかわり映えしないのだけれど。

「まぁ、昨夜は遅かったからなァ。小娘は寝ても寝足りぬであろ」

 昨日、ここに戻ってきたのは遅い時間……というよりは、早朝に近い時間帯だったらしい。

「うん、でもまぁ」

 答えながら背伸びをする。ぐっすり寝たからか、多少スッキリしていた。

(気を抜くと、どうしても思い出してしまうけれど)

 あの血腥ちなまぐさは、しばらく忘れられそうにない。
 それと、考えないように、考えないように、しているけれど。

(憂炎様)

 あのかたは、……ヒトを殺した。
 それをどうこう言うつもりはない。「前世的な日本の価値観」はこの世界には似つかわしくないものだし、そういう意味では前世にくらべて、この世界ではヒトの命は酷く軽いものだ。

(ただ、意外で)

 ひどく意外でーー戸惑っている。
 何があっても、ヒトなんか殺しそうにない人だと思っていた。
 そんなことで、皇帝が務まるのか、と……。

(余計な心配だったわけだなぁ)

 高宗元に関しては"しゅ"にかかっていたとはいえ、完全にやりすぎだった、と思う。
 私をさらったことはともかく、……皇帝に刃を向けた。
 その場で手打ちで済んで、まだマシだと言わざるを得ない。

(昨夜の玉藻さんの説明では)

 そんな風に思い出す。
 あの"呪"、たしかに欲望を増幅させはするけれど、実行に移すか否かは本人の気持ち如何だと。
 結局のところ、あの人は自分の欲望に負けたのだ。

(国を牛耳って何が楽しいんだろ)

 気苦労ばかりが増える気がするのだけれど。

「娘子~!」

 思考に沈んでいた寝起きの頭に、響くように香桐こうとうさんの声。と、勢いよく開かれた扉。

「こ、香桐さん、おはよう」
「ご、ご無事で、ご無事でなによりでしたぁあ」

 ぼろぼろ泣きながらしがみつかれて、思わず頭をヨシヨシと撫でて……ふと、気がつく。

「香桐さん、大丈夫だったの?」

 貴太妃きたいひは、後宮ここではなにもしなかったのだろうか?

(浩然は無事だと、司馬様が確約してくれたけれど……)

 顔がみたいなと思う。本当に怪我ひとつ無いのだろうか。
 あんまり関わっちゃダメだとは、思うのだけれど。……今回も、なんだか巻き込んでしまったみたいだし。

「無言の宮女たちに追われましたがね、なんとか逃げ回ってやりましたよ!」
「無言の宮女?」

 はい、と香桐さんは頷く。

喬蘭きょうらん……様、の宮女たちです。なぜか一言も喋らないのですが」
「へぇ」

 頷きながら思う。無言で追い回されるの、すっごい怖いけれど……。

「嫦娥様付き女官宮女、全員逃げおおせましてでございます」

 というか隠れておりました、とあっけらかんと香桐さん。

「隠れていた? どこに?」
「皇太后宮にございます」
「皇太后宮!?」

 思わず玉藻さんを見るけれど、玉藻さんは知らぬ顔で鼻なんか舐めてる。……犬って舌長いよね。

「無言の宮女たちから逃げ回っておりましたら、皇太后様付きの女官様に手引きされまして」

 そのまま今朝まで潜伏(?)していたとのこと。

「皇太后様、どうやら宰相閣下のなさったこと、総てお見通しだったようにございます」

 私はぽかんとその話を聞いた。
 ……皇太后様、本当に、何者なの?
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