前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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「それより母后ははうえ、少しお話が」
「あらヤダ良かった、あたくしもよ。あたくしもあるの」

 嬉しげに皇太后様は言う。

「立ち話もなんですから、そうね、お茶でも如何いかが?」
「……どの口でソレを言いますか」
「この口よ?」

 紅い唇で上品に笑って、皇太后様は言う。

「お茶を」

 ぱん、と手を叩くと、わらわらと女官さん宮女さんが中庭の、盛りも盛りな桃の木のそばにテーブルと椅子を設置セッティングする。

烟茶えんちゃの良いのが入ったの」

 椅子にゆったりと腰を下ろしつつ皇太后様が言うと、憂炎様は「げ」と唇を尖らせた。

「俺それ嫌いだと」
「こら皇帝が好き嫌い言ってはいけません」

 め、と皇太后様が言って、憂炎様は眉間を押さえた。

「母上、俺を何歳だと」
「好き嫌い言うのは子供です。すなわち貴方は子供です。皇帝の癖に」

 ふん、と皇太后様は私を見て微笑む。

「嫦娥は烟茶はお好き」
「あ、はぁ」

 少し味にクセがあるって言うか、前世で言うと某下痢止めみたいな匂いだけど、まぁ嫌いじゃない。

「良かったわ」

 にこり、と笑う皇太后様とその調子ペースに巻き込まれて半ば茫っとする私たちの前に、茶器が給仕サーヴされた。

「そ、それでですね母上」

 憂炎様が口を開く。

「あの」
「失礼いたします陛下」

 す、と綺麗な声とともに、獅子狗シーズーを抱いた女官さんが現れた。

「皇太后陛下、獅子狗、回収いたしましてでございます」

 抱かれているのは、玉藻さんより少し大きい獅子狗。男の子かな? 人懐こそうに尻尾を振っていた。

「あらヤダ、憂炎ごめんねお話中に。これとっても大事な最優先事項だから許してね」

 嬉しげに皇太后様はその獅子狗を受け取る。

「可愛い子。いい子」

 褒められて、獅子狗はとても嬉しそう。

「……って、それですよ。獅子狗です」

 憂炎様は指をさす。

「いいですか、なぜ嫦娥にきゅ」

 憂炎様の唇を、皇太后様の嫋やかな指がそっと塞ぐ。

「粗忽な子。皇帝の癖に」

 ぐっと憂炎様が押し黙ってる間に、皇太后様はさっと指を振った。女官さん宮女さんがぞろぞろと下がっていく。
 それを確認して、憂炎様は口を開いた。

「……九尾の狐だなんて。どういうことです」
「あの子がネ、嫦娥が気になっていたようだから」
「気になる?」
「不味そうで面白そうなんですって」

 あ、それ皇太后様にも言ってたんだ……不味そうって。

「舐めたら苦そうなんですって」

 それも言ってたんだ!

「に、苦そう……?」

 憂炎様はちらりと私を見ながら戸惑っている。そりゃそうだ。

「あの、苦くありません」

 多分。

「それは嫦娥、不肖の息子が貴女の肌を舐め回しても良いということ?」
「へ?」

 思わずぽかんと皇太后様を見つめる。え、舐め回……? なにを?

「母上ッ」

 少し上擦った憂炎様の声に、皇太后様は肩をすくめて「あらヤダ」と呟いた。

「ま、そんな訳で嫦娥にあげたの。 ダメ? 嫦娥はあの子、どう?」
「あ、ええと。好きです」
「そう」

 ふんわりと皇太后様は笑う。

「良かったわ」
「……何も分かりませんが」

 憂炎様がそう言葉を受けた。

「そ? あのね、要はあの子、暇してたのよ。何千年も男の心臓ーーそれも、普通の心臓じゃダメなのよ。皇帝やそれと同等の男じゃないとーーばかり狙って生きてきたでしょう?」
「いや、でしょ? って言われましても」
「そうなのよ。それがいきなり獅子狗として御座敷犬として暮らせって言われても、ねぇ?」
「ねぇじゃないですよ」

 諦めたように、憂炎様はため息をつく。

「というか、皇帝の心臓って言いました?」
「ええ」
「そんなあやかしを俺の側に!?」
「もうあの子、そんな妖力ちから無いわよ」

 ふふ、と皇太后様は笑った。

「嫦娥は未通女おぼこいでしょ? 後宮ここでそんなでは、殺されてしまうでしょうに」
「俺が、」
「次は見つけた時には死んでるかも」

 す、と目を細めて私を見た。
 ぞくりと怖気が走って、私は身を正す。

(そうだ、)

 殺されててもおかしくなかったんだーー。
 たまたま、宗元は「なにか」を確かめたくて、そのために私を殺さなかった。

(その「なにか」って?)

 私の背中を見ていた。火傷、とそう言っていた。
 頭の中がモヤモヤする。
 なにかを、忘れているような。
 なんで私、背中を火傷してるんだろう。

「だからね、少しは守ってくれるわよ。いちおうは大妖だったのだからーーじゃ、次はわたくし」

 皇太后様は唇を優雅に上げた。

「少し嫦娥にお願いがあって」
「わたくし、ですか?」

 きょとん、と皇太后様を見る。

「ええ」

 嬉しげに、皇太后様は目を細めた。

「いざという時に、この子を殺して欲しいの」
「……は?」

 憂炎様も訝しげな顔をして皇太后様を見ている。

「この子、って」
「? 憂炎のことだけれど?」

 明日の天気はどうでしょうね。
 そんな口調で、皇太后様はなんでも無いことのように、そう言った。
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