前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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記憶(下)【磊視点】

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「次は阿兎~、じゃなくて嫦娥なの」

 愚妹いもうとの声に、ハッとする。と、同時に怒りで目の前がくらくらした。

(……なに勝手に、変なしゅかけてくれてたんだ?)

 それさえなければ、今頃嫦娥こいつ後宮こんなとこになんか、いなかった。
 俺の家で、俺のために笑ってくれていたかもしれないのに。

(……いや、違うか)

 そう思う。
 こいつが15せいじんになったのはつい最近のはずだ。
 14の時には、後宮ここに侵入してきて、憂炎と再会していた。
 あの日の、冷え切った嫦娥。

(俺は剣で斬った)

 まだ彼女の頬に、うっすらと残る刀傷。
 すでに。
 その時に、俺が手に入るヒトではなくなっていたーー憂炎と、再会したその瞬間に。
 どんな形であれ、それは間違いなかっただろう。
 皇帝が、欲したのだから。
 例え、記憶を無くさず自分と嫦娥が結婚していたとしても、彼女は後宮へと望まれただろう。

(最初から、手に入らなかったんだ)

 むしろ、記憶を封じられてて良かった。
 そうじゃなければーー俺は憂炎を恨んでいただろうから。

「憂炎もー、あっちをむいてなの。嫦娥も少し脱がせるの」

 愚妹に言われたとおりに、憂炎は慌てて嫦娥たちに背を向けた。

「? お前。夫だろうが、あいつの裸なんか見慣れてんだろ」
「ばっ」

 ばか、と言いたかったのか何なのか、憂炎は赤くなって俺を睨む。……は?

「なに、手ぇ出してないの?」
「……煩いなぁ」

 憂炎は視線を逸らす。

(そうか)

 まだ、嫦娥は誰のものでもないのか。
 そう思うと、嬉しくてーー苦しい。
 諦めがついた方が、よっぽどラクだ。

「こやつのしゅはどこじゃ」

 獅子狗シーズーの声。

「それはね、実はぁ、ここに」
「ひゃあ!?」

 衣擦れの音と、嫦娥の慌てたような声。

「ちょ、ちょっと林杏りんしん様!?」
「暴れないでなの、嫦娥」
「暴れないでっていうか、ひゃあん!」

 背後で起きている、なにか。

「……えっなにが起きてんの?」

 憂炎が落ち着きのない顔で言う。

「嫦娥、なにされてるの?」
「知るか」

 答えながら思う。マジで何やってんだあの性悪妹!

「やっ、やだっそんなとこっ、」
「こら落ち着け嫦娥、妾も呪が見たい……ふむ、素晴らしいなぁ。妾、全く気がつかなんだ」
「でっしょ~う? アタシ割と天才寄りなのね。ほら、これをこう」
「ひゃっ! や、ぁっ」

 嫦娥の上擦った声。
 振り向きたいような、振り向くのが怖いような。

「オイコラ愚妹、ふざけてんなよ!」

 さすがに叫ぶ。
 憂炎は顔を覆っていた。耳まで赤い。こら何想像してんだアホ皇帝。さすがにお前が想像してるようなことは……してないよな? してないと信じるぞ妹!

「煩いですよ愚兄おにいさま。……はい、できました」

 振り向くと、たもとを抑えて長椅子でくったりしている嫦娥と、満足そうな愚妹。
 上気した顔で、潤んだ瞳で。

「……もうお嫁に行けない」
「大袈裟じゃのう!」

 ケタケタと笑う獅子狗。
 林杏は生真面目そうに前髪をかき上げて、金色の目を細めた。

愚兄おにいさまも、もう大人なのですから辛いだの苦しいだの言わないでくださいね? 嫦娥、ねえ、愚兄のせいじゃないですもんね? 火傷」
「えっ」

 嫦娥はなんとか体を起こして、少し考えるように首を傾げた。
 それから、ふんわり笑う。

「はい、違いますよ」
「ね? ほら、だってアタシのせいだもん」
「お前というやつは」

 怒る気も失せる。

「林杏のせいでもないよ」

 嫦娥が愚妹を呼ぶ呼称から、「様」が抜けた。

「あれ、司馬様についてったの、私の勝手だし」
「ですってよ愚兄」
「お前は少しは反省しろ」

 長い前髪越しに、額を叩く。愚妹は少しムッとした顔をするけど、あー。この顔、「ごめんなさい」したいけどできない時の顔だ。少しは素直になれ。
 嫦娥は憂炎を認めて、何度か瞬きをした。それから、笑う。

「……あ、ほんとだ。私、憂炎様に花冠、作ってましたね」

 俺ではなくて、憂炎にそう笑う。
 胸が痛い。
 本当は、と言いたい。お前は俺のとこに来るはずだったのに。

「わ、その辺も思い出したの?」

 嬉しそうな憂炎の声。
 答えたのは愚妹。

「ですです~、とにかく、嫦娥の愚兄に関する記憶を……はぁ、全消ししてたんでぇ、憂炎の記憶もとばっちりで消えてたですよ」
「すごいけどさぁ、もうやらないでね」

 憂炎に言われて、曖昧に肯く愚妹。
 ばちりと嫦娥と目が合う。

「あのな」
「はい」
「……嫦娥」

 名前をそっと呼んだ。
 それでいい、と思う。
 それだけで。

「……磊」

 あの頃と同じように、彼女が俺を呼んで、笑った。
 ほんの少し、泣きそうになった。
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