前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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「……え、ごめん、無理してるの?」

 私は眉を下げる。

「ごめん、急に来たから」
「や、だから大丈夫だって」

 そう磊は言うけれど、少しおでこも汗ばんでいるような。

「私、磊に嫌な思いさせてばっかだ」

 思わずついて出た言葉に、磊はその鋭い目をさらに険しくさせた。

「嫌な思いなんか、いっこもしてねー」
「磊」
「そんな風に思うな」
「ごめん」
「謝んなって言ってんだろが」

 む、と口を引き結ぶ。

「わかった。……ありがと」
「どーいたしまして!?」

 なぜか磊はふん、と鼻息荒く言って、それから浩然に私と林杏を禁城まで連れて行くようにまた指示を出した。

「ごめんなさい、鳳果様。林杏とまだお話したかったでしょうに」

 司馬邸の庭を歩きながら、私は謝る。

「いえ、今日の本命は磊様とお話だったのです。しかし、あまりご調子も良くないようでしたので」
「そう、ですか」

 やっぱり無理させていたらしい。
 胸が痛んだ。無理して会ってくれなくても良かったのに……。

「馬を用意してきます」

 歩き出した浩然に、私は早足で駆け寄る。

「ね、もしかして赤麒せきき、いる!?」
「ああ」

 浩然は笑って頷く。

「城まで赤麒に乗るといい」
「嬉しいっ」

 私は鳳果様と林杏を振り向いた。

「ここで待っててください! 私も馬を連れてくるの、手伝ってきます」

 少し先に歩いていた浩然に追いつき、その顔を見上げるとーーぴり、とした雰囲気だった。
 真剣な顔。

「……嫦娥」
「なぁに?」
「あの約束、覚えてるか」
「約束……」

 浩然との、約束。
 南へ行こうって。2人で逃げようって。

「……うん」

 小さく、うなずきたとき。

「なんの話をしてるのかな」

 聞き覚えのある声に、ばっと振り向く。
 そこには。

「……っ憂炎様!?」
「やぁ嫦娥。遅いから迎えにきたよ」
「えぇ……」

 どうやらバレバレだったらしい……。
 さっと浩然は跪拝した。

「あの」
「怒ってはないよ。心配しないで」

 憂炎様は軽く首を傾げた。

「ねぇ浩然。なんの話をしてたの?」
「……特に。皇上」
「そう」

 憂炎様は薄く笑って、それからざっと踵を返した。

「少し磊の顔を見てくるね。嫦娥に馬は大丈夫、俺のに乗せて帰るから」
「……御意」

 浩然は礼を取ったまま、返事をする。
 憂炎様は少し振り向いて、にこりと笑った。

「赤麒と会っておいで、嫦娥」
「は、はい」

 赤麒に乗れないのは残念だけれど、と浩然と厩舎うまごやへ向かう。
 さすが軍人一族の司馬家の厩舎、そこは立派な馬がずらりと並んでいた。

「でもやっぱり一番は赤麒よね!」
「親バカだなぁ」
「ほっといてよ」

 小走りに駆け寄る。
 赤麒はとっくに私に気づいていて、嬉しげに鼻をならしてくれた。

「赤麒ー!」

 その顔に頬を寄せた。
 ぶるるる、とご機嫌な息。

「ああ可愛い。ウチの人が悪い寝てばっかの獅子狗シーズーとは比べものにならない」
「聞かれたら怒られるぞ」
「ふふふ」

 私はよしよしと首筋を撫でた。気持ち良さげに赤麒は目を細める。

「いや、立派なものですね」
「鳳果様」

 厩舎の入り口に、鳳果様と林杏の姿。

「憂炎に、行ってこいって、言われたのなの~」

 なんでだろ? と首を傾げる林杏に、私は苦笑する。
 さっきの、なんか誤解されたのかも。

(もう一緒に逃げる気は、きっと浩然にないのに)

 だって、もう夢が叶いそうなのに。
 私なんかに、構ってる暇はないよ。

(でも、……手紙)

 迎えに行く、って頭文字に。

(偶然? それとも)

 目が合う。浩然は涼しげな目元をほんの少し、細めた。

「おー、赤麒が大人しいの」
「あれ、林杏に懐いてない?」

 磊には割と柔順だとか聞いたけれど。

「懐いてないどころか、厩舎に一歩でも入ったらものすごく嫌がられるの、なの」
「なんでよ赤麒、あの子、私の友達だよ?」

 ぶひひん、と赤麒は鼻を鳴らす。まったく、人見知りが激しいんだから。

「ま、いいの、なのー。ねえ浩然、こっちきてー。ほらここ、厩舎の妖避けが、はあ、剥がれかけてるなの。作り直すから手伝って」
「はいはい」

 なんだか仲の良い雰囲気に、ほんの少し胸が痛む。
 まるで兄妹のようにーー。
 私の立場を、まるっと林杏にとられたみたいに。

(私バカみたい)

 そんな風に捉えるのは間違ってるし、私はそんなこと言える立場じゃない。
 厩舎のなかに、鳳果様とふたり、残される。

「良い馬ですね」

 赤麒をほめられて、私はついニッコリと微笑む。

「でしょう?」
「実にーーしかし、皇上おかみには驚きました」
「?」
「わざわざ迎えにいらっしゃるとは」
「あー……あはは」

 怒ってはない、とは言っていたけれど。

「ご自分の寵姫がなんて知って、気が気ではなかったのでしょうね」

 その言葉に、私はぽかんと鳳果様を見つめた。

「……え?」
「? なにか」
「いま、鳳果様」

 聞き間違い?
 ううん、そんなはずない。

("元夫のところに"……そう言った)

 磊と私が夫婦だったのは、あくまで漫画の中の出来事。
 それを、鳳果様は、知っている?
 呆然としながら、私はそっと口を開いた。
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