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参上! 花筏ノ巫女編
プロローグ:さすらいの巫女
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「当主様、お待ちください! 今日は、今日こそは!」
「責務を! 当主としての責務をお果たしくださいませ!」
「えぇい! 神託が下った今、尚更ここにいられぬ! わっちは行かねばならぬのじゃ!」
どたどたと、慌ただしく武家屋敷の縁側を走る数名の女たち。汗水垂らしながらも、息を切らせず走り続ける彼女たちの先に、美麗な巫女服をはためかせ、縁側を全力疾走する少女が淡く光る薙刀を振り回しながら逃げ惑う。
事情は分からないまでも追いかけっこをしていることだけは分かる。しかし、その情景よりも目につくのは、彼女たちの様相が特異なことであった。
追いかける巫女たちも追いかけられている巫女も、皆同じ顔、同じ服装、同じ体躯をしている。それらの要素に寸分の違いはない。まるでクローン技術で造られたのではないかと思わせられるほど同一である。
「くッ、爺!! そなたまでわっちを阻むと申すか!!」
誰もそんな異常な状況に疑問に思っていないのが不思議だが、次の瞬間、左側の通りから毛色の違う何者かが、数名の巫女たちを連れてきて現れる。少女は思わず、足を止めた。
「当然じゃ。溜まりに溜まった責務、此度果たさずしていつ果たす?」
逃げ惑う巫女の進行方向を妨害するように現れた、漆黒の道着を身に纏う老人。数名の巫女を背後に控え、彼女の逃げ道を完全に塞ぐ。
漆黒の道着を着こなす老人は、あらゆる生物を殺さんとするほどの熱い視線で巫女を射抜く。同時に、老人の身体全体から滲み出る漆黒のオーラが周囲の空気を蝕み、自然に吹き抜ける風の音すら躊躇なく掻き消していく。
「神託が下ったのじゃ! 責務は必ず果たす! じゃから……」
「ならぬ!! 放っておけばいつまでものらりくらりと放蕩しおって、この親不孝者めが!! 栄えある母君より授かりしその任、いま果たさねば花筏の名折れぞ!!」
「放蕩とは失敬な!! わっちは巫女ぞ? 偉大なる独神様より授かりし説法を民草に伝え、民草の平和を守ることこそが、花筏の真なる務め!! 神託が下ったならば尚更ぞ!!」
「黙れぃ!! 神託、並びに独神様を冒涜する気など皆無じゃが、目の前の責務を果たせぬ者が、神の声を代弁するなど烏滸がましい!! その心根、この笹舟造次が叩き直してくれる!!」
笹舟造次と名乗ったその老木は、漆黒の道着を着こなすだけでは飽き足らず、全身から滲み出していた常闇のオーラを全力開放する。
それはもはや、漆黒の覇気。
「ぬぅ……やはり爺に口は効かぬか……なればこそ」
少女もまた、身体を白く淡い光の覇気で身を包む。
造次が放つ漆黒の覇気と同等の覇気。暴虐の嵐を己の意志で完全に統制してみせたそれを、己の血肉のように着てみせる。
「押し通る!!」
漆黒と淡白。色と濃淡こそ違えど、同じ密度、同じ力量の覇気が武家屋敷の縁側で衝突する。そしてそれらは、熾烈な物理現象となって現実となる。
障子を粉砕し、壁を焦がし、縁側の床を砂塵へ。何者も寄せつけない覇気の濁流の中で繰り広げられる両者の猛烈な攻防は、もはや災害に等しい。
その根本とはまさしく力、そしてその力に根づく技。両者とも、真正面から受け止めてしまえば容易くその身を砕く一撃を、紙一重で躱し合って命を繋いでいた。
厳密には躱し合っているというよりも、受け流し合っているという表現が正しいであろう。
両者の攻防は、すでに常人の視力では見切れない速度に達している。拳が受け流される度、空気が炸裂する爆音が響き渡り、その勢いで壁が、床が、土壌がへしゃげる。
武家屋敷として格式のあった美麗な縁側は、すでに見る影もない。一撃破壊の応酬に、もはやその美しさはそこになかった。
拳を交わし合うこと、およそ二十秒。造次と名乗った老木は、突如攻め手を変える。今まで打ち込み、受け流しを繰り返していた両者だが、少女が打ち込んできたのを見計らい、その腕を鷲掴んだのだ。
両者相反する覇気を纏っているせいか、触れた瞬間に覇気による猛烈な反応が炸裂する。黒と白、相反する色彩の落雷が、両者と目の鼻の先で爆発したのだ。
「いっぽおおおおおおおおおおん!!」
渾身の背負い投げ。少女の打ち込みと踏み込みの勢いをそのままに、覇気の衝突で生じたエネルギーを組み合わせ、一気に畳みかける造次。
無論、まともにくらえば人間など肉片すら残らない。造次よりも背が低くか弱そうな、華奢な少女ならば尚更だ。
「な……!! ぐぅお!?」
その少女が文字通り``華奢な少女``であったなら、の話だが。
造次と名乗った老木は目を見開かせて呻くが、次の瞬間に何故か彼の方が床に沈んでいた。それはもはや、常人の認識能力をはるかに超越した、一瞬の出来事であった。
彼が地に沈んだことで、武家屋敷の縁側は跡形もない。むしろ縁側を支えていた地盤すらへしゃげ、せっかくの武家屋敷は深刻な地盤沈下により、真っ二つに割れている。
スイカ割りならぬ、地盤割り。ものの見事に、彼は地面に縫い込まれてしまっていた。
「体が……動かぬ……?」
「爺の力、``殺意の波動``に干渉し、波動を逆転させた。しばらくすれば動けるようになろう」
「ふん……干渉を破壊する干渉に干渉する、か……ますます腕を上げたの」
「冗談じゃろうて。本気でなかったろうが」
「ふはは、そなたこそ。だがの、これで終わりではないわ」
造次の得意げな表情とは裏腹に、少女の表情は、より一層険しくなる。
そう、彼女は文字通り本気など出していない。ただ造次と名乗る老木が問答無用で挑んできたため、必要最低限の組手で応えていただけである。本当に警戒していたのは、彼ではなく―――。
「当主様、ご覚悟!!」
「今日こそは我らが花筏巫女衆、その頭領としての責務!!」
「果たしていただきます!!」
少女と同じ顔、同じ服装、同じ体躯をした巫女たち。さっきまで造次の背後に控えていた女中らしき者たちが、一斉に動き出す。
「空ければ……」
「結びて界せ……」
複数のうち三人の身体が光り出すと、少女の足元から白い膜状の何かがせり上がる。少女はそれを見逃さなかったが、何故か彼女の注意はすぐに背後へと向いた。彼女の背後にも、数人の巫女が体を蛍のように光らせていたからだ。
造次との組手の際に地面に落とした薙刀をすばやく手にとる。その瞬間、少女の顔つきが一瞬にして少女らしからぬ表情へ変化した。武の頂を純粋に目指す、``猛者``の顔へと。
―――``かの歩みの所、八衢故零れ梅``
―――``巫女装束、洗濯陽天``
造次の背後に控えていた三人の巫女は、結界を張った後一斉に白色の雷が放つ。だがそれを見切れない少女ではない。必要最低限の所作で、その全ての雷は空を割く。
少女は一瞥などしない。少女を射抜かんと右へ、左へ、上へと飛び回る雷など目も暮れず、彼女を追いかけていた全く別の巫女と目を交わす。
―――``飛雲に紛れる所、かのものを求め散り桜``
―――``至る所に、此処に鈞天``
その巫女たちの動きが目に見えて遅くなる。まるでスローモーションビデオにでもかけたような遅さに、巫女たちは悔し紛れに歯噛みする。
「略式、空結界」
次の瞬間、巫女たちの身体にも白い膜状の何かが侵食する。動きが緩慢になった巫女たちを反撃する暇も与えぬまま一瞬にして包み込むと、巫女たちは三人とも時間が停止したかのように、その場で完全に静止。悔しさ満載の表情で動こうと足掻くが、指一本動かせない。
「姉様方に間合いを踏み込まれては、逃げられぬのでな。お許しくだされ」
最後に、淡く光る前方の三人に振り向く。
少女も膜状の結界に完全に閉じ込められるまで、あと五秒もない中、上空で雷を放っていたはずの三人の巫女が、なんと既に彼女の目と鼻の先にまで詰め寄っていたのだ。
経過時間にして一秒経過しているかどうかという、ごくごく僅かな時間。もはや転移魔法を彷彿とさせる、人知を超えた移動速度である。だがそれでも、少女に一片の焦りはない。
薙刀を虚空に消し、落ち着いた温和な表情で、詰め寄ってきた巫女たちに手を伸ばした。
―――``徒手空拳、浸透蒼天``
彼女が三人の巫女たちのうちの一人に触れた、その瞬間だった。
その一人を起点とし、少女を閉じ込めようと展開された結界もろとも彼女の目前まで詰めた巫女三人はあっという間に吹き飛ばされてしまった。
巫女たちもろとも大規模結界含め周囲の全ての物体を巻き込む破滅的な衝撃波。武家屋敷の一部がもう見るに堪えない状態になってしまっているが、彼女はそんな惨状にすら目も暮れず、真上に天高くとびあがる。
軽く十メートルは飛び上がっただろうか。武家屋敷の屋根に見事着地してみせた。
「姉様方、裏鏡水月との戦いの傷が癒えておらぬのじゃから、無理はいかんぞ無理は」
「何を言っているのです!」
「それは貴女様とて同じでしょう!」
「こっ酷く負けた者が、堂々と胸を張るものではありません!」
「わっちは負けておらぬ! 負けを認めねば負けではないのじゃ! 母様ならば、そう言うたはずじゃぞ!」
「とうしゅさま、ごかくごー!」
「ごかくごー!」
地団駄を踏む少女の背後から、同じく屋根をよじ登ってきたのだろう。同じ顔、同じ服装こそしているが、背丈が半分程度の巫女たちが二人、ひょっこりと姿を表す。そして彼女たちもまた人智を超えた速度で飛びかかった。
彼女らは幼女であったが、その敏捷能力は普通の人間の動体視力で捉えられる速さではない。音もなく、ものの見事に敵を射抜くライフル弾のそれである。背後を取られている以上、回避は困難であろう。だが。
「ふぇ?」
「あれー?」
地団駄を踏んでいた少女は二人の幼女がのしかかった瞬間、白色の煙となって消えてしまったのだ。
勢い余って頭から屋根に突っ込んだせいか、なにがなんだか分からず、お互いを見やる幼き巫女たち。そんな彼女らに下にいた背の高い巫女たちが、額に手を当てて、一斉に大きくため息を吐いた。
「あれは霊力によって精巧に形作られた幻」
「本体はもう、この辺りにはいませんわ」
「人工霊体を見破れぬようでは、修行が足りませんよ」
「まったく、当主様も当主様です。この手の小技ばかり得意になって……」
「ご、ごめんなさーい」
「とうしゅさま、すごい……」
幼き巫女たちは当主と呼ぶ少女に感銘を受ける一方で、背の高い巫女たちは額に手を当て、どうしたものかと呆れる一方である。
「此度も、逃げられてしもうたか……」
同じ姿といえど三者三様の態度を取る中で、造次と名乗った老木が付き添いの巫女一人に加え、背の高い巫女二人に担がれて現れる。
少女を閉じ込めるために少女をかたどった膜状の結界を張り、雷も放ちながら一秒以内に少女の間合いへ詰めたものの、一瞬で吹き飛ばされてしまった巫女たちだ。命や体に大事ないようだが、巫女服はところどころ破け、全身は煤だらけであった。
「面目ありません、造次様」
「構わぬ。儂らの修行が足らなかっただけのこと」
「して造次様、やはり……」
「……儂が代行するしかあるまいよ……」
「そうですか……」
「では早速」
「む……? むむ?」
付き添いの巫女三人に、屋根にいた人工霊体と会話していた巫女三人を合わせた、同じ背丈の巫女計六人。まるで口裏を合わせていたかのように、一斉に書類の山をどこからか取り出した。
造次は目を見開かせたが、一瞬で顔をしかめる。自分が追い込まれた状況を理解したのだ。
「今月と先月、先々月の責務と」
「裏鏡水月襲撃によって破壊された本殿の修理に」
「今回の当主捕獲作戦で破壊された庭と縁側と屋敷の修理」
「「「よろしくお願いします、当主代行!!」」」
それは、事実上の忙殺勧告。額に青筋が浮かび、漆黒の覇気が滲み出た。
その覇気は少女と手合わせしたときの比ではない。大地は悲鳴をあげ、木々は泣き叫び、鳥たちや野生動物は慄いて一目散に逃げ惑う。怯まぬは、彼を取り囲むように書類の山と日曜工具を手渡そうと、満面の笑顔で見つめてくる巫女たちのみ。
「おのれぇ……若き潤沢な肉体を持ちながら、この命短し老体をこき使うとはぁ……!! 許さぬ、絶対に許さぬぞ……!! いつか必ず当主としての自覚、この拳で刻み込んでくれるわ……!! 覚えておれ、百代おおおおおおおお!!」
老木の野太い咆哮が、虚しく空を割いた。
その日を境に、山々から鳥の囀りがしばらく聞こえなくなる珍事が起き、その尻拭いもさせられることとなるのだが―――それは、少女が罷り知らぬことである。
「責務を! 当主としての責務をお果たしくださいませ!」
「えぇい! 神託が下った今、尚更ここにいられぬ! わっちは行かねばならぬのじゃ!」
どたどたと、慌ただしく武家屋敷の縁側を走る数名の女たち。汗水垂らしながらも、息を切らせず走り続ける彼女たちの先に、美麗な巫女服をはためかせ、縁側を全力疾走する少女が淡く光る薙刀を振り回しながら逃げ惑う。
事情は分からないまでも追いかけっこをしていることだけは分かる。しかし、その情景よりも目につくのは、彼女たちの様相が特異なことであった。
追いかける巫女たちも追いかけられている巫女も、皆同じ顔、同じ服装、同じ体躯をしている。それらの要素に寸分の違いはない。まるでクローン技術で造られたのではないかと思わせられるほど同一である。
「くッ、爺!! そなたまでわっちを阻むと申すか!!」
誰もそんな異常な状況に疑問に思っていないのが不思議だが、次の瞬間、左側の通りから毛色の違う何者かが、数名の巫女たちを連れてきて現れる。少女は思わず、足を止めた。
「当然じゃ。溜まりに溜まった責務、此度果たさずしていつ果たす?」
逃げ惑う巫女の進行方向を妨害するように現れた、漆黒の道着を身に纏う老人。数名の巫女を背後に控え、彼女の逃げ道を完全に塞ぐ。
漆黒の道着を着こなす老人は、あらゆる生物を殺さんとするほどの熱い視線で巫女を射抜く。同時に、老人の身体全体から滲み出る漆黒のオーラが周囲の空気を蝕み、自然に吹き抜ける風の音すら躊躇なく掻き消していく。
「神託が下ったのじゃ! 責務は必ず果たす! じゃから……」
「ならぬ!! 放っておけばいつまでものらりくらりと放蕩しおって、この親不孝者めが!! 栄えある母君より授かりしその任、いま果たさねば花筏の名折れぞ!!」
「放蕩とは失敬な!! わっちは巫女ぞ? 偉大なる独神様より授かりし説法を民草に伝え、民草の平和を守ることこそが、花筏の真なる務め!! 神託が下ったならば尚更ぞ!!」
「黙れぃ!! 神託、並びに独神様を冒涜する気など皆無じゃが、目の前の責務を果たせぬ者が、神の声を代弁するなど烏滸がましい!! その心根、この笹舟造次が叩き直してくれる!!」
笹舟造次と名乗ったその老木は、漆黒の道着を着こなすだけでは飽き足らず、全身から滲み出していた常闇のオーラを全力開放する。
それはもはや、漆黒の覇気。
「ぬぅ……やはり爺に口は効かぬか……なればこそ」
少女もまた、身体を白く淡い光の覇気で身を包む。
造次が放つ漆黒の覇気と同等の覇気。暴虐の嵐を己の意志で完全に統制してみせたそれを、己の血肉のように着てみせる。
「押し通る!!」
漆黒と淡白。色と濃淡こそ違えど、同じ密度、同じ力量の覇気が武家屋敷の縁側で衝突する。そしてそれらは、熾烈な物理現象となって現実となる。
障子を粉砕し、壁を焦がし、縁側の床を砂塵へ。何者も寄せつけない覇気の濁流の中で繰り広げられる両者の猛烈な攻防は、もはや災害に等しい。
その根本とはまさしく力、そしてその力に根づく技。両者とも、真正面から受け止めてしまえば容易くその身を砕く一撃を、紙一重で躱し合って命を繋いでいた。
厳密には躱し合っているというよりも、受け流し合っているという表現が正しいであろう。
両者の攻防は、すでに常人の視力では見切れない速度に達している。拳が受け流される度、空気が炸裂する爆音が響き渡り、その勢いで壁が、床が、土壌がへしゃげる。
武家屋敷として格式のあった美麗な縁側は、すでに見る影もない。一撃破壊の応酬に、もはやその美しさはそこになかった。
拳を交わし合うこと、およそ二十秒。造次と名乗った老木は、突如攻め手を変える。今まで打ち込み、受け流しを繰り返していた両者だが、少女が打ち込んできたのを見計らい、その腕を鷲掴んだのだ。
両者相反する覇気を纏っているせいか、触れた瞬間に覇気による猛烈な反応が炸裂する。黒と白、相反する色彩の落雷が、両者と目の鼻の先で爆発したのだ。
「いっぽおおおおおおおおおおん!!」
渾身の背負い投げ。少女の打ち込みと踏み込みの勢いをそのままに、覇気の衝突で生じたエネルギーを組み合わせ、一気に畳みかける造次。
無論、まともにくらえば人間など肉片すら残らない。造次よりも背が低くか弱そうな、華奢な少女ならば尚更だ。
「な……!! ぐぅお!?」
その少女が文字通り``華奢な少女``であったなら、の話だが。
造次と名乗った老木は目を見開かせて呻くが、次の瞬間に何故か彼の方が床に沈んでいた。それはもはや、常人の認識能力をはるかに超越した、一瞬の出来事であった。
彼が地に沈んだことで、武家屋敷の縁側は跡形もない。むしろ縁側を支えていた地盤すらへしゃげ、せっかくの武家屋敷は深刻な地盤沈下により、真っ二つに割れている。
スイカ割りならぬ、地盤割り。ものの見事に、彼は地面に縫い込まれてしまっていた。
「体が……動かぬ……?」
「爺の力、``殺意の波動``に干渉し、波動を逆転させた。しばらくすれば動けるようになろう」
「ふん……干渉を破壊する干渉に干渉する、か……ますます腕を上げたの」
「冗談じゃろうて。本気でなかったろうが」
「ふはは、そなたこそ。だがの、これで終わりではないわ」
造次の得意げな表情とは裏腹に、少女の表情は、より一層険しくなる。
そう、彼女は文字通り本気など出していない。ただ造次と名乗る老木が問答無用で挑んできたため、必要最低限の組手で応えていただけである。本当に警戒していたのは、彼ではなく―――。
「当主様、ご覚悟!!」
「今日こそは我らが花筏巫女衆、その頭領としての責務!!」
「果たしていただきます!!」
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「空ければ……」
「結びて界せ……」
複数のうち三人の身体が光り出すと、少女の足元から白い膜状の何かがせり上がる。少女はそれを見逃さなかったが、何故か彼女の注意はすぐに背後へと向いた。彼女の背後にも、数人の巫女が体を蛍のように光らせていたからだ。
造次との組手の際に地面に落とした薙刀をすばやく手にとる。その瞬間、少女の顔つきが一瞬にして少女らしからぬ表情へ変化した。武の頂を純粋に目指す、``猛者``の顔へと。
―――``かの歩みの所、八衢故零れ梅``
―――``巫女装束、洗濯陽天``
造次の背後に控えていた三人の巫女は、結界を張った後一斉に白色の雷が放つ。だがそれを見切れない少女ではない。必要最低限の所作で、その全ての雷は空を割く。
少女は一瞥などしない。少女を射抜かんと右へ、左へ、上へと飛び回る雷など目も暮れず、彼女を追いかけていた全く別の巫女と目を交わす。
―――``飛雲に紛れる所、かのものを求め散り桜``
―――``至る所に、此処に鈞天``
その巫女たちの動きが目に見えて遅くなる。まるでスローモーションビデオにでもかけたような遅さに、巫女たちは悔し紛れに歯噛みする。
「略式、空結界」
次の瞬間、巫女たちの身体にも白い膜状の何かが侵食する。動きが緩慢になった巫女たちを反撃する暇も与えぬまま一瞬にして包み込むと、巫女たちは三人とも時間が停止したかのように、その場で完全に静止。悔しさ満載の表情で動こうと足掻くが、指一本動かせない。
「姉様方に間合いを踏み込まれては、逃げられぬのでな。お許しくだされ」
最後に、淡く光る前方の三人に振り向く。
少女も膜状の結界に完全に閉じ込められるまで、あと五秒もない中、上空で雷を放っていたはずの三人の巫女が、なんと既に彼女の目と鼻の先にまで詰め寄っていたのだ。
経過時間にして一秒経過しているかどうかという、ごくごく僅かな時間。もはや転移魔法を彷彿とさせる、人知を超えた移動速度である。だがそれでも、少女に一片の焦りはない。
薙刀を虚空に消し、落ち着いた温和な表情で、詰め寄ってきた巫女たちに手を伸ばした。
―――``徒手空拳、浸透蒼天``
彼女が三人の巫女たちのうちの一人に触れた、その瞬間だった。
その一人を起点とし、少女を閉じ込めようと展開された結界もろとも彼女の目前まで詰めた巫女三人はあっという間に吹き飛ばされてしまった。
巫女たちもろとも大規模結界含め周囲の全ての物体を巻き込む破滅的な衝撃波。武家屋敷の一部がもう見るに堪えない状態になってしまっているが、彼女はそんな惨状にすら目も暮れず、真上に天高くとびあがる。
軽く十メートルは飛び上がっただろうか。武家屋敷の屋根に見事着地してみせた。
「姉様方、裏鏡水月との戦いの傷が癒えておらぬのじゃから、無理はいかんぞ無理は」
「何を言っているのです!」
「それは貴女様とて同じでしょう!」
「こっ酷く負けた者が、堂々と胸を張るものではありません!」
「わっちは負けておらぬ! 負けを認めねば負けではないのじゃ! 母様ならば、そう言うたはずじゃぞ!」
「とうしゅさま、ごかくごー!」
「ごかくごー!」
地団駄を踏む少女の背後から、同じく屋根をよじ登ってきたのだろう。同じ顔、同じ服装こそしているが、背丈が半分程度の巫女たちが二人、ひょっこりと姿を表す。そして彼女たちもまた人智を超えた速度で飛びかかった。
彼女らは幼女であったが、その敏捷能力は普通の人間の動体視力で捉えられる速さではない。音もなく、ものの見事に敵を射抜くライフル弾のそれである。背後を取られている以上、回避は困難であろう。だが。
「ふぇ?」
「あれー?」
地団駄を踏んでいた少女は二人の幼女がのしかかった瞬間、白色の煙となって消えてしまったのだ。
勢い余って頭から屋根に突っ込んだせいか、なにがなんだか分からず、お互いを見やる幼き巫女たち。そんな彼女らに下にいた背の高い巫女たちが、額に手を当てて、一斉に大きくため息を吐いた。
「あれは霊力によって精巧に形作られた幻」
「本体はもう、この辺りにはいませんわ」
「人工霊体を見破れぬようでは、修行が足りませんよ」
「まったく、当主様も当主様です。この手の小技ばかり得意になって……」
「ご、ごめんなさーい」
「とうしゅさま、すごい……」
幼き巫女たちは当主と呼ぶ少女に感銘を受ける一方で、背の高い巫女たちは額に手を当て、どうしたものかと呆れる一方である。
「此度も、逃げられてしもうたか……」
同じ姿といえど三者三様の態度を取る中で、造次と名乗った老木が付き添いの巫女一人に加え、背の高い巫女二人に担がれて現れる。
少女を閉じ込めるために少女をかたどった膜状の結界を張り、雷も放ちながら一秒以内に少女の間合いへ詰めたものの、一瞬で吹き飛ばされてしまった巫女たちだ。命や体に大事ないようだが、巫女服はところどころ破け、全身は煤だらけであった。
「面目ありません、造次様」
「構わぬ。儂らの修行が足らなかっただけのこと」
「して造次様、やはり……」
「……儂が代行するしかあるまいよ……」
「そうですか……」
「では早速」
「む……? むむ?」
付き添いの巫女三人に、屋根にいた人工霊体と会話していた巫女三人を合わせた、同じ背丈の巫女計六人。まるで口裏を合わせていたかのように、一斉に書類の山をどこからか取り出した。
造次は目を見開かせたが、一瞬で顔をしかめる。自分が追い込まれた状況を理解したのだ。
「今月と先月、先々月の責務と」
「裏鏡水月襲撃によって破壊された本殿の修理に」
「今回の当主捕獲作戦で破壊された庭と縁側と屋敷の修理」
「「「よろしくお願いします、当主代行!!」」」
それは、事実上の忙殺勧告。額に青筋が浮かび、漆黒の覇気が滲み出た。
その覇気は少女と手合わせしたときの比ではない。大地は悲鳴をあげ、木々は泣き叫び、鳥たちや野生動物は慄いて一目散に逃げ惑う。怯まぬは、彼を取り囲むように書類の山と日曜工具を手渡そうと、満面の笑顔で見つめてくる巫女たちのみ。
「おのれぇ……若き潤沢な肉体を持ちながら、この命短し老体をこき使うとはぁ……!! 許さぬ、絶対に許さぬぞ……!! いつか必ず当主としての自覚、この拳で刻み込んでくれるわ……!! 覚えておれ、百代おおおおおおおお!!」
老木の野太い咆哮が、虚しく空を割いた。
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土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
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前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
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