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参上! 花筏ノ巫女編
遭遇
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もう七月に入り、梅雨もまもなく通りすぎる時期。本格的な夏の到来だ。
気温は既に三十五度。昨日の夜にまた雨が降っていただけに、地面の水分が蒸発して湿度も高くなっている。もわもわするから体感温度はさらに高い。
外に出るや否や、うぇー、と肩を落とす。暑さは大丈夫なんだが、いかんせんジメジメした所が嫌いなのだ。
俺たちがいる場所は、任務請負機関北支部正門前。時間は午前八時五十分かそこら。任務をもちかけてきた金髪野郎と、北支部のどっかで惰眠をむさぼっているであろうポンチョ女の登場を、今か今かと日陰でひたすら待ちぼうけを食っていた。
澄連は早々と待つのに飽きて、支部内で買い食いに熱中している。一応霊子通信―――という名のテレパシー能力で金髪野郎たちが来たら呼び戻す予定だが、それゆえ今は俺と御玲の二人で待ち合わせしている状況である。
「それにしても、昨日は大変だったな……」
「そうですね……まさか部屋に沼ができてるとは思いませんでしたよ」
俺が言う昨日。それはもちろん、任務帰りから五時間かかった大掃除のことである。
俺と御玲は久三男の部屋がある地下一階の物置部屋だった部屋たちを掃除していたのだが、これがまた言葉にするのもおぞましい惨状と化していた。
まず部屋全体が緑色やら黒色やら白色やらのカビのコロニーだらけ。酷い場所だと湿気が溜まってせいで、水溜まりになったところが腐って異臭を放つヘドロの沼地になっており、到底人が住めない状態になっていた。
言うなれば、ほぼ自然に帰っていた―――という表現が正しいだろう。
澄連の中でも曲者三匹組―――カエル、シャル、ナージこと澄連トリオは何故か喜々としてカビのコロニーにダイブしたり、ウンコしたり、ヘドロ食ったりと初っ端から頭オカシイことをやらかしてくれたが、しつこい汚れや触りたくもないヘドロみたいな何かはほとんどカエルが食ってくれたので、割とすんなり綺麗にできてしまった。
ここに御玲の掃除スキルも合わさって、今や万人が住むに値する立派なワンルームとなっている。
ちなみにリビングを埋め尽くしていたダンボールの山々は、掃除が終わった後、弥平主導で分家邸に転移輸送された。
本家邸新館には置き場所が既になく、かといって流川の軍事機密に触れている物品も紛れている可能性もあって下手に捨てるわけにもいかないため、とりあえずは分家派が引き取ることしたのだ。
分家派で再度開封して中身を調べるつもりらしく、もし何か役立つ掘り出し物があれば、また持ってくると弥平は言っていた。
あの物量のダンボールをまた開封して中身一つ一つ確認する作業とか、想像しただけで気が狂いそうになる。俺には到底真似できそうにない。申し訳ないが、ここは弥平率いる分家派の皆さんに任せるとしよう。
「はぁー……」
「どした御玲」
話も一区切りついたので、ものすごく気になっていたことをようやく話題にできて安堵する。
そのものすごく気になることってのは、さっきから御玲の呼吸がやたら激しいことだ。普通に会話していてもため息を吐いているように聞こえるくらい、ものすごくしんどそうに見えて仕方ない。
家長としても仲間としても、話しながらため息レベルで呼吸が激しいと無視しづらい。
「いえ……暑くて。もう夏ですもんね……」
よく見ると御玲の顔は汗でぐっしょり。既に顎からぽたぽたと汗が滴り落ちていて、全然止まる気配がない状態だ。
確かに暑いとはいえ、そこまで汗をかくもんだろうか。流石に多すぎる気がするんだが。
「もしかしてお前……」
「ええ、そうですよ。私、暑いの苦手なんです。去年までは、凍土で生活していた身ですからね」
「そういやそうだったな……でもお前、その汗は……」
「大丈夫ですから……ふぅ……」
明らかに大丈夫に見えない。汗ダラッダラだし、というか心なしか頬も赤い。
俺たちが就職したのが六月の末頃。その頃も暑い時期はあったがそれでも三十度を超えることはなく、気持ちあったかいかな程度だった。そしてアンドロイド戦以降は少し遅れた梅雨が続き、気温はほとんど二十五度を超えず、その代わり湿度が常に高いという俺にとって動きづらい時期が続いていた。
そう考えると三十度を超える真夏日ってのは、今日が初めてかもしれない。まあもう七月に入って十日以上経つし、そういう日があっても時期的に無理もない状況ではある。むしろ、遅れ気味にやってきた梅雨の時期が涼しすぎたのだ。
ともあれ、このままだと脱水的な何かになっちまうんじゃなかろうか。俺は三十度を超えた程度で暑いなんぞ毛ほども感じないのだが、仲間が暑くてぶっ倒れられるのは流石にマズイ。
「たく、やせ我慢してんじゃねぇよ。近くに自動販売機あったし、そこでジュース買ってくっから」
「そんな無駄遣い……」
「無駄遣いじゃねぇよ。お前の身に何かあったらどうすんだ。お前は俺のメイドだが、それ以前に仲間なんだ。変な意地張ってんじゃねぇや」
自分の身よりも有り金を気にするあたり御玲らしいっちゃ御玲らしいのだが、頬をリンゴレベルで真っ赤に染めて汗ダラッダラ、よくよく見れば目の焦点も若干合ってない状態で言われても説得力は微塵も感じられない。というか目の焦点が合ってない時点で、限界ギリギリなのが火を見るよりも明らかだ。これでほっとけっていう方が酷ってもんである。
「……はいはい、分かりましたよ」
観念したのか、顔中に滴る汗を袖で拭いながら渋々と言った風に清涼飲料水を注文する。金髪野郎が準備から戻ってくるまでにサクッと買いに行ってくるとしよう。
「金髪野郎たちには、ジュース買いに行ってるって伝えといてくれ」
御玲に言伝を頼み、自転車やら自動車やらバイクやらが止まっている大規模スペースへ急ぐ。
北支部から出て右真横は駐車場になっている。俺や御玲には転移の技能球があるから乗り物に乗る機会などないのだが、大半の請負人は霊力で駆動する自動車、もしくはバイクで来る奴が多い。徒歩や自転車でくる奴もいるにはいるが、それは少数派だ。
そんで、その駐車場には人が沢山利用する。任務の帰りや任務の準備とかで喉を潤すために飲み物を求める奴が多く、だからこそ自動販売機が大量に立ち並んでいるのだ。
俺が自動販売機を利用するのは、高校生時代以来である。御玲が金の無駄遣いだといって財布の紐を緩めてくれなかったので、北支部の販売機を使うのは今日が初めてなのだ。
「うぅ……」
「つ、強ぇ……」
「な、なんなんだこのアマ……」
自動販売機の近くまで走り寄ると、なにやら自動販売機の前で誰かが揉めていた。
ブチのめされたのか、地面に倒れ伏しつつも、それでも恨めしい目で見上げるボロボロの男数人。おそらく北支部の請負人かなんかだろう。それもナリを見る限り、俺がかつてブチ殺そうとしたときにいた請負人の野郎どもと同様、取るに足らないチンピラのようだった。
装備も貧相で、ぱっと見あんまり金を持ってなさそうな風貌。さしずめ自動販売機で何か買いにくる奴らを出待ちして、身ぐるみを剥いで楽に一稼ぎしようって腹だろうか。
いくら任務受けるのがかったるいとはいえ、流石の俺でも追い剥ぎをしようとは思わない。そんな下らん真似するくらいなら、普通に任務で小銭稼ぎした方がマシなのだ。何が楽しくてこんな所で出待ちして追い剥ぎなんぞしなきゃならんのかって話である。
割り込むとなんかめんどくさそうな雰囲気なので、さっさと買うもの買いたい欲を抑え、車の影に隠れて様子を見ることにする。
「そなたら、突然襲いかかるとは何事じゃ! わっちでなければ大怪我をしておったところじゃぞ!」
自動販売機の前で仁王立ち、倒れ伏した男たちを指差してぺちゃくちゃと大声でがなり立てる少女。服装はここらで全く見かけることのない巫女装束。コスプレか何かだろうか。その割には年季が入っているような気がする。
もしかして本職。そんなわけがない。こんな北支部の駐車場で、なんで巫女がチンピラに説教を垂れているのか。巫女って寺だったか神社だったかどっちかで掃除しているイメージしかないし、多分巫女気取りのコスプレ女か何かだろう。とりあえず、覗き続行だ。
「よいか、このような下賤な真似は二度とするでないぞ。やるなら……そうじゃな、見知った相手に集る程度にしておくのじゃ!」
胸を張り、腰に手を当てて得意げに言い放つコスプレ女。
それもどうなんだろうか。追い剥ぎはダメなのに集るのはいいのか。ということはコイツも、誰かに集っていたりするってことなんだろうか。
まあ巫女のコスプレしているぐらいだし、生活に困ってそうである。よほど困窮しているのだろう。心中察する気などないが、スジは通っているので個人的には異論ない。
「く……た、集るのはいいのかよ!」
「節度を守っておれば良かろうて。わっちもしておるからの!」
「何だコイツ!」
「胸張って言うことか!」
「胸ないくせに!」
「なっ……! なんと失敬な……! 追い剥ぎをするような輩に言われとうないわ!」
予想外の反撃を受けて、少女は頬を赤らめながら胸元を隠してとぎまぎするが、結局力技でねじ伏せた。
そりゃ集りを面と向かって正当化しているのだから、反論がきても当然である。むしろ面と向かって集りを正当化できる勇気が凄い。流石の俺でも見知らぬ奴の前で自分の怠け癖を正当化する勇気はない。見知った相手なら堂々とするけど。
「さぁ、分かったなら、こんなところで油売っとらんで早々に金策を練りにいくがよい! 次ここで同じことをしておったら、このわっちが許さぬぞ!」
「く、くそ!」
「お、おお覚えてろ!」
「は、働きゃいいんだろ働きゃあ!」
抵抗しているのか、逃げているのかよくわからない捨て台詞を吐いて、男たちは北支部の中へ消えていった。残された少女は、自動販売機の前でもじもじしながら、自分の胸に手を添え、泣きそうな顔で己の胸を見つめた。
何がショックなのか。確かに女にはデカい奴と小せぇ奴がいるが、デカいのぶらさげていたら戦闘中ばるんばるんして邪魔そうだし、なにより肩凝りそうだし、デカいだけで何の役にも立たないものとしか思えない。俺には、全くもってよくわからない感覚だ。男だからだろうか。
「さて……先程から影に隠れ、でりかしーのないことを考えておるであろう輩よ! 姿を現すのじゃ!」
俺以外誰もいないはずの駐車場で、唐突に叫びだす。
まだあの男たちの残党でもいたのだろうか。でもこのあたりには俺とあの女以外の気配はない。俺の察知能力を掻い潜れるような、例えるなら弥平みたいな奴ならともかく、このあたりの連中で、そんな達人級の奴はいないはず。
もしかしてもしかしなくても、俺のことだったり―――いや、それはない。何故なら今の俺は気配を絶っている。ここらあたりの連中に勘づかれるようなヘマはしない。だから多分別の誰かだ。俺の五感を掻い潜れるとなると、結構やり手ってことになるが。
「もしッ、もしッ! そなたじゃ、そなた!」
「お、おう!?」
さっきまである程度離れた距離にいたはずの少女が、気がつけば俺が隠れている車のところまで近づき、にゅるりと身を乗り出していた。車のボディを軽く叩きながら、ジトッとした目で俺を見てくる。
「盗み聞きとは何事ぞ」
「いやいや、別にそんなつもりはねぇって。ただ自動販売機の前でゴタゴタしてたから……」
「むむ、それは悪いことをしたの。済まぬ。ここで買い物でもしようとしたら、奴らが突然殴りかかってきてのぅ……ちょいと成敗してやったのじゃ」
困った奴らじゃ、と一人嘆息する女だっが、とりあえず「そうか」と返しておく。
初対面の奴といつまでも向き合っているのは俺的にクッソ気まずいので、一緒に飲み物を買うことにした俺たちは、とりあえず自動販売機の所まで一緒に歩いていくことにした。
「お前、よく俺の位置が分かったな」
コスプレ女は既にどこ吹く風な顔をしていたが、俺は俺で、なんで位置バレしたのかが気になっていた。
自慢じゃないが、俺は幼少の頃、母さんから気配を絶つ修行を受けている。
気配とは空気を伝うもの。そして気配は``動く``と発生する。ならば動きという動きを可能な限り止めて、そもそも気配が発生しないようにすれば、相手に位置がバレることはない。それが母さんの理屈だった。
当時の俺は無茶苦茶だと思ったが、できないと一人前には到底なれないと言われ、渋々こなしていた。
俺はじっとするのがただでさえ苦手だ。習得するのは骨が折れる思いだったし、時間もクソみたいにかかったが、気配を立てないようにするとあら不思議。他の人間全員が、目が節穴なんじゃないかってレベルで俺をスルーしていくのである。今まで目が合っただけで喧嘩ふっかけてきたヤンキー連中も、俺を無視していったときは盛大に嗤ってやったもんだ。
でも気配を絶つってのは案外気疲れするもんで、長時間やると体ガッチガチ、酷い肩こりで頭痛に苛まれたりと後々がしんどいので、結局あまり使わない技だったりする。戦闘時、ちょっとした雑魚戦を切り抜けたいときに有効ってくらいである。
ともかく、だ。母さんから教わった、気配遮断体術を看破する奴がいるとは思わなかった。いるとしても弥平くらいなもんだと思っていたのに。
「分かるに決まっておろうて。むしろ無視する方が難しいほどじゃったぞ?」
「いやいやいや、それは言いすぎだろ」
「確かに隠密に連なる系譜の体術……いや、正しくは呼吸法というべきか。それは中々のものじゃったな。じゃが霊力が滲み出ておるようでは、己の位置を周囲に知らしめておるようなものぞ」
「れ、霊力だと? いや、それも絶ってたはず……」
「いんや、絶ち方が甘い。意識して絶っておるのは伝わったが、僅かに漏れ出ておったわ」
絶句する他ない。気配だけじゃなく、霊力も当然絶っているつもりだったからだ。
霊力がそんなにない奴ならともかく、俺の霊力は膨大である。何も意識しなけりゃ、身体中からダダ漏れ状態になってしまう。だから気配を絶つときは、必ず霊力も意識的に体の内側に押し込むイメージをしていた。
俺だって人間だし、ほんの僅かに滲み出ることはあるだろう。魔法か何かでも使われない限り、それを悟られることはないと思っていた。
今回、コイツは魔法を使った素振りを見せてなかった。俺が知らない間に使っている場合も考えられるが、いるかどうかも分からない俺のために、常に探知系の魔法を常用するとは思えない。霊力をクソみたいに持っているならともかく、コイツからはほとんど霊力を感じないのだ。体内に持っている霊力は、微々たるものだと思われた。
「まあいいや……そういうこともあらぁな」
「良くはないとは思うがの。隠密に連なる系譜の呼吸法を、も少し修行するべきじゃと思うぞい」
面倒くさくなり、考えるのを諦めた。修行するべきとか言われたが、そんなのコスプレしているただの他人に言われるのは余計なお世話ってやつである。まあでもバレたのは事実だし、頭の片隅程度には留めておくくらいにはしておくが。
自動販売機までたどり着くと、我先にと少女が清涼飲料水を買う。
いまふと思いついたが、コイツはおそらく、あの男たちを追っ払うのに霊力を使い果たしたのだろう。
当然包囲されていたのだろうし、より機敏な対応ができるように五感だけじゃなく探知系魔法を駆使して対応してのけたのだ。探知系魔法を使っていたら、俺がどれだけ気配を絶ち、物陰に隠れようが意味はない。バレるのも必然だと思われた。
「そなたも今から任務かの?」
突然のひらめきで問題が解決し、胸のモヤモヤが晴れたことに安堵していたところ、コスプレ女が隣で買ったばかりの清涼飲料水を片手に一気飲みする。
美味しそうに飲むので、俺も同じものを二本買うことにした。
「ちと稼ぎ甲斐のあるヤマが転がり込んできたもんでな」
「ほう! わっちも西へ出稼ぎに行こうと思うてな。そのついでになるのじゃが、南方へも行くところなのじゃ!」
「んあ? 南方だと?」
「そうじゃ? もしや、そなたもか?」
「あ、ああ……まあな」
「そうか……わっちはの、まずは西方に行かねばならぬ……も少し誘いが遅ければ、そのまま南方へ行ったのじゃがぁ……!」
一人梅干し食ったみたいな表情で悔しがる少女。
なんというか、頑張れよとしか言葉が出ないが、俺の応援など必要ないと言わんばかりに勢いよく顔を上げる。そして、ここらあたりでは見かけない装束をはためかせ、笑顔で手を振ってきた。
思わずその何気ない笑みと所作に、見惚れてしまう。
まるで天使か女神でも見ているかのような、そんな錯覚を思わせるほどの微笑み。それを見た瞬間、一瞬時間が止まったようにすら感じた。その感覚に、実を言うと身に覚えがあった。
高校時代に出会い、そして死に別れた友―――木萩澪華。彼女と初めて出会ったときの、あの感覚に近しいものだった。もう二度と、あんな良い女とは出会うことなどないと思っていたのに。
完全に不意打ちをブチかまされ、しどろもどろになる俺。女の前で、なんて情けないんだろうか。こういうときこそ、シャキッとしねぇと舐められるってのに。
「あー、言い忘れておったわ」
「な、何だ?」
「そなた、中々戦い慣れしとるようじゃし、なにやら力も強いようだが、基礎がなっておらぬ。力だけでは勝てぬ戦いもあろうて、己を磨くことを怠らぬようにの! ではのー!」
久三男の言を借りたくはないが、しばらく恋などしないと決めていた俺を思わずグラつかせるような笑みを浮かべておいて、最後の言葉は武闘派のそれだった。色々ブチ壊しである。
甘ずっぱい夢に浸っていたのも束の間、母親に容赦なく叩き起こされたような気分だ。やはり木萩澪華と同じ女なんて、この世に二人もいるわけがない。夢から覚められて良かったと、ここは安堵しておこう。
「しっかし……ヘンな奴だったな……」
ただ一人取り残された俺は、一気に静かになった駐車場を後にする。コスプレ女と話していたときとは裏腹に、周りってこんなに静かだったのかと驚きながらも、熱中症になりかけていた御玲のことを思い出した俺は、急ぎ足で北支部入り口へと向かった。
俺が入り口に着くと、既に金髪野郎とポンチョ女、そして貰った有り金を買い食いで全部使い切ったであろう澄連が出待ちしていた。
かなり待っていたようで、俺を見るや否や、御玲も金髪野郎も眉を顰める。ポンチョ女に至っては待ちくたびれて寝ている始末だった。そりゃこんな炎天下の中、ずっと待たされていたらイライラもするわけである。
御玲は金髪野郎に貰ったのか、既に濡れタオルで首元に巻き、暑さを凌いでいた。
「……遅い。何やってた?」
「御玲がちと熱中症気味だったからよ、そこの駐車場の自動販売機で清涼飲料水をと」
「その割に時間かかってたみたいだが?」
「いやー、それはだな……」
黙っているのも面倒だし意味もないので、洗いざらい自動販売機に行って飲み物買うまでの経緯を話した。
できるだけ女にボコられていた男たちの方を盛って、あたかも買うのに時間がかかったとアピールしたが、やはり疑いの目は厳しい。俺の話を半ば疑っているようだったが、結局最後は納得してくれた。
「しかし、珍しいですね。澄男さまが身内以外の人と話すなんて」
俺が買ってきた清涼飲料水を掻っ攫うと、失った水分を取り戻すようにがぶ飲みする。一本五百ミリリットのペットボトルを一気に四分の三飲み切ったことにちょっと驚きながらも、頭を掻きながら答えた。
「いやまあ……なんつーか。話しやすかったっつーか」
「お名前は?」
「知らん」
「なんでですか……」
「いやぁ……だってそんな流れじゃなかったし、向こうも聞いてこなかったし……」
「そういうときは澄男さまから聞いたらいいんですよ……」
「いやぁ、なんかそれはさ……アレだし」
「意味が分かりませんが、今度からはそうしてください」
一瞬で突っぱねられた。なんか名前って聞いた方が負けって思うのは俺だけだろうか。聞かれたから答える、の方が格好つく気がするんだよ。何故と言われても答えようがないけれど。
「よし。顔ぶれも揃ったところで……早速南支部に行くぞ!」
名前を相手が聞いてくるよりも先に聞くことに少し不満を感じながらも、金髪野郎の真横に黒塗りの超カッコいい車があった。
車体はデカいが、太いってわけでもない。むしろ細い。車のことはよくわからないが、ぱっと見俺が思わず超カッコいいな欲しいな買いたいなと思ってしまうような、そんな車である。
「でた、レクのおしゃんてぃーすぽーつかー」
「お洒落じゃねぇ、長距離移動のためだ……と言いたいが、ぶっちゃけ男心を擽られたのは否定しねぇよ」
金髪野郎はキリっとした顔をしつつも、その心情は満更でもなさそうだ。かくいう俺も太陽光を反射したことで更に増しているボディの輝きに、しばし見惚れてしまうほどである。
ただでさえデザインから形まで全てがカッコいいのに、汚れ一つないボディのブラックさは反則だと言わざる得ないのだが、そろそろ首を左右に振って我に帰る。
「これで行くのか? 別に俺らには転移があるんだが」
思わず見惚れてしまった事実を悟られないように、という意図もあったが、心中に素朴な疑問が浮かんだのも事実だ。
俺や御玲、そして澄連は主に転移魔法が封じられた``技能球``で長距離を移動する。
技能球ってのは、簡単に言えば魔法を封じ込めたガラス球のことだ。本来魔法を使うには、魔法陣を描く―――詠唱するっていう前動作が必要なんだが、そんなのを一々やっていたら面倒くさい。その動作を省くために、あらかじめ詠唱済みの魔法を一種類だけ専用のガラス球に封じておけば、即興で使えるって寸法である。
車で長距離移動は初めての経験だ。スポーツカーなるカッコいい車に乗れるのなら乗ってみたいが、俺たちには空間転移がある。北支部と南支部の距離は遠大だし、空を飛ばない限り即日で到着するのは絶対無理だ。車だとおそらく数週間はかかる長旅になるだろう。
空間転移ならば、距離がどれだけ離れていようがかかる時間はほんの一瞬。車に乗って移動する必要などない気がしたのだ。
「だーからそれは無闇に使うなって言ったろ。第一、向こうの連中に使ったところ見られでもしたら、どう説明するつもりだよ」
空間転移の話をしだすとやはりというべきか、ある程度は予想していたが金髪野郎は難色を示しだす。
個人的には座標を少しずらして転移すればいい話じゃないかと思ったが、よくよく考えれば座標の計算なんて高度な真似、久三男がいないとできるわけがなかった。そうなると俺に残された理論はただ一つだけ。
「いやー……まあ……気合だそこは。そんときはそんときでなんとかなる!」
「ダメだ。前にも言ったが、それは緊急時の非常手段でしか使わない。車で移動するのがフツーだからな」
一蹴された。根性論が通じないと俺に残された反論は数少なくなる。できるとしたら粗探しぐらいなものだ。
「つっても距離があるだろ。こっから中威区南部まで、休憩なしでも数週間はかかるぜ?」
「陸路ならな。空路でいけば、三十分足らずよ」
「はぁ?」
「まあ乗れば分かるさ。そんなに気になるなら助手席に乗らせてやる」
車で移動するっていうのに、なにをどうしたら空路で移動ができるというのか。助手席に乗れと言われたので、とりあえずは助手席に座る。
運転席には当然金髪野郎が座り、後部座席にはポンチョ女と御玲、そして澄連である。
「アドミンオーダー、エンジン起動」
【エンジンを起動します……起動しました】
金髪野郎が一声かけるとヒュィィィンという甲高い機械音とともにブォォォォォというけたたましい音が鳴り響く。よく分からんが、エンジンとやらが起動したらしい。
「何だお前、車乗ったことねぇってツラしてんな」
「そ、そそそそんなことねぇし?」
声を裏返しながらも勢い余って否定してしまう。なんかここにきて車乗ったことがないことがバレると恥ずかしい。男として、車くらい乗ったことがある程度には見栄を張っておきたいものだ。一応、流川本家の当主だし。
「フッ、そうかい。んじゃ早速。ドライブモード、ドライブっと」
【ドライブモードをパーキングからドライブに切り替えました】
女性アナウンスの声が耳に響く。フロンドガラスには色々とオブジェクトが表示され、俺が座っている所には、至る所に青やら赤やら、いろんな色の光の筋が畝っていた。
正直、かなりカッコいい。乗ったことがない事実を隠さないといけないのに、理性に反して興奮が抑えられない。
「で、空路で行くって言ってたけど……?」
「まあ焦んなって。じゃあ行くぜ? 全員シートベルトを締めろ」
「しーと……べると?」
「おいおいマジか。お前の左横に金具と紐がドッキングしたようなのが垂れてるだろ? それで自分を縛る感じで、ここの金具にカチッと嵌めんだよ」
「こ、こうか?」
「そうそう。やっぱお前乗ったことねぇだろ?」
「い、いやいやいや! ちょっと忘れてただけだし? 今思い出したし?」
前言撤回。もう隠すのは無理かもしれない。興奮も冷めやまないが、物知らず扱いが深刻化する緊張の方が勝りそうだ。
「アドミンオーダー、ブーストマナドライブ」
金髪野郎がサクサクと命令していく。何のこっちゃか分からんが、ふと上のほうについている鏡をチラッと見ると、ポンチョ女がシートベルトなる紐をがっしりと握り、半ば引き攣った顔で金髪野郎を眺めていた。
【ブーストマナドライブモードを起動します。シートベルトを締めてください。完全変形まで、およそ五秒】
アナウンスが言い放った瞬間、体感速度と体感重力が一瞬で五倍ぐらい跳ね上がった。半ば座席に押さえつけられ、息が詰まる。
マジで何が起こっているのか、皆目分からない。あまりの重力の急変に周りに気を配る余裕がないのだが、一つだけわかったことがある。
体感重力が一気に重くなったと思いきや徐々に軽くなっていくのと同時、車が斜め四十五度、空に向かって傾いたことだ。
「お、おいこれ……?」
「空飛ぶ車ってやつさ。この世に霊力って摩訶不思議な概念があるんだ。あってもなんら不思議じゃねぇだろ?」
金髪野郎の得意げな顔が妙に腹立つが、それ以上に空飛ぶ車というワードに惹かれている自分が勝る。
確かに空飛ぶ車を否定したら、俺らが当たり前に使っている転移魔法はどうなるんだって話である。
「れ、れく! おーと、おーとどらいぶしてる!?」
「あー、オートにした方がいいか? 個人的にはマニュアルでやりてぇんだが」
「ぜっっっったいだめ!! おーと!! ぜったいてきひつぜんてきおーと!!」
「ちぇ、わーったよ。オートドライブで行ってやるさ」
金髪野郎が口を尖らせながら、オートドライブと呟くと、金髪野郎の目の前にあった円形状の何かが奥へとしまわれた。
オートだとかマニュアルだとかよく分からんが、本来あの円形状の何かで操縦するのだとしたら、それが奥へ引っ込んだから自動操縦ってことでいいんだろうか。
「レクさん。この車は最大どの程度の速度で飛べるんです?」
分からないことだらけで困惑している俺と、シートベルトにしがみついてるポンチョ女をよそに、御玲は素知らぬ顔である。
なんでそんな冷静なんだよと突っ込みたくなったが、金髪野郎は腕を組みながらフロントガラスを見つめた。奴の目線に反応するように、フロントガラスに映し出されたオブジェクトが動く。
「いま速度はこのくらいだな」
「時速六千キロメト……えーっと……それって……?」
「マッハ五。分かりやすく言うと音速の五倍ってとこだな」
「はっや!?」
思わず俺が反応しちまった。音の速さの五倍速い速度で飛んでいたのか、この車。ウチの久三男が作った爆撃機とどっちが速いんだろうか。そんなバケモンレベルの車、久三男ぐらいしか作れないもんだと思っていたが。
「これでもまだ、この車からすりゃ慣らし程度だぜ? 最高はマッハ五十だ」
「もう速いってレベルじゃねぇなそれは……」
「だろ? 流石にマッハ五十は出したことないけどな」
などと能天気に笑っているが、普通は出す必要ない速さだ。というかマッハ五の時点で、かなり持て余している気もする。速いに越したことはないとはいえ、凄まじいスペックだ。スーパーカーを通り越して、もはやハイパーカーである。
「ま、お前らが持ってる転移の技能球にはどう足掻いたって敵わねぇけど。アレがあれば往復十秒もかからん」
金髪野郎はお手上げって顔で両手を上げる。
確かに『速い』って点で、転移に勝るものはない。光がこの世で一番速いものだが、転移はその上をいく。そう考えると、至極当たり前のように使っていた空間転移というものが、どれだけ便利かを痛感する。
「この速度だとどれくらいで着くんだ?」
「一時間すぎるくらい。それだとそこそこかかるし、マッハ十五ぐれぇで行こうと思ってる」
「えっと……それだとどのくらいで着く?」
「アドミンオーダー、飛行速度マッハ十五で所要時間を再計算」
【マッハ十五、時速一万八千三百六十キロメトで飛行した場合、所要時間は三十分です】
「だとさ」
もう桁がアレすぎて、どういう感想を言ったらいいのかって感じだが、三十分なら良さげな気がする。やはり何事もサクサク行けるのが良いのだ。
簡素に「んじゃそれで」と答えると、金髪野郎は速度を変える。体感重力が少し増したかと思うと、ポンチョ女の悲鳴が車内に響いたのだった。
気温は既に三十五度。昨日の夜にまた雨が降っていただけに、地面の水分が蒸発して湿度も高くなっている。もわもわするから体感温度はさらに高い。
外に出るや否や、うぇー、と肩を落とす。暑さは大丈夫なんだが、いかんせんジメジメした所が嫌いなのだ。
俺たちがいる場所は、任務請負機関北支部正門前。時間は午前八時五十分かそこら。任務をもちかけてきた金髪野郎と、北支部のどっかで惰眠をむさぼっているであろうポンチョ女の登場を、今か今かと日陰でひたすら待ちぼうけを食っていた。
澄連は早々と待つのに飽きて、支部内で買い食いに熱中している。一応霊子通信―――という名のテレパシー能力で金髪野郎たちが来たら呼び戻す予定だが、それゆえ今は俺と御玲の二人で待ち合わせしている状況である。
「それにしても、昨日は大変だったな……」
「そうですね……まさか部屋に沼ができてるとは思いませんでしたよ」
俺が言う昨日。それはもちろん、任務帰りから五時間かかった大掃除のことである。
俺と御玲は久三男の部屋がある地下一階の物置部屋だった部屋たちを掃除していたのだが、これがまた言葉にするのもおぞましい惨状と化していた。
まず部屋全体が緑色やら黒色やら白色やらのカビのコロニーだらけ。酷い場所だと湿気が溜まってせいで、水溜まりになったところが腐って異臭を放つヘドロの沼地になっており、到底人が住めない状態になっていた。
言うなれば、ほぼ自然に帰っていた―――という表現が正しいだろう。
澄連の中でも曲者三匹組―――カエル、シャル、ナージこと澄連トリオは何故か喜々としてカビのコロニーにダイブしたり、ウンコしたり、ヘドロ食ったりと初っ端から頭オカシイことをやらかしてくれたが、しつこい汚れや触りたくもないヘドロみたいな何かはほとんどカエルが食ってくれたので、割とすんなり綺麗にできてしまった。
ここに御玲の掃除スキルも合わさって、今や万人が住むに値する立派なワンルームとなっている。
ちなみにリビングを埋め尽くしていたダンボールの山々は、掃除が終わった後、弥平主導で分家邸に転移輸送された。
本家邸新館には置き場所が既になく、かといって流川の軍事機密に触れている物品も紛れている可能性もあって下手に捨てるわけにもいかないため、とりあえずは分家派が引き取ることしたのだ。
分家派で再度開封して中身を調べるつもりらしく、もし何か役立つ掘り出し物があれば、また持ってくると弥平は言っていた。
あの物量のダンボールをまた開封して中身一つ一つ確認する作業とか、想像しただけで気が狂いそうになる。俺には到底真似できそうにない。申し訳ないが、ここは弥平率いる分家派の皆さんに任せるとしよう。
「はぁー……」
「どした御玲」
話も一区切りついたので、ものすごく気になっていたことをようやく話題にできて安堵する。
そのものすごく気になることってのは、さっきから御玲の呼吸がやたら激しいことだ。普通に会話していてもため息を吐いているように聞こえるくらい、ものすごくしんどそうに見えて仕方ない。
家長としても仲間としても、話しながらため息レベルで呼吸が激しいと無視しづらい。
「いえ……暑くて。もう夏ですもんね……」
よく見ると御玲の顔は汗でぐっしょり。既に顎からぽたぽたと汗が滴り落ちていて、全然止まる気配がない状態だ。
確かに暑いとはいえ、そこまで汗をかくもんだろうか。流石に多すぎる気がするんだが。
「もしかしてお前……」
「ええ、そうですよ。私、暑いの苦手なんです。去年までは、凍土で生活していた身ですからね」
「そういやそうだったな……でもお前、その汗は……」
「大丈夫ですから……ふぅ……」
明らかに大丈夫に見えない。汗ダラッダラだし、というか心なしか頬も赤い。
俺たちが就職したのが六月の末頃。その頃も暑い時期はあったがそれでも三十度を超えることはなく、気持ちあったかいかな程度だった。そしてアンドロイド戦以降は少し遅れた梅雨が続き、気温はほとんど二十五度を超えず、その代わり湿度が常に高いという俺にとって動きづらい時期が続いていた。
そう考えると三十度を超える真夏日ってのは、今日が初めてかもしれない。まあもう七月に入って十日以上経つし、そういう日があっても時期的に無理もない状況ではある。むしろ、遅れ気味にやってきた梅雨の時期が涼しすぎたのだ。
ともあれ、このままだと脱水的な何かになっちまうんじゃなかろうか。俺は三十度を超えた程度で暑いなんぞ毛ほども感じないのだが、仲間が暑くてぶっ倒れられるのは流石にマズイ。
「たく、やせ我慢してんじゃねぇよ。近くに自動販売機あったし、そこでジュース買ってくっから」
「そんな無駄遣い……」
「無駄遣いじゃねぇよ。お前の身に何かあったらどうすんだ。お前は俺のメイドだが、それ以前に仲間なんだ。変な意地張ってんじゃねぇや」
自分の身よりも有り金を気にするあたり御玲らしいっちゃ御玲らしいのだが、頬をリンゴレベルで真っ赤に染めて汗ダラッダラ、よくよく見れば目の焦点も若干合ってない状態で言われても説得力は微塵も感じられない。というか目の焦点が合ってない時点で、限界ギリギリなのが火を見るよりも明らかだ。これでほっとけっていう方が酷ってもんである。
「……はいはい、分かりましたよ」
観念したのか、顔中に滴る汗を袖で拭いながら渋々と言った風に清涼飲料水を注文する。金髪野郎が準備から戻ってくるまでにサクッと買いに行ってくるとしよう。
「金髪野郎たちには、ジュース買いに行ってるって伝えといてくれ」
御玲に言伝を頼み、自転車やら自動車やらバイクやらが止まっている大規模スペースへ急ぐ。
北支部から出て右真横は駐車場になっている。俺や御玲には転移の技能球があるから乗り物に乗る機会などないのだが、大半の請負人は霊力で駆動する自動車、もしくはバイクで来る奴が多い。徒歩や自転車でくる奴もいるにはいるが、それは少数派だ。
そんで、その駐車場には人が沢山利用する。任務の帰りや任務の準備とかで喉を潤すために飲み物を求める奴が多く、だからこそ自動販売機が大量に立ち並んでいるのだ。
俺が自動販売機を利用するのは、高校生時代以来である。御玲が金の無駄遣いだといって財布の紐を緩めてくれなかったので、北支部の販売機を使うのは今日が初めてなのだ。
「うぅ……」
「つ、強ぇ……」
「な、なんなんだこのアマ……」
自動販売機の近くまで走り寄ると、なにやら自動販売機の前で誰かが揉めていた。
ブチのめされたのか、地面に倒れ伏しつつも、それでも恨めしい目で見上げるボロボロの男数人。おそらく北支部の請負人かなんかだろう。それもナリを見る限り、俺がかつてブチ殺そうとしたときにいた請負人の野郎どもと同様、取るに足らないチンピラのようだった。
装備も貧相で、ぱっと見あんまり金を持ってなさそうな風貌。さしずめ自動販売機で何か買いにくる奴らを出待ちして、身ぐるみを剥いで楽に一稼ぎしようって腹だろうか。
いくら任務受けるのがかったるいとはいえ、流石の俺でも追い剥ぎをしようとは思わない。そんな下らん真似するくらいなら、普通に任務で小銭稼ぎした方がマシなのだ。何が楽しくてこんな所で出待ちして追い剥ぎなんぞしなきゃならんのかって話である。
割り込むとなんかめんどくさそうな雰囲気なので、さっさと買うもの買いたい欲を抑え、車の影に隠れて様子を見ることにする。
「そなたら、突然襲いかかるとは何事じゃ! わっちでなければ大怪我をしておったところじゃぞ!」
自動販売機の前で仁王立ち、倒れ伏した男たちを指差してぺちゃくちゃと大声でがなり立てる少女。服装はここらで全く見かけることのない巫女装束。コスプレか何かだろうか。その割には年季が入っているような気がする。
もしかして本職。そんなわけがない。こんな北支部の駐車場で、なんで巫女がチンピラに説教を垂れているのか。巫女って寺だったか神社だったかどっちかで掃除しているイメージしかないし、多分巫女気取りのコスプレ女か何かだろう。とりあえず、覗き続行だ。
「よいか、このような下賤な真似は二度とするでないぞ。やるなら……そうじゃな、見知った相手に集る程度にしておくのじゃ!」
胸を張り、腰に手を当てて得意げに言い放つコスプレ女。
それもどうなんだろうか。追い剥ぎはダメなのに集るのはいいのか。ということはコイツも、誰かに集っていたりするってことなんだろうか。
まあ巫女のコスプレしているぐらいだし、生活に困ってそうである。よほど困窮しているのだろう。心中察する気などないが、スジは通っているので個人的には異論ない。
「く……た、集るのはいいのかよ!」
「節度を守っておれば良かろうて。わっちもしておるからの!」
「何だコイツ!」
「胸張って言うことか!」
「胸ないくせに!」
「なっ……! なんと失敬な……! 追い剥ぎをするような輩に言われとうないわ!」
予想外の反撃を受けて、少女は頬を赤らめながら胸元を隠してとぎまぎするが、結局力技でねじ伏せた。
そりゃ集りを面と向かって正当化しているのだから、反論がきても当然である。むしろ面と向かって集りを正当化できる勇気が凄い。流石の俺でも見知らぬ奴の前で自分の怠け癖を正当化する勇気はない。見知った相手なら堂々とするけど。
「さぁ、分かったなら、こんなところで油売っとらんで早々に金策を練りにいくがよい! 次ここで同じことをしておったら、このわっちが許さぬぞ!」
「く、くそ!」
「お、おお覚えてろ!」
「は、働きゃいいんだろ働きゃあ!」
抵抗しているのか、逃げているのかよくわからない捨て台詞を吐いて、男たちは北支部の中へ消えていった。残された少女は、自動販売機の前でもじもじしながら、自分の胸に手を添え、泣きそうな顔で己の胸を見つめた。
何がショックなのか。確かに女にはデカい奴と小せぇ奴がいるが、デカいのぶらさげていたら戦闘中ばるんばるんして邪魔そうだし、なにより肩凝りそうだし、デカいだけで何の役にも立たないものとしか思えない。俺には、全くもってよくわからない感覚だ。男だからだろうか。
「さて……先程から影に隠れ、でりかしーのないことを考えておるであろう輩よ! 姿を現すのじゃ!」
俺以外誰もいないはずの駐車場で、唐突に叫びだす。
まだあの男たちの残党でもいたのだろうか。でもこのあたりには俺とあの女以外の気配はない。俺の察知能力を掻い潜れるような、例えるなら弥平みたいな奴ならともかく、このあたりの連中で、そんな達人級の奴はいないはず。
もしかしてもしかしなくても、俺のことだったり―――いや、それはない。何故なら今の俺は気配を絶っている。ここらあたりの連中に勘づかれるようなヘマはしない。だから多分別の誰かだ。俺の五感を掻い潜れるとなると、結構やり手ってことになるが。
「もしッ、もしッ! そなたじゃ、そなた!」
「お、おう!?」
さっきまである程度離れた距離にいたはずの少女が、気がつけば俺が隠れている車のところまで近づき、にゅるりと身を乗り出していた。車のボディを軽く叩きながら、ジトッとした目で俺を見てくる。
「盗み聞きとは何事ぞ」
「いやいや、別にそんなつもりはねぇって。ただ自動販売機の前でゴタゴタしてたから……」
「むむ、それは悪いことをしたの。済まぬ。ここで買い物でもしようとしたら、奴らが突然殴りかかってきてのぅ……ちょいと成敗してやったのじゃ」
困った奴らじゃ、と一人嘆息する女だっが、とりあえず「そうか」と返しておく。
初対面の奴といつまでも向き合っているのは俺的にクッソ気まずいので、一緒に飲み物を買うことにした俺たちは、とりあえず自動販売機の所まで一緒に歩いていくことにした。
「お前、よく俺の位置が分かったな」
コスプレ女は既にどこ吹く風な顔をしていたが、俺は俺で、なんで位置バレしたのかが気になっていた。
自慢じゃないが、俺は幼少の頃、母さんから気配を絶つ修行を受けている。
気配とは空気を伝うもの。そして気配は``動く``と発生する。ならば動きという動きを可能な限り止めて、そもそも気配が発生しないようにすれば、相手に位置がバレることはない。それが母さんの理屈だった。
当時の俺は無茶苦茶だと思ったが、できないと一人前には到底なれないと言われ、渋々こなしていた。
俺はじっとするのがただでさえ苦手だ。習得するのは骨が折れる思いだったし、時間もクソみたいにかかったが、気配を立てないようにするとあら不思議。他の人間全員が、目が節穴なんじゃないかってレベルで俺をスルーしていくのである。今まで目が合っただけで喧嘩ふっかけてきたヤンキー連中も、俺を無視していったときは盛大に嗤ってやったもんだ。
でも気配を絶つってのは案外気疲れするもんで、長時間やると体ガッチガチ、酷い肩こりで頭痛に苛まれたりと後々がしんどいので、結局あまり使わない技だったりする。戦闘時、ちょっとした雑魚戦を切り抜けたいときに有効ってくらいである。
ともかく、だ。母さんから教わった、気配遮断体術を看破する奴がいるとは思わなかった。いるとしても弥平くらいなもんだと思っていたのに。
「分かるに決まっておろうて。むしろ無視する方が難しいほどじゃったぞ?」
「いやいやいや、それは言いすぎだろ」
「確かに隠密に連なる系譜の体術……いや、正しくは呼吸法というべきか。それは中々のものじゃったな。じゃが霊力が滲み出ておるようでは、己の位置を周囲に知らしめておるようなものぞ」
「れ、霊力だと? いや、それも絶ってたはず……」
「いんや、絶ち方が甘い。意識して絶っておるのは伝わったが、僅かに漏れ出ておったわ」
絶句する他ない。気配だけじゃなく、霊力も当然絶っているつもりだったからだ。
霊力がそんなにない奴ならともかく、俺の霊力は膨大である。何も意識しなけりゃ、身体中からダダ漏れ状態になってしまう。だから気配を絶つときは、必ず霊力も意識的に体の内側に押し込むイメージをしていた。
俺だって人間だし、ほんの僅かに滲み出ることはあるだろう。魔法か何かでも使われない限り、それを悟られることはないと思っていた。
今回、コイツは魔法を使った素振りを見せてなかった。俺が知らない間に使っている場合も考えられるが、いるかどうかも分からない俺のために、常に探知系の魔法を常用するとは思えない。霊力をクソみたいに持っているならともかく、コイツからはほとんど霊力を感じないのだ。体内に持っている霊力は、微々たるものだと思われた。
「まあいいや……そういうこともあらぁな」
「良くはないとは思うがの。隠密に連なる系譜の呼吸法を、も少し修行するべきじゃと思うぞい」
面倒くさくなり、考えるのを諦めた。修行するべきとか言われたが、そんなのコスプレしているただの他人に言われるのは余計なお世話ってやつである。まあでもバレたのは事実だし、頭の片隅程度には留めておくくらいにはしておくが。
自動販売機までたどり着くと、我先にと少女が清涼飲料水を買う。
いまふと思いついたが、コイツはおそらく、あの男たちを追っ払うのに霊力を使い果たしたのだろう。
当然包囲されていたのだろうし、より機敏な対応ができるように五感だけじゃなく探知系魔法を駆使して対応してのけたのだ。探知系魔法を使っていたら、俺がどれだけ気配を絶ち、物陰に隠れようが意味はない。バレるのも必然だと思われた。
「そなたも今から任務かの?」
突然のひらめきで問題が解決し、胸のモヤモヤが晴れたことに安堵していたところ、コスプレ女が隣で買ったばかりの清涼飲料水を片手に一気飲みする。
美味しそうに飲むので、俺も同じものを二本買うことにした。
「ちと稼ぎ甲斐のあるヤマが転がり込んできたもんでな」
「ほう! わっちも西へ出稼ぎに行こうと思うてな。そのついでになるのじゃが、南方へも行くところなのじゃ!」
「んあ? 南方だと?」
「そうじゃ? もしや、そなたもか?」
「あ、ああ……まあな」
「そうか……わっちはの、まずは西方に行かねばならぬ……も少し誘いが遅ければ、そのまま南方へ行ったのじゃがぁ……!」
一人梅干し食ったみたいな表情で悔しがる少女。
なんというか、頑張れよとしか言葉が出ないが、俺の応援など必要ないと言わんばかりに勢いよく顔を上げる。そして、ここらあたりでは見かけない装束をはためかせ、笑顔で手を振ってきた。
思わずその何気ない笑みと所作に、見惚れてしまう。
まるで天使か女神でも見ているかのような、そんな錯覚を思わせるほどの微笑み。それを見た瞬間、一瞬時間が止まったようにすら感じた。その感覚に、実を言うと身に覚えがあった。
高校時代に出会い、そして死に別れた友―――木萩澪華。彼女と初めて出会ったときの、あの感覚に近しいものだった。もう二度と、あんな良い女とは出会うことなどないと思っていたのに。
完全に不意打ちをブチかまされ、しどろもどろになる俺。女の前で、なんて情けないんだろうか。こういうときこそ、シャキッとしねぇと舐められるってのに。
「あー、言い忘れておったわ」
「な、何だ?」
「そなた、中々戦い慣れしとるようじゃし、なにやら力も強いようだが、基礎がなっておらぬ。力だけでは勝てぬ戦いもあろうて、己を磨くことを怠らぬようにの! ではのー!」
久三男の言を借りたくはないが、しばらく恋などしないと決めていた俺を思わずグラつかせるような笑みを浮かべておいて、最後の言葉は武闘派のそれだった。色々ブチ壊しである。
甘ずっぱい夢に浸っていたのも束の間、母親に容赦なく叩き起こされたような気分だ。やはり木萩澪華と同じ女なんて、この世に二人もいるわけがない。夢から覚められて良かったと、ここは安堵しておこう。
「しっかし……ヘンな奴だったな……」
ただ一人取り残された俺は、一気に静かになった駐車場を後にする。コスプレ女と話していたときとは裏腹に、周りってこんなに静かだったのかと驚きながらも、熱中症になりかけていた御玲のことを思い出した俺は、急ぎ足で北支部入り口へと向かった。
俺が入り口に着くと、既に金髪野郎とポンチョ女、そして貰った有り金を買い食いで全部使い切ったであろう澄連が出待ちしていた。
かなり待っていたようで、俺を見るや否や、御玲も金髪野郎も眉を顰める。ポンチョ女に至っては待ちくたびれて寝ている始末だった。そりゃこんな炎天下の中、ずっと待たされていたらイライラもするわけである。
御玲は金髪野郎に貰ったのか、既に濡れタオルで首元に巻き、暑さを凌いでいた。
「……遅い。何やってた?」
「御玲がちと熱中症気味だったからよ、そこの駐車場の自動販売機で清涼飲料水をと」
「その割に時間かかってたみたいだが?」
「いやー、それはだな……」
黙っているのも面倒だし意味もないので、洗いざらい自動販売機に行って飲み物買うまでの経緯を話した。
できるだけ女にボコられていた男たちの方を盛って、あたかも買うのに時間がかかったとアピールしたが、やはり疑いの目は厳しい。俺の話を半ば疑っているようだったが、結局最後は納得してくれた。
「しかし、珍しいですね。澄男さまが身内以外の人と話すなんて」
俺が買ってきた清涼飲料水を掻っ攫うと、失った水分を取り戻すようにがぶ飲みする。一本五百ミリリットのペットボトルを一気に四分の三飲み切ったことにちょっと驚きながらも、頭を掻きながら答えた。
「いやまあ……なんつーか。話しやすかったっつーか」
「お名前は?」
「知らん」
「なんでですか……」
「いやぁ……だってそんな流れじゃなかったし、向こうも聞いてこなかったし……」
「そういうときは澄男さまから聞いたらいいんですよ……」
「いやぁ、なんかそれはさ……アレだし」
「意味が分かりませんが、今度からはそうしてください」
一瞬で突っぱねられた。なんか名前って聞いた方が負けって思うのは俺だけだろうか。聞かれたから答える、の方が格好つく気がするんだよ。何故と言われても答えようがないけれど。
「よし。顔ぶれも揃ったところで……早速南支部に行くぞ!」
名前を相手が聞いてくるよりも先に聞くことに少し不満を感じながらも、金髪野郎の真横に黒塗りの超カッコいい車があった。
車体はデカいが、太いってわけでもない。むしろ細い。車のことはよくわからないが、ぱっと見俺が思わず超カッコいいな欲しいな買いたいなと思ってしまうような、そんな車である。
「でた、レクのおしゃんてぃーすぽーつかー」
「お洒落じゃねぇ、長距離移動のためだ……と言いたいが、ぶっちゃけ男心を擽られたのは否定しねぇよ」
金髪野郎はキリっとした顔をしつつも、その心情は満更でもなさそうだ。かくいう俺も太陽光を反射したことで更に増しているボディの輝きに、しばし見惚れてしまうほどである。
ただでさえデザインから形まで全てがカッコいいのに、汚れ一つないボディのブラックさは反則だと言わざる得ないのだが、そろそろ首を左右に振って我に帰る。
「これで行くのか? 別に俺らには転移があるんだが」
思わず見惚れてしまった事実を悟られないように、という意図もあったが、心中に素朴な疑問が浮かんだのも事実だ。
俺や御玲、そして澄連は主に転移魔法が封じられた``技能球``で長距離を移動する。
技能球ってのは、簡単に言えば魔法を封じ込めたガラス球のことだ。本来魔法を使うには、魔法陣を描く―――詠唱するっていう前動作が必要なんだが、そんなのを一々やっていたら面倒くさい。その動作を省くために、あらかじめ詠唱済みの魔法を一種類だけ専用のガラス球に封じておけば、即興で使えるって寸法である。
車で長距離移動は初めての経験だ。スポーツカーなるカッコいい車に乗れるのなら乗ってみたいが、俺たちには空間転移がある。北支部と南支部の距離は遠大だし、空を飛ばない限り即日で到着するのは絶対無理だ。車だとおそらく数週間はかかる長旅になるだろう。
空間転移ならば、距離がどれだけ離れていようがかかる時間はほんの一瞬。車に乗って移動する必要などない気がしたのだ。
「だーからそれは無闇に使うなって言ったろ。第一、向こうの連中に使ったところ見られでもしたら、どう説明するつもりだよ」
空間転移の話をしだすとやはりというべきか、ある程度は予想していたが金髪野郎は難色を示しだす。
個人的には座標を少しずらして転移すればいい話じゃないかと思ったが、よくよく考えれば座標の計算なんて高度な真似、久三男がいないとできるわけがなかった。そうなると俺に残された理論はただ一つだけ。
「いやー……まあ……気合だそこは。そんときはそんときでなんとかなる!」
「ダメだ。前にも言ったが、それは緊急時の非常手段でしか使わない。車で移動するのがフツーだからな」
一蹴された。根性論が通じないと俺に残された反論は数少なくなる。できるとしたら粗探しぐらいなものだ。
「つっても距離があるだろ。こっから中威区南部まで、休憩なしでも数週間はかかるぜ?」
「陸路ならな。空路でいけば、三十分足らずよ」
「はぁ?」
「まあ乗れば分かるさ。そんなに気になるなら助手席に乗らせてやる」
車で移動するっていうのに、なにをどうしたら空路で移動ができるというのか。助手席に乗れと言われたので、とりあえずは助手席に座る。
運転席には当然金髪野郎が座り、後部座席にはポンチョ女と御玲、そして澄連である。
「アドミンオーダー、エンジン起動」
【エンジンを起動します……起動しました】
金髪野郎が一声かけるとヒュィィィンという甲高い機械音とともにブォォォォォというけたたましい音が鳴り響く。よく分からんが、エンジンとやらが起動したらしい。
「何だお前、車乗ったことねぇってツラしてんな」
「そ、そそそそんなことねぇし?」
声を裏返しながらも勢い余って否定してしまう。なんかここにきて車乗ったことがないことがバレると恥ずかしい。男として、車くらい乗ったことがある程度には見栄を張っておきたいものだ。一応、流川本家の当主だし。
「フッ、そうかい。んじゃ早速。ドライブモード、ドライブっと」
【ドライブモードをパーキングからドライブに切り替えました】
女性アナウンスの声が耳に響く。フロンドガラスには色々とオブジェクトが表示され、俺が座っている所には、至る所に青やら赤やら、いろんな色の光の筋が畝っていた。
正直、かなりカッコいい。乗ったことがない事実を隠さないといけないのに、理性に反して興奮が抑えられない。
「で、空路で行くって言ってたけど……?」
「まあ焦んなって。じゃあ行くぜ? 全員シートベルトを締めろ」
「しーと……べると?」
「おいおいマジか。お前の左横に金具と紐がドッキングしたようなのが垂れてるだろ? それで自分を縛る感じで、ここの金具にカチッと嵌めんだよ」
「こ、こうか?」
「そうそう。やっぱお前乗ったことねぇだろ?」
「い、いやいやいや! ちょっと忘れてただけだし? 今思い出したし?」
前言撤回。もう隠すのは無理かもしれない。興奮も冷めやまないが、物知らず扱いが深刻化する緊張の方が勝りそうだ。
「アドミンオーダー、ブーストマナドライブ」
金髪野郎がサクサクと命令していく。何のこっちゃか分からんが、ふと上のほうについている鏡をチラッと見ると、ポンチョ女がシートベルトなる紐をがっしりと握り、半ば引き攣った顔で金髪野郎を眺めていた。
【ブーストマナドライブモードを起動します。シートベルトを締めてください。完全変形まで、およそ五秒】
アナウンスが言い放った瞬間、体感速度と体感重力が一瞬で五倍ぐらい跳ね上がった。半ば座席に押さえつけられ、息が詰まる。
マジで何が起こっているのか、皆目分からない。あまりの重力の急変に周りに気を配る余裕がないのだが、一つだけわかったことがある。
体感重力が一気に重くなったと思いきや徐々に軽くなっていくのと同時、車が斜め四十五度、空に向かって傾いたことだ。
「お、おいこれ……?」
「空飛ぶ車ってやつさ。この世に霊力って摩訶不思議な概念があるんだ。あってもなんら不思議じゃねぇだろ?」
金髪野郎の得意げな顔が妙に腹立つが、それ以上に空飛ぶ車というワードに惹かれている自分が勝る。
確かに空飛ぶ車を否定したら、俺らが当たり前に使っている転移魔法はどうなるんだって話である。
「れ、れく! おーと、おーとどらいぶしてる!?」
「あー、オートにした方がいいか? 個人的にはマニュアルでやりてぇんだが」
「ぜっっっったいだめ!! おーと!! ぜったいてきひつぜんてきおーと!!」
「ちぇ、わーったよ。オートドライブで行ってやるさ」
金髪野郎が口を尖らせながら、オートドライブと呟くと、金髪野郎の目の前にあった円形状の何かが奥へとしまわれた。
オートだとかマニュアルだとかよく分からんが、本来あの円形状の何かで操縦するのだとしたら、それが奥へ引っ込んだから自動操縦ってことでいいんだろうか。
「レクさん。この車は最大どの程度の速度で飛べるんです?」
分からないことだらけで困惑している俺と、シートベルトにしがみついてるポンチョ女をよそに、御玲は素知らぬ顔である。
なんでそんな冷静なんだよと突っ込みたくなったが、金髪野郎は腕を組みながらフロントガラスを見つめた。奴の目線に反応するように、フロントガラスに映し出されたオブジェクトが動く。
「いま速度はこのくらいだな」
「時速六千キロメト……えーっと……それって……?」
「マッハ五。分かりやすく言うと音速の五倍ってとこだな」
「はっや!?」
思わず俺が反応しちまった。音の速さの五倍速い速度で飛んでいたのか、この車。ウチの久三男が作った爆撃機とどっちが速いんだろうか。そんなバケモンレベルの車、久三男ぐらいしか作れないもんだと思っていたが。
「これでもまだ、この車からすりゃ慣らし程度だぜ? 最高はマッハ五十だ」
「もう速いってレベルじゃねぇなそれは……」
「だろ? 流石にマッハ五十は出したことないけどな」
などと能天気に笑っているが、普通は出す必要ない速さだ。というかマッハ五の時点で、かなり持て余している気もする。速いに越したことはないとはいえ、凄まじいスペックだ。スーパーカーを通り越して、もはやハイパーカーである。
「ま、お前らが持ってる転移の技能球にはどう足掻いたって敵わねぇけど。アレがあれば往復十秒もかからん」
金髪野郎はお手上げって顔で両手を上げる。
確かに『速い』って点で、転移に勝るものはない。光がこの世で一番速いものだが、転移はその上をいく。そう考えると、至極当たり前のように使っていた空間転移というものが、どれだけ便利かを痛感する。
「この速度だとどれくらいで着くんだ?」
「一時間すぎるくらい。それだとそこそこかかるし、マッハ十五ぐれぇで行こうと思ってる」
「えっと……それだとどのくらいで着く?」
「アドミンオーダー、飛行速度マッハ十五で所要時間を再計算」
【マッハ十五、時速一万八千三百六十キロメトで飛行した場合、所要時間は三十分です】
「だとさ」
もう桁がアレすぎて、どういう感想を言ったらいいのかって感じだが、三十分なら良さげな気がする。やはり何事もサクサク行けるのが良いのだ。
簡素に「んじゃそれで」と答えると、金髪野郎は速度を変える。体感重力が少し増したかと思うと、ポンチョ女の悲鳴が車内に響いたのだった。
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現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
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農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
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