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参上! 花筏ノ巫女編
吼える本能
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久三男の情報によると敵はスケルトン・マッシブ。その総数、五百体。
黒百足の上から眺めるその景観は、もはや圧巻の極み。視界一杯に広がる骸骨軍団は、二週間前くらいに相対したロボット軍団を彷彿とさせる。
スケルトン・マッシブは体格がとにかく大きい。通常のスケルトンなど比にならず、その姿は体を鍛え上げた大男に匹敵する。身長は私の倍だ。
「彼とカエルたちだけで十分でしょうか……」
改めて、頭の中で戦力として数えられる人物を再確認する。
いまこの場にいるのは人外を含めて三匹と二人だが、そのうち自分とブルーは戦力外だ。したがって事実上黒百足、カエル、ミキティウスの三匹のみで相手をする必要がある。
人外五百に対して、こちらは人外たったの三。肉体能力はともかく、頭数の差に絶望的な開きがあった。
「むーちゃん!」
五百体のスケルトン・マッシブを見ても、ブルーから戦意は失せない。何の迷いもなく、黒百足に指示を出す。
黒百足は手始めに、口からエーテルレーザーを百八十度の範囲で、スケルトン・マッシブたちを薙ぎ払うように放った。レーザーが着弾すると同時、じわじわと距離を詰めていたスケルトン・マッシブの軍団が弾け飛ぶ。
思わず目の耳を閉ざしてしまうほどの猛烈な爆音と風圧。街中で使っていれば、辺りの家屋は跡形もなく消し飛んでいただろう。それほどの大技を、難なく初手で使える黒百足。本当に一体、如何なる生物なのだろうか。
「き、きいてない!?」
百足の正体を考えていると、ブルーの緊迫した声が響き、意識が現実に戻される。
森の木々を一瞬で塵芥にし、斜面を躊躇なくレーザーで爆破したことで、辺りは一瞬で焦土と化している。
あらゆる動植物が瞬間的に死に絶えたであろうその場所で、難なく進軍を続ける群体がいた。先程吹き飛ばしたはずのスケルトン・マッシブたちだ。
黒百足がレーザーで吹き飛ばしたのは、群体の表層のみ。群体の中核までには全く届いておらず、群体全体からすればほぼカスダメに近い打撃しか与えられていなかったのだ。
地道にレーザーを撃ち込んでいけば理論的には倒せるだろうが、それまでに自分たちがスケルトン・マッシブの群体に飲み込まれる方が速い。戦術的に得策とは言えなかった。
「チィ……! あいてのまほーぼーぎょがたかすぎんのか……!」
歯噛みしながら群体を恨めしく見つめるブルー。
久三男からスケルトン・マッシブの身体能力は把握している。スケルトン・マッシブの魔法防御は数値にして二百五十。人類の種族限界の二倍を超える。その程度しか分からないほど途方もなく高い魔法防御力を有している。
人類の魔導師が扱う魔法では、たとえ数百人規模で集中砲火を浴びせたとしても、擦り傷一つ負わせることすら叶わないだろう。
黒百足のエーテルレーザーの威力も破格ではあるが、単純な話、相手の魔法防御がそれを上回るほど堅牢なのだ。
「やはり……撤退……か」
「んいや、それはだめ。ここでひーたらだれがこのぐんぜーをとめる?」
撤退という二文字が頭をよぎり、思わず口にしてしまったそのとき、ブルーがこちらに目も暮れずバッサリと否定してくる。
確かにここで退けば、``骸骨の軍勢``の侵攻を許すことになってしまう。魔生物を人里に下ろさず、自然界にて処理するのが最終目標である以上、侵攻を許してしまうことは戦略的敗北に繋がりかねない。
だが現実問題、このまま戦い続けたとて数の暴力の前に無力なのは明白だ。立ち向かったとしても、ここで倒れれば事実上の敗北なのである。
「むーちゃん……? え、そんな!?」
突然声を張り上げて、黒光りする百足の肌を撫でるブルー。ブルーと黒百足は霊子通信に似た何かで意識が繋がっているのか、自分たちには聞こえない意思疎通で、ぶつぶつと会話し始める。
「ひとりであいてするって……いくらなんでも……!!」
どうやら黒百足は無限に湧いて出るスケルトン・マッシブの軍勢をたった一匹で相手すると言い出したようだ。
でもすぐに腑に落ちた。悲しいとも悔しいとも捉えられる表情を浮かべながら歯ぎしりするブルーには悪いが、その判断こそが、この絶望的な頭数の差による戦況を打破する最善策だと思えたからだ。
正直黒百足からして、私とブルーは足手まといだ。常に小さい者に気兼ねしながら戦わなければならないのだから、やりにくいことこの上ないだろう。
下手に大うねりしようものなら敵もろとも吹き飛ばしてしまうし、スケルトン・マッシブの群体に突っ込めば、私たちがスケルトン・マッシブの良い的になってしまう。
黒百足が選択可能な戦闘行動が、私たちによって大きな制限を受けているのは、一目瞭然であった。
「……ブルーさん、ここは黒百足に従いましょう」
怒りの矛先に抉られる覚悟で、前に居座るブルーに進言する。
彼女はいつもとは想像できないほどの機敏さで振り向くが、案の定その表情は般若の如く歪み、光の消えた暗黒の瞳からはギラギラした闇が牙をむく。
「この戦況の先が読み通せていないわけではないでしょう? ここに私たちがいては、邪魔になるだけです」
「テメー!!」
唐突の頭突き。しかし肉体能力に大差がある以上、ブルーの頭突きなど痛痒に値しないが、その目から放たれる怒りは尋常ではない。
「じゃあなんだよ、むーちゃんをみすてろってのか……!」
心の牙を露にしながらも、いまここで如何なる判断を下すのが正しいかは分かっているのだろう。怒りを滲ませている反面、逡巡が見え隠れしていた。
自分が戦力外な実感はある。だが使役者として、黒百足のことが心配。
そもそもな話、ブルーの指揮下から外れたとき、黒百足は何をするか。ブルー本人にも分からない。目の前の魔生物を食い荒らして生態系を崩壊させるって話だったが、そんなことになれば暴走して手がつけられなくなるのではあるまいか。
それはそれで確かに困る。黒百足とて阿呆ではないし、この状況でスケルトン・マッシブ以外の魔生物に反応すると思えないが、相手は意思疎通もままならない人外の魔生物。本能が解放されたとき、何をするかは完全に黒百足の機嫌次第というのは些か不安が残る決断であった。
「あーもうわーったよ。やるよ、やりますよ。たく、カエル遣いの荒い黒百足野郎だぜ。お前は俺の上司じゃねーっての」
ブルーの逡巡。黒百足の立ち振る舞い。そして絶望的な戦況。それら全てを鑑みて如何なる判断を下すべきかと思案していた最中、澄男たちの下から戻ってきたカエル総隊長が肩に、ミキティウスが左隣に姿を表す。
カエルは飛び出した片目をぎょろぎょろと回し、はぁ、と気怠そうにため息を吐いて肩を竦める。
一瞬、誰に向かって話しているのか分からず、カエルとブルーを交互に見やってしまったが、もっと驚いていたのはブルーだった。その顔を見て、カエルが誰と話しているかを悟る。
「ついでに助けてやるさ、御玲さんのついでにな」
黒百足は人じゃないので人語を話すことはない。だが、カエルとは不思議と意思疎通はできているようだった。
心なしか百足の殺気が増しているようにも思えるが、やはりよく分からない。人外同士だからこそ、伝わるものがあるのだろうか。
「御玲さん、ここは一旦退きましょう。澄男さんの所に戻るのが最善っす」
返事をする前に、ミキティウスに担がれて黒百足の背を滑り下される。
状況を飲み込めずにいたブルーは、少し渋る様子を見せたが、自分の戦力は見極めている。不快な顔を浮かべながらも、カエルを肩に乗せて同じく背から滑り降りた。
「ミキティウス。あなたたちは一体、何を話していたんです?」
ミキティウスに担がれながら、森の中を疾走する。背後からブルーがついてくるのを感じつつ、カエルたちが話していた情景を思い返す。
「別に会話していたわけではないですよ。向こうから霊圧を飛ばしてきたので、それに応えただけです」
「霊圧……? でも会話してましたよね……?」
「直感ですよ直感。あの状況で霊圧を飛ばしてくるってことは、``離脱するのです``って意味だなと直感で悟った感じです。分かりやすく言うと、ノリですよ」
殺気を向けられていたのに、それをノリだとか言っているミキティウス。やはり人外の感覚はよく分からない。殺気を向けられて、ノリなんて感じている余裕など本来はないと思うのだが。
「まあでもあの黒百足、太々しいことに``ブルーを最優先するのです``とか圧飛ばしながらふざけたこと言ってきやがりましたので、舐めんなよとこっちも圧を飛ばし返したのが今のアレなんですけどね」
清々しい顔で、殺伐とした事をサラッと言ってのける。
だからあのときカエルはついでに助けてやるなどと言っていたのか。カエルたちにとって優先するべきは私なのだろうが、黒百足の飼い主はブルーだ。ペットが飼い主のことを第一に思うのは道理であり、確かに言い分は果てしなく太々しいが、相手が人外だと特段太々しさも感じない話であった。
なんならミキティウスもカエルも、ぬいぐるみのような姿で使い魔扱いされておきながら、私たちから報酬を天引きしていく連中なのだから、ぬいぐるみの分際で太々しさは負けていないだろう。他人の事を言えた義理じゃない気がする。
「だいじょーぶかな、むーちゃん……」
遠くなっていくむーちゃんの背中を見やる。
百足一体に対し、骸骨五百体。全能度も一体あたり四桁という、どこぞの大国ならロクな抵抗もできぬまま、跡形も残らず蹂躙される大戦力に果たして勝てるのか。
飼い主として不安なのだろう。生まれてこの方十五年、ペットなど飼ったことがないから気持ちはよく分からないけれども。
「いや、きっとだいじょーぶ。むーちゃんは、つよいから」
ブルーは朗らかに笑った。その表情に、さっきまでの不安はない。自分のペットが絶対に勝つという、確信に満ちていた。
かくいう自分も不安こそあれ、不思議と負けるとは思えなかった。なぜだろうか、敗北する絵面が思い浮かばせない、王者の風格というものを感じたのだ。
ブルーたちを逃したむーちゃんは、カエルたちの霊力の反応が、安全圏まで離れたことを感知する。
むーちゃんの探知性能は非常に高い。五感のみならず霊感も高く、探知系魔法を組み合わせれば、その探知範囲と精度は想像を絶するものとなる。ごく僅かな霊力の余韻から、その者の力や種族、生体をも調べあげることができるほどだ。
触角同士を強く打ち鳴らす金切音が鳴り響く。だがその音は大変歪で、ものすごく大きい。人間ならばあまりの不愉快さに思わず耳を塞ぎたくなるほどに、その音からはいつものむーちゃんからは感じとれない禍々しさが溢れ出ていた。
スケルトン・マッシブが魔生物であるように、むーちゃんもまた魔生物である。
その本能は己と異なる者を敵と見做して殺す。魔生物が有する生物的な摂理に則ったものだが、むーちゃんはその魔生物の中でも別格の存在、``特異個体``である。己の意志で、その本能に抗うことが可能だった。
だからこそいつ如何なるときもブルーのことを第一に考えて行動することができているのだが、同時にそれは戦いの中でも彼女を全力で守らねばならないという大きな枷に縛られているのと同じであった。
それでもむーちゃんは苦に思うことなど決してない。それこそがブルーと交わした``契約``であり、逃れること能わぬ絶対的な``運命``だからだ。
しかし彼女をカエルたちに預けた今、死守するべき存在はこの場にいない。つまり守るべき者がいなくなったむーちゃんは、全ての枷が外れた状態―――いわば純然たる``魔生物``として、本来の姿に返り咲けることを意味する。
それは、今まで抑圧されてきた膨大な生存本能の解放。あらゆる意識、思考が、食欲という唯一無二の欲望に、なすすべもなく淘汰されていく。
強い者が食い、弱い者は食われる。本能を解放したむーちゃんにある僅かな思考は、ただそれだけしかなかった。むしろ目の前にあるものは、全て糧。毎日食べている巨大骨つき肉の骨軍団にしか見えていない。
形勢など、もはやどうでもいい。数の暴力など、全て貪り食い尽くす―――むーちゃんの残り僅かな理性は、その結論にて完結し、終焉を迎えた。
スケルトン・マッシブも本能をむき出しにしたむーちゃんを前にして、恐怖はない。彼らもまた本能に従って敵対生物を確実に狩る。ただそれだけの本能を満たすためだけに、むーちゃんに挑むのだ。
スケルトン・マッシブ五百体バーサス巨大黒百足一匹。たった一体で大国程度、一瞬で蹂躙できる骸骨五百体を相手に大量の涎の飛沫を飛ばし、黒板を爪で引っかいたときに発するような、不快で甲高い咆哮を炸裂させる。
人が決して割り込むこと能わぬ自然界、存在する摂理は``弱肉強食``ただ一つ。それ以外のルールなど存在しない。食うか食われるか、ただそれだけで全てが決する魔生物同士の死闘が今、幕を開ける―――。
黒百足の上から眺めるその景観は、もはや圧巻の極み。視界一杯に広がる骸骨軍団は、二週間前くらいに相対したロボット軍団を彷彿とさせる。
スケルトン・マッシブは体格がとにかく大きい。通常のスケルトンなど比にならず、その姿は体を鍛え上げた大男に匹敵する。身長は私の倍だ。
「彼とカエルたちだけで十分でしょうか……」
改めて、頭の中で戦力として数えられる人物を再確認する。
いまこの場にいるのは人外を含めて三匹と二人だが、そのうち自分とブルーは戦力外だ。したがって事実上黒百足、カエル、ミキティウスの三匹のみで相手をする必要がある。
人外五百に対して、こちらは人外たったの三。肉体能力はともかく、頭数の差に絶望的な開きがあった。
「むーちゃん!」
五百体のスケルトン・マッシブを見ても、ブルーから戦意は失せない。何の迷いもなく、黒百足に指示を出す。
黒百足は手始めに、口からエーテルレーザーを百八十度の範囲で、スケルトン・マッシブたちを薙ぎ払うように放った。レーザーが着弾すると同時、じわじわと距離を詰めていたスケルトン・マッシブの軍団が弾け飛ぶ。
思わず目の耳を閉ざしてしまうほどの猛烈な爆音と風圧。街中で使っていれば、辺りの家屋は跡形もなく消し飛んでいただろう。それほどの大技を、難なく初手で使える黒百足。本当に一体、如何なる生物なのだろうか。
「き、きいてない!?」
百足の正体を考えていると、ブルーの緊迫した声が響き、意識が現実に戻される。
森の木々を一瞬で塵芥にし、斜面を躊躇なくレーザーで爆破したことで、辺りは一瞬で焦土と化している。
あらゆる動植物が瞬間的に死に絶えたであろうその場所で、難なく進軍を続ける群体がいた。先程吹き飛ばしたはずのスケルトン・マッシブたちだ。
黒百足がレーザーで吹き飛ばしたのは、群体の表層のみ。群体の中核までには全く届いておらず、群体全体からすればほぼカスダメに近い打撃しか与えられていなかったのだ。
地道にレーザーを撃ち込んでいけば理論的には倒せるだろうが、それまでに自分たちがスケルトン・マッシブの群体に飲み込まれる方が速い。戦術的に得策とは言えなかった。
「チィ……! あいてのまほーぼーぎょがたかすぎんのか……!」
歯噛みしながら群体を恨めしく見つめるブルー。
久三男からスケルトン・マッシブの身体能力は把握している。スケルトン・マッシブの魔法防御は数値にして二百五十。人類の種族限界の二倍を超える。その程度しか分からないほど途方もなく高い魔法防御力を有している。
人類の魔導師が扱う魔法では、たとえ数百人規模で集中砲火を浴びせたとしても、擦り傷一つ負わせることすら叶わないだろう。
黒百足のエーテルレーザーの威力も破格ではあるが、単純な話、相手の魔法防御がそれを上回るほど堅牢なのだ。
「やはり……撤退……か」
「んいや、それはだめ。ここでひーたらだれがこのぐんぜーをとめる?」
撤退という二文字が頭をよぎり、思わず口にしてしまったそのとき、ブルーがこちらに目も暮れずバッサリと否定してくる。
確かにここで退けば、``骸骨の軍勢``の侵攻を許すことになってしまう。魔生物を人里に下ろさず、自然界にて処理するのが最終目標である以上、侵攻を許してしまうことは戦略的敗北に繋がりかねない。
だが現実問題、このまま戦い続けたとて数の暴力の前に無力なのは明白だ。立ち向かったとしても、ここで倒れれば事実上の敗北なのである。
「むーちゃん……? え、そんな!?」
突然声を張り上げて、黒光りする百足の肌を撫でるブルー。ブルーと黒百足は霊子通信に似た何かで意識が繋がっているのか、自分たちには聞こえない意思疎通で、ぶつぶつと会話し始める。
「ひとりであいてするって……いくらなんでも……!!」
どうやら黒百足は無限に湧いて出るスケルトン・マッシブの軍勢をたった一匹で相手すると言い出したようだ。
でもすぐに腑に落ちた。悲しいとも悔しいとも捉えられる表情を浮かべながら歯ぎしりするブルーには悪いが、その判断こそが、この絶望的な頭数の差による戦況を打破する最善策だと思えたからだ。
正直黒百足からして、私とブルーは足手まといだ。常に小さい者に気兼ねしながら戦わなければならないのだから、やりにくいことこの上ないだろう。
下手に大うねりしようものなら敵もろとも吹き飛ばしてしまうし、スケルトン・マッシブの群体に突っ込めば、私たちがスケルトン・マッシブの良い的になってしまう。
黒百足が選択可能な戦闘行動が、私たちによって大きな制限を受けているのは、一目瞭然であった。
「……ブルーさん、ここは黒百足に従いましょう」
怒りの矛先に抉られる覚悟で、前に居座るブルーに進言する。
彼女はいつもとは想像できないほどの機敏さで振り向くが、案の定その表情は般若の如く歪み、光の消えた暗黒の瞳からはギラギラした闇が牙をむく。
「この戦況の先が読み通せていないわけではないでしょう? ここに私たちがいては、邪魔になるだけです」
「テメー!!」
唐突の頭突き。しかし肉体能力に大差がある以上、ブルーの頭突きなど痛痒に値しないが、その目から放たれる怒りは尋常ではない。
「じゃあなんだよ、むーちゃんをみすてろってのか……!」
心の牙を露にしながらも、いまここで如何なる判断を下すのが正しいかは分かっているのだろう。怒りを滲ませている反面、逡巡が見え隠れしていた。
自分が戦力外な実感はある。だが使役者として、黒百足のことが心配。
そもそもな話、ブルーの指揮下から外れたとき、黒百足は何をするか。ブルー本人にも分からない。目の前の魔生物を食い荒らして生態系を崩壊させるって話だったが、そんなことになれば暴走して手がつけられなくなるのではあるまいか。
それはそれで確かに困る。黒百足とて阿呆ではないし、この状況でスケルトン・マッシブ以外の魔生物に反応すると思えないが、相手は意思疎通もままならない人外の魔生物。本能が解放されたとき、何をするかは完全に黒百足の機嫌次第というのは些か不安が残る決断であった。
「あーもうわーったよ。やるよ、やりますよ。たく、カエル遣いの荒い黒百足野郎だぜ。お前は俺の上司じゃねーっての」
ブルーの逡巡。黒百足の立ち振る舞い。そして絶望的な戦況。それら全てを鑑みて如何なる判断を下すべきかと思案していた最中、澄男たちの下から戻ってきたカエル総隊長が肩に、ミキティウスが左隣に姿を表す。
カエルは飛び出した片目をぎょろぎょろと回し、はぁ、と気怠そうにため息を吐いて肩を竦める。
一瞬、誰に向かって話しているのか分からず、カエルとブルーを交互に見やってしまったが、もっと驚いていたのはブルーだった。その顔を見て、カエルが誰と話しているかを悟る。
「ついでに助けてやるさ、御玲さんのついでにな」
黒百足は人じゃないので人語を話すことはない。だが、カエルとは不思議と意思疎通はできているようだった。
心なしか百足の殺気が増しているようにも思えるが、やはりよく分からない。人外同士だからこそ、伝わるものがあるのだろうか。
「御玲さん、ここは一旦退きましょう。澄男さんの所に戻るのが最善っす」
返事をする前に、ミキティウスに担がれて黒百足の背を滑り下される。
状況を飲み込めずにいたブルーは、少し渋る様子を見せたが、自分の戦力は見極めている。不快な顔を浮かべながらも、カエルを肩に乗せて同じく背から滑り降りた。
「ミキティウス。あなたたちは一体、何を話していたんです?」
ミキティウスに担がれながら、森の中を疾走する。背後からブルーがついてくるのを感じつつ、カエルたちが話していた情景を思い返す。
「別に会話していたわけではないですよ。向こうから霊圧を飛ばしてきたので、それに応えただけです」
「霊圧……? でも会話してましたよね……?」
「直感ですよ直感。あの状況で霊圧を飛ばしてくるってことは、``離脱するのです``って意味だなと直感で悟った感じです。分かりやすく言うと、ノリですよ」
殺気を向けられていたのに、それをノリだとか言っているミキティウス。やはり人外の感覚はよく分からない。殺気を向けられて、ノリなんて感じている余裕など本来はないと思うのだが。
「まあでもあの黒百足、太々しいことに``ブルーを最優先するのです``とか圧飛ばしながらふざけたこと言ってきやがりましたので、舐めんなよとこっちも圧を飛ばし返したのが今のアレなんですけどね」
清々しい顔で、殺伐とした事をサラッと言ってのける。
だからあのときカエルはついでに助けてやるなどと言っていたのか。カエルたちにとって優先するべきは私なのだろうが、黒百足の飼い主はブルーだ。ペットが飼い主のことを第一に思うのは道理であり、確かに言い分は果てしなく太々しいが、相手が人外だと特段太々しさも感じない話であった。
なんならミキティウスもカエルも、ぬいぐるみのような姿で使い魔扱いされておきながら、私たちから報酬を天引きしていく連中なのだから、ぬいぐるみの分際で太々しさは負けていないだろう。他人の事を言えた義理じゃない気がする。
「だいじょーぶかな、むーちゃん……」
遠くなっていくむーちゃんの背中を見やる。
百足一体に対し、骸骨五百体。全能度も一体あたり四桁という、どこぞの大国ならロクな抵抗もできぬまま、跡形も残らず蹂躙される大戦力に果たして勝てるのか。
飼い主として不安なのだろう。生まれてこの方十五年、ペットなど飼ったことがないから気持ちはよく分からないけれども。
「いや、きっとだいじょーぶ。むーちゃんは、つよいから」
ブルーは朗らかに笑った。その表情に、さっきまでの不安はない。自分のペットが絶対に勝つという、確信に満ちていた。
かくいう自分も不安こそあれ、不思議と負けるとは思えなかった。なぜだろうか、敗北する絵面が思い浮かばせない、王者の風格というものを感じたのだ。
ブルーたちを逃したむーちゃんは、カエルたちの霊力の反応が、安全圏まで離れたことを感知する。
むーちゃんの探知性能は非常に高い。五感のみならず霊感も高く、探知系魔法を組み合わせれば、その探知範囲と精度は想像を絶するものとなる。ごく僅かな霊力の余韻から、その者の力や種族、生体をも調べあげることができるほどだ。
触角同士を強く打ち鳴らす金切音が鳴り響く。だがその音は大変歪で、ものすごく大きい。人間ならばあまりの不愉快さに思わず耳を塞ぎたくなるほどに、その音からはいつものむーちゃんからは感じとれない禍々しさが溢れ出ていた。
スケルトン・マッシブが魔生物であるように、むーちゃんもまた魔生物である。
その本能は己と異なる者を敵と見做して殺す。魔生物が有する生物的な摂理に則ったものだが、むーちゃんはその魔生物の中でも別格の存在、``特異個体``である。己の意志で、その本能に抗うことが可能だった。
だからこそいつ如何なるときもブルーのことを第一に考えて行動することができているのだが、同時にそれは戦いの中でも彼女を全力で守らねばならないという大きな枷に縛られているのと同じであった。
それでもむーちゃんは苦に思うことなど決してない。それこそがブルーと交わした``契約``であり、逃れること能わぬ絶対的な``運命``だからだ。
しかし彼女をカエルたちに預けた今、死守するべき存在はこの場にいない。つまり守るべき者がいなくなったむーちゃんは、全ての枷が外れた状態―――いわば純然たる``魔生物``として、本来の姿に返り咲けることを意味する。
それは、今まで抑圧されてきた膨大な生存本能の解放。あらゆる意識、思考が、食欲という唯一無二の欲望に、なすすべもなく淘汰されていく。
強い者が食い、弱い者は食われる。本能を解放したむーちゃんにある僅かな思考は、ただそれだけしかなかった。むしろ目の前にあるものは、全て糧。毎日食べている巨大骨つき肉の骨軍団にしか見えていない。
形勢など、もはやどうでもいい。数の暴力など、全て貪り食い尽くす―――むーちゃんの残り僅かな理性は、その結論にて完結し、終焉を迎えた。
スケルトン・マッシブも本能をむき出しにしたむーちゃんを前にして、恐怖はない。彼らもまた本能に従って敵対生物を確実に狩る。ただそれだけの本能を満たすためだけに、むーちゃんに挑むのだ。
スケルトン・マッシブ五百体バーサス巨大黒百足一匹。たった一体で大国程度、一瞬で蹂躙できる骸骨五百体を相手に大量の涎の飛沫を飛ばし、黒板を爪で引っかいたときに発するような、不快で甲高い咆哮を炸裂させる。
人が決して割り込むこと能わぬ自然界、存在する摂理は``弱肉強食``ただ一つ。それ以外のルールなど存在しない。食うか食われるか、ただそれだけで全てが決する魔生物同士の死闘が今、幕を開ける―――。
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〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
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現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
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生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
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これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。
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