無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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防衛西支部編

捧贄蘇生

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 少し時を遡る。

 ポンチョ女と百足野郎、そして百代ももよと別れた俺と澄連すみれんと巨人女は戦っても手応えがまるでない雑兵と戦う羽目になっていた。

「チッ……相変わらず雑魚ばっかだな」

 殴り飛ばし蹴り飛ばし、人間を砲弾のように飛ばしながら敵軍を容赦なく蹴散らしていく。

 確かに東支部のときに戦ったギャングスターの連中と比べたら気持ち堅いかなっていう印象はあるし、前衛と後衛、自分たちの長所を活かした集団戦を自律的に行い、全体的にも統率は取れている。

 だが、結局はそれだけだ。

 気持ちタフに感じる程度で弱いことに変わりなく、俺が軽く小突いたり蹴ったりするだけで面白いくらいに四方八方に吹っ飛んでしまう。

 体幹弱くねコイツらと愚痴りたくなるほどに、西支部を侵略しにきた奴らは拍子抜けの雑魚集団だった。

「まあ魔法を使ってくるあたりは、腐っても前の連中よか強ぇか」

 複数人で覆い被さるように飛び込んできた奴らを、拳と衝撃波だけで吹き飛ばす。

 東支部のときの連中と違う点をもう一つ挙げるなら、やはり後衛がしっかり魔法や魔術を使ってくるところだ。

 今回の奴らは俺を物理的にブチのめす前衛と、魔法や魔術で前衛を支援する後衛に分かれ、前衛どもが俺の注意を引きつつ後衛が攻撃魔術を叩きこんでくる構成になっていて割と鬱陶しい。

 使ってくる魔法や魔術は知識の疎い俺には皆目分からないのだが、単純に攻撃系だったりなにかしらの阻害系だったりと、十人十色の魔法陣が浮かんでいたのが記憶に新しい。

 とはいえ、攻撃系以外は何故だか発動せず、大半は焦っていやがったが。

「そんなことよりもだ。なんでコイツなのかねぇ……」

 敵軍の現状なんぞよりも、相手さんの魔法が使えないことなんぞよりも、戦いが始まったそのときからずっとずっと気になっていることがただ一つだけある。それは―――。

「ヒャッハー!! おいおい全員弱すぎんだろうがよォ!! 豆腐かテメーらァ!! 殴り甲斐なくてつまんねーぜェ!!」

 俺の真横でモンスターみたく暴れまわる巨人女である。

 実際、コイツは身長がバカ高すぎて一つ一つの挙動が真面目にバケモノなのだが、大口叩く程度はあるようで、パワーもただの木偶って感じじゃないくらいの威力を感じさせる。

 岩石みたいな拳を地面に叩きつければ舗装された路面が衝撃で隆起し、脚を振り回せば周囲の建物や車ごと敵軍の連中もピンボールのピンの如く吹き飛び、挙句重量級の拳や足が地面を叩くたび、地震かよってくらいの衝撃が走りまわり、ほとんどの奴らは体幹が雑魚すぎて立っていられなくなる始末である。

 俺はそこらへん鍛えているので地震如きで足腰が無能になるなんざありえないが、大半の連中に耐えられるものでもなく、前衛も後衛もなすすべなくぶっ飛ばされまくっている。

 戦い方を見ているあたり、回避を全くしやがらないがその代わり耐久はしっかりしているようで、俺らが戦っている人間相手なら傷一つつくことはないようだ。むしろそれぐらいじゃないと自軍にいてほしくないくらいのバーサーカーだが、相手からすれば魔法をいくらボカスカ撃とうが武器で殴ろうがビクともしないし怯みもしない相手なんぞ絶望でしかないだろう。

「数も少なくなってきたし、もうコイツらの相手は巨人女で十分じゃね……?」

「オレもそう思いやすぜ、とっととあの汚ねぇロビーの生ゴミ啜りてえ」

「退屈だ。とりあえず、野糞すっか」

「あはははははははは!! みーんなボクのち〇この虜になーれ!!」

 隣のデカブツバーサーカー女に聞こえないよう、小声で呟く。澄連すみれんは―――相変わらず欲望に忠実だ。特にミキティウスは無言で気絶した敵からパンツを剥ぎ取っては頭にかぶるとかいう謎の行動を繰り返している。

 澄連すみれんの言うとおり、ギャングスター連中に毛が生えた程度の雑魚を掃除するのがいい加減飽きたってのが本音だが、それ以上に気になるのが、俺と百代ももよの間合を踏み込んできたフード付きコート野郎だ。

 アイツは間違いなく転移魔法で西支部ビルの中に転移しやがった。転移先だっておおよそ見当がつくし、正直さっさとそっちに行きたい思いで一杯だ。巨人女が起こす地震如きで立っていられなくなる程度の足腰しかない雑魚集団を相手するよりも、地下シェルターを守る人員に組み込まれた御玲みれいがとにかく気になるのだ。

 今のところ御玲みれいからの連絡はない。交戦していないなんてことはないだろうし、連絡がないってことは今も現在進行形で交戦中ってことを意味する。

 百足野郎とポンチョ女、百代ももよが行ったから今すぐ飛んでいきたいほどじゃないものの、それでも横で暴れまわっている奴に全てを押しつけて地下シェルターに飛んでいきたい感情を抑えるのに、そろそろしんどさを感じつつある。

「あぁ!? テメー抜け駆けは許さねーぞ!! 新人は黙って雑魚の掃除でもしていやがれ、行くんなら俺様が行く!!」

 聞こえないように小声で呟いたつもりだったのに、どうしてこういう呟きは耳に入ってしまうのだろうか。

 昔、母さんと修行していた頃も母さんの理不尽さに小声で愚痴ることがあったが、毎度毎度聞き逃してくれなかったのでバーサーカーはみんな地獄耳だったりするのか。

「いやー、適材適所に人員配置するのが最適行動だと思うんですがねぇ……実際コイツらボコすのにもう俺ら必要ないし」

「うるせー!! オメー俺様をここに放置しておもしれー相手と戦うつもりだろ!! 俺様にやらせろ俺様に!! 俺様の方が上だぞ、適材適所ってんなら新人が掃除するのがスジだろーが!!」

「馬鹿かテメェ? 適材適所ってそういう意味じゃねぇよ、敵の数も少なくなってるし、もうお前一人で十分だろって話してんだよ。図体デカくなりすぎて脳味噌もただの筋肉に成り下がったんか? ああ?」

「おうコラテメー、それが新人の態度か? ざけんじゃねーぞ!! テメーみてーなモヤシ野郎が行ったところでつまんねーんだよ、邪魔な蠅みたいなのがぶんぶん飛び回ってたら戦いづれーだろーが、少しはセンパイが気持ちよく戦えるように立ち回り考えろや脳味噌ウンコ野郎がよォ!!」

 うん。駄目だ、話になりゃあしねぇ。

 分かってはいた。母さんと修行してきた経験上、バーサーカーってのは感情的になると全く意味不明な事しか言わなくなると。

 母さんも興奮すると意味不明なことを羅列しては庭を暴れまわって手に負えない状態になっていたからもしかしてコイツもかなと思っていたが、やはりバーサーカーは興奮すると知能が下がるのは自明らしい。

 もういっそのことコイツごとこの場にいる連中全員を煉旺焔星れんおうえんせいで焼き尽くした方が速い気がしてきた。金髪野郎には問い質されるだろうが、横にいる巨人女が意味不明なこと言ってきて話を聞かなかったからって言えばきっとなんとかなるだろう。

 多分焼き尽くした程度じゃ死なないだろうし仮に死んだとしても事故みたいなもんだろうし俺のせいじゃないうん話を聞かないコイツが悪いなよーし焼こう焼き尽くそうそうしよう。

「よーし、全員焼け死ね」

 もう面倒くさい。いい加減手抜きしながら雑魚集団を掃除するのも、自分に似たバーサーカーの世話をするのもなにもかも全てが。なにより人の世話は俺のガラじゃないし、してやる義理もないのだ。

煉旺れんおう……―――?」

「ああ?」

 跡形もなく消えてなくなれって思いで右手に火属性霊力を爆縮した瞬間、敵軍全員がバタリと示し合せたように倒れた。

 全員スタミナ切れでバテたわけでもなし、それも全員同時なんざありえない。右手にある爆縮しようとした霊力を体内に戻し、何が起きたか調べようと近づくが―――。

澄男すみおさん!! 近づいちゃダメっす!!」

 カエルの一声で、反射的にバックステップで距離を取る。その直後、倒れた奴らは一瞬にして真っ黒になり、溶けた。

「んだこりゃあ……何が起こってやがる!!」

 うるさい奴が隣でがなり立ててくる。

 何が起こってやがるって台詞は俺が言いたい。敵軍が突然気絶したように倒れたと思いきや、真っ黒になって溶けて、一つ一つがスライムみたいになって一つのデカいスライムになろうとしているのだから、何が起こっているのか真面目に分からない。

「あ? おいおい、めんどくせぇな。野糞する暇がなくなっちまったじゃねぇか」

「むむ? 唯一神パン=ツーからの神託が……なんて冗談はさておき、まさか人間が住む地域であの闇魔法を垣間見るとは……」

「おいカエル、これやばくね? ボクのち〇こ萎えたんだけど」

 さっきまでおふざけ全開ムードだった澄連すみれんが突如としてシリアスムードを醸し出す。髪の毛もないのに気だるげに頭を掻くカエルに視線を移した。

「おい、なんか知ってるな?」

「端的に言えば、はい」

「分かりやすく説明頼めるか。アレは何だ?」

「魔法っす。闇属性魔法の一種、``捧贄蘇生サクリファイス``」

 珍しくカエルが理知的に説明してくれる。

 ``捧贄蘇生サクリファイス``。指定したすべての生命体を生贄に、対象とする生物を疑似的に蘇生する闇の魔法。

 黒いスライムは誰かが魔法を発動したことによって生贄となった成れの果てであり、魔法が完成すると魔法陣にあらかじめ刻まれた死者が、疑似的に蘇る仕組みになっているらしい。

「よく分かんねぇが、とりあえず誰かが復活しようとしているってことか」

 カエルたちが揃って首を縦に振る。いつもは各々欲望に忠実な動きをしやがるのに、こういうときは息が合うのホントに頼もしいのかふざけているのか。為になるからいいのだが。

 元々人間だったそれらは、一つのデカい黒色のスライムと化すと、俺はおろか巨人女の背丈すらも飛び越えるほどのジャンプ力を披露してある場所へと移動する。

 ある場所ってのは分かり切っている。西支部ビルだ。

 見た目はただの真っ黒なスライムなのに、まるで生き物のように動く様に呆気に取られていたが、向かっている方角を理解した瞬間、意識が現実へ回帰する。

「追いかけるぞ!!」

 黒い巨大スライムは見た目の割に移動能力がクソ高い。俺や澄連すみれん、巨人女が走って追いかけるが、跳躍力が凄まじすぎて全然追いつける気がしない。

 巨人女は図体がデカいので俺の数十倍の歩幅があるはずだが、それでもまるで追いつける気がしないのである。

 正直、全力を出せばさらに速度を上げることはできる。だが全速力で走ると衝撃波で色々なものを破壊してしまうため、西支部ビルが悲惨な状態になるのだ。

 まあ別に気にする意味も価値もないのだが、壊したら壊したで金髪野郎にドヤされるというクソ面倒を背負う必要が出てくるので、余程のことがない限りは全速力で走りたくはない。

 西支部ビルじゃなく外だったなら、遠慮なく全力で追いかけたのだが。

「くそ、どこに向かってやがんだあの黒い塊!! 走らせやがってダルいぞクソが!!」

 俺の歩幅の何十倍もの歩幅で走る巨人女は、早くも息を切らしながら真っ黒のスライムを追いかける。

 巨人なだけにやたらめったら足音がデカいし揺れるしで鬱陶しいことこの上ないが、歩幅がデカいだけに無駄に遅いことはないので幾分かマシに思える。

 これでクソノロマだったら邪魔だから消えろと言っていただろうが。

 走り続けること数十分、ようやく目的地らしき場所に辿り着いた。場所は正直見当がついていたので呆気に取られたりはしない。ただ、問題はここからだ。

 御玲みれいたちが守っている地下シェルターへ続くであろう階段の前に御玲みれいたちの姿はなく、その代わりポンチョ女と百足野郎がシェルターが階段への道を阻むように守っていた。

「な、なんだこりゃ」

 呆気にとられたのはポンチョ女だった。そりゃあまあ突然真っ黒なスライム状のよく分からんのが飛び跳ねながら近づいてきたら度肝抜かれると思う。俺だって似たような台詞を吐く様が容易に想像できる。

「コイツは西支部ビルを侵略しようとした奴らの成れの果てみたいなもんだ。一応敵だと思う、多分」

「うそつけよ」

「嘘じゃねぇよ、ホントだ。そこの巨人女も見てる」

「巨人女じゃねー!! マザー・ギガレックス様だァ!! 俺様も見たぜ、なんかよくわかんねーけど真っ黒の塊になった!! 以上だ!!」

 スライムは地下シェルターに続く階段前で動きを止めた。俺らはポンチョ女たちの方に合流する。

 訝し気な表情で俺を睨みながら首をかしげるポンチョ女だったが、ポンチョ女を守るように長い胴体でとぐろを巻いていた百足野郎が、ポンチョ女の頬を尾で撫でる。

 毎度のことながらコイツらにしか分からない会話で通じ合っているのか、少しの間頷き合うと、俺たちの方へ改まって視線を投げてくる。

「おけ、んじゃぶったおす」

「おう。理解が速くて助かるぜ。主に百足野郎」

「だまれ。ソイツらまかせたのになんでここにつれてくんだよむのーか?」

「それ言うならテメェこそ何してたんだ? 金髪野郎たちがいなくて持て余してたんだろどうせ」

「ちげーよバーカ、なかでこーせんしてんだ、すきをみはからってたんだよ」

「やっぱ中に転移してやがったか」

 この場にいる全員に聞こえるくらいのデカい舌打ちをブチかます。

 転移魔法ってのは、使う側としてはクソ便利極まりない魔法だが、ここぞってときに使われる側に回ってしまうと全てが後手に回ってしまう。

 正直、俺としてはこのまま御玲みれいを守ることに全ての意識を集中させたいってのが本音だ。俺がいなくたってこの場には百足野郎に澄連すみれんトリオとミキティウスがいる。戦力は十分だと言っていい。

 澄連すみれん澄連すみれんだし腐っても死ぬ奴らじゃなし、百足野郎が死ぬ所なんざ想像もつかない。澄連すみれん以外は俺の守るべき存在じゃないし、生きようが死のうがどっちでもいい奴らだ。

 澄連すみれんと百足野郎以外運が良ければ生き残れるだろと切って捨て、俺の仲間の中で最も生存確率の低い御玲みれいを守りに行くのが最善だってのに、御玲みれいの顔を思い浮かべた瞬間、足が動かなくなってしまう。

 もしここで俺がポンチョ女や西支部の連中を見捨てて、クソ間抜けにも戦死した場合、仮にそれで御玲みれいを助けられたとしても、御玲みれいは良い顔をするだろうか。

 軽蔑は流石にないとしても、嬉しく思うだろうか。御玲みれいは感情を表にあまり出さない奴だし、俺らと一緒で戦闘民族だからもしかしたらなんとも思わない可能性も大いにあるが、仲間にわだかまりができるようならそれは本意じゃない。

 頭を掻きむしり、地下シェルターへ続く地下二階への階段から目を逸らす。

 御玲みれいの所に今すぐ駆け付けたいのに駆けつけられないもどかしさと苛立ち。考えても仕方ないし、時間と精神力の無駄だし、いっそのことこれら全てを目の前で形を大きく変えているスライムにブチまけることにする。

 もう何なのかよく分かんねぇが関係ねぇ。全部まとめて焼き尽くす。それで解決だ。

 さっさと殺すかと心の中で呟きながら近づくと、俺とポンチョ女の間を縫うように、何かが通り過ぎる。

 何だと思って見てみると、それは俺が追いかけたスライムを百分の一ぐらいにまで小さくしたスライムだった。

 それと同時に、ロビーへ続く階段から誰かが降りてくる音が鼓膜を揺らす。誰だよクソがと内心毒を吐きながら振り返ると、御玲みれいたちとともに地下シェルターの守る班に回ったはずの、西支部監督官だった。
 
 お前何してやがる、と声をぶん投げようとした瞬間。西支部監督官が追いかけていたであろうスライムと俺らが追いかけていたスライムが融合し、一つになる。

 黒色のスライムは徐々に形を変え、質量を減らし、人型の輪郭を描いていく。その人形は女の姿をしていた。

 当然、その女に面識はない。服装は敏捷性を重視した軽装備で持っているのは両手にナイフを一本ずつ、顔やスタイルはかなり整っていて、元の世界ならグラビアモデルも余裕でこなせそうなプロポーションをしている。

 ただ一つだけ言うなら、その女の眼からは生気を感じられないことだろうか。黒い靄から作り出されたのだから生きた人間であるはずがないのだが、それでもぱっと見人間と瓜二つだと生きているんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。

「で、お前何してた?」

「……ちょっとな。仲間が人質に取られたもんで、ちょいと救いに」

「そうか。その分だと救えた感じみたいだな」

「お陰で、謎のスライムを追いかける羞恥プレイをかますことになっちまったがね」

「ちげぇねぇ。何の真似だか知らねぇが、今回の首魁は余程悪趣味らしい。中々気持ち悪りぃ敵を出してくれる」

 西支部監督官と簡単な情報共有を行いつつ、指の関節をぼきぼきと打ち鳴らす。

 女だから攻撃しないだとか、手を抜くだとか、男なら誰でも考えそうなことだが、俺には当てはまらない。男だろうが女だろうが、年端もいかないガキだろうが関係なく敵は敵、立ちはだかるならブチ殺すまで。性別が違うからと与える慈悲は微塵もない。

 そもそも目の前のそれは人の姿をしているが、元々は``捧贄蘇生サクリファイス``とかいう魔法で生みだされた生贄の成れの果てだ。つまり人間じゃあないのだから、尚更迷う必要もないのである。

「さて、そんじゃ一番槍は俺が」

「まて!」

 ほとんどが黒色の物体の変化に唖然としていた中、たった一人俺の進行方向を遮る奴がいた。ソイツにこれでもかとメンチを切る。

 今から西支部正門を攻め落とそうとしていた元凶をぶっ飛ばすってときに、一体何の真似なのか。他の皆が呆気に取られていたから空気を引き締め直すためにわざと言う必要のない言葉を投げたってのに、毎度毎度コイツは些細なことで俺の邪魔をしてきやがる。

 俺の進行方向を遮ったのは他でもない。額や頬にこれでもかと汗を垂れ流したポンチョ女だった。

「ツム……ジ……?」

「……は?」

「ツムジ!? なんで……どうして……!? おまえは、おまえはしんだはずじゃ……!?」

「お前さっきから何を」

「だまれ!! テメーにゃかんけーねー!! しゃべんな!!」

 目を充血させ、唾の飛沫が飛ぶのもお構いなしに剣幕と怒号で全てをかき消しにかかる。

 いつもなら余裕でブチギレてドタマかち割ってやるぐらいには頭に血が上る暴言を吐かれたが、何故だか出てきそうになった言葉が喉の奥に詰まり、足が少し後ろに引けてしまった。

「ツムジ、おまえいきてたのか……? ホントに……?」

 すぐさま俺から興味を失い、ツムジとかいうその女に少しずつ距離を縮める。

 俺たちの眼前にぼうっと立ち尽くす女とポンチョ女の関係なんざ知る由もないが、剣幕と気迫からしてそこらの知り合いだとか容易に切り捨てられるほどの薄っぺらい関係じゃないのは、この場にいる誰もが瞬時に理解しただろう。

 だとしたらポンチョ女にとっては感動の再会になる。例えば弥平みつひらがある日突然行方不明になって、数年ぶりに姿を現したとしたら泣いて抱きしめにかかるだろう。全てをかなぐり捨てて、周りの人間全てを置き去りに。

 話しかけてくる奴がいたら、きっとさっきのポンチョ女と同じ対応をしたと思う。いなくなったと思っていた仲間との感動の再会に、冷水ぶち撒けられたくはないものだ。

 その相手が、正真正銘の仲間だったならの話だが。

「おいよせ! ソイツはお前が知ってるような奴じゃねーんだぞ!」

 西支部監督官が大声でポンチョ女の肩を鷲掴む。

 西支部監督官は分かっていた。ポンチョ女がツムジと呼ぶその女は、女であって女じゃない。そもそも人間ですらないことを。

 元々アレは今日敵として現れた奴らの成れの果てだ。女の形をしたただの別物でしかない。姿形が同じなだけで、感動の再会には程遠い代物だ。

「そんなの……わかんねーだろ!!」

 それでもポンチョ女は引き下がらない。いつもは怠惰な奴なのに、急を要するときに限って無駄に頑なだ。

 この場にいる誰もが、ポンチョ女が陥っている状態を察していた。

「チッ……かったりぃな」

 ポンチョ女がちょうど他の奴らの射程上にいやがるせいで、みんなが攻撃できない状況にある。ポンチョ女をなるべく巻き込まず、女姿をした人外をブチ殺すには、それなりの射程を持つ遠距離攻撃手段が必要だ。

 運のないことに、今この場で遠距離攻撃ができるやつはほとんどいない。強いて言うなら澄連すみれんあたりだが、アイツらも基本は近接戦闘が主だ。百足野郎のレーザー光線じゃあ威力が高すぎてポンチョ女ももれなく消し炭にしてしまうし、もとより俺らの指示に従うとは思えない。

 となると、程々の威力の遠距離攻撃ができる奴は必然的に絞られてくる。

「灼熱砲弾」

 淡々と、右手に込めたオレンジ色の火球を女型の怪物、その顔面にぶん投げる。案の定というか予想通りというべきか、般若を彷彿とさせるほどに顔面を歪ませ、俺の胸に渾身の頭突きを食らわせてきた。

「テメェ!! ころすぞ!!」

「いやぁ……テメェこそ分かってんだろ? アレが人間じゃねぇことくらいよぉ」

「ンなこと……」

「ないだと? ハハハ、心にもねぇこと言ってんなよチビが。アレは人間じゃねぇ。どんな仲だか知らんが、お前の近しい奴に似た、ただの別物よ。それともテメェはただの別物とホンモノの区別もつけらんねぇ節穴野郎なのか?」

 ポンチョ女は歯噛みして目を逸らす。

 分かっているなら紛らわしい態度とってんじゃねぇよダボが。

 ただの別物なら迷いなんざねぇだろうが俺ならたとえ目の前に木萩澪華きはぎれいか御玲みれい久三男くみお弥平みつひらが現れたとして別物なら迷いなく消滅させられるホンモノでないなら価値はないただのゴミだそして別物を作った奴を探し出し生きていることを後悔させた上で跡形もなく消滅させる仲間を弄ぶことは俺にとってただの死よりも重い罪だポンチョ女にとってどうか知らんが俺にとっては万死に値する大罪だあらゆる苦痛と恥辱を与えた上で極刑に処し公衆の面前でその生首を晒し七日後に焼き尽くすぐれぇしねぇと収まりがつかねぇぐらいには―――。

『ブ……ルー……?』

 聞いたことのない声音が鼓膜を揺らす。

 肉声からして女ってのは分かるが、どこか男勝り感を思わせる力強い声音。女らしさ百パーセントの澪華れいかとも、少女らしさの中に凍てつくクールさを思わせる御玲みれいとも、どの角度から聞いてもブレーキのぶっ壊れたバーサーカーとしか思えない母さんの嗄れ声とも違う、活力を感じさせる芯の通った凛々しい声音。

 ポンチョ女が勢いよく振り向く。その表情は、出会ってから一度も見たことがないほどに、朗らかとしていた。

『生きて……たんだな……嬉しいぞ……』

 別物の割に同情を引くような言葉を発する知能を見せる化け物。まんまと骨抜きにされてやがるポンチョ女をよそに、俺の精神状態はひどく冷たく凪いでいた。

 同情を引くようなことを並べたところで、別物は別物。全く心に響かないし感じない。むしろホンモノに似せているだけ尚更不快だ。まだ姿形が似ているだけの物言わぬ魑魅魍魎ちみもうりょうならロクに似せれもしねぇ紛い物作りやがった罪でただじゃ死なさねぇ程度にすませてやったかもしれないが、ここまで似せられると殺し方ってのを真剣に考えなきゃならなくなってくる。

「さて、とりあえず原型を留めないくらいにぐちゃぐちゃにした後、煉旺焔星れんおうえんせいで跡形もなく消滅させるか」

 感動の再会に浸り、二人だけの世界に入ろうとしてやがるポンチョ女に冷や水を頭からブチかます。案の定、殺意に塗れた視線で俺を焼き殺しにかかるが、そんなものは気にしない。誰がなんと言おうとアレは別物。血も通っちゃいねぇ、ただの魑魅魍魎ちみもうりょうだ。

 俺は容赦なく灼熱砲弾を相手の顔面に連発する。

 何事も初動ってのはクソ大事だ。ここで相手の意表をつけられるか否かで、戦いのペースを持っていけるかどうかが決まる。

 パワーと技量がいくらあっても、瞬発力がまるでないノロマに人権はない。

「おい!!」

「ンだよるせぇな……」

「アイツは……ツムジは、まだ生きてる!!」

「同じこと何度も言わせんなよカスが。ただの別物だっつってんだろうが」

「いや……あれ、は……ツムジだ、ツムジなんだ!!」

「じゃあいいよそれでも。テメェが別物とホンモノとの区別もロクにできねぇ無能のノロマなのは分かったから邪魔するなとっとと失せろ」

 俺の考えは変わらない。何度でも言ってやる。

 アレはホンモノに限りなく近いだけの別物だ。死んだと思っていた仲間が生前と同じテンションと話し方をしていれば感情に絆される気持ちも分からなくもないが、それで倒すべき敵を見失うような奴ははっきり言って邪魔だ。戦場に立つ意味も価値もない。

 というか、これ以上ガタガタ言うようならいっそのことこいつも敵と見做して殺してしまった方が早いし確実なんじゃなかろうか。

 金髪野郎はともかく、コイツ自身は特に意味も価値もない存在だし、なんならぶっちゃけ百足野郎が本体みたいなところがあるし、最悪金髪野郎さえ生きていたら俺らの本部昇進に支障はないわけだから、この場であのスライムモドキと一緒に始末してしまおうか。正直、その方が余計なことを考えずに済むってもんだ。

 胸の奥底から湧いて出る黒い感情に蓋をして、深呼吸。あらためて目を血走らせるポンチョ女を睥睨する。

「テメェ、そんなにアレを助けたいのか?」

「ああ、きっと、その……操られてんだ、むーちゃんが言ってた、やみのまほうのひとつにたいしょーしゃのちにくをりよーしたこぴーをつくる……」

「いや、そこらへんの理屈はどうでもいい。助けてぇのかそうじゃねぇのか、どっちなんだ?」

「……たすけたい。だから、おめーら……」

「分かった。じゃ、死んでくれ」

 空気が凍りついた。ポンチョ女の顔から感情が抜け落ちる。

「お、おい……澄男すみおとか言ったか? 冗談キツいぞ。曲がりなりにも……」

「おいおい西支部監督官さんよ。俺ぁ冗談なんざ言ったつもりねぇんだが? この戦いに邪魔だから失せろと言った、それに従う様子もないし、ホンモノと紛い物の区別もつけられない。仕舞いには紛い物を助けるとかいう意味不明な事まで吐き散らかす始末。敵と見做して殺してしまった方が西支部のためになると思うが?」

「それでもお前……北支部の先輩請負人だぞ!? 恩義だってあるだろうに、そう簡単に……」

「笑わせる。百足野郎がいなきゃ何もできず、機関則がなきゃ行動の一つも起こせない無能……それだけならまだ無視する程度でとどめてやったのに、敵と味方の区別もつけられないってんなら、もう生きてる意味も価値もねぇだろう」

 敵に抱く情なんてない。戦いにあるのは殺るか殺られるかの二択だけ。それ以外の全ては蛇足であり、相手を殺るための虚構にすぎない。

 相手が紛い物なら尚更だ。思わずホンモノだと口から吐いてしまうほどに感情が溢れてしまうなら、尚更相手のことを思った上で跡形もなく葬り去るべきなのだ。紛い物ってのは、その存在そのものがホンモノへの侮辱に他ならないのだから。

「むしろ感謝してほしいもんだ。本来ツムジとかいう奴に義理も何もない俺が、引導を渡してやるってんだからサ」

 誰もできない、やらないってんなら俺がやる。ホンモノをただの紛い物にされた気持ちなんぞ、どうせそれをされた人間にしか分からないものだ。同情も共感も理解も要らない、邪魔で目障りで不愉快だから潰す。ただ、それだけ。

「……何の真似だ?」

 睨み合う俺とポンチョ女の間に割り込んだのは、ツムジとか呼ばれている謎の生物でもなければ、いつもポンチョ女にこびりついて離れない百足野郎でもない。さっきまで俺の後ろにいたはずの西支部監督官だった。

 それだけじゃない。百足野郎までもが、己の長い胴体を駆使して俺を雁字搦めにしてきやがったのだ。

「お前の言い分も分かるさ。アレは別物だ、ブルーが言ってる奴とはまるで違う奴だろうよ」

「分かってるなら邪魔だ。そこを……」

「でもな、だからってブルーごと殺るってんなら認めねー」

 刹那、目の前が真っ赤になった。体温が一気に上がり、身体中がじっとりと汗ばむ。心拍が目に見えて上がり、体が大量の酸素を欲する。

 気がつけば、毛穴という毛穴から炎が迸っていた。

「落ち着けよ。今は仲間同士で潰し合ってる場合じゃねーだろう」

 クソが。とんちんかんな事吐きやがって。

 俺だって殺したくてポンチョ女ごと殺すほど狂気に身を堕としているわけじゃない。そりゃあ金髪野郎と違って頭は硬ぇし、先輩ヅラする割には口先だけで力はねぇし、全体的に態度が気に食わねぇ奴だったが、それでもブチ殺したいほど嫌っていたわけじゃない。

 でも今回は敵と味方の区別もつけられねぇとかいうクソ間抜けをやらかした。そして助けるなどという意味の分からんことまで言い始めた以上、戦いの邪魔をする可能性があるなら敵と一緒に始末した方が自軍の被害は抑えられる。

 結果的に御玲みれいの負担が減るわけだ。そこまで考えたら、選択肢は一つに絞られる。

「そりゃ誰だって正気の一つや二つ失うことだってあるさ。友人とかなら尚更な」

 なるほどなるほど。面白い理屈だ。不愉快すぎて腹が痛い。

 正気の一つや二つ失うこと。そりゃあるだろう。ないとは言い切れないし、言うつもりねぇ。でも失うなら一人で勝手に失えって話だ。

 一人でトチ狂う分にはこっちが無視すりゃいいだけの話だし、それでクソ間抜けにも死んだとかなら所詮その程度のカスだったと切って捨てればいい。

 だが他人を巻き込むなら話が変わる。

 ポンチョ女が暴走することで御玲みれいを助けにいくのが遅くなるようなら、いわば御玲みれいはポンチョ女にブチ殺されたようなものだ。それを俺が、この俺が許すと思っているのか。西支部監督官でしかないコイツに分かりはしないだろうが、俺は仲間に傷一つつくことを許さない。もし傷がつくようなことがあれば―――。

「アイツも、お前も、邪魔をする奴全員ブチ殺す」

 狂っている。正気じゃない。人として終わっている。だからどうした、なんとでも言いやがれ。

 人としてマトモだったら何もかも正しいのか。否、それで大切なものを取りこぼすようならただの無能。口先だけの凡愚でしかない。

 口先だけで大事なもんが守れるってんなら苦労も何もあったもんじゃあないし、そもそも澪華れいかを失っているはずもない。

「その発言、尚更捨ておくわけにはいかねーんだが? とりあえずさ、落ち着けよ。今言い争ってる場合じゃねーだろうが」

 なんかごちゃごちゃ言ってやがるが、胸の奥底が熱すぎて、あらゆる音が遠く聞こえる。

 何も失ったことがない奴ってのは、つくづく平和だ。全くもって危機管理がなってないあたり、不愉快極まりない。最もらしい正論でさえ、ただの寝言と思えるほどに。

「だったら尚更そこどけや。俺もテメェと話すことなんざなにもありゃあしねぇんだよ。俺はただ目の前の敵をブチ殺すただそれだけしたいだけだ。俺の前に立ち塞がってガタガタ言う暇があるなら後ろの魑魅魍魎ちみもうりょうをブチのめしたらどうだ?」

「そうさせてもらうぜ、ただブルーを殺すことから手を引いてくれたらな」

 荒々しく頭を掻きむしる。

 敵味方の区別もついてねぇ奴をまだ味方認定しやがるのかコイツは。第一、西支部の監督官だってんなら西支部の危機になんで今にも敵に寝返りそうな奴を庇うのかが分からない。コイツにとって、西支部の連中は取るに足らない存在だっていうのか。

「よく考えろ。仮にブルーを敵もろとも始末したとして、この場にいないレクさんにどう説明するつもりだ。敵に情けをかけたから殺しましたって素直に言うつもりか?」

「それでいいだろ、事実なんだしよ」

「本当にそれでいいのか? お前、本部昇進できなくなるぞ? 下手したら懲戒解雇もあり得る」

 機関則とかいう意味不明な羅列文が煽りながら頭の中を通り過ぎ、盛大に舌打ちをブチかます。
 
 怒りで頭の中の大半が焼かれていたから忘れていたが、そういえば俺は本部に昇進しないとそもそも請負人になった意味がなくなるんだった。

 巫市かんなぎしとの国交樹立、それが俺たちの当面の目標。しかしその足がかりとして請負人としての地位を向上させる必要があり、少なくとも支部に燻っている限りは、そんな大層な任務を言い渡される可能性は皆無に等しい。

 本部昇進が前提になっている以上、懲戒解雇は不本意だ。仲間を守りさえすれば他はどうでもいいとはいえ、当初の目標を見失っては御玲みれい澄連すみれんの功績を俺が無にしてしまう。本家派当主としても、仲間を守るだの嘯いている張本人としても、仲間のやってきたことをただのゴミにしてしまう行いは許されるものじゃない。

「あー……!! チッ!! めんどくせぇ!!」

 頭をこれでもかと掻きむしる。ストレスと苛立ちで若くしてハゲちまいそうだ。

「だったらテメェがポンチョ女をなんとかしやがれ。俺は澄連すみれんとであのスライム野郎をブチ殺す」

「ああ、わかったそれで」

「やめろ!! ツムジは……ツムジはおれが……」

「黙れ!! テメェは戦力外だ、とっとと失せろ!!」

 まだグダグダ言ってくるポンチョ女に牽制がわりの軽い火の球をぶん投げる。当然外す前提の方向だ。トンチンカンな場所へ飛んでいったそれは、壁にぶつかり焦げ目を残して間抜けに消える。

 本来ならあの火球を倍以上にしたやつで速攻焼き殺したいところだが、俺には俺の目的ってのがある。今回だけはこの程度で不問にしておいてやらあ。

「悪いがブルー、下がっていてくれ」

「お、おれはまだ……!」

「これは西支部監督官としての命令だ。話は後で聞く。下がっていてくれ」

 何か言いたげに悔しさを滲ませたような表情で歯噛みするが、西支部監督官の低い声音が通ったのか、無言で一番後ろへと去っていった。百足野郎も俺から興味を失ったかのように身体をほどき、ポンチョ女とともに戦線を離脱する。

「さて邪魔な奴が消えたわけだが、とりあえず軽く段取り決めるぞ」

「いやぁ……澄男すみおさん、その事なんすけどね」

 ようやく戦いを始められる、そう思った矢先。カエルが申し訳なさげな表情で俺を見上げ、つるっぱげの頭を掻いた。

「あ? なんだ? いま忙しいからコミカルは後にしろよ」

「そうじゃねぇよ、バナナウンコを捻りだすときぐれぇ真剣な話だっつーの」

 ナージが般若の如く顔を歪め、俺にガン飛ばしてくる。今から倒せない敵を倒す算段を立てようってときにウンコの話される時点でコミカルなんだが、澄連すみれんたちから滲み出る雰囲気はいつものふざけた感じが少し薄い。それを感じ取り、少し態度を改める。

「``捧贄蘇生サクリファイス``のことなんすけどね。このまま攻撃しても多分アレ、倒せないんすわ」

「は? どゆこと? とりあえず詳しく」

 一々カエルの背丈に合わせてしゃがむのがダルいので、今回に限り俺の頭に乗って話すことを許す。

 カエル曰く。``捧贄蘇生サクリファイス``で疑似蘇生された存在は、実体を持っているわけじゃなくあくまで根幹は魔法陣そのもので、生きているわけじゃないから物理攻撃しようが魔法攻撃しようが、痛みを感じないらしい。

「じゃあなんだ。あのねーちゃんに何してもダメージにならねぇってことかよ」

「そうなりやすねぇ。まあ実体は魔法陣なんで、魔法陣を破壊しちまえばどうってことねぇんすが」

「魔法陣の破壊って、攻撃するんじゃダメなんか」

「魔法なんで、要は魔法を解いちまえばいいんすよ」

「なるほど、要は解呪魔法を使えば戦わずして倒せるってわけか」

 俺とカエルの話を横で聞いていた西支部監督官が割って入って、話を纏める。

 解呪魔法なんて、俺は使えない。確か魔法を解く魔法だったと思うが、俺は火の弾を投げる専門である。

「お前らで解呪魔法使える奴はおらんのか?」

「いやー、今の俺らには使えないっすね。パオングさんならいけるとおもうんすけど」

「``捧贄蘇生サクリファイス``って闇属性魔法だからよ、シャルだったらバナナウンコにして水に流せんだろ」

「えー……確かにボクのち〇この輝きをもってすればイケると思うけどさ……」

「確実かつ速攻で消し去るならば、解呪魔法に勝るパンツの履き心地はないと思う」

 えっと、要するに。どういうことだ。

 ナージにシャル、そんでミキティウスがまた自分の世界観の単語を使い始めたので詳しく話を聞いてみる。

 ``捧贄蘇生サクリファイス``は闇属性魔法だから、その魔法陣を形作っている霊力は闇の霊力である。つまり相反する光の霊力であれば、魔法陣を形作る霊力ごと相殺できないこともないそうだ。

 あくまで、理論上は。

「シャルは光属性持ちなんで、まあできないこともありやせん。ただ``捧贄蘇生サクリファイス``は基本、簡単に解呪されないように魔法陣を保護して使ってる場合が大概っす」

 そのため、光属性霊力で相殺するのはリスクがある、と。

 カエルたちに礼を言い、俺は無理だと思いながらも浮き輪をつけて思考の海の遠泳を試みる。

 解呪魔法が確実と言われても、俺はそんな高度臭い魔法は使えない。魔導師としては、あくまで火の弾を投げて全てを焼き尽くす魔導砲兵みたいなもんなのだ。

 だが攻撃魔法が通じない以上、俺の火の弾をいくら投げたって無意味であることに変わりない。西支部監督官が言ったように、結局のところ手数が足りないのだ。

 もどかしい。対処法は分かったのに、その対処法を実行できる者がいない。駄目元でシャルに突撃させるべきか、そう迷った矢先。

「もうまどろっこしーからよー、とりあえずミンチにしちまえばいーんじゃーねーの?」

 さっきまで珍しく大人しくしていやがった巨人女が、無駄にでけぇ図体で俺らを覆い尽くし、クソデカい顔面を近づけてくる。

「お前……話聞いてなかったんか……? 北支部の新人の使い魔が、何やっても倒せねーって言ってたろ……」

「いやーよ、俺の固有能力で八つ裂きにしてやんだよ。倒せねーのは癪だがよ、時間稼ぎぐれーにはなんだろ」

 巨人女が編み出したと思えない鋭い妙案に、俺と西支部監督官は思わず顔を見合わせる。

 驚いていても仕方ない。首を左右に振り、俺の十八番おはこたる粗探しを敢行する。

「コイツの固有能力って?」

「んあー、コイツのユニークスキルの一つに``ダメージフィールド``っつーのがあってだな……」

「ゆにーく……すきる?」

「あー! そうか、そうだった。この世界だとその単語使わねーんだったか。えっと、コイツの固有能力ってのは……」

 何かを誤魔化すようにそそくさと説明を始める。聞きなれない単語が耳に入ったので粗探ししただけなんだが、無視するあたりさほど重要じゃないのかもしれない。問題はその能力の詳細だし、深く考えてもドツボにハマるだけな気がしたのでスルーすることにした。

 話を戻すが、巨人女には固有能力がある。その名も``ダメージフィールド``。

 巨人女を中心とする一定範囲内で近接戦闘を行うと、巨人女の攻撃回数が一億倍になるとかいう、意味不明レベルで無茶苦茶な固有能力である。

 たとえば一発十ダメージのパンチを命中させると、その範囲内ではパンチを一秒間に一億回撃ったことになり、相手は理論上十億ダメージを喰らうことになる。

 たとえ一撃が大して効かなかったとしても、固有能力の範囲内で殴り合えば、一発あたるごとに毎秒一億回殴ったことにできるので、相手を確実にオーバーキルできてしまう。

 正直、わけわからんレベルのチート能力だった。

「ちなみにコイツの攻撃を全部避け切れたとしても範囲内にいる限り、自分の体力の五パーセントに相当するスリップダメージを受け続けるオマケ効果もあるぜ」

 西支部監督官が余計な解説を付け足してきやがった。巨人女が鼻の下を伸ばし、ゴミみてぇな胸板を張る姿がクソウザい。

 それはもはやオマケでもなんでもないし、殺意に満ちているとしか言いようがないただの暴力だと思う。

 つまりは余程並外れた人外でもない限りは確殺できるってことだし、なんというか暴力の化身みてぇな能力だ。巨人女らしいといえば、それまでなのだが。

「いま地下シェルターの方に金髪野郎とそっちの精霊、そして御玲みれい百代ももよがいる。おそらくシェルターで暴れてる奴は百代ももよが始末してくれるだろうから、百代ももよがこっちに来てくれるまで戦線を維持させるってのも悪くない」

「俺も賛成だ。反撃する暇も与えず殴り続けるには、コイツのユニークスキルは最高の手札になる」

 ツムジとかいう女の姿をしたスライムモドキの成れの果ては、俺たちの持つ手札じゃ倒せない。竜位魔法ドラゴマジアンを使えばその限りじゃないが、その選択肢は絶対にありえないとして、だったらどうにかできる奴が戻ってくるまで耐え凌げばいい。

 幸い、俺を含めこの場にいるほとんどは遊撃や陽動に向いている。二頭身フォルムを活かし意味不明な技で敵を翻弄する澄連すみれんや、無駄にデカい図体と力強さを全て荒れ狂う暴力に変えて戦場を奔走する巨人女は適任どころじゃない。

 巨人女は今日ほとんど迷惑極まりない邪魔くせぇバーサーカーでしかなかったが、今回は存分に役立ちそうだ。

「話は終わったか? んじゃ行ってくるぜ。正門前までカチコミかけてきやがったクソザコどもじゃあ不完全燃焼だったんだ、ここでド派手に発散してやらァ!!」

「加減しろよー、一応許可はするけどウチのビル粉砕したら本部の豚箱行きにしてやるからなー」

「おい!! そりゃねーぜジーク!! 少しは甘くみろよ!!」

「甘く見たらお前ホントにやらかすだろ。そうならないために監督官っつー役職があんだろが」

 つまんなそうな表情で、舌打ちをかましつつも了承した様子。

「んじゃ、オレらも暴れてきますわ。存分にゲロをブチまけてきやす!!」

「正直倒すのは気が進まなかったんだよね、魔法陣とはいえ美人だし? たとえ生物じゃなくてもボクのち〇こが反応する限り、それは女なんだ!!」

「お前、もしかして渋ってたのそんな理由だったのか。俺は生物じゃなきゃ興味ねぇな。だってウンコも小便もしねぇんじゃ、ただのガラクタでしかねぇし」

「俺はパンツさえ履いているならなんでもいいが、アレはパンツまで再現されているのだろうか。一応服を着ているようだが、気になるな……」

 澄連すみれんも巨人女に続き、時間稼ぎに参加する。

 多少シリアスになっていたものの、コイツらにとっては大したことがないのか平常運転だ。

 現状どうするかに脳のキャパを全て費やしていたから話題にするのを忘れていたが、シャルが光属性使いだったのは何気に初耳である。日頃ち〇こち〇こしか言っていなかったから、属性適性とか気にしたことがなかったのだ。ある意味、仲間の新しい側面を知れて、少し嬉しい。

 倒すのを渋っていたのが、クソみたいな理由だったのは気に食わないが。

 俺と西支部監督官は後方で待機だ。戻ってきた百代ももよたちに現状を伝える必要があるのと、乱戦になるのを避けるためである。

 巨人女と澄連すみれんを投入した今、これ以上の人員を前衛に出すと誤射る可能性が出てくる。特に巨人女の性格からして敵味方を一々区別するとは思えない。澄連すみれんは一人一人の的が小さいし、意外と全員ちょこまかしていて意識して当てるのも難しいから誤射の心配は皆無だが、流石に俺や西支部監督官ともなるとかえってお互い邪魔くさくなってしまう。

 全員が暴れていると百代ももよたちが状況を把握できないし、やはり戦況を見守る役は必要なのだ。

 とはいえ―――。

竜位魔法ドラゴマジアン……」

 西支部監督官に聞こえないように小さい声で呟く。

 さっきは迷うことなく選択肢から外したが、俺にも一応あのスライムモドキを倒す手札は持っている。俺が持つ最大最強の切り札にして、かつて天災竜王が使っていたらしい外道の魔法。

 コイツを使えば、倒せないことなんてないだろう。文字通り跡形もなく消滅させられる。これで倒せなかったなら、正真正銘のバケモンだ。

 だが、使いたくない。あの外道の魔法を意図的に使えば、俺の中にある何かしらを失う気がするからだ。自分という存在が、天災竜王とかいうゲテモノに成り代わる。そんな気が拭い去れなくて。

 俺は俺だ。死にかけのゲテモノ如きに、体を乗っ取られるとは思えない。親父に復讐してからというもの、あの野郎の声は全く聞こえてこないし、いなくなったんじゃねぇかと思っちまうくらいだ。

 でも分かっている。それがただの、希望的観測だってことは―――。

 やはり使うわけにはいかない。でも使わず倒せる手立ては、俺にはない。

「クソ……!!」

 百代ももよの顔が脳裏をよぎる。快活で、のほほんとしていて、悩みがなさそうで。ぱっと見ただの巫女に扮したコスプレ女なのに、その強さは誰よりも強い。周りを問答無用で黙らせる、圧倒的な強さを持っていた。

 あの強さは、かつての俺が求めていたものだ。あれだけ強ければ、俺にできないことはなかっただろう。復讐なんざするまでもなく親父をブチ殺せただろうし、澪華れいかを失うこともなかったはずだ。

 今更すぎてもはや雑念とすら思えてくるそれに、今でも囚われていることに更なる苛立ちを募らせる。どうしようもないことだってのは理屈で分かっているのに、ふと油断すると考えてしまう。

 雑念を振り払うため、意識を巨人女たちへと向ける。

 手立てがないのはクソ癪だが、前向きに考えるならただタフなだけで命の危険があるほどの脅威じゃない。さっき戦ったときも俺の動きにまるで対応できてなかったし、御玲みれいたちが終わらせてくれるまで持ち堪え、百代ももよあたりに始末させる。俺個人じゃ何もできないが、手詰まりってほどでもない。

御玲みれい……」

 怒りの上から不安の波が全てを押し流し、胸の奥が忙しない。危機的状況になるといつもいつも雑念に後ろ指を刺される自分を恨めしく思いながら、巨人女が薄い赤色の防壁を展開するのをじっと眺めた。
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