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序章・流川動乱編
舞い降りた異変 1
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時は夕刻。
数時間前まで満天の青色であった空も、既に紅葉色に姿を変えていた。
昼間、雲がいないのを良い事に自己主張し続けていた太陽ですら、身体の半分を地平線に埋め、寝支度を整え始めている。
社会人なら、まだ仕事の大詰め時。学生は今日一日のカリキュラムを終え、帰宅の途へ着く時間。
夕焼けで紅く染まりゆく景色の中、校舎内にある草叢に紛れ、二人の男女が身を埋めている。
彼ら、流川弥平と水守御玲は、校舎内から下靴に履き替えて出てくる蟻のような生徒達を眺め、主君流川澄男を、刻々と待ち続けていた。
「出てきませんね」
「既にのべ五十人は正門から出て行っているのですがね」
弥平は平静に答えた。
下校時間が始まって既に一時間。澄男は未だ姿を現さない。
事前に集めていた情報では、澄男は帰宅部。学校が終われば弟の久三男とともに、すぐ下校してくる習慣である。
昼間、霊子ボードを用いて学校のデータベースに侵入し、学校の一日の予定も調べた。補習、追試の類は確認できていない。
もう下校時間の開始は過ぎている。時間割が終了すれば即座に出てきてもおかしくない筈なのだが。
「ホームルームが長引いているのでしょうか」
「ふむ……位置情報を確認してみますか」
懐から取り出したのは、所々が淡く青色に輝く装飾で彩られた、ペン型の霊子ボード。
流川家の霊子ボードは、戦場でも携帯しやすいように偽装目的も兼ねてスマート化できるよう、改造されている。
性能も市販のものとは違って軍事用にかなり高く改造されており、物理的な持ち込みやすさと、情報工作対策も念頭におかれた仕様である。
弥平は右側を前に、左側を後ろに捻り、左右に引き抜くように引っ張る。
かちっと音を立て、真ん中の青い光源から青い粒子が夥しく湧き出てくると、ラブホテルの時のように、立体見取り図を描き始めた。
「検索、流川澄男、位置」
【検索中です】
待つのも束の間。見取り図を構成する粒子が慌しく動き出す。
【流川澄男、中威区中央高校三階A棟に常駐。此処から直線距離で約七百メト】
三階A棟とは、高等部の学年棟。
霊子ボードの立体地図情報において、澄男は教室からすぐ出た廊下で静止している表示になっている。
御玲は訝しげに眉を潜めた。
「何故まだそんな所に……」
「まさかですが……追加検索、木萩澪華、位置」
【検索中です……木萩澪華、中威区中央高校三階A棟生徒会室に常駐。此処から直線距離で約八百メト】
澄男のマーカーから少し離れた場所の個室に、別色のマーカーで表示された点が浮かび上がる。
御玲は疑問符を浮かべた。
「木萩澪華とは」
「参照、木萩澪華、肉体及び住民情報」
【木萩澪華。身長百六十センチメト、体重五十二キログラー。性別女。推定全能度十以下。中威区非戦闘民居住区出身。現住所、同上ブロックB】
「つまり余所者ですか」
「住民情報と、流川分家邸から打ち上げた人工霊子衛星の情報が正しければ、ですがね」
私独自の調査では、澄男様の良き友人で相違無いと判断していますが、と弥平は付け加える。
中威区非戦闘民居住区とは、戦闘能力を持たない一般人が住む住宅街の事だが、ならば少なくとも敵ではないだろう。
流川分家邸の情報網は、先進大国の政府機関が有するものをも凌駕すると言われる程、緻密かつ広大だ。
有象無象の情報屋よりも遥かに信頼できる上に確実。
衛星を造れる技術と環境を持ち、周りに秘密にできている事も含め、平然と使い熟している。
流川家の技術力には、最早感心を通り越して唖然とするしかない。
「澪華が生徒会室から出るのを待つしかありませんね、これは」
「そのようですね」
「でもいつでも動けるようにしておいて下さいね」
心得ています、と表情を急いで元に戻す御玲の返事を聞く。
霊子ボードをペン型に直し、懐にしまうと、彼はふと空を見上げた。
間もなく日が沈む。
本音を言うと、日が落ちる前に出てきて欲しい。
日没後の宵闇はアウトローが盛んになる時間帯。況してや流川家の次期当主候補を暗殺するともなれば、絶好の機会だろう。
次期当主候補ならば、武術の心得がかなりある筈なので、そう簡単にはやられないにせよ、やはり万が一がある。
暗殺者が迫っているとして、流川家クラスの要人を誰かに殺されたと悟られないように暗殺するなら、確実に人気の少なくなった夜が適当。
まだ太陽は地平線という名の布団に潜り切っていない。できれば長くとも三十分以内に校舎内から姿を現わして欲しいのだが―――。
刹那、弥平は不審な変化に、眉を潜めた。
音がしたのだ。思わず音源の方へ、その一点を凝視する。
目線の沿線上、数十メト先には霊力で点灯する一本の霊力街灯。
太陽光を検知して、光度が一定まで下がると自動点灯する術式が込められた街灯だが、その街灯が、不自然な音を立てて微かに揺れた気がしたのだ。
手を宙に翳す。風は無い。どの方角にもほぼ無風。
街灯を揺らす。それができるのは、大自然の風ぐらい。
だが暴風雨でもない限り、地面にがっちりと固定された街灯が、揺れる事などないはずだ。
更におかしい点は、もう一つ。
音を察知して反射的に振り向いた。そして聴覚は街灯を示した。
風も殆どない夕暮れに、街灯の先が微かに揺れ、石でも当たったような乾いた音を鼓膜が捉えている。
ただの自然現象なのだろうか。百歩譲って街灯付近の地盤が緩んでいたと仮定して、あの石でも当たったかような衝突音は、如何いかに説明する。
市民の誰かが石を投げたか。否。子供でもしようとは考えまい。
弥平の表情の変化に気づいたのか、右隣から御玲の視線を感じる。
「どうかされましたか」
伝えようか伝えまいか、考えあぐねてたのも束の間。
「「……ッ!?」」
地面を引き摺る特有の音が、二人の鼓膜を揺らす。
御玲の表情が一気に険しくなり、弥平も瞳を盛んに動かして五感を研ぎ澄ませる。
此処一帯は寂れているとはいえ、非戦闘民居住区の一角。
田舎か都会か。何方かと言われれば、まだ後者の枠組みに入るこの場所は、動物でも人でもない``魔生物``が出入りする程、自然と縁近くない。
残る音源候補として、周りに住む子供か何かだが、この辺りに子供が遊べる場所は無く、況してや高校を遊び場にする子供などいないだろう。
齢二十に満たないとはいえ、戦闘に携わる武闘派の血族の出。人を含め、生物の気配や殺気等には人並み以上に聡い。
そして、最後に大きい問題が一つある。
音がした。
誰かが通った痕跡を見た。
しかしそれらはあくまで何者かが通ったという``痕跡``であって、問題は音源の正体を一切見ていない事実だ。
街灯に関しては、御玲が気付かなかったため、タイミングが悪かったと判断できなくはない。
だが地面を引き摺ったような音は、両者が同時に気づくくらい、明確に悟っている。
二人とも音源を肉眼で見ていない。影すら見ていないのだ。
誰かまでは分からなくとも、通り過ぎる人影の一つ見えてもおかしくない筈。
弥平を中心に、一瞬だけ茶色の光が灯る。
使用したのは探知系魔術。
相手が霊力等を使用する何らかの行為を行った場合、霊力の残滓を基に、その人物の大雑把な肉体情報と、位置情報を逆探知するものである。
暫くじっとする事数秒。額には汗が滲んだ。
逆探知魔術は使用すると大雑把な情報が頭の中に自然と浮かび上がるのだが、何も浮かび上がらない。
街灯からの気配はいざ知らず、何者かが地面を引きずる音は、五感で感じ取っている。
人影すら見ていないとなれば、透明化もしくは背景色と同化するといった属性効果の無い無系魔術を使用しているはずなのに。
ならば、考えられる可能性は三つ。
相手が探知系魔術対策を施した装備をしている。
自身に宿る霊力を自在に操作し、此方側の探知系魔術を撹乱させられる程の猛者。
霊学迷彩を装備している正体不明。計三種。
一種目は対処する手数が幾つかあるから、大したことはない。
厄介なのは二種目と三種目だ。
二種目なら、探知系魔術に限らず``魔術``そのものの概念の脆弱性を予め知っている人物である。
霊力とは、相反する向きの霊力同士がぶつかりあってしまった場合、見かけ上、プラスマイナスゼロの状態になる特徴がある。
これは霊力特有の性質だが、探知系魔術を事実上無力化することができる裏ワザの一つである。
ただし裏ワザなだけあって、そう簡単にできる技術ではない。
霊力の残滓が残っていなければ機能しないという逆探知魔術の弱点を知っていて、尚且つ体内の霊力操作に長けていなければならない。
もはやそれは、達人の身業である。
実際、世界には体内に宿る霊力を自在に操って魔術に対抗できる猛者が少数いる。
流川家の要人を暗殺する目的を達成するに辺り、十二分な人材といえるだろう。
三種目に関しては最早論外と、匙を投げたい。
霊学迷彩とは、聴覚を除く全ての感覚器官に齟齬を起こさせる擬似情報を送る事で、見かけ上は背景と同一化する隠密装備。
主に軍事目的で使用される特殊装備でもある。
話だけ聞いていると、非の打ち所のない完璧装備のように思えるかもしれない。
だが通常の霊学迷彩は、探知系魔術を無力化できない弱点を持っている。
背景と同化する為の擬似情報自体が、霊力の残滓として探知系魔術に引っかかってしまうからだ。
その場合、装備を捨てて戦うか、不利なら死に物狂いで撤退するしかない。
しかし最上位互換と名高い甲型霊学迷彩は、探知系魔術に対する脆弱性を、装備者の霊力と大気中の霊力を統一する事で解決している。
つまり何が論外なのかを述べると、二種目の敵は強大な一である事に対して、三種目は強大な複数が背景に存在している事である。
強大な一、なら今後を考えると対処は容易だろう。
しかし、流川家のような強大な複数が背景にあるなら、正真正銘の脅威に他ならない。
強大な複数による少数精鋭の淘汰は、個人にとって災害に等しいのだから。
弥平は思考の湖から水飛沫を上げて勢い良く地上に這い上がると、意識と意識を集中させ、隣にいる少女の意識と同調する。
『御玲みれい。此方弥平。コード666。モードエマージェンシーに移行』
コード666とは、流川家で用いられる、霊力を利用して回線を作成し、擬似的な精神空間で会話する霊的技術``霊子通信``の緊急回線の事だ。
軍事目的を目処に極めて強力な敵傍受対策が施されている回線であるため、並の政府機関では盗聴はおろか、回線を発見する事さえ容易ではない。
『後は手筈どおりに。散開』
両者の間の意識は無駄なく途切れ、二人は別々の方向へ散る。
御玲は高等部の三階へ。弥平は通り過ぎた人影の方へ。
澄男を正体不明から守る為、弥平達は護衛任務最初の一手を打ったのだった。
数時間前まで満天の青色であった空も、既に紅葉色に姿を変えていた。
昼間、雲がいないのを良い事に自己主張し続けていた太陽ですら、身体の半分を地平線に埋め、寝支度を整え始めている。
社会人なら、まだ仕事の大詰め時。学生は今日一日のカリキュラムを終え、帰宅の途へ着く時間。
夕焼けで紅く染まりゆく景色の中、校舎内にある草叢に紛れ、二人の男女が身を埋めている。
彼ら、流川弥平と水守御玲は、校舎内から下靴に履き替えて出てくる蟻のような生徒達を眺め、主君流川澄男を、刻々と待ち続けていた。
「出てきませんね」
「既にのべ五十人は正門から出て行っているのですがね」
弥平は平静に答えた。
下校時間が始まって既に一時間。澄男は未だ姿を現さない。
事前に集めていた情報では、澄男は帰宅部。学校が終われば弟の久三男とともに、すぐ下校してくる習慣である。
昼間、霊子ボードを用いて学校のデータベースに侵入し、学校の一日の予定も調べた。補習、追試の類は確認できていない。
もう下校時間の開始は過ぎている。時間割が終了すれば即座に出てきてもおかしくない筈なのだが。
「ホームルームが長引いているのでしょうか」
「ふむ……位置情報を確認してみますか」
懐から取り出したのは、所々が淡く青色に輝く装飾で彩られた、ペン型の霊子ボード。
流川家の霊子ボードは、戦場でも携帯しやすいように偽装目的も兼ねてスマート化できるよう、改造されている。
性能も市販のものとは違って軍事用にかなり高く改造されており、物理的な持ち込みやすさと、情報工作対策も念頭におかれた仕様である。
弥平は右側を前に、左側を後ろに捻り、左右に引き抜くように引っ張る。
かちっと音を立て、真ん中の青い光源から青い粒子が夥しく湧き出てくると、ラブホテルの時のように、立体見取り図を描き始めた。
「検索、流川澄男、位置」
【検索中です】
待つのも束の間。見取り図を構成する粒子が慌しく動き出す。
【流川澄男、中威区中央高校三階A棟に常駐。此処から直線距離で約七百メト】
三階A棟とは、高等部の学年棟。
霊子ボードの立体地図情報において、澄男は教室からすぐ出た廊下で静止している表示になっている。
御玲は訝しげに眉を潜めた。
「何故まだそんな所に……」
「まさかですが……追加検索、木萩澪華、位置」
【検索中です……木萩澪華、中威区中央高校三階A棟生徒会室に常駐。此処から直線距離で約八百メト】
澄男のマーカーから少し離れた場所の個室に、別色のマーカーで表示された点が浮かび上がる。
御玲は疑問符を浮かべた。
「木萩澪華とは」
「参照、木萩澪華、肉体及び住民情報」
【木萩澪華。身長百六十センチメト、体重五十二キログラー。性別女。推定全能度十以下。中威区非戦闘民居住区出身。現住所、同上ブロックB】
「つまり余所者ですか」
「住民情報と、流川分家邸から打ち上げた人工霊子衛星の情報が正しければ、ですがね」
私独自の調査では、澄男様の良き友人で相違無いと判断していますが、と弥平は付け加える。
中威区非戦闘民居住区とは、戦闘能力を持たない一般人が住む住宅街の事だが、ならば少なくとも敵ではないだろう。
流川分家邸の情報網は、先進大国の政府機関が有するものをも凌駕すると言われる程、緻密かつ広大だ。
有象無象の情報屋よりも遥かに信頼できる上に確実。
衛星を造れる技術と環境を持ち、周りに秘密にできている事も含め、平然と使い熟している。
流川家の技術力には、最早感心を通り越して唖然とするしかない。
「澪華が生徒会室から出るのを待つしかありませんね、これは」
「そのようですね」
「でもいつでも動けるようにしておいて下さいね」
心得ています、と表情を急いで元に戻す御玲の返事を聞く。
霊子ボードをペン型に直し、懐にしまうと、彼はふと空を見上げた。
間もなく日が沈む。
本音を言うと、日が落ちる前に出てきて欲しい。
日没後の宵闇はアウトローが盛んになる時間帯。況してや流川家の次期当主候補を暗殺するともなれば、絶好の機会だろう。
次期当主候補ならば、武術の心得がかなりある筈なので、そう簡単にはやられないにせよ、やはり万が一がある。
暗殺者が迫っているとして、流川家クラスの要人を誰かに殺されたと悟られないように暗殺するなら、確実に人気の少なくなった夜が適当。
まだ太陽は地平線という名の布団に潜り切っていない。できれば長くとも三十分以内に校舎内から姿を現わして欲しいのだが―――。
刹那、弥平は不審な変化に、眉を潜めた。
音がしたのだ。思わず音源の方へ、その一点を凝視する。
目線の沿線上、数十メト先には霊力で点灯する一本の霊力街灯。
太陽光を検知して、光度が一定まで下がると自動点灯する術式が込められた街灯だが、その街灯が、不自然な音を立てて微かに揺れた気がしたのだ。
手を宙に翳す。風は無い。どの方角にもほぼ無風。
街灯を揺らす。それができるのは、大自然の風ぐらい。
だが暴風雨でもない限り、地面にがっちりと固定された街灯が、揺れる事などないはずだ。
更におかしい点は、もう一つ。
音を察知して反射的に振り向いた。そして聴覚は街灯を示した。
風も殆どない夕暮れに、街灯の先が微かに揺れ、石でも当たったような乾いた音を鼓膜が捉えている。
ただの自然現象なのだろうか。百歩譲って街灯付近の地盤が緩んでいたと仮定して、あの石でも当たったかような衝突音は、如何いかに説明する。
市民の誰かが石を投げたか。否。子供でもしようとは考えまい。
弥平の表情の変化に気づいたのか、右隣から御玲の視線を感じる。
「どうかされましたか」
伝えようか伝えまいか、考えあぐねてたのも束の間。
「「……ッ!?」」
地面を引き摺る特有の音が、二人の鼓膜を揺らす。
御玲の表情が一気に険しくなり、弥平も瞳を盛んに動かして五感を研ぎ澄ませる。
此処一帯は寂れているとはいえ、非戦闘民居住区の一角。
田舎か都会か。何方かと言われれば、まだ後者の枠組みに入るこの場所は、動物でも人でもない``魔生物``が出入りする程、自然と縁近くない。
残る音源候補として、周りに住む子供か何かだが、この辺りに子供が遊べる場所は無く、況してや高校を遊び場にする子供などいないだろう。
齢二十に満たないとはいえ、戦闘に携わる武闘派の血族の出。人を含め、生物の気配や殺気等には人並み以上に聡い。
そして、最後に大きい問題が一つある。
音がした。
誰かが通った痕跡を見た。
しかしそれらはあくまで何者かが通ったという``痕跡``であって、問題は音源の正体を一切見ていない事実だ。
街灯に関しては、御玲が気付かなかったため、タイミングが悪かったと判断できなくはない。
だが地面を引き摺ったような音は、両者が同時に気づくくらい、明確に悟っている。
二人とも音源を肉眼で見ていない。影すら見ていないのだ。
誰かまでは分からなくとも、通り過ぎる人影の一つ見えてもおかしくない筈。
弥平を中心に、一瞬だけ茶色の光が灯る。
使用したのは探知系魔術。
相手が霊力等を使用する何らかの行為を行った場合、霊力の残滓を基に、その人物の大雑把な肉体情報と、位置情報を逆探知するものである。
暫くじっとする事数秒。額には汗が滲んだ。
逆探知魔術は使用すると大雑把な情報が頭の中に自然と浮かび上がるのだが、何も浮かび上がらない。
街灯からの気配はいざ知らず、何者かが地面を引きずる音は、五感で感じ取っている。
人影すら見ていないとなれば、透明化もしくは背景色と同化するといった属性効果の無い無系魔術を使用しているはずなのに。
ならば、考えられる可能性は三つ。
相手が探知系魔術対策を施した装備をしている。
自身に宿る霊力を自在に操作し、此方側の探知系魔術を撹乱させられる程の猛者。
霊学迷彩を装備している正体不明。計三種。
一種目は対処する手数が幾つかあるから、大したことはない。
厄介なのは二種目と三種目だ。
二種目なら、探知系魔術に限らず``魔術``そのものの概念の脆弱性を予め知っている人物である。
霊力とは、相反する向きの霊力同士がぶつかりあってしまった場合、見かけ上、プラスマイナスゼロの状態になる特徴がある。
これは霊力特有の性質だが、探知系魔術を事実上無力化することができる裏ワザの一つである。
ただし裏ワザなだけあって、そう簡単にできる技術ではない。
霊力の残滓が残っていなければ機能しないという逆探知魔術の弱点を知っていて、尚且つ体内の霊力操作に長けていなければならない。
もはやそれは、達人の身業である。
実際、世界には体内に宿る霊力を自在に操って魔術に対抗できる猛者が少数いる。
流川家の要人を暗殺する目的を達成するに辺り、十二分な人材といえるだろう。
三種目に関しては最早論外と、匙を投げたい。
霊学迷彩とは、聴覚を除く全ての感覚器官に齟齬を起こさせる擬似情報を送る事で、見かけ上は背景と同一化する隠密装備。
主に軍事目的で使用される特殊装備でもある。
話だけ聞いていると、非の打ち所のない完璧装備のように思えるかもしれない。
だが通常の霊学迷彩は、探知系魔術を無力化できない弱点を持っている。
背景と同化する為の擬似情報自体が、霊力の残滓として探知系魔術に引っかかってしまうからだ。
その場合、装備を捨てて戦うか、不利なら死に物狂いで撤退するしかない。
しかし最上位互換と名高い甲型霊学迷彩は、探知系魔術に対する脆弱性を、装備者の霊力と大気中の霊力を統一する事で解決している。
つまり何が論外なのかを述べると、二種目の敵は強大な一である事に対して、三種目は強大な複数が背景に存在している事である。
強大な一、なら今後を考えると対処は容易だろう。
しかし、流川家のような強大な複数が背景にあるなら、正真正銘の脅威に他ならない。
強大な複数による少数精鋭の淘汰は、個人にとって災害に等しいのだから。
弥平は思考の湖から水飛沫を上げて勢い良く地上に這い上がると、意識と意識を集中させ、隣にいる少女の意識と同調する。
『御玲みれい。此方弥平。コード666。モードエマージェンシーに移行』
コード666とは、流川家で用いられる、霊力を利用して回線を作成し、擬似的な精神空間で会話する霊的技術``霊子通信``の緊急回線の事だ。
軍事目的を目処に極めて強力な敵傍受対策が施されている回線であるため、並の政府機関では盗聴はおろか、回線を発見する事さえ容易ではない。
『後は手筈どおりに。散開』
両者の間の意識は無駄なく途切れ、二人は別々の方向へ散る。
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バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……
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