無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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序章・流川動乱編

舞い降りた異変 4

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 澄男すみおと別れた御玲みれいは、やむ終えず彼の指示に従い、中等部一階に来ていた。


 弥平みつひらによると、久三男くみおは一般人よりも多少強い程度の力しか持ち合わせていない、流川澄男るせんすみおの弟。


 そして流川るせん本家派第二当主候補でもある。


 彼の特筆するべき特徴は、世間にはおろか、暴閥ぼうばつ界にさえ、彼が存在しない人間として扱われている事だ。


 本家派側近の御玲みれいも、分家邸で弥平みつひらと合流した際、初めて彼の素性について説明された。


 それまでは澄男すみおに弟がいるなど、想像もしていなかったくらいである。


 ただ、彼が流川家るせんけ出身とはいえ、非戦闘民と大差ない者を破門にしないのは極めて異例である。


 まず前例がない。


 成果が一般人程度のものでしか挙げられない者は、基本的に不要という考えが、暴閥ぼうばつ界における常識。


 暴閥ぼうばつに所属する者として一定以上の水準に至れない場合、捨てられるか、改造されるか。いずれかの処置が必ず取られる。


 だが常識とは、所詮常識にすぎないようだ。


 流川久三男るせんくみおとは、流川家るせんけはおろか、人類という種そのものの存亡に関わる最重要人物であり、舞台裏を牛耳る最高責任者。


 戦闘能力が無くとも、流川家るせんけの代紋を語れるほどの力を持つ認識で良いというのが、弥平みつひらが述べた結論であった。


 あのときは深く詮索しなかったが、流川るせん家は一体どれだけの人材を揃えているのだろう。考えただけでも背筋が冷たくなる。


 久三男くみおという人物を想像しながら一つずつ教室を見ていく最中、ある事を思い出す。


 そういえば本家邸に支援要請をしていたが、未だ本家邸から何の連絡も無い。到着までに合図の一つや二つあってもおかしくないはずなのに。


『本家邸。此方御玲みれい。コード666』


 霊子通信を起動させ、緊急回線で本家邸に繋ぐが眉を潜める。


 届いたのは人間の声音ではなく、人間の声音に限りなく似せた、耳慣れない機械的なアナウンスだったからだ。


『現在非常事態発生中。LDコード09の発令により、貴方のアクセス権は拒否されました』


『え……? 此方、流川るせん本家派側近水守すもり家現当主水守御玲すもりみれい。アクセスクリアランスレベル2』


『現在非常事態発生中。LDコード09の発令により、貴方のアクセス権は拒否されました』


 これ以上無駄だと悟り、御玲みれいは霊子通信を切断する。


 流川るせん家の関係者と対話や、特定条件で緊急回線の使用が許可される強力な権限が使えないなんて、経験したことがない。


 LDコードというのは意味が分からないが、弥平みつひらがいない以上、流川るせん家の専門用語は理解できないし、どうする。


久三男くみおさまーっ、いたら返事を!!」


 このままだと埒が明かないと踏み、防犯上あまり好ましくないが、彼の名前を大声で叫ぶ。


 本来シェルターの役割を果たすはずの場所に、何らかの異変が起こっているとなると本当に困った事態だ。


 早急に久三男くみおと合流しなければならない。


 久三男くみおと合流し、弥平みつひらと連絡を取って状況を説明。そして別れた澄男すみおと合流。


 本家との連絡が取れない以上、最悪分家が動く可能性が濃厚になってきた。


 今この近辺にいる正体不明と、本家の非常事態とやらが関係しているかは不明だが、もし同一犯、同一組織による犯行だとしたら。


 世界地図の書き換えが起こるほどの大規模戦闘が起こらなければ良いが、無関係と断ずるには些かタイミングが良すぎるし、悪い予感しかしない。


「……な、何。誰……」


 教室の引き戸が開かれ、眼鏡をかけた男子生徒がひょっこり頭を出す。


 御玲みれいは、思わず目を丸くした。


 流川るせん家の最重要人物と聞いて、もっと凛々しい、戦闘能力が無いにせよ、別格感漂う武骨な存在だと思っていた。


 しかし姿を現したのは、教室の窓際で、休み時間を読書で過ごしていそうな、冴えないタイプの男の子。


 骨太ではあるが、華奢で細身。


 とてもじゃないが、人類の存亡に関わっている存在とは、縁遠い印象を抱かせる。


 本当にどこにでもいそうな、ありふれた男子中学生であった。


 男子生徒は御玲みれいを見るや否や、眼鏡を曇らせ、不審者でも見ているような怪訝な目で見つめてくる。


 澄男すみおも自己紹介するまでは、顔を見ても水守すもり家出身だと分からなかったように、久三男くみおもまた誰なのか分からないのだろう。


 聞き覚えが無いけれど、名前を呼ぶ声がするので出てみれば、目の前にメイド服を着て槍を持っている女がいた。誰でも物騒だと思うものだ。


 逆の立場なら、確実に後ずさりする。


 御玲みれいは深々とおじぎをし、澄男すみおにやった事と同じやり取りを、リピートする。


「私、流川るせん本家派側近水守すもり家現当主、水守御玲すもりみれいと申します。これが証拠の代紋です」


 澄男すみおの時に見せた代紋を見せると、久三男くみおから放たれていた緊迫が、徐々に弱くなっていくのを感じる。


「``凍刹とうせつ``って女の子だったんだぁ……ね、ねぇ。それって地毛……?」


「はい?」


「い、いや!! 何でもない、うんッ。忘れて」


 御玲みれいは、思わず訝しげな表情を浮かべてしまう。


 はぐらかされてしまった。唐突に脈絡のない質問をされたから、聞き返しただけなのに。


 極めて小心者なので、言葉使いや声量には注意を払ってくださいと、弥平みつひらから事前に説明されていたが、ようやく理解できた。


久三男くみおさま。現在本家の者は、正体不明の何者かの襲撃を受けようとしています。私どもと来てください」


「え!? 何それ、聞いてないよ僕」


 聞いてないと言われても、此方だって聞いていないのは同じだ。そもそも襲撃するぞと言って襲撃したら、相手の意表を突けないではないか。


 予想外の返答に面食らうが、一々指摘している暇は無かった。


「母さんには連絡してるの? 普通、支援要請とかしてそうだけど」


 素っ頓狂な返答をしてきたと思いきや、打って変わってまともな質問。


 さっきの霊子通信の内容と、そのあらましを話すと、久三男くみおは目を丸くし、甲高い声を上げた。


「えぇー!! LDコード09!? な、何かの聞き間違いでしょ」


「いえ。緊急回線で澄会すみえさまに確認を取ろうとしたら、そうアナウンスされましたが」


「そ、そんな馬鹿な。え、LDコード09……分家には、分家には連絡したの!?」


「いえまだしていません……というか、LDコード09って何なんです?」


「ロックダウンコードの略だよ。……えっと、つまり……緊急事態が起きたから、本家領全域を魔法的に閉鎖してるって意味」


「そ、そんな。何故そんな事が」


「分からないよ。ラボターミナルのサーバーにアクセスしない事には」


 まず君は分家邸に連絡して、と言い放ち、彼は自分の席らしき場所へ戻る。


 引きとめようとするが、次の瞬間。現実にはありえない情景に、御玲みれいは立ち止まった。


『此方、流川久三男るせんくみお。アクセスクリアランスレベル1、エマージェンシーモード』


 彼が座る席は何の変哲も無い机。学校ならありふれた学習机である。種もなければ仕掛けもない。


 どこからどうみても、不思議の不の字もない代物である。


 今さっきまでは。


 彼の意味不明な言葉によって、机は見慣れない何かに姿を変えていく。


流川久三男るせんくみお様の生物情報を認識。敵性因子無し。精神状態良好。エマージェンシーモードによる端末起動を承認】


 久三男くみおの席が、みるみる別の何かに変形していくと同時、彼の周囲を取り囲むようにして、幾重にも重なる魔法陣が出現。


 久三男くみおは青白い光に包まれ、光は無数の粒子へ変化。ホログラムのような画面を、いくつも空中に描いていく。


 人智を超えた神秘の一端でも垣間見ているのか。彼の周りだけ、己の理解の追いつかない別世界と化している。


【アクセスクリアランスレベル1を承認。ようこそ流川久三男るせんくみお様。此方、流川るせん本家直属ラボターミナルネットワークシステム】


流川るせん本家領の現況説明」


【本日十三時頃、流川るせん本家邸新館一階において戦闘発生。敵性因子を排除し、LDコード09に基づいて、本家領全域をロックダウン】


 無機質な女性アナウンスの説明に、両者は絶句した。


 流川るせん本家邸で戦闘など、絶対にできないはずだからだ。


 流川るせん本家領は、幾えにも張り巡らされた侵攻対策の巣窟である。


 大量破壊兵器による攻撃を受けても無傷で耐えられる防壁を展開できるのは、当然の事。


 領内には沢山の魔生物が使役されており、彼らを使えば最後、文明国ですら跡形も残らないと言われている。


 それは、さながら大自然の要塞。


 仮に数千、数万を超える勢力を掻き集めても、侵攻はおろか、流川るせん本家領に近づく事も叶わないまま、壊滅させられてしまうだろう。


 だからこそ、ありえないのだ。


 武術や魔術の達人などという人間の尺度で推し量れる次元ではない。流川るせん家の最高幹部クラスの存在に匹敵する化物でもない限り。


澄会すみえさまは。澄会すみえさまの安否は……! ……久三男くみおさま?」


 半ば冷静さを失いかけたが、久三男くみおはホログラムをじっと見つめたまま、石像のように静止していた。


流川澄会るせんすみえ、生命反応無し。死亡確認。推定死亡時刻十三時二十分頃】


 虚しくアナウンスだけが、教室内を反芻する。


【死亡原因、脳幹の完全破壊による呼吸器不全】


 端末のアナウンスに未だ呆然とする久三男くみおをよそに、遂に冷静さは失われた。


 空かさず霊子通信を解放する。


 目標は弥平みつひら


 本来は敵に通信を傍受されている可能性を考慮し、通信管制を行うのが原則。


 しかし、そんなことを考える余裕など、毛程も残っていない。


 流川澄会るせんすみえ流川るせん本家派現当主。現在における流川るせん家のナンバーワンなのだから。


弥平みつひらさま、弥平みつひらさま!! 此方御玲みれい、此方御玲みれい コード666!!』


『通信管制中ですよ。何事です?』


流川澄会るせんすみえさまが……澄会すみえさまが暗殺されました!!』


『……はい? それは誠ですか』


久三男くみおさまのラボターミナル……なんとかで確認済みです……』


『誠に信じられませんが……久三男くみお様のラボターミナルの情報なら間違いありませんな』


『どうすれば良いでしょうか……分家邸に連絡して早急な支援要請を』


『とりあえず、落ち着きましょう。それは私がやります』


『しかし本家側の当主が暗殺されたというのは』


『焦れば敵の思う壺です。久三男くみお様とは合流しているのですね?』


『はい』


『貴女は久三男くみお様の護衛に尽力なさい。私は澄男すみお様の方へ向かいます』


『其方の正体不明は結局……?』


『それがですね』


 弥平みつひらは緊急回線で散開してから今までのあらましを話し始める。


 彼の話によると、この高校には複数の甲型霊学迷彩装備者が潜伏しており、弥平みつひらは彼らの掃討と、敵側の情報収集を行なっていた。


 ほとんどの人員からは、装備だけの末端しかおらず、有力な情報は得られた試しがなかったらしい。


 分かったことは、霊学迷彩装備者はあくまで逃走経路の確保をするだけの役目であったこと。この学校に敵幹部の大物が一人潜伏していることの二つ。


 弥平みつひら曰く、まだ何人か掃討しきれておらず、御玲みれいの通信を受け、急遽掃討を中止。


 早急に澄男すみおと合流しつつ、分家邸と連絡を取り合うことにしたようだ。


久三男くみお様、聞こえてます?』


『……傍聴させてもらったよ』


『自己紹介は後で良いですよね。分かっているとは思いますが、ロックダウンは継続してて下さいね』


『分家邸の指示を仰いでから、だね。まだ本家領の周りに敵がいるかもしれないし』


『理解が早くて助かります。補助端末の所にいるんですよね?』


『そだよ。魔法陣から出るつもりないから』


 ならそれで良いです、と弥平みつひらは通信を切断した。


 彼等の会話を聞いていた御玲みれいは、会話に違和感を感じ、怪訝な面差しを向ける。


「私、まだ弥平みつひらさまにロックダウンの話していないのに……」


「分家の人なら本家関係者が暗殺、襲撃された場合の緊急マニュアル知ってるからね」


 まあそんなの無くとも察するだろうけど、とすんなりと答えた。


「……親が殺されたのに、落ち着いているんですね」


「いや……ただ単に急展開すぎてイマイチ緊迫感に乗り遅れてるだけだよ。正直わけわかんなくて困惑してる」


「まあ、そうですね」


「兄さんは」


「生徒会室に走っていかれました」


「……へぇ」


 久三男くみおの声のトーンが一瞬下がったように思え、眉を潜めた刹那。



 爆弾が爆発したかのような轟音とともに校舎内が激しく揺れ、背筋を凍らせる熾烈な寒気が、二人に走った。


 御玲みれいは反射的に槍を構え、久三男くみおは手で頭を抱えて机に突っ伏す。


 霊力の波動。それも、今まで感じたことのないほどの強大な波。


 大地を揺るがし、神経を焦がされるような波動は、二人に脂汗をたぎらせ、肌を無造作に逆撫でしていく。


 この近辺に潜伏していた敵か。弥平みつひらが敵幹部の大物が一人潜伏していると言っていたが、その敵幹部が遂に動き出したのか。


 距離から考えて、根源は高等部校舎。しかし、高等部校舎までは距離がひらいている。


 尚も皮膚の感覚がおかしくなる霊力の波動を感じられるということは、敵は膨大な霊力の持ち主。


 有能か無能かの話ではない。単純に、生物としてのレベルが違う。人間が放出できる霊力量では、肌が逆撫でされるほど圧倒される事はない。


 机に突っ伏す久三男くみおを護る必要がある。ここから動かない方が良いだろう。


 眉間に皺を寄せ、何がいるのか皆目分からない高等部校舎の方を、彼女はじっと見つめるのだった。
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