無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

文字の大きさ
24 / 93
魔軍上陸編

過去の禍難 1

しおりを挟む
 我は何をしているのだろう、と脳裏を何度過ぎった事か。


 エントロピーを迎えにきた筈だった。しかし気づけば名前も顔も知らぬ少年と戯れている。


 拳と拳、肉体と肉体、青と紅。対極たる色彩と交えている。


 最初は身の程も弁える事すらできぬただの愚かな若輩と思っていた。


 しかし``凍域ジェリダンテンプス``を相殺してからというもの、少年の攻防には鬼気迫る何かがある。


 攻撃、防御、敏捷。その全てが、形態変化を為す以前を大きく凌駕しているのだ。


 一撃は、より重く、より速く、より的確に。


 火属性系魔法と剣を組み合わせ、より隙の無い、相手を抉るような剣戟をコンスタンスに入れてくる。


 その動態は、的確で濃密な訓練がなされているだけではない。全ての攻撃に殺意が込められているのだ。


 相手を一瞬で抉り殺すという殺意が。


 じわじわと追い詰め、己に楯突いた事を後悔させてやるという歪んだ敵意が。


 先程までの若輩な雰囲気など皆無。既に此奴は一人の戦士。


 言葉など無く、ただ前に立ちはだかる者を一殺する劇的な意志のみを刃に載せて、武を揮う者。


 その証拠に、風貌もまた人間のそれでは既に無く、身体の至る所に赤黒い鱗のようなものが見え隠れしていた。


 まるで荒れ狂う獣の如く。


 だがヒトらしい激情に駆られているが如く。


 対極の色彩をぶつけ合い、相殺し合う中でも、少年の眼は激情に燃え盛ってこそいたが、どこか虚ろで、相手を見ていないように思えた。


 相手の感情を察するのには自信が無い。


 何なのか明確に分からないが、思いつきの推測で語るのならば、少年はただ単に無念を晴らしたいだけなのかもしれぬ。


 何故かは問う気は無いし興味も無い。齢二十に満たぬ者を熾烈に突き動かせる何かもまた分からぬ。


 我を中心に吹き叫ぶ寒波を業火で焼き尽くしていくように、少年は少年自身と戦っているのかもしれぬ。


 嘗ては何か大義を背負っていたのだろうか。その大義を果たせなかった報いを熱く、厚く刻んでいるようにも思える。


 エントロピーを捕えて狭き牢に閉じ込めた怒りと、半身でありながら側にいてやれなかったやるせなさを埋め合わせる。


 ただそれだけの為に、この地一帯を氷雪で封じ込めた我が今、そうであるように。


 攻め護り、護り攻める。双方一切譲る事無く無際限に繰り返す中で、我はふと、ある記憶を呼び覚ました。


 もう永らく間近で見ていなかったが、此奴の姿はあまりに懐かしく、そして忌々しい。


 間違いなくあれは``竜人``。現代において、大陸南部に生息する種族``人間``と同じ姿で基本的に生活を営むが、怒りや悲しみ、興奮等。


 感情の起伏等の理由で身体中に爬虫類の如き鱗を纏い、肉体性能が通常の数百倍以上になる能力``竜人化``を持つ者ども。


 そして``人間``という種族の原型、少年を含めた全ての先祖に当る。


 正式にはヴァルヴァリオン人と呼ばれ、此処より遥か北方、北ヘルリオン山脈を越えた先で、嘗ては宗教国家を営んでいた。


 遥か昔は、この大陸において最初に栄えた大国であり、最古の文明発祥地と名高い。


 彼ら竜人族がいなければ、文明社会は現在ほど発展などしなかったであろう。魔法や魔術の概念も、元を質せば、彼らが始原。


 しかし、我はあの国が大嫌いだ。


 確かに一時期はヒューマノリア大陸全土を支配できてもおかしくない強大な力を有していた。


 だがいつからか、宗教理念で国民同士が醜く対立するようになった。その期間、およそ一千万年。


 あらゆる悪虐非道を以って、我等や先人等が築き上げてきたもの全てを、尽く破壊していったのだ。


 ヴァルヴァリオンが大陸史上、最も栄えある種族と呼ばれたのは、今や遠い遠い昔の話。


 かくいう我もエヴェラスタの支配者となる前は、そのヴァルヴァリオン人であったが。


 ヴァルヴァリオン文明が潰えて約三億。


 今でこそ時間という名の特効薬によって振り返る事のできる記憶だが、今でも忌々しく、我の中に過去最大の汚泥として刻まれている。 


 竜人である事を辞して尚、未だ消す事叶わぬ程深く。よりによってあの場面が想起されてしまうとは―――。



 ―――世界が覆うは戦の業火。


 我が一個人として生れ落ちた頃、ヴァルヴァリオンの世界には、醜悪な生殺与奪が跋扈する混沌の世が横たわっていた。


 既にヴァルヴァリオンの全盛期は過ぎ去り、本国近辺は戦の炎に包まれ、人々の殺意が火花の如く散っている。


 我は当時、血生臭い戦場と化した本国から少し離れた草木根深い山岳地帯、エヴェラスタに隠れ住む少数民族の集落の者であった。


 成熟するまで暫し平和を嗜めたが、所詮は長く続かぬが運命である。


 あるとき、遂に狂信者の巣窟と化した本国の魔の手は、エヴェラスタにまで及んだ。


 本国は我が長年過ごしてきた集落を``我らが神に仇為す異端者が住まいし穢れた地``とのたまった。


 我等使徒の救済を受けよ、全ては我等が祖、エラドールを祝す為に在ると叫びながら。


 本国で戦争していた者とただの村人どもでは、当然ながら相手にならない。抵抗も虚しく、村々は焼き払われた。


 そのとき、我は何をしていたか。


 生物と草木が焼け死ぬ匂いが横たわりしその場所で、息を潜め死神の鎌から全力で逃れようともがいていた。


 当時の我は貧弱であった。目の前で業火を操る灼眼の少年にも下する存在であっただろう。


 躊躇無く蹂躙される故郷の中で、ただただ気配を殺し、畏怖で涙しながら事の終息を待ち侘びる以外に、生存本能を全うする術など無い。


 だがそのとき、たった一匹の小動物を戦火から護る為、戦場に飛び込んだ一人の淑女がいた。


 彼女は一匹の小動物と引き換えに、自らの命を戦火に投げ打ってしまう。


 我は空かさず駆け寄った。しかし、数少ない勇気を振り絞って駆け寄った頃には、彼女の命の火など、既に空前の灯火であった。


『ケルヴィン、ケルヴィン……! 死んでは駄目だ、お前はまだ導くべき弱き者達が……!』


『……ふふ……やっと……話せ……たね』


『そんな事はいい……! 血を……! 血を止めねば……!』


『いいの……遅かれ……早かれ……こう……なる……運命……だった……のよ』


『何を……!?』


『お願い……私の……代わりに……この子を……そして……私の……分まで……』


―――――――``生きて``――――――――



 ―――あの言葉から、三億の時が経った。


 一千万年続いた忌々しいヴァルヴァリオン竜教大戦時代、初めて強くなろうと決意した日の出来事。


 それをバネに師の下で五万年、修行を重ねた。


 故郷エヴェラスタを護る為。ケルヴィンもとい、エントロピーの遺志を継ぎ、現在の強さを獲得する為に。


 我らが故郷エヴェラスタが、永久氷山と呼ばれて幾星霜。


 全ては己の大義の為に成した、忌々しい大戦への猛烈な反抗心。エントロピーを一度とはいえ死なせてしまった事への無念。


 それが、あの氷山の本当の姿。


 三億の時が経とうとも、永久氷山の支配者と呼ばれ世界の最果てに伝わる英雄譚に載ろうとも、晴れる事の無い白銀の世こそが、己への戒めなのだ―――。



 ``羅刹凍皇らせつとうおう``ヴァザーク・リ・ゼロ・エスパーダ。永久氷山エヴェラスタの支配者。



 その名を名乗り始めたその時から、我という存在は始まった。


 かつては遍く緑と生物が彩る自然の宝庫であった故郷エヴェラスタが、無残にも焼け野原と化し、かつての如き輝きを失って後。


 もはやあのような惨い出来事を二度と繰り返してはならないと、永遠に融ける事のない永久なる凍土に封じた日が、昨日のように思える。


 今や氷属性系の魔生物が主な生態系と化した魔の世界となっているが、彼女にとってあの白銀の世は退屈であったのだろうか。


 確かに嘗ての自然は見る影も無い。だがヴァルヴァリオンの遺跡に未だ住み着く往時の末裔が滅ばぬ限り、緑の復興などありえぬ。


 限界集落に残っている存在も所詮は本国の生き残りの末裔。今も新設大教会などとつまらんものを建て、崇め奉っている始末。


 三億の時が経とうと、狂信者の血筋は争えぬ状況だ。復興しようにも奴等が生きている限り、同じ悲劇を繰り返すのみである。


 しかし、エントロピーがいない今、もはやそれ以前の問題。


 エヴェラスタも大事だ。故郷を案じるのなら、今すぐにでも帰り、エヴェラスタを見守るべきであろう。


 だがそれ以上に、人一人すら守れぬ者に、故郷を護れようか。


 護愛する者を護れぬ者に、故郷を護る資格があろうか―――答えは述べるべくもない。


「……茶番はここまでだ、小僧」


 紅の業火を自在に操る少年を足踏み一つで吹き飛ばす。衝撃波で身体の各所を凍らせた。


 どうせどこから湧き出てくるのか皆目見当がつかない無尽蔵の霊力で融かしてしまうのだろうが、ならば融かせぬようにすれば良いだけの事。


 もはや相手がどうあれ、後に引けぬ。少年を退け、力づくであろうが、縦令たとい何人なんぴとが阻もうが、我はエントロピーを連れ帰る。


 こうなってしまった以上、この意地、この無念、突き通す以外に道は無いのだ。


 我は遂に切り札を盤上に叩きつける。


「``零絶蔽域れいぜつへいいき``、展開」


 本来ヒト相手に使うものでは断じてない代物だが、相手はヒトでありながらの異形であり、自身を阻む最大の壁。


 ならば真なる永久凍土に沈めてやるまでだ。


 零絶蔽域れいぜつへいいき


 全熱機関が決して辿り着く事のできないエントロピーの零点極限を現わした究極の極低温領域。


 範囲は極めて狭いが、代わりに零絶蔽域れいぜつへいいきに入った存在は、体内の全エネルギーを消失し、二度と融解する事のない極低温の世界に轟沈する。


 まさに真なる永久凍結。絶対にして零度による躊躇無き虐殺。


 少年が尚も我が天敵である火炎を以って阻むというならば、融かす事も封殺する事も相殺する事も叶わぬ絶対零度で息の根を止めてくれる。


 大気中の霊力が凝縮すると同時、蔽域内の温度は指数関数的に下がっていく。


 霊力は大気中に普遍的に存在しているエネルギー。


 本来なら大気中において濃度は均一であるが、霊力を我が体内に凝縮していく事で、大気中のエネルギーはみるみるうちに減っていくのだ。


 エネルギーが減れば当然物体の運動も弱くなるのが摂理だが、それは運動エネルギーのみが減った場合のみ。


 霊的なエネルギーは全ての現象に作用する。完全に零になった時、全物質の運動は文字通り停止するのである。


 ヒトは知らずに霊力を扱い、触れているが、霊力とは現象の根本流動を司る概念。


 零になれば、物の理など無意味となる。


 さあもう終わりだ少年。人間に、絶対零度を耐え抜く力など無い。永久なる凍土に、その身を深く、深く沈めてしまうがいい――――――――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...