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教会決戦編
圧倒的暴力
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巫市農村過疎地域、流川佳霖本拠点周辺第三防衛拠点。
防衛拠点の入り口付近に米粒のような黒い点々が、建物を無数に取り囲んでいた。銃や剣を片手に、迷彩服に身を包む者たち。彼らに守られるようにして、青黒いローブを着こなす杖を持った者たちが、何者かの往来を待つようにして佇む。
防衛拠点付近の空気は戦々恐々としていた。誰一人として口を開く者はおらず、風のみが吹く荒野をじっと眺めている。
「来た!!」
「来たぞおおおお!!」
最前列に立つ男たちが突然声を張り上げた。場にいる全ての人間が身構える。
ローブを着た者たちは杖を握り、迷彩服を着た者たちは銃を携え、空、地面には大量の魔法陣が姿を現す。
最前列の戦車隊が前へ出る。彼らが前に進む先、そこにはどこから現れたのか、全身黄緑色の鎧に身を包んだフルプレートの兵士が数十。青白い体色と青白い稲妻を走らせ、左腕が銃口となっている異形が数十。この異形と同様の体色と稲妻を持ち、一回り体格が大きく無地のローブを着こなす異形が二体。何も無いところから続々と湧いてくる。
その様はさながら、プレイする限り際限なくポップするRPGの雑魚敵を彷彿とさせ、数十から数百と、その数を一気呵成に増やしていく。
「ひ、怯むな!! 攻撃開始!!」
戦車の搭乗口から一人の兵士が叫ぶ。その声は大きく張り上げられたものであったが、どことなく恐怖に震えていた。
彼らは佳霖によって集められた精鋭の兵士たち。かつては``任務請負人``と呼ばれる職についていたエキスパートだったり、三十年前に終幕した武力統一大戦時代を生き抜いた戦士だったりと経歴は様々だが、ただ単に武器を持って集められた烏合の衆などではなく、集団戦術をある程度を心得た者たちである。
しかしながらそれでも、どこからともなく無限に湧いてくる異形に恐怖せずにはいられない。
皆も分かっているのだ。自分たちが戦おうとしている異形が人間の兵士ではなく、魔生物であるということを。
本来なら人里遠くはなれた場所に生息している災害たちが、どこからともなく軍勢を率いて攻めてくる。彼らが相対しているのは生物であるが同時に、目の前のものを無慈悲に破壊する自然災害そのものでもあるのだ。
最前列の戦車隊が砲撃を開始した。
流川佳霖が流川分家より盗んだ主力戦車―――三式魔導戦車は霊的エネルギーを源とし、主砲から霊的エネルギーを高密度集束させた光線を放つことのできる優れものである。
装甲にはドラゴナイト鉱石を少量含んでいるため極めて堅く、通常の迫撃砲や対戦車ミサイル弾では傷一つつけることができない。上空からの空対地ミサイルでも同様である。
ほとんど通常兵器に対して完全耐性を持ち、敏腕の魔導師の魔法攻撃すら簡単に弾くほど堅固な装甲。そして霊力で構成されたバリア―――霊壁も大概貫通させられ、トーチカ、劣化ウラン複合装甲も普通に粉砕する強力な霊力光線主砲を装備した、唯一流川家のみが有する主力戦車の一つである。
これを破壊できるのはごく一部の強者に限られるといっても過言ではないが、そのとき、兵士たちの何人かが戦慄しながら声を張り上げた。
「バカな!? 健在だと!?」
「あ、ありえない!! こっちは主力戦車だぞ!?」
三式魔導戦車隊は数台一斉に、突如現れた魔生物の集団に向かって砲撃した。着弾地点に大きなキノコ雲が空に立ち上るほどの想像絶する威力だったのだが、どういうことなのか、魔生物の集団は``無傷``であった。
ただ砂塵が馬鹿みたいに舞っただけにすぎず、肝心の魔生物の集団には傷一つついていない。
「う、うそだろ……核シェルターですら跡形もなく消し飛ばせる砲撃だぞ……?」
兵士たちは一斉にたじろいだ。
最新鋭主力戦車の一斉砲撃を、まともに食らいながら全くの無傷で佇む魔生物たち。戦車隊や、拠点を取り囲む五千の兵をもろともせず、再び足を踏み出し始める。
そのとき、全身黄緑色のフルプレートに身を包んだ魔生物が、剣を振り上げた。
兵士は何事かとその魔生物に注目する。まだ魔生物との距離はある。
剣をふりあげたところで、自分たちのところまで届くはずがない。魔生物なのだから思考も意志もないだけに、彼ら特有の無意味な行動だろう。魔生物というものはどんな種でも時折全く意味の無い行動をすることが多いのものだ。今回もきっとそれだ。
誰もが注目し、同時に安堵した、その瞬間だった。
拠点中央から見て左側。左翼にあたる戦車隊と、その後方にいた歩兵、さらに後方にいた魔導砲兵から断末魔の叫びが耳に入った。兵士たちは恐る恐る左翼へ意識を向ける。
まさか、そんな事が。いや、あるはずがない。こちらは総軍五千、左翼だけで約一六〇〇の兵がいる。最新鋭の主力戦車だってある。対して向こうは高々数十から数百程度。数なら圧倒的にこちらが上だ。魔生物一体如きに遅れをとるはずが―――。
「ひぃぃぃ……!?」
「た、退避ぃぃー!!」
「うわああああああ!!」
刹那、上空から黒い塊が、総軍の中央に配置された兵士へ降り注いだ。がしゃん、と轟音が鳴り響く。
大半の兵士は拠点の方へ、もしくは総軍右翼の方へ散り散りに逃げたが、逃げ遅れた兵士はその黒い塊に下敷きになった。
黒い塊とはまさしく、三式魔導戦車の亡骸である。黒光りしていたボディは焼けただれ、へしゃげ、もはや原形をとどめないまでに大破している。
ただの黒焦げの鉄塊と化したそれは、黒煙をただただ空へ焚き火のように撒き散らすのみ。
莫大な緊張の渦が、生き残った兵士たちを呑み込む。だが目の前に突きつけられた事実に、もはや唖然とした。
第三防衛拠点総軍左翼約一六〇〇、全滅。黄緑色のフルプレートで身を包んだ騎士型の魔生物一体が放った、たった一振りの剣圧によって。
「な、何をしている!! 反げ」
「ぐおああああああ!!」
「うわああああああ!!」
冷静さを取り戻した指揮官らしき兵士が、自軍を鼓舞しようと指示を出した矢先、その兵士は青白い稲妻によって周囲にいた数百人の兵士もろとも、一瞬にして消滅した。
射線上には一体の魔生物。左腕の銃口から煙がほんの少し出ていた。
何かを放った後だろうか。体全体が青白く光る。その魔生物の周囲に稲妻が走り回ると、ふっと姿が掻き消えた。
次の瞬間、その魔生物は三式魔導戦車の搭乗口に姿を現す。凄まじい雷鳴と稲妻。戦車が一気に真っ赤になったと思いきや、目の前で消えた魔生物を未だ眼で追っていた周囲の歩兵を巻き込んで、爆発四散した。
一体何が起こったのか。答えは簡単だ。その魔生物は消えたのではなく、ただ単に凄まじい脚力で何十メートルもの上空に跳び上がり、戦車の搭乗口に着地した、ただそれだけなのだ。
後は銃口と化した左腕からゼロ距離で稲妻をまとった霊力弾を放ち、戦車を木っ端微塵に粉砕したのである。
「ま、魔導砲兵、反撃!!」
前衛の戦車砲兵や、歩兵だけでは全く歯が立たない。そう考えた指揮官は、最後方の魔導砲兵たちにあらかじめ記述していた魔法陣を解放するよう指示する。
魔法というのは、魔法陣に気温、湿度、対象との距離、魔法の種類、霊力出入力など、様々な情報を記述しなければ行使できない。魔導砲兵は原則、戦闘前に魔法陣をいくらか前もって記述しておくのが定石の戦術である。
また戦場において敵性対象の弱点を速やかに見破ることも要求される。この魔生物は稲妻や雷撃を身に纏っていることから、ほとんどの魔導砲兵は``雷属性を有する魔生物``だと誰もが認識している。故に、彼らが使う属性魔法はただ一つ。
焦げ茶色の魔法陣が無数に浮かび上がる。
雷の弱点は地。地属性系の魔法は雷属性系の事象を一切通さないため、相手が攻撃で相殺してきても影響を受けにくい。
そして地属性系は大地と密接に関係している属性。大地にまつわる事であれば、魔法となると行使できる幅は広い。
「``腐敗``!!」
雷属性と思われる魔生物の足元に、焦げ茶色の魔法陣が輝く。
``腐敗``は、対象を文字どおり腐敗させる地属性系魔法の一種である。
魔生物に限らず、生物全般に使えば跡形もなく土に還すことができる即死級の魔法でも知られ、魔法の中でも消費霊力が少なく安価なことから、地属性系魔導師内では切り札として扱う者も多い。
とはいえ、現実はやはり非情である。
「ば、馬鹿な……!?」
「全く効果が無い……だと……!?」
「ありえるかぁ!?」
次々と呼応する悲鳴。敏腕の魔導師たちが放ったのも虚しく、雷属性を持つと思わしきその魔生物は、やはりというべきか無傷であった。
切り札とも言える魔法が、見るも無残に散った瞬間である。
「どうする? この魔法で無傷なら手が無いぞ」
「と、とにかく連し」
銃口と化した魔生物の左腕から、再び雷鳴が唸った。
横薙ぎに稲妻が一閃。前衛の兵たちもろとも魔導砲兵の大半が一瞬でこんがりと焼け、砂塵となって土に還っていく。
たった一匹の魔生物の攻撃で、まるで紙の破片を風で吹き飛ばすかのように沢山の命が一瞬にして失われる。
お前達は狩られる側。ただそう言われているだけの情景は、兵士たちの絶望を駆り立てた。一人、また一人と武器を捨て、次々と踵を返していく。
人間には集団心理というものがある。最初の一人が行動を起こしたとき、最初の一人が感情を露わにしたとき、他全員が同じ感情、同じ行動をとるようになる。
いま、軍隊は一人が露にした恐怖に支配されていっているのだ。
「こ、こんなの……もう``戦争``じゃない……!!」
一人の兵士が、背後で吹き飛ばされ、消し飛ばされ、見るも無惨に死にいく同胞達を見やる。
戦線は崩壊した。第三防衛拠点を担う総軍五千の兵は皆、死にたくないあまり、生きたいあまり、次から次へと拠点の中へ吸い込まれていく。中には錯乱し、どこかへと走り去っていく者もいた。
だがそれでも魔生物たちは止まらない。逃げ惑う兵士たちを、強大な力をみせつけた魔生物の軍勢が容赦なく拠点の方へ追い詰める。
意志、思考を持たない魔生物に、戦意喪失した兵士を見逃すなどという温情などありはしない。
魔生物軍の総司令である流川久三男の意志に従い、感知可能な``敵性勢力``を殲滅する。ただそれだけの命令を履行するのみである。
ある兵士たちはたった一振りの剣圧で跡形もなく消し飛ばされ、ある兵士たちは銃口から放たれる雷撃になすすべもなく消滅させられる。
兵士たちの絶望は時間を追うごとに重くなっていく。逃げ惑う中でもなお、同じ軍に所属する者たちがなんの躊躇もなく、それも一瞬で消されていくのだ。
これほど一方的で理不尽極まりない戦いは、誰も経験したことはない。未経験とはすなわち無知、そしてその無知は未曾有の恐怖と絶望を喚起させ、集団心理がそれらを伝播する。
同志たちの犠牲とともに、拠点内に逃げ込んで生き延びた兵士たちの誰もが思った。口に出すも出さないも無関係に、心の中で、絶望と恐怖に支配されもはや冷静な判断すらも不可能となった荒々しい精神の中で、彼らは口々に心中を叫び合った。
―――``蹂躙``だ―――
理不尽極まりない戦力差。一方的なまでの圧倒的暴力。敵同士とはいえ人命を屁とも思わない虐殺。
兵士たちは今このとき、改めて認識したのだ。自分たちが相手にしている存在が、あの``流川家``であるという事実を。個人でありながら人類文明の全頂点に立ち、超大国並みの力を有する人類史上最強の存在であるという事実を。
後悔してももう遅い。戦いの火蓋は、既に切って落とされたのだ。
「な、なんだ……」
「次は何が始まるんだ……」
兵士たちは拠点の窓から空を見上げた。
青白く輝く空。無数の稲妻が奔走し、まるで太陽が拠点の真上に降りてきたのかと勘違いしてしまうほどの光量を発している。
「ま、魔法……陣?」
一人の魔導砲兵が、引きつった表情でぼそりと呟く。
第三拠点全てを覆い尽くす巨大な魔法陣。青白く輝く稲妻が走り回っているあたり、雷属性系の魔法だろう。
だが魔導砲兵は分からなかった。何の魔法を使うのか。周りの兵士たちは魔導砲兵に縋る。しかしどの魔導砲兵も、その魔法が何なのか。どんな雷属性系の魔法なのかが分からなかった。
それでも分からないなりに生き延びた兵士たちは皆、直感していた。あの大魔法が、拠点ごと自分たちを灰燼に帰する魔法であることを。
一人の魔導砲兵が窓から外を覗く。魔生物軍の中央、左腕が銃口と化している魔生物と似た姿の、だが一回り頭が抜きん出た体躯をしたローブ服を着こなす魔生物が、禍々しい指をした両手を広げて天を仰いでいる姿があった。
あの魔生物はおそらく軍を仕切るリーダーのような存在なのか。そもそも魔生物に軍の統率ができるはずもないのだが、とかくわかることは一つ。
一回り大きいあの魔生物からは、他の魔生物とは比べものにならない巨大な霊力を感じるということ。それも、拠点からそれなりに距離が離れているというのに。
「じ、地面が!!」
「拠点が揺れ始めたぞおおおお!!」
ごごごごご、と突然地響きを立て始める拠点。さらには稲妻が貫通し始めた。一人がそれに触れてしまい、一瞬でこんがりと焼死する。
「も……もう嫌だああああああ!!」
兵士たちの、僅かな理性は砕け散った。皆が皆、恐怖で踊り、そして狂う。狂乱が伝播する。
もはや統制などとれない。全ての者たちが死の恐怖に怯え、死から逃げようともがく。ある者は錯乱して同士を殺し、ある者は排泄物を撒き散らし、ある者は窓から身投げする。
冷静な判断を下せる者はいなかった。拠点に火花が散る、地震がひどくなる、稲妻が兵士を焼き殺す。
そして―――。
「第三防衛拠点侵撃魔生物中隊隊長ラギアマスター、雷属性系攻撃系魔法``轟雷``ノ行使ヲ確認」
流川本家邸新館、リビング。
紫色の頭皮、白と黄緑を基調とした全身装甲に身を包む巨漢の男が、顔の半分を覆う大型のバイザーを黒光りさせて呟く。
「状況報告応答待機中。応答」
「どうなった?」
俺は巨漢の男もとい戦闘用アンドロイド、カオティック・ヴァズRev.Ⅱに問いかけた。
リビングには俺、弥平、御玲、ヴァズ、パオングの五人が複数のホログラムモニタを見ながら、戦況を衛星中継で覗いていた。
久三男とあくのだいまおうはラボターミナルで魔生物軍の総指揮を執っている。今見ている何枚ものホログラムモニタの中継も、機械系が得意なアイツがせっせとセットアップしてくれたものだ。
ヴァズはゆっくりと顔を上げ、この場にいる俺や御玲、弥平に向けて、頭の中で何かしら受け取ったであろう情報を言い放った。
「第三防衛拠点、消滅。現在担当中隊ハ、残存兵力ノ確認及ビ掃討作業ニ移行」
防衛拠点に久三男配下の魔生物中隊を転移強襲させたことで、僅か十分を経たないうちに第三拠点攻略できてしまった。いや攻略というより、第三拠点の司令官ごと拠点そのものを亡きものにした、が正しいんだろうが。
「分かってはいましたが、凄まじいですね……たった十分足らずでもう第三拠点が跡形もないなんて」
「これくらいが丁度良いと思いますよ。隣国の動向を考えると、敵側の防衛は超短期決戦で仕留めたいところです」
弥平は作り笑い地味た笑顔で平然と言ってのける。
「ヴァズ、他の拠点はどんな具合だ?」
「決定的ナ状況報告ガ、マダ受信デキテオリマセンガ、派遣シタ全テノ侵撃部隊ガ最終段階ニ入ッタ模様デス。完全攻略予想時間、残リ五分未満」
「はえぇよ……」
俺は思わず本音が漏れる。
中央拠点を除く八つの防衛拠点には、久三男配下の魔生物軍を中心に、カエル総隊長を筆頭とする前衛ぬいぐるみどもを適当に一中隊組み込んである。
掃討が終わり次第、中央拠点で合流という手筈になっているが、それにしても圧倒的すぎやしないだろうか。まだ全然長くかかると思ったのに、魔生物軍だけ派遣させた第三拠点がものの十分足らずで消滅って、速攻すぎる。
「んじゃ行くか。親父が待つ中央に」
金冠を載せた象、パオングが短い足をちょこちょこさせながら前に出る。
今までは技能球で転移魔法``顕現``を使っていたが、今回は俺たち、中央拠点侵略本隊の後衛として、パオングを割り振っている。
これで俺や弥平、御玲が扱えないような魔法の行使、その他戦闘時の全般的支援が望める。後方で前衛を支援してくれる人材がいなかっただけに、パオングのような前線に出張れるだけの力を持った後衛は頼もしい。
「パァオング。その前に」
``顕現``を詠唱するのかと思いきや百八十度身を翻し、弥平と御玲に二つずつの錠剤がのった手をさしのべた。
「これを飲むがよい。中央拠点を抜く上で役立つであろう」
パオングが二人に手渡したのは、エメラルドグリーンに輝くカプセル型の錠剤と、無色透明のガラス細工のようなカプセル型の錠剤だった。二人は少し顔を見合わせたが、なんの迷いなくそれらを受け取り、そして躊躇もなく頬張った。
「澄男殿には、これを」
「いや……俺はだな……」
あからさまに受け取りを渋る。
ドーピングが嫌ってワケじゃない。それで自分が有利に働くなら迷わずそうする。俺はクソ親父に復讐したいのであってスポーツに勝ちたいワケじゃないんだ。
でもパオングが渡してきた薬は正直得体が知れない。飲もうにも、どんな効果か分からないものを飲む気にはなれないのである。むしろ迷いなく飲んだ二人は勇気と度胸の塊かよ、とツッコミを入れたくなってしまう。
「パァオング。遠慮は要らぬぞ」
「いや……まずその薬の詳細を説明してくれると嬉しいんだが」
「む? ああ、得体が知れず不安なのだな」
「い、いや……まあ、そうだよ」
「これは我が創った魔導具の一つ、魔法毒を自動解呪する魔法薬である。効果は二十四時間。その間はあらゆる魔法毒、阻止系魔法に対して完全耐性を得られる」
「な、なるほど……」
「邪魔な魔法などを喰らい、父君に復讐できなければまずかろう?」
「……確かに」
「故に、これを飲むがよい。相手は如何なる手を使ってくるか分からんからな」
俺はクソ親父と十寺の顔を思い浮かべた。
言われてみれば、アイツらがマトモな戦い方をするとは思えない。十寺なんて平気でドーピングしてきやがるし、親父は俺に得体の知れない何かを注射でブチこんだって御玲が言ってたし、何も仕掛けてこないと考える方がおかしいってもんだ。
実際、総力戦じゃこっちか圧勝してる今、敵将の俺を討ち取らないと向こうからすれば勝ちがない。卑怯もクソもない外道なやり方をしてこないワケがないんだ、ならそれを未然に防ぐのが道理ってヤツである。
「水は如何かな?」
「要らん要らん」
俺は無色透明のカプセル型の錠剤を掻っ攫うように手に取り、それを口に投げ入れるように頬張った。
特に無味無臭で、薬特有の苦味も変な匂いもしない。食感がニュルっとしてることを除けば、ただのサプリメントのようにも思えた。
ホントにこんなのが役に立つのか。半信半疑ではあったが、それをぐびっと呑み込む。
「お前らも、よく迷いなく飲めたよな……効能とか知りたくなるだろうに」
「戦場では迷っている暇がないので、魔法薬となると反射的に……ねぇ、御玲?」
「はい。とっさの判断が要求されるだけに……」
「言われりゃ確かにそうかもしんねぇが……パオング、コイツらが飲んだ薬はどんな効果があるんだ?」
「パァオング。澄んだ緑色の方は体力回復魔法薬である。下位の回復魔法``回復``の魔法陣を血液中に循環させることで、体力や、ある程度の損傷を回復させることができる」
「凄い技術ですね……念じるだけでよろしいんですか」
「魔法薬や魔道具というものは、使いやすさが第一評価である」
「道理です。効果時間は」
「澄男殿に渡したものと同様、二十四時間以内であれば常に使用可能である。ただし服用者の体内霊力を使用して回復を実行する仕組みゆえ、戦闘中は特に留意せねばならぬぞ?」
「状況判断、損傷度合判断、霊力の自己管理は必須。依存、油断は厳禁。ですね?」
「パァオング! 流石、分家派当主殿である。理解が速く我は歓喜に咽び泣きたい所存である!」
「そんなにですか!?」
驚く弥平とパオングをよそに、俺はさっさと会話についていけず、蚊帳の外になっていた。
いつも思うが、なんであれだけの会話で全てを理解してしまえるのか。専門的な話はやっぱり何一つ分からん。
「俺の飲んだ奴は念じねぇと効果ないのか?」
「否。無色透明な方の魔法薬は、パッシ……常時発動タイプである。二十四時間以内であれば、服用者の体調、心理状態とは無関係に効果を発揮する。心配は無用である」
「私や弥平さまが服用した無色透明な魔法薬も、同様でしょうか」
無論である、と結論づける。
一々念じねぇとデバフの一つも無効にできないんじゃ、面倒この上ない。体力回復とかならともかく、邪魔な魔法の解呪は何の消費もなく自動でやってくれることに越したことはない。
「さて、そろそろ跳ぶとしようか。澄男殿」
俺と弥平、御玲、パオングの足元に白く輝く魔法陣が描かれる。魔法薬の効果を聞くことに専念してて、うっかりしてたぜ。
手筈では、他のメンバーが防衛拠点を潰してる間、俺ら中央拠点侵撃本隊は、中央拠点に転移して俺の盛大な開幕攻撃で不意を打ち、一気に攻め立てることになっている。
「中央拠点防衛軍の面前でよいのだな?」
「構わねぇ。ブチかませ」
「パァオング! 良かろう、その我欲、叶えてしんぜよう!」
床に描かれた魔法陣が一気に輝きを増すと、いつもどおりというべきか、俺の視界は暗転する。
視界を覆う暗幕も束の間、目の前にびっしりと米粒みてぇな人だかりが、俺の視界全域を塗り潰す。
人だかりの向こう側にはデカいビルというか塔というか、ヴァルヴァリオン遠征で行ったときの新設大教会の倍近くあるような施設的なものが、どっしりと構えている。
おそらくアレが、親父の根城。
元上司がいた建物よりもでけぇ建物なんざ建てて、よっぽど下は見下していくスタイルらしい。親父のいる場所はどうせお決まりだ。建物の最上階でふんぞり返ってるとかそんなところだろう。考えるまでもねぇ。
「さぁて……邪魔だな」
右腕に力を込めた。俺の意志に連動するように右腕は輝きを増し始め、右手の平から白く輝く球が滲み出る。
毎度おなじみ、めちゃくちゃに固めた霊力の塊。言ってしまえばドチャクソ熱い火球だ。
一ヶ月の修行の成果の一つで、俺はできることの幅を広げるよりも、ただでさえポンポン連射できる火の球を俺なりに極めることにした。
色々試行錯誤というか、とにかく数こなしてポンポン撃ちまくった結果、最初は赤かった火の球が濃縮されて明るくなっていって、最終的に真っ白になってしまった。
弥平曰く、生まれたての恒星は赤色じゃなくて白色に近い色合いをしてるらしい。温度、密度、圧力とかが前よりも格段にグレードアップしてると言われたとき、内心小躍りしたもんである。
実際に生まれたての恒星並みなのかは知らんが、とりあえず分かってることは前の火の球よりも強えってこと。ただそれだけだ。
というか、それさえわかりゃあ他は個人的にどうでもいいってのが本音だが。
その小さい光球を人だかりに向ける。平坦に平然に、さも当然というノリで。
「消えてなくなれ」
刹那、光球が放射状に弾け飛んだ。
駆け巡る衝撃波、聴覚を支配する爆音。視界は真っ白な光線に覆い尽くされ、前は一瞬で見えなくなる。右腕から凄まじい圧が伝わり、俺の体幹を大きく揺らす。
今までいろんな攻撃をしてきたが、流石に目の前が真っ白になるくらいの霊力をぶっ放したことがないだけに、今にも足が宙に浮いて空高く吹っ飛ばされそうだ。
今回はとにかく相手の数が多い。剣で戦ったり火の球ポンポン撃って律儀に相手をしてる暇なんぞない。
俺たちの相手はあくまで本拠点の最上階かどっかに踏ん反り返ってる親父ただ一人。親父以外は正直相手をしてやる意味も価値も無い。どうせ兵隊どもも、親父が金かなんかをちらつかせて雇った奴らだろう。
別に兵隊どもに恨みはない。どんな経緯であれ親父に雇われる側に就くのも勝手だ。
でも雇われる側に就くってことは、俺たちに``敵対``するってことに変わりない。事情や経緯は兵隊どもそれぞれにあるだろうが、だったらこっちにもこっちなりの事情と経緯ってもんがある。
恨みも面識もないけれど、敵になるなら滅ぼす。そこに容赦も躊躇も一切する気はねぇ。兵隊どもに要らねぇ慈悲かけて親父に負けたなんざ、それこそ間抜けもいいところだ。
「……けほっ、けほっ……澄男さま! 攻撃するのなら先に……言ってください!」
「ん? ああ、悪りぃ悪りぃ」
俺が霊力をぶっ放したときに巻き上げられた砂塵で、若干服が白くなってる御玲が、咳き込みながらさも当然の正論をブチかましてきた。
親父のことを考えてたら周りに気を配るのを忘れてた。今回は一人で戦場に立ってんじゃない。最後方には久三男とあくのだいまおうがいて、前衛にはぬいぐるみども、そして俺と御玲、弥平がいる。今まで一人力の限り突っ走ってきた俺だが、流石に和を乱すような行動は慎まなければ。
「ふむ。澄男様の開幕攻撃で、中央の兵と中央拠点の入り口が破壊されましたね。軽く二万は消滅しましたか」
砂煙で未だ咳き込む御玲をよそに、弥平は拡張視覚野とかいうバイザーを使って、敵の戦況を冷静に分析する。
確か中央拠点にのさばってる兵の数は六万。右の守り、中央の守り、左の守りで三分割したら丁度二万になるから、そんなところか。
「悪りぃ……感情が先走ってつい何も言わず開幕やっちまった……」
「大丈夫ですよ、予想はしてました」
「ホントすまん……」
「とにかく、敵は一気に自軍の三分の一が消滅させられ混乱しているはずです。手筈通りにいきましょう」
俺と御玲はそれぞれ返事をする。
この後の手筈は弥平、御玲、パオングが中央防衛の残党を掃除、ヴァズは魔生物軍と合流して現地指揮、その間に俺は親父の所へいくという極めてシンプルなプランである。
後々防衛拠点の攻略に行ってたぬいぐるみどもが中央へ集結する予定だから、兵隊どもが全滅するのは時間の問題だろう。となると残された課題は、俺が親父を殺れるかどうかのみ。
「えっと……転移、だっけ?」
「いえ、おそらく転移は無効化されると思うので、空から強襲しましょう。澄男様はそのまま佳霖の所へ」
「ほいさっさ。んじゃあ修行で身につけた技その二を試すかね!」
ふん、と霊力を足元へ集中させるイメージで気張る。
別にトイレに行きたいワケじゃあない。俺がやろうとしているのは至極単純なことだ。
ぶわ、っと足元を中心に緩い衝撃波が円を描きながら走る。そしてその衝撃波に巻き上げられるかのように、ゆっくりとだがぷかぷかと俺が宙に浮き始める。
「っしゃあ!! 成功だぁ!!」
「もう何でもありですよね、ここまでくると」
「想像絶する霊力量を入出力できる澄男様だからこそ成せる技、ですね」
弥平と御玲は、褒めてるのか貶してるのかよく分からない感想を述べてくる。
そう、俺がこの一ヶ月で覚えた技その二は、漫画とかでありがちな、舞空術ってヤツである。
一ヶ月前に久三男とガチ喧嘩したとき、俺はその場のノリで霊力を使って空を飛び、即興で空中戦をやってのけた。
実はあのときの``感覚``を覚えていて、喧嘩が終わった後にもっといい感じに空を飛べないかと考えた結果、身体中に霊力を膜みたく纏ってその膜をドゥワアアアアっと超高速でブンブン回転させたらいけんじゃねーの、と想像し試したら道場でできたので採用した。
久三男と戦ったときは足の裏からロケットエンジンの火みたく霊力が出てたから正直ダサかったが、今は目に見えない霊力の膜を足元から出して体全体を覆うように纏ってるから、弥平や御玲とかから見れば独りでに俺が浮いているように見えてるといった寸法である。
「んじゃ俺は先に行く。後は頼んだぜ」
「掃討したのち、必ず合流いたします。それまでは澄男様も」
「おう。気合でなんとかしてみせらぁ」
「澄男さま、死なないでくださいよ。きちんと生き残って、私と交わした約束、果たしてくださいね」
「お前……ここにきてプレッシャーかけてくるか……まあいい、やってやるさ!」
「パァオング! 我からは特にかける言葉は無い!! 貴殿の我欲の成就を、心より願っておるぞ!!」
「お前も、弥平と御玲への支援、怠るなよ!」
「我を誰と心得る? 我欲の神パオングなるぞ、人間相手に遅れはとらぬ!」
それぞれの士気を確認し、問題ないと判断する。
今まで相手を疑ったり、殺しあったりと色々あったが、ようやくまとまってきた気がする。まだまだ多少の距離は感じるものの、出会ったばかりのときと比べれば、壁は薄くなったようにも思える。
後は俺が佳霖に勝って、なおかつきちんと生き残る事。御玲との約束があるように、俺にはまだやらなきゃなんねぇことがある。
親父もろとも心中、なんて選択肢はない。今までの恩を返すためにも、約束を果たすためにも、そして―――澪華の分まで生き抜くためにも。
弥平と御玲は技能球を懐から出してぷかっと浮き、パオングは案の定俺みたく独りでにぷかぷかと浮き出す。それぞれに課せられた任務を抱き、俺たちは親父が踏ん反り返る、中央拠点進軍を開始した。
防衛拠点の入り口付近に米粒のような黒い点々が、建物を無数に取り囲んでいた。銃や剣を片手に、迷彩服に身を包む者たち。彼らに守られるようにして、青黒いローブを着こなす杖を持った者たちが、何者かの往来を待つようにして佇む。
防衛拠点付近の空気は戦々恐々としていた。誰一人として口を開く者はおらず、風のみが吹く荒野をじっと眺めている。
「来た!!」
「来たぞおおおお!!」
最前列に立つ男たちが突然声を張り上げた。場にいる全ての人間が身構える。
ローブを着た者たちは杖を握り、迷彩服を着た者たちは銃を携え、空、地面には大量の魔法陣が姿を現す。
最前列の戦車隊が前へ出る。彼らが前に進む先、そこにはどこから現れたのか、全身黄緑色の鎧に身を包んだフルプレートの兵士が数十。青白い体色と青白い稲妻を走らせ、左腕が銃口となっている異形が数十。この異形と同様の体色と稲妻を持ち、一回り体格が大きく無地のローブを着こなす異形が二体。何も無いところから続々と湧いてくる。
その様はさながら、プレイする限り際限なくポップするRPGの雑魚敵を彷彿とさせ、数十から数百と、その数を一気呵成に増やしていく。
「ひ、怯むな!! 攻撃開始!!」
戦車の搭乗口から一人の兵士が叫ぶ。その声は大きく張り上げられたものであったが、どことなく恐怖に震えていた。
彼らは佳霖によって集められた精鋭の兵士たち。かつては``任務請負人``と呼ばれる職についていたエキスパートだったり、三十年前に終幕した武力統一大戦時代を生き抜いた戦士だったりと経歴は様々だが、ただ単に武器を持って集められた烏合の衆などではなく、集団戦術をある程度を心得た者たちである。
しかしながらそれでも、どこからともなく無限に湧いてくる異形に恐怖せずにはいられない。
皆も分かっているのだ。自分たちが戦おうとしている異形が人間の兵士ではなく、魔生物であるということを。
本来なら人里遠くはなれた場所に生息している災害たちが、どこからともなく軍勢を率いて攻めてくる。彼らが相対しているのは生物であるが同時に、目の前のものを無慈悲に破壊する自然災害そのものでもあるのだ。
最前列の戦車隊が砲撃を開始した。
流川佳霖が流川分家より盗んだ主力戦車―――三式魔導戦車は霊的エネルギーを源とし、主砲から霊的エネルギーを高密度集束させた光線を放つことのできる優れものである。
装甲にはドラゴナイト鉱石を少量含んでいるため極めて堅く、通常の迫撃砲や対戦車ミサイル弾では傷一つつけることができない。上空からの空対地ミサイルでも同様である。
ほとんど通常兵器に対して完全耐性を持ち、敏腕の魔導師の魔法攻撃すら簡単に弾くほど堅固な装甲。そして霊力で構成されたバリア―――霊壁も大概貫通させられ、トーチカ、劣化ウラン複合装甲も普通に粉砕する強力な霊力光線主砲を装備した、唯一流川家のみが有する主力戦車の一つである。
これを破壊できるのはごく一部の強者に限られるといっても過言ではないが、そのとき、兵士たちの何人かが戦慄しながら声を張り上げた。
「バカな!? 健在だと!?」
「あ、ありえない!! こっちは主力戦車だぞ!?」
三式魔導戦車隊は数台一斉に、突如現れた魔生物の集団に向かって砲撃した。着弾地点に大きなキノコ雲が空に立ち上るほどの想像絶する威力だったのだが、どういうことなのか、魔生物の集団は``無傷``であった。
ただ砂塵が馬鹿みたいに舞っただけにすぎず、肝心の魔生物の集団には傷一つついていない。
「う、うそだろ……核シェルターですら跡形もなく消し飛ばせる砲撃だぞ……?」
兵士たちは一斉にたじろいだ。
最新鋭主力戦車の一斉砲撃を、まともに食らいながら全くの無傷で佇む魔生物たち。戦車隊や、拠点を取り囲む五千の兵をもろともせず、再び足を踏み出し始める。
そのとき、全身黄緑色のフルプレートに身を包んだ魔生物が、剣を振り上げた。
兵士は何事かとその魔生物に注目する。まだ魔生物との距離はある。
剣をふりあげたところで、自分たちのところまで届くはずがない。魔生物なのだから思考も意志もないだけに、彼ら特有の無意味な行動だろう。魔生物というものはどんな種でも時折全く意味の無い行動をすることが多いのものだ。今回もきっとそれだ。
誰もが注目し、同時に安堵した、その瞬間だった。
拠点中央から見て左側。左翼にあたる戦車隊と、その後方にいた歩兵、さらに後方にいた魔導砲兵から断末魔の叫びが耳に入った。兵士たちは恐る恐る左翼へ意識を向ける。
まさか、そんな事が。いや、あるはずがない。こちらは総軍五千、左翼だけで約一六〇〇の兵がいる。最新鋭の主力戦車だってある。対して向こうは高々数十から数百程度。数なら圧倒的にこちらが上だ。魔生物一体如きに遅れをとるはずが―――。
「ひぃぃぃ……!?」
「た、退避ぃぃー!!」
「うわああああああ!!」
刹那、上空から黒い塊が、総軍の中央に配置された兵士へ降り注いだ。がしゃん、と轟音が鳴り響く。
大半の兵士は拠点の方へ、もしくは総軍右翼の方へ散り散りに逃げたが、逃げ遅れた兵士はその黒い塊に下敷きになった。
黒い塊とはまさしく、三式魔導戦車の亡骸である。黒光りしていたボディは焼けただれ、へしゃげ、もはや原形をとどめないまでに大破している。
ただの黒焦げの鉄塊と化したそれは、黒煙をただただ空へ焚き火のように撒き散らすのみ。
莫大な緊張の渦が、生き残った兵士たちを呑み込む。だが目の前に突きつけられた事実に、もはや唖然とした。
第三防衛拠点総軍左翼約一六〇〇、全滅。黄緑色のフルプレートで身を包んだ騎士型の魔生物一体が放った、たった一振りの剣圧によって。
「な、何をしている!! 反げ」
「ぐおああああああ!!」
「うわああああああ!!」
冷静さを取り戻した指揮官らしき兵士が、自軍を鼓舞しようと指示を出した矢先、その兵士は青白い稲妻によって周囲にいた数百人の兵士もろとも、一瞬にして消滅した。
射線上には一体の魔生物。左腕の銃口から煙がほんの少し出ていた。
何かを放った後だろうか。体全体が青白く光る。その魔生物の周囲に稲妻が走り回ると、ふっと姿が掻き消えた。
次の瞬間、その魔生物は三式魔導戦車の搭乗口に姿を現す。凄まじい雷鳴と稲妻。戦車が一気に真っ赤になったと思いきや、目の前で消えた魔生物を未だ眼で追っていた周囲の歩兵を巻き込んで、爆発四散した。
一体何が起こったのか。答えは簡単だ。その魔生物は消えたのではなく、ただ単に凄まじい脚力で何十メートルもの上空に跳び上がり、戦車の搭乗口に着地した、ただそれだけなのだ。
後は銃口と化した左腕からゼロ距離で稲妻をまとった霊力弾を放ち、戦車を木っ端微塵に粉砕したのである。
「ま、魔導砲兵、反撃!!」
前衛の戦車砲兵や、歩兵だけでは全く歯が立たない。そう考えた指揮官は、最後方の魔導砲兵たちにあらかじめ記述していた魔法陣を解放するよう指示する。
魔法というのは、魔法陣に気温、湿度、対象との距離、魔法の種類、霊力出入力など、様々な情報を記述しなければ行使できない。魔導砲兵は原則、戦闘前に魔法陣をいくらか前もって記述しておくのが定石の戦術である。
また戦場において敵性対象の弱点を速やかに見破ることも要求される。この魔生物は稲妻や雷撃を身に纏っていることから、ほとんどの魔導砲兵は``雷属性を有する魔生物``だと誰もが認識している。故に、彼らが使う属性魔法はただ一つ。
焦げ茶色の魔法陣が無数に浮かび上がる。
雷の弱点は地。地属性系の魔法は雷属性系の事象を一切通さないため、相手が攻撃で相殺してきても影響を受けにくい。
そして地属性系は大地と密接に関係している属性。大地にまつわる事であれば、魔法となると行使できる幅は広い。
「``腐敗``!!」
雷属性と思われる魔生物の足元に、焦げ茶色の魔法陣が輝く。
``腐敗``は、対象を文字どおり腐敗させる地属性系魔法の一種である。
魔生物に限らず、生物全般に使えば跡形もなく土に還すことができる即死級の魔法でも知られ、魔法の中でも消費霊力が少なく安価なことから、地属性系魔導師内では切り札として扱う者も多い。
とはいえ、現実はやはり非情である。
「ば、馬鹿な……!?」
「全く効果が無い……だと……!?」
「ありえるかぁ!?」
次々と呼応する悲鳴。敏腕の魔導師たちが放ったのも虚しく、雷属性を持つと思わしきその魔生物は、やはりというべきか無傷であった。
切り札とも言える魔法が、見るも無残に散った瞬間である。
「どうする? この魔法で無傷なら手が無いぞ」
「と、とにかく連し」
銃口と化した魔生物の左腕から、再び雷鳴が唸った。
横薙ぎに稲妻が一閃。前衛の兵たちもろとも魔導砲兵の大半が一瞬でこんがりと焼け、砂塵となって土に還っていく。
たった一匹の魔生物の攻撃で、まるで紙の破片を風で吹き飛ばすかのように沢山の命が一瞬にして失われる。
お前達は狩られる側。ただそう言われているだけの情景は、兵士たちの絶望を駆り立てた。一人、また一人と武器を捨て、次々と踵を返していく。
人間には集団心理というものがある。最初の一人が行動を起こしたとき、最初の一人が感情を露わにしたとき、他全員が同じ感情、同じ行動をとるようになる。
いま、軍隊は一人が露にした恐怖に支配されていっているのだ。
「こ、こんなの……もう``戦争``じゃない……!!」
一人の兵士が、背後で吹き飛ばされ、消し飛ばされ、見るも無惨に死にいく同胞達を見やる。
戦線は崩壊した。第三防衛拠点を担う総軍五千の兵は皆、死にたくないあまり、生きたいあまり、次から次へと拠点の中へ吸い込まれていく。中には錯乱し、どこかへと走り去っていく者もいた。
だがそれでも魔生物たちは止まらない。逃げ惑う兵士たちを、強大な力をみせつけた魔生物の軍勢が容赦なく拠点の方へ追い詰める。
意志、思考を持たない魔生物に、戦意喪失した兵士を見逃すなどという温情などありはしない。
魔生物軍の総司令である流川久三男の意志に従い、感知可能な``敵性勢力``を殲滅する。ただそれだけの命令を履行するのみである。
ある兵士たちはたった一振りの剣圧で跡形もなく消し飛ばされ、ある兵士たちは銃口から放たれる雷撃になすすべもなく消滅させられる。
兵士たちの絶望は時間を追うごとに重くなっていく。逃げ惑う中でもなお、同じ軍に所属する者たちがなんの躊躇もなく、それも一瞬で消されていくのだ。
これほど一方的で理不尽極まりない戦いは、誰も経験したことはない。未経験とはすなわち無知、そしてその無知は未曾有の恐怖と絶望を喚起させ、集団心理がそれらを伝播する。
同志たちの犠牲とともに、拠点内に逃げ込んで生き延びた兵士たちの誰もが思った。口に出すも出さないも無関係に、心の中で、絶望と恐怖に支配されもはや冷静な判断すらも不可能となった荒々しい精神の中で、彼らは口々に心中を叫び合った。
―――``蹂躙``だ―――
理不尽極まりない戦力差。一方的なまでの圧倒的暴力。敵同士とはいえ人命を屁とも思わない虐殺。
兵士たちは今このとき、改めて認識したのだ。自分たちが相手にしている存在が、あの``流川家``であるという事実を。個人でありながら人類文明の全頂点に立ち、超大国並みの力を有する人類史上最強の存在であるという事実を。
後悔してももう遅い。戦いの火蓋は、既に切って落とされたのだ。
「な、なんだ……」
「次は何が始まるんだ……」
兵士たちは拠点の窓から空を見上げた。
青白く輝く空。無数の稲妻が奔走し、まるで太陽が拠点の真上に降りてきたのかと勘違いしてしまうほどの光量を発している。
「ま、魔法……陣?」
一人の魔導砲兵が、引きつった表情でぼそりと呟く。
第三拠点全てを覆い尽くす巨大な魔法陣。青白く輝く稲妻が走り回っているあたり、雷属性系の魔法だろう。
だが魔導砲兵は分からなかった。何の魔法を使うのか。周りの兵士たちは魔導砲兵に縋る。しかしどの魔導砲兵も、その魔法が何なのか。どんな雷属性系の魔法なのかが分からなかった。
それでも分からないなりに生き延びた兵士たちは皆、直感していた。あの大魔法が、拠点ごと自分たちを灰燼に帰する魔法であることを。
一人の魔導砲兵が窓から外を覗く。魔生物軍の中央、左腕が銃口と化している魔生物と似た姿の、だが一回り頭が抜きん出た体躯をしたローブ服を着こなす魔生物が、禍々しい指をした両手を広げて天を仰いでいる姿があった。
あの魔生物はおそらく軍を仕切るリーダーのような存在なのか。そもそも魔生物に軍の統率ができるはずもないのだが、とかくわかることは一つ。
一回り大きいあの魔生物からは、他の魔生物とは比べものにならない巨大な霊力を感じるということ。それも、拠点からそれなりに距離が離れているというのに。
「じ、地面が!!」
「拠点が揺れ始めたぞおおおお!!」
ごごごごご、と突然地響きを立て始める拠点。さらには稲妻が貫通し始めた。一人がそれに触れてしまい、一瞬でこんがりと焼死する。
「も……もう嫌だああああああ!!」
兵士たちの、僅かな理性は砕け散った。皆が皆、恐怖で踊り、そして狂う。狂乱が伝播する。
もはや統制などとれない。全ての者たちが死の恐怖に怯え、死から逃げようともがく。ある者は錯乱して同士を殺し、ある者は排泄物を撒き散らし、ある者は窓から身投げする。
冷静な判断を下せる者はいなかった。拠点に火花が散る、地震がひどくなる、稲妻が兵士を焼き殺す。
そして―――。
「第三防衛拠点侵撃魔生物中隊隊長ラギアマスター、雷属性系攻撃系魔法``轟雷``ノ行使ヲ確認」
流川本家邸新館、リビング。
紫色の頭皮、白と黄緑を基調とした全身装甲に身を包む巨漢の男が、顔の半分を覆う大型のバイザーを黒光りさせて呟く。
「状況報告応答待機中。応答」
「どうなった?」
俺は巨漢の男もとい戦闘用アンドロイド、カオティック・ヴァズRev.Ⅱに問いかけた。
リビングには俺、弥平、御玲、ヴァズ、パオングの五人が複数のホログラムモニタを見ながら、戦況を衛星中継で覗いていた。
久三男とあくのだいまおうはラボターミナルで魔生物軍の総指揮を執っている。今見ている何枚ものホログラムモニタの中継も、機械系が得意なアイツがせっせとセットアップしてくれたものだ。
ヴァズはゆっくりと顔を上げ、この場にいる俺や御玲、弥平に向けて、頭の中で何かしら受け取ったであろう情報を言い放った。
「第三防衛拠点、消滅。現在担当中隊ハ、残存兵力ノ確認及ビ掃討作業ニ移行」
防衛拠点に久三男配下の魔生物中隊を転移強襲させたことで、僅か十分を経たないうちに第三拠点攻略できてしまった。いや攻略というより、第三拠点の司令官ごと拠点そのものを亡きものにした、が正しいんだろうが。
「分かってはいましたが、凄まじいですね……たった十分足らずでもう第三拠点が跡形もないなんて」
「これくらいが丁度良いと思いますよ。隣国の動向を考えると、敵側の防衛は超短期決戦で仕留めたいところです」
弥平は作り笑い地味た笑顔で平然と言ってのける。
「ヴァズ、他の拠点はどんな具合だ?」
「決定的ナ状況報告ガ、マダ受信デキテオリマセンガ、派遣シタ全テノ侵撃部隊ガ最終段階ニ入ッタ模様デス。完全攻略予想時間、残リ五分未満」
「はえぇよ……」
俺は思わず本音が漏れる。
中央拠点を除く八つの防衛拠点には、久三男配下の魔生物軍を中心に、カエル総隊長を筆頭とする前衛ぬいぐるみどもを適当に一中隊組み込んである。
掃討が終わり次第、中央拠点で合流という手筈になっているが、それにしても圧倒的すぎやしないだろうか。まだ全然長くかかると思ったのに、魔生物軍だけ派遣させた第三拠点がものの十分足らずで消滅って、速攻すぎる。
「んじゃ行くか。親父が待つ中央に」
金冠を載せた象、パオングが短い足をちょこちょこさせながら前に出る。
今までは技能球で転移魔法``顕現``を使っていたが、今回は俺たち、中央拠点侵略本隊の後衛として、パオングを割り振っている。
これで俺や弥平、御玲が扱えないような魔法の行使、その他戦闘時の全般的支援が望める。後方で前衛を支援してくれる人材がいなかっただけに、パオングのような前線に出張れるだけの力を持った後衛は頼もしい。
「パァオング。その前に」
``顕現``を詠唱するのかと思いきや百八十度身を翻し、弥平と御玲に二つずつの錠剤がのった手をさしのべた。
「これを飲むがよい。中央拠点を抜く上で役立つであろう」
パオングが二人に手渡したのは、エメラルドグリーンに輝くカプセル型の錠剤と、無色透明のガラス細工のようなカプセル型の錠剤だった。二人は少し顔を見合わせたが、なんの迷いなくそれらを受け取り、そして躊躇もなく頬張った。
「澄男殿には、これを」
「いや……俺はだな……」
あからさまに受け取りを渋る。
ドーピングが嫌ってワケじゃない。それで自分が有利に働くなら迷わずそうする。俺はクソ親父に復讐したいのであってスポーツに勝ちたいワケじゃないんだ。
でもパオングが渡してきた薬は正直得体が知れない。飲もうにも、どんな効果か分からないものを飲む気にはなれないのである。むしろ迷いなく飲んだ二人は勇気と度胸の塊かよ、とツッコミを入れたくなってしまう。
「パァオング。遠慮は要らぬぞ」
「いや……まずその薬の詳細を説明してくれると嬉しいんだが」
「む? ああ、得体が知れず不安なのだな」
「い、いや……まあ、そうだよ」
「これは我が創った魔導具の一つ、魔法毒を自動解呪する魔法薬である。効果は二十四時間。その間はあらゆる魔法毒、阻止系魔法に対して完全耐性を得られる」
「な、なるほど……」
「邪魔な魔法などを喰らい、父君に復讐できなければまずかろう?」
「……確かに」
「故に、これを飲むがよい。相手は如何なる手を使ってくるか分からんからな」
俺はクソ親父と十寺の顔を思い浮かべた。
言われてみれば、アイツらがマトモな戦い方をするとは思えない。十寺なんて平気でドーピングしてきやがるし、親父は俺に得体の知れない何かを注射でブチこんだって御玲が言ってたし、何も仕掛けてこないと考える方がおかしいってもんだ。
実際、総力戦じゃこっちか圧勝してる今、敵将の俺を討ち取らないと向こうからすれば勝ちがない。卑怯もクソもない外道なやり方をしてこないワケがないんだ、ならそれを未然に防ぐのが道理ってヤツである。
「水は如何かな?」
「要らん要らん」
俺は無色透明のカプセル型の錠剤を掻っ攫うように手に取り、それを口に投げ入れるように頬張った。
特に無味無臭で、薬特有の苦味も変な匂いもしない。食感がニュルっとしてることを除けば、ただのサプリメントのようにも思えた。
ホントにこんなのが役に立つのか。半信半疑ではあったが、それをぐびっと呑み込む。
「お前らも、よく迷いなく飲めたよな……効能とか知りたくなるだろうに」
「戦場では迷っている暇がないので、魔法薬となると反射的に……ねぇ、御玲?」
「はい。とっさの判断が要求されるだけに……」
「言われりゃ確かにそうかもしんねぇが……パオング、コイツらが飲んだ薬はどんな効果があるんだ?」
「パァオング。澄んだ緑色の方は体力回復魔法薬である。下位の回復魔法``回復``の魔法陣を血液中に循環させることで、体力や、ある程度の損傷を回復させることができる」
「凄い技術ですね……念じるだけでよろしいんですか」
「魔法薬や魔道具というものは、使いやすさが第一評価である」
「道理です。効果時間は」
「澄男殿に渡したものと同様、二十四時間以内であれば常に使用可能である。ただし服用者の体内霊力を使用して回復を実行する仕組みゆえ、戦闘中は特に留意せねばならぬぞ?」
「状況判断、損傷度合判断、霊力の自己管理は必須。依存、油断は厳禁。ですね?」
「パァオング! 流石、分家派当主殿である。理解が速く我は歓喜に咽び泣きたい所存である!」
「そんなにですか!?」
驚く弥平とパオングをよそに、俺はさっさと会話についていけず、蚊帳の外になっていた。
いつも思うが、なんであれだけの会話で全てを理解してしまえるのか。専門的な話はやっぱり何一つ分からん。
「俺の飲んだ奴は念じねぇと効果ないのか?」
「否。無色透明な方の魔法薬は、パッシ……常時発動タイプである。二十四時間以内であれば、服用者の体調、心理状態とは無関係に効果を発揮する。心配は無用である」
「私や弥平さまが服用した無色透明な魔法薬も、同様でしょうか」
無論である、と結論づける。
一々念じねぇとデバフの一つも無効にできないんじゃ、面倒この上ない。体力回復とかならともかく、邪魔な魔法の解呪は何の消費もなく自動でやってくれることに越したことはない。
「さて、そろそろ跳ぶとしようか。澄男殿」
俺と弥平、御玲、パオングの足元に白く輝く魔法陣が描かれる。魔法薬の効果を聞くことに専念してて、うっかりしてたぜ。
手筈では、他のメンバーが防衛拠点を潰してる間、俺ら中央拠点侵撃本隊は、中央拠点に転移して俺の盛大な開幕攻撃で不意を打ち、一気に攻め立てることになっている。
「中央拠点防衛軍の面前でよいのだな?」
「構わねぇ。ブチかませ」
「パァオング! 良かろう、その我欲、叶えてしんぜよう!」
床に描かれた魔法陣が一気に輝きを増すと、いつもどおりというべきか、俺の視界は暗転する。
視界を覆う暗幕も束の間、目の前にびっしりと米粒みてぇな人だかりが、俺の視界全域を塗り潰す。
人だかりの向こう側にはデカいビルというか塔というか、ヴァルヴァリオン遠征で行ったときの新設大教会の倍近くあるような施設的なものが、どっしりと構えている。
おそらくアレが、親父の根城。
元上司がいた建物よりもでけぇ建物なんざ建てて、よっぽど下は見下していくスタイルらしい。親父のいる場所はどうせお決まりだ。建物の最上階でふんぞり返ってるとかそんなところだろう。考えるまでもねぇ。
「さぁて……邪魔だな」
右腕に力を込めた。俺の意志に連動するように右腕は輝きを増し始め、右手の平から白く輝く球が滲み出る。
毎度おなじみ、めちゃくちゃに固めた霊力の塊。言ってしまえばドチャクソ熱い火球だ。
一ヶ月の修行の成果の一つで、俺はできることの幅を広げるよりも、ただでさえポンポン連射できる火の球を俺なりに極めることにした。
色々試行錯誤というか、とにかく数こなしてポンポン撃ちまくった結果、最初は赤かった火の球が濃縮されて明るくなっていって、最終的に真っ白になってしまった。
弥平曰く、生まれたての恒星は赤色じゃなくて白色に近い色合いをしてるらしい。温度、密度、圧力とかが前よりも格段にグレードアップしてると言われたとき、内心小躍りしたもんである。
実際に生まれたての恒星並みなのかは知らんが、とりあえず分かってることは前の火の球よりも強えってこと。ただそれだけだ。
というか、それさえわかりゃあ他は個人的にどうでもいいってのが本音だが。
その小さい光球を人だかりに向ける。平坦に平然に、さも当然というノリで。
「消えてなくなれ」
刹那、光球が放射状に弾け飛んだ。
駆け巡る衝撃波、聴覚を支配する爆音。視界は真っ白な光線に覆い尽くされ、前は一瞬で見えなくなる。右腕から凄まじい圧が伝わり、俺の体幹を大きく揺らす。
今までいろんな攻撃をしてきたが、流石に目の前が真っ白になるくらいの霊力をぶっ放したことがないだけに、今にも足が宙に浮いて空高く吹っ飛ばされそうだ。
今回はとにかく相手の数が多い。剣で戦ったり火の球ポンポン撃って律儀に相手をしてる暇なんぞない。
俺たちの相手はあくまで本拠点の最上階かどっかに踏ん反り返ってる親父ただ一人。親父以外は正直相手をしてやる意味も価値も無い。どうせ兵隊どもも、親父が金かなんかをちらつかせて雇った奴らだろう。
別に兵隊どもに恨みはない。どんな経緯であれ親父に雇われる側に就くのも勝手だ。
でも雇われる側に就くってことは、俺たちに``敵対``するってことに変わりない。事情や経緯は兵隊どもそれぞれにあるだろうが、だったらこっちにもこっちなりの事情と経緯ってもんがある。
恨みも面識もないけれど、敵になるなら滅ぼす。そこに容赦も躊躇も一切する気はねぇ。兵隊どもに要らねぇ慈悲かけて親父に負けたなんざ、それこそ間抜けもいいところだ。
「……けほっ、けほっ……澄男さま! 攻撃するのなら先に……言ってください!」
「ん? ああ、悪りぃ悪りぃ」
俺が霊力をぶっ放したときに巻き上げられた砂塵で、若干服が白くなってる御玲が、咳き込みながらさも当然の正論をブチかましてきた。
親父のことを考えてたら周りに気を配るのを忘れてた。今回は一人で戦場に立ってんじゃない。最後方には久三男とあくのだいまおうがいて、前衛にはぬいぐるみども、そして俺と御玲、弥平がいる。今まで一人力の限り突っ走ってきた俺だが、流石に和を乱すような行動は慎まなければ。
「ふむ。澄男様の開幕攻撃で、中央の兵と中央拠点の入り口が破壊されましたね。軽く二万は消滅しましたか」
砂煙で未だ咳き込む御玲をよそに、弥平は拡張視覚野とかいうバイザーを使って、敵の戦況を冷静に分析する。
確か中央拠点にのさばってる兵の数は六万。右の守り、中央の守り、左の守りで三分割したら丁度二万になるから、そんなところか。
「悪りぃ……感情が先走ってつい何も言わず開幕やっちまった……」
「大丈夫ですよ、予想はしてました」
「ホントすまん……」
「とにかく、敵は一気に自軍の三分の一が消滅させられ混乱しているはずです。手筈通りにいきましょう」
俺と御玲はそれぞれ返事をする。
この後の手筈は弥平、御玲、パオングが中央防衛の残党を掃除、ヴァズは魔生物軍と合流して現地指揮、その間に俺は親父の所へいくという極めてシンプルなプランである。
後々防衛拠点の攻略に行ってたぬいぐるみどもが中央へ集結する予定だから、兵隊どもが全滅するのは時間の問題だろう。となると残された課題は、俺が親父を殺れるかどうかのみ。
「えっと……転移、だっけ?」
「いえ、おそらく転移は無効化されると思うので、空から強襲しましょう。澄男様はそのまま佳霖の所へ」
「ほいさっさ。んじゃあ修行で身につけた技その二を試すかね!」
ふん、と霊力を足元へ集中させるイメージで気張る。
別にトイレに行きたいワケじゃあない。俺がやろうとしているのは至極単純なことだ。
ぶわ、っと足元を中心に緩い衝撃波が円を描きながら走る。そしてその衝撃波に巻き上げられるかのように、ゆっくりとだがぷかぷかと俺が宙に浮き始める。
「っしゃあ!! 成功だぁ!!」
「もう何でもありですよね、ここまでくると」
「想像絶する霊力量を入出力できる澄男様だからこそ成せる技、ですね」
弥平と御玲は、褒めてるのか貶してるのかよく分からない感想を述べてくる。
そう、俺がこの一ヶ月で覚えた技その二は、漫画とかでありがちな、舞空術ってヤツである。
一ヶ月前に久三男とガチ喧嘩したとき、俺はその場のノリで霊力を使って空を飛び、即興で空中戦をやってのけた。
実はあのときの``感覚``を覚えていて、喧嘩が終わった後にもっといい感じに空を飛べないかと考えた結果、身体中に霊力を膜みたく纏ってその膜をドゥワアアアアっと超高速でブンブン回転させたらいけんじゃねーの、と想像し試したら道場でできたので採用した。
久三男と戦ったときは足の裏からロケットエンジンの火みたく霊力が出てたから正直ダサかったが、今は目に見えない霊力の膜を足元から出して体全体を覆うように纏ってるから、弥平や御玲とかから見れば独りでに俺が浮いているように見えてるといった寸法である。
「んじゃ俺は先に行く。後は頼んだぜ」
「掃討したのち、必ず合流いたします。それまでは澄男様も」
「おう。気合でなんとかしてみせらぁ」
「澄男さま、死なないでくださいよ。きちんと生き残って、私と交わした約束、果たしてくださいね」
「お前……ここにきてプレッシャーかけてくるか……まあいい、やってやるさ!」
「パァオング! 我からは特にかける言葉は無い!! 貴殿の我欲の成就を、心より願っておるぞ!!」
「お前も、弥平と御玲への支援、怠るなよ!」
「我を誰と心得る? 我欲の神パオングなるぞ、人間相手に遅れはとらぬ!」
それぞれの士気を確認し、問題ないと判断する。
今まで相手を疑ったり、殺しあったりと色々あったが、ようやくまとまってきた気がする。まだまだ多少の距離は感じるものの、出会ったばかりのときと比べれば、壁は薄くなったようにも思える。
後は俺が佳霖に勝って、なおかつきちんと生き残る事。御玲との約束があるように、俺にはまだやらなきゃなんねぇことがある。
親父もろとも心中、なんて選択肢はない。今までの恩を返すためにも、約束を果たすためにも、そして―――澪華の分まで生き抜くためにも。
弥平と御玲は技能球を懐から出してぷかっと浮き、パオングは案の定俺みたく独りでにぷかぷかと浮き出す。それぞれに課せられた任務を抱き、俺たちは親父が踏ん反り返る、中央拠点進軍を開始した。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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