【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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十二の月

6、【飛路】敵わない相手


 翌朝目を覚ますと、雪華は寝台から見える光景に微妙な違和感を感じた。起き上がり、状況を把握する。

(ああ……航悠の部屋か)

 どうやらここで飲んでいるうちに、そのまま眠ってしまったらしい。伸びをして、寝乱れた髪をかき上げる。
 航悠はすでに部屋にはいなかった。奴もここで寝たのだろうか。寝台を独占してしまい、少しだけ悪かったかなと思う。

(……まぁいいか。航悠だし、適当に寝ただろう)

 もしかしたら同じ寝台で寝ていたのかもしれないが、今となっては確かめるすべもないし特に必要もない。そう結論付けると、ひやりとする床に足を下ろした。

「部屋で寝直そう……」

 微妙に酔いの残る頭でつぶやくと、雪華は部屋の扉を押し開けた。その瞬間、前方で慌てた声が聞こえて顔を上げる。

「うわ…っ」

「……?」

 扉を開けた瞬間に、廊下で誰かが後ろに飛びすさった。たまたま通りがかったらしいその声に重たい視線を向けると、目を見開いた飛路が朝日を浴びて立っていた。

「ああ……飛路か。おはよう……」

「……っ」

 昨夜は潰れていたが、今は雪華よりよほど元気なようだ。軽く挨拶すると、飛路は困惑顔で雪華を見下ろす。

「あんた……なんで……」

「?」

「頭領と――。なんだよ、やっぱりそうなんじゃないかよ……」

 飛路が強張った表情で背後の扉を眺める。その顔に、彼が何か誤解していることを寝惚けた頭でようやく悟った。

「いや、飛路。お前なにか誤解――」

「誤解? ……何が誤解? こういう状況で、何をどう誤解するって言うんだよ」

 雪華の否定にさっと眉をひそめた飛路が、ついで歪んだ笑みを浮かべる。彼は吐き捨てるように続けた。

「馬鹿みてー。あんたの言葉、そのまま信じて……ほんとに何もないんじゃないかって思わされたよ。あんた結構、嘘うまいのな」

「……何言ってる。勝手に話を進めるな。飲んでて、そのまま眠っただけだ。別に航悠と何かあったわけじゃない」

「いいよ、隠さなくて。あんたが誰と寝ようが、別にオレには関係ないし。変に隠そうとする方がムカつく」

「だから勝手に話を――。……飛路、何をそんなに怒ってるんだ」

「…っ! ……怒ってなんかいねーよ!」

 飛路がふいと顔を逸らす。前髪をかき上げるその仕草には明らかな怒気が宿っていた。雪華が見上げると、飛路は気まずげに目を伏せる。

「頭領の女なら女だって、言えばいいじゃん。実際、組織のみんなだって内心ではそう思ってるし。なんで隠すの?」

「なんでって……事実じゃないからだ。私が航悠の女? ……なんの冗談だ。そんなことになったためしは一度たりとないぞ」

「……嘘だろ」

「どうして嘘などつく必要がある。私が信用できないか? だったら航悠に聞いてみてもいい」

「…………」

 飛路が雪華の顔を、探るように見下ろす。その視線を受け止めこちらもじっと見返すと、彼は根負けしたように視線を逸らした。そして弱々しくつぶやく。

「……本当に、違うのか」

「違う」

「でも、あんたは……そういう仲じゃなくっても、頭領と一緒に寝ることはできるんだな」

「軽い女だと言いたいのか?」

「……違う。ただ……敵わないなって、思うだけ」

「……?」

 ぽつりと漏らされたその声には、苦い響きと自嘲が滲んでいた。何に敵わないのか――問おうとした雪華の声を飛路がさえぎる。

「……ごめん、朝から。今日はオレら非番だって。雪華さんもゆっくり休んで」

「あ――、ああ……」

「それじゃ、邪魔してごめん」

 背を向けて飛路が階段を下りていく。こちらを拒絶するように硬く強張った背中に雪華は何か言いかけ、結局口を閉ざした。

「…………」

 何を言いたかったのだろう。もう一度、身の潔白を証明したかったのか。

(潔白……? 私のどこがだ)

 航悠とは本当に何もないとはいえ、別にこの体や心が綺麗ということもない。けれどなぜか、誤解されたくないと思った。……飛路には。
 澄んだ眼差しに、失望したような色が浮かぶのは嫌だった。飛路にはまっすぐに自分を見ていてほしい。

「……っ」

 ふと浮かんだ願望に、自分で驚く。……なぜ、飛路の視線など気にするのだろう。


『……本当に、違うのか』

『ただ……敵わないなって、思うだけ』


 雪華を見つめる視線にあったのは、部下としての気持ちではなかった。それぐらいは、日頃から鈍さを指摘されている雪華にもさすがに分かった。
 飛路が見せた男としての眼差しに、自分は今……無様なほど動揺している。

(飛路は――私のことを、好いているのか?)

 脳裏にその可能性がぱっと浮かぶ。その瞬間、心に湧いたのは嫌悪ではなかった。恋情でもないが、少なくとも嫌とは思わない。

「冗談だろ……」

 子供だと思っていた。部下だと思っていた。初対面で軽く口説かれ、ありえないと思った。
 それが――揺らいでいる。

(……やめよう。早とちりするものじゃない)

 まだ、本当のところなど分からない。ただの自意識過剰な勘違いで、飛路はたんに若者らしい潔癖さで雪華を責めただけかもしれない。

 溜息をついて回り始めた思考を散らすと、雪華は自室の扉に手をかける。残念ながら、二度寝することはもうできそうになかった。


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