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ジェダイト編
11、鎖
窓から射しこむ月の光に、ジェダイトはふと目を覚ました。何か温かいと思って見ると、腕の中に雪華を抱えている。
「……っ」
拉致し、監禁し、そしてその体を辱めてきた皇女が自分の腕に抱かれ、寝息を立てていた。そのことにも、自分が夜中までこの女を抱きしめていたことにも驚く。
(俺は……寝ていたのか。こんな無防備に……)
ありえない事態だ。寝首を掻かれることを用心して、いつもは雪華を犯したあとすぐに自室へ下がっていたのに。
(どれだけ判断力が落ちていたんだ……。くそっ)
苛立ちと焦燥が湧き上がり、眉をひそめる。
そこまで自分は弱っていたのだろうか。そしてそんな自分を前にして――なぜ、この皇女は行動を起こさなかったのだろう。やろうと思えば、この喉を絞めることもできただろうに。
そろりと腕をどけながら、わずかにやつれた皇女の頬を撫で、その横顔にジェダイトはかつての自分自身の幻影を見た。
『その日』がやってきたのは、その行為がどういうものかを理解するよりも前、ジェダイトが十三になるかならないかの頃だった。
マリク家の当主に夜、ジェダイトは呼び出された。いつもの酒の酌をさせられるのかと寝室に向かい、礼をして入った閨の中で、彼はこの世の地獄を見た。
突然組み伏せられ、わけが分からなかった。欲望のままに足を開かれ、暴力的にしごかれ、硬いもので体を無理やりこじ開けられる激痛が彼を襲った。
その日から、その目的で彼を育ててきた当主への『恩返し』が始まった。
しばらくして『それ』をそういうものだと理解した時、ジェダイトの精神を怒りと屈辱が襲った。
――なぜ、男の自分が。なぜ、外面だけはまっとうに見える、こんな醜い男に。
吐き気を催すような行為は何度も、何年にも渡り、ジェダイトの心を蝕んでいった。
それから数年後。ジェダイトは非の打ちどころのない知識と才を身に着け、マリク家の養子として迎えられた。
成人してしばらく経った晩に、ジェダイトはかねてより練っていた計画を実行することにした。――当主の暗殺だ。
もし罪が公になれば、極刑は免れない。だが養父の呪縛から逃れるためには、もうそれしか道は残されていなかった。
ジェダイトはこの日のために、長い年月をかけて養父の食事に微量の毒を盛り、その体を弱らせてきた。
支持者も集めた。今となっては、老いさらばえた養父よりも若い自分に期待を向ける輩の方が多い。
だが食事に毒を盛るときは、いつも手が震えた。
痛みと恐怖と屈辱で支配された数年を思うと、自然と体が怖気づく。ここに養父が踏み込んでくるのではないかと、ありもしない想像を繰り返した。
そんな日々に、終止符を打った。
計画はごくあっさりと遂行された。養父が弱っていたのは誰の目にも明らかだったし、誰もジェダイトを疑うことはしなかった。実際はいたのかもしれないが、大多数の声に押されて届きはしなかった。
これでようやく自由になったと思った。権力と金を手に入れ、誰からも自由に……この国の中枢で、名を残せる。そう思った。
だがそれは甘い考えだったと、ほどなくして気が付いた。
他人を蹴落とすためには、何でもした。男も女も問わない。体を武器に使ったことは数知れず、非道なことも平気でやった。
一人殺してしまえば、あとは何人殺そうが変わらない。それだけの価値が自分にはあると思った。だがその根底には、逃れ得ぬ養父からの呪縛が常に付きまとっていた。
異例の出世をしても、高官として他国への使節団に選ばれても、皇女を捕らえて監禁・凌辱しても――結局自分も、鎖に繋がれた犬でしかないのだ。
ありもしない鎖に雁字搦めになっている自分の精神が、もう長くは持たないことを頭のどこかで感じ取っていた。
「…………」
状況はまんじりとして、動かない。斎とシルキアの関係は悪化の一途をたどり、おそらくはあとひと月かそこらで戦が始まるだろう。
そうなれば――
「すべてが、無駄か……」
女を捕らえて、なぶる日々も。女に憎しみの籠る目で睨みつけられ、それに笑い返す日々も。ジェダイトを見る者は……誰も、いなくなる。
それならば解放すればいいと思うのに、どうしてかそれができない。
……体に執着しているのだろうか。一時、憂さを忘れさせる女の肉体に。
(この俺が? ……まさか)
それは、おそらく違う。女を縛りつけるその理由を自分はきっと、分かっている。分かっているが――それを認めることを、頭が拒んだ。
(潮時……だな。殺すにせよ逃がすにせよ、これ以上そばに置いておくと危ない)
自分の思考が、どんどんねじ曲がっていく。一つ弱さを暴かれれば、あとはもう芋づる式に落ちていくだけだ。
雪華から体を離し、立ち上がる。
疲れたように眠る女の顔をまぶたに映し、部屋をあとにすると室内には冴え冴えとした月光だけが差し込んだ。
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