【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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ジェダイト編

12、異変


「新年……か」

 冷たく晴れ渡った冬の日差しを浴びながら、離宮の窓辺で雪華は白い息を吐き出した。

 年が変わった――のだと思う。「思う」というのは、正確な日付を確かめるすべがないからだ。
 朝賀に沸く声がどこかからかすかに聞こえてくる。だが離宮の庭は昨日までと何も変わらず、その風景を見下ろしていると暗澹あんたんたる想いがまた襲ってきた。

 年が変わろうが、雪華の日常は変わらない。
 犯され、湯殿ゆどのに連れ出され、食べ物を口に入れて、また犯される――そんな日々が、ずっと続いていた。

 今日もまた、アーシムが雪華を呼びにやってきた。
 こちらも隠し切れない疲労が見える男に先導されて、湯殿へと歩く。……もう、限界に近かった。

 脱衣所に入り一人になると、乳香の香りが染みついているように感じる服を脱ぎ落とす。壁にかけられた大きな鏡を覗き込むと、人相の悪い女が映り込んでいた。肌や髪は手入れされているが、すさんだ気配は隠しようがない。
 その胸の真ん中あたりにいくつもの青いあざが散らばっているのを見て、雪華は鏡の中のそれに手を伸ばす。

 ジェダイトが雪華に口付けることは、あの最初の日以降まったくなかったが、一日に一つ、こうして痣を残していた。その数を数えようとして、やめる。

 もう何度、犯されたのか。ここ最近では犯されているのか抱かれているのか、その境界線すら分からなくなってきた。
 あの傲慢な男は雪華に声を上げさせ、身悶えさせるすべを完璧に掴んでいた。どれほど心が嫌だと言っても、体は刺激に慣らされていく。雪華の体が、男を受け入れるのに慣れてしまっていた。

「くそ……!」

 もう駄目だ。これ以上はまずい。妊娠のこともそうだが、自分の心がこれ以上はもたない。
 数日のうちに脱出を決行しないと、完全に折れてしまいそうだった。

(さっさと湯に浸かって、昨日のなごりを洗い流そう。思考を切り替えるんだ)

 無理やり顔を上げ、湯気を上げる湯殿に移動しようと足を踏み出す。だがその瞬間、背後の扉が突然開いて雪華は肩を波立たせた。

「…っ!?」

「……おはようございます、雪華殿」

 先ほど雪華が入ってきた扉の前に、歪んだ笑みを浮かべたジェダイトが立っていた。とっさに腕で裸を隠した雪華に小さく笑いかけると、ガチャリと音を立てて鍵を閉める。

「……朝賀に行ったのではないのか」

「ええ。でも、シルキアの官僚になど出る幕はありませんでした。すごすごと帰ってきたら、あなたもいない。朝食をご一緒しようと思ったのですが」

「……風呂が先だ。体を流させてくれ。昨日のが、まだ――」

「無駄ですよ。どうせまた汚されますから」

 ジェダイトのまとう空気が剣呑なものに変わり、本能的な危険を感じて雪華は後ずさった。だが狭い脱衣所の中、あっという間に壁に追いつめられる。
 碧の目が迫り、雪華の抵抗を絡め取る。

「物足りないんですよ。だから――食べさせてください。あなたを」

「…ッ!! く……っ、あ…!」

 ギリ、と壁に押し付けられ、後ろを向かされる。
 ジェダイトの指がすぐに秘所に伸びてきて、雪華の弱い場所を探りながら内壁を押し広げた。掻き出し切れなかった昨夜の残滓ざんしが内腿を伝う。

「いや…だ! いや……っ! ――ッ」

 獰猛どうもうな気配をまとわせた黒衣の男に、暴力的な快楽で蹂躙じゅうりんされる時間が始まった。





「ああ……っ! は、あ――!」

 壁に押し付けられたまま絶頂を迎え、がくりと項垂れた。
 そのまま崩れ落ちてしまいたかったが、男に穿うがたれたままでそれもままならない。

 湯殿から漏れてくる蒸気と、血のような臭いにくらくらする。鉄臭く、漏れ出でてくる――

(……血……?)

 違和感を感じるその臭いに、雪華は目を見開いた。
 自分を押さえつける男の左腕……黒い衣服の袖が、濡れたように光っている。そこから手首に伝う鮮やかな赤に目を見開く。

(怪我……してるのか)

 しかも血の量からして、擦り傷程度ではないはずだ。こんなことをしてる場合ではないのに、この男は何をしているのか。
 眉をひそめた瞬間、埋められたくさびを再び突き上げられて肺から息が押し出された。

「……ッ……、っ、く……っ」

「……う……、っ……」

 男がうめき、内壁に熱いほとばしりが放たれた。
 すぐに息を収めたジェダイトは名残を惜しむように雪華から体を離し、衣服を整える。


「は……。……朝から、失礼しました。湯にはゆっくり浸かって下さい」

 情欲の名残を残したまま告げた男を、信じられない思いで見つめる。ジェダイトはどこか申し訳なさそうな顔で笑い、脱衣所から出ていった。
 床に散った血痕と白濁を見下ろし、思わずつぶやきが漏れる。

「……なんなんだ……」

 まるで、何かの鬱憤うっぷんをぶつけるように唐突に抱いて。
 想いのたけを吐き出すように、雪華の中を汚して。あの男は一体――何をしたいんだ。

 怪我をした腕の様子が気になった。
 だがそれを気にかけてやる義理もないと気付き、眉が寄る。どうせアーシムあたりが手当てするだろう。

 雪華は湯殿に入ると、放たれたばかりのジェダイトの精を一滴も残さずに洗い流した。



「ああ、上がりましたか。先ほどは失礼しました」

 アーシムに伴われて部屋に戻ってみると、何事もなかったかのように出迎えた男の姿に拍子抜けした。
 彼の言った通り、たしかに朝食は用意されているが肝心の手当てがまだされていない。振り返ると音もなく、すでにアーシムは退室してしまっていた。

「朝から欲情してしまって。そんなつもりではなかったのですが、あなたの姿を見たら抑えきれずに……」

「…………」

「雪華殿?」

「腕……どうして、手当てしないんだ」

「ああ……大した怪我ではありませんから」

 弁明するジェダイトに指摘すると、今気付いたとでも言うように黒衣の袖を持ち上げた。そこからはまだ血が伝っていて、床をわずかに汚している。

 見るからに痛々しい。
 雪華は逡巡しゅんじゅんし、何度も深呼吸して……意を決したように、部屋の隅に置いてあった包帯を手に取った。

「……貸せ」

「……っ。……手当て、してくれるのですか」

 雪華の声にジェダイトが目を丸くする。
 ……自分だって、できることならしたくない。雪華は舌打ちしながら、その理由を冷ややかに告げる。

「目の前で血が流れているのを見て食事する趣味はない。さっさと手を出せ。えぐるぞ」

「……はい」

 妙に素直に差し出された、男の袖をまくる。腕を掴むと、痛みが走ったのかジェダイトがかすかに震えた。
 肘の下あたり……褐色の肌に、深い切創が走っている。そこに高濃度の酒を吹きかける。

「……っ……」

「……切られたのか」

「ええ。私にしてみれば、珍しくもないですが」

 包帯を巻きながら問いかけると、ジェダイトは苦笑とともにつぶやいた。

 ……これが、この男の日常なのか。
 繰り返されてきた、もしかしたら奴隷時代からの……これを、大した怪我ではないと言ってしまうほどの。

 苛立ちを叩きつけるような抱き方や、雪華を追い詰めるような姑息こそくな抱き方。怪我にも頓着しない態度。
 それから、奴隷たちの希望と呼ばれるもう一つの姿。

 ……すべてがどこか、ちぐはぐだった。

(いびつ……なんだな)

 あと一つ、何かが揃えばこの男のことが理解できそうなのに、それが何なのか分からない。
 だがこの男が、この離宮で見せた第一印象ほどには強い男ではないことを、雪華もうすうす気付きはじめていた。

「……ありがとうございます」

(……ほら、その顔も――)

 どういう顔をしたらいいのか分からないというような、少し困ったようなぎこちない笑顔。
 そんなものを浮かべていることに、この男はきっと気付いていない。


 無言の朝食を終え、自室へと下がろうとしたジェダイトが、何かに気付いたように寝台の方に寄った。
 雪華に見えない位置で何かガチャガチャやったかと思うと、雪華の前に立つ。

「……なんだ」

 思わず、身構えてしまった。そんな雪華を見下ろして、ジェダイトがゆっくりと手を伸ばす。

「……っ」


 ジェダイトの両手から与えられたもの。それは痛みでも暴力的な快楽でもなく、静かな抱擁だった。
 壊れものを扱うように、ジェダイトの血の臭いのする腕が雪華の背を包み込み、ゆるく抱きしめる。

 突然のことに驚いて、抵抗も声を出すこともできなかった。

「……すみませんでした」

 穏やかな声でつぶやき、ジェダイトが離れる。ぱたりと戸が閉まり、雪華は力なく寝台に崩れ落ちた。


(私は、今――何をしようとした?)

 今、一瞬だけ……逃げようと思う気持ちをすべて忘れ、思わずその背を抱き返しそうになった。
 そのことにただ驚き、顔を覆うと――引っ張られた手枷が寝台の柱からガチャリと外れた。

「えっ……」


 ――脱出の機会は、唐突にやってきた。


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