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照り焼き
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「そういえば腹が減ったな……」
オレは寒さのあまり、厚手のコートの前を合わせながらそうひとりごちた。
その日はムチャをいうお客さんの対応で昼飯を食い損ねていた。
なんとか対応を終えて、お客さんのいるビルから出た瞬間ふと口から零れ落ちた言葉。
さっきまではまったく気にならなかったが、ひとたび意識すると腹の虫が大合唱してくる。
「ああ、ああ、わかったわかった。 どこかで飯にするか」
オレは時計で時刻を確認すると、17時近いことを知った。
辺りを見渡せば、冬という季節柄の所為かもう日が落ちかけていた。
もうこんな時間か、夕飯こみでガツンといきたいものだ。
そう思いながらこの近くにいい店はあったかと思い出そうとするが、はて?そういえばこの辺りは初めて来るんだったと思い出す。
……まあ、こんな時は適当にビビッと来た店が当たりを引く事がオレは多い。
オレはコートのボケットに手を突っ込みながら歩き出す。
出来れば定食を出す所がいいな。
そしてファーストフードはノーセンキューだ。 ファミレスもなんか違う。
ラーメン、うどんもそんな腹具合じゃない。
カレー……カレーか、悪くない。 候補に入れておこう。
だが腹の虫はそんな悠長にはさせてくれないようで再び合唱の気配がする。
ふと、裏通りに目がいった。
そこには”定食あります”という看板の掛かった入り口があった。
ふむ、ここにするか?
オレは半ば引き込まれるようにその店に入っていく。
店内に入ると、小さな小料理屋といった感じのお店だと見えた。
カウンターがあり、そのほかには四人掛けのテーブルが3つだけの本当に小さな店だった。
そのカウンターの向こうはキッチンというか厨房が見て取れる。
さらに厨房の奥に入り口らしきものがあり、そこには暖簾《のれん》が掛かっている。
あれは住居とつながっているのだろうか?
オレはその店内を見渡してみたが、店員は見えず客もいないようだ。
これはお店早須美だったのか? そう思ったが店内には明かりがついているし、厨房ではなにかを仕込んでいるのか鍋を煮ているようであった。
オレはカウンターに着きながら声を上げる事にした。
「すいませーん!」
店内にオレの声が響く。 しばらく待つが、鍋がグツグツと煮込まれる音だけでお店の人間の声は聞こえない。
……もう一度声を掛けようと声を上げようとした時、暖簾がゆっくりと持ち上がりそこから人陰が見えた。
「はい、お待たせして申し訳ありません」
奥の入り口から出てきたのはその優し気な声からは想像もできないほどの……
「お客様? お客様、どうされましたか?」
気づけばオレはボーっとしていたようで、その店員に揺すられていた。
彼女、声からおそらく女性だと思われる、はカウンターの向こうから長い、長い腕のような管のような物を伸ばしオレの身体を揺すっていた。
「ああ…… すいませんなんかボーっとしていたようで」
オレは店員に謝罪すると落ちかけていた椅子に座りなおす。
「あの、お店やってますよね?」
オレの問いにその店員はのっぺりとした、いやくしゃくしゃになったサルの顔のような顔を引き裂くような笑顔で答える。
「はいやっていますよ。 すいませんね、ちっと所用で空けていました。 この店ワタシ一人でやっているもので」
店員、いや店長というよりおかみか? が鍋に掛かっていた火を消しながらそう言う。
ふむ一人でやっているのか。 この狭さでやっていけるのか採算は取れるのかとと思っていたが、それなら問題ないのだろうか?
まあそんな事は兎も角やっているなら注文したい。 腹の虫どもはストを起こしそうな勢いなのだ。
おかみがオレに差し出してきたメニュー帳を受け取ると、おもむろにメニューを開く。
そこには何とも言えない見たこともない文字と、かろうじて日本語だとわかる定食や蒸し焼きなどの文字が並んでいた。 料理の写真はなかった。
むむ、ここは外国の料理を出す店なのか。
店の雰囲気から日本食メインだと感じていたが、まあいい。
とはいえ、だ。 どんな料理か分からないので注文のしようがないな。
「あーおすすめお願いできますか?」
こまった時はお店のおすすめだ。
おかみも特にイヤな顔を見せず、請け負ってくれた。
「分かりました。 少々お待ちください」
そう言うと、すごい勢いで体を回転させながら体のあちこちにある管を四方八方に伸ばし調理を始めた。
オレはそれを見ながら、スッと差し出してくれた湯飲みを手に取る。
それを口まで運ぶと、さわやかな香りが鼻孔をくすぐる。
青々とした粘液質な水はしかし飲んでみると口当たりよく、まるで喉に飛び込んでくるかと錯覚するほど喉越しもいい。
しばらくすると、おかみの七色に発光していた体が元の黄土色に戻り、数十本あった管が二本になっていた。
「どうぞ、ヴァ・ンガラシュの照り焼き定食です。 お熱い内にどうぞ!」
オレはヴァ・ンガラシュの照り焼き定食と言って出されたモノを見る。
ごはん茶碗によそわれた少し長めの米。 お味噌汁であろう時々こちらをにらんでくる汁物。
そしてこれがヴァ・ンガラシュなのだろうか? 魚の切り身のような鳥の丸焼きのような、いや人間の頭部にも見えるソレが乗っている大皿。 これがヴァ・ンガラシュの照り焼き定食なのだろう。
これはうまそうだ。
食い物が目の前に出て来た事で、オレの腹の虫はすでに大合唱状態であった。
カウンターに置かれていた箸置きから箸を取ると、最初にごはんに箸を伸ばす。
食感は日本のお米ではなく海外のそれに感じるが、すごく甘みがありねっとりとした感じはくせになる。
その食感を口に残しながら、お味噌汁を一口。
少し辛めの、まるで血のような泥のような風味が口内を支配する。
嫌いな味じゃない。
これは当たりを引いたかと思うが、まだメインをいただいてないことを思い出しそれに目を向ける。
表面は照りがつやつやしていて食欲をそそる色合いだ。
一口サイズに切ってあり厚みは均一になっているのもポイントが高い。
まずは一口。
するとパリっとした食感が歯を喜ばせ、続いて甘辛いソースが舌を支配する。
ん? その後に少し魚臭く感じるがこれは魚醤か? どうも照り焼きソースは醤油じゃなく魚醤を使っているようだ。
オレはくせが強い魚醤が苦手なのだがこれはいい魚醤を使っているのか、おかみの仕事が丁寧なのか魚臭さがくどくなくむしろ心地いい。
肉を噛むごとに香りが変わるのもいい。
ソースのせいか日本料理というよりは中華な感じがする。
次は、ごはんの上に乗っけてごはんと一緒に掻き込む!
するとどうだろうさっきはパリっとした食感だったのにお米と共に噛みしめるとバリボリといった歯ごたえのあるものに変わった!
美味い!
美味い!
美味い!!
オレは夢中になってソレをすごい勢いで胃に収める。
まるで工場のロボットのように重機のように決められた動きで定食を平らげる。
バリバリねちゃねちゃグシャグシャどろどろ……
その咀嚼音さえも食欲を刺激してやまない。
あ……夢 中で箸を動かしていたがそれが空になった皿を叩いた音が終わりを告げた。
残念に思うが、腹は満たされていた。
「美味かったよ」
「ありがとうございます。 食後のおちゃ(多分お茶といったのだろう)をどうぞ」
オレはありがたく、その粘り気のあるしかし見ていると脳をかき回されるような気分になるおちゃを一口口に含みほっと息を吐く。
あーうまかったな。
満ち足りた気分で腹をひと撫でする。
ふと時間を見ると日付が変わっていた。
そんなに夢中になっていたのか。 だがそれだけの価値はあった。
おれはぐじゅぐじゅと、くさり、わかれ、とけゆく下半身を眺めながらもう一度おちゃを飲みながら、おかみが伸ばしてきた管に巻かれながら、おかみの腹が大きく開いた口に放り込まれる。
ああ、ああ、なんでおれは、なんでおれは逃げなかったんだ? この化け物から……
まあいい。 飯は美味かった。 うまかったんだ。
そうしておかみの口はゆっくりと閉じていった。
オレは寒さのあまり、厚手のコートの前を合わせながらそうひとりごちた。
その日はムチャをいうお客さんの対応で昼飯を食い損ねていた。
なんとか対応を終えて、お客さんのいるビルから出た瞬間ふと口から零れ落ちた言葉。
さっきまではまったく気にならなかったが、ひとたび意識すると腹の虫が大合唱してくる。
「ああ、ああ、わかったわかった。 どこかで飯にするか」
オレは時計で時刻を確認すると、17時近いことを知った。
辺りを見渡せば、冬という季節柄の所為かもう日が落ちかけていた。
もうこんな時間か、夕飯こみでガツンといきたいものだ。
そう思いながらこの近くにいい店はあったかと思い出そうとするが、はて?そういえばこの辺りは初めて来るんだったと思い出す。
……まあ、こんな時は適当にビビッと来た店が当たりを引く事がオレは多い。
オレはコートのボケットに手を突っ込みながら歩き出す。
出来れば定食を出す所がいいな。
そしてファーストフードはノーセンキューだ。 ファミレスもなんか違う。
ラーメン、うどんもそんな腹具合じゃない。
カレー……カレーか、悪くない。 候補に入れておこう。
だが腹の虫はそんな悠長にはさせてくれないようで再び合唱の気配がする。
ふと、裏通りに目がいった。
そこには”定食あります”という看板の掛かった入り口があった。
ふむ、ここにするか?
オレは半ば引き込まれるようにその店に入っていく。
店内に入ると、小さな小料理屋といった感じのお店だと見えた。
カウンターがあり、そのほかには四人掛けのテーブルが3つだけの本当に小さな店だった。
そのカウンターの向こうはキッチンというか厨房が見て取れる。
さらに厨房の奥に入り口らしきものがあり、そこには暖簾《のれん》が掛かっている。
あれは住居とつながっているのだろうか?
オレはその店内を見渡してみたが、店員は見えず客もいないようだ。
これはお店早須美だったのか? そう思ったが店内には明かりがついているし、厨房ではなにかを仕込んでいるのか鍋を煮ているようであった。
オレはカウンターに着きながら声を上げる事にした。
「すいませーん!」
店内にオレの声が響く。 しばらく待つが、鍋がグツグツと煮込まれる音だけでお店の人間の声は聞こえない。
……もう一度声を掛けようと声を上げようとした時、暖簾がゆっくりと持ち上がりそこから人陰が見えた。
「はい、お待たせして申し訳ありません」
奥の入り口から出てきたのはその優し気な声からは想像もできないほどの……
「お客様? お客様、どうされましたか?」
気づけばオレはボーっとしていたようで、その店員に揺すられていた。
彼女、声からおそらく女性だと思われる、はカウンターの向こうから長い、長い腕のような管のような物を伸ばしオレの身体を揺すっていた。
「ああ…… すいませんなんかボーっとしていたようで」
オレは店員に謝罪すると落ちかけていた椅子に座りなおす。
「あの、お店やってますよね?」
オレの問いにその店員はのっぺりとした、いやくしゃくしゃになったサルの顔のような顔を引き裂くような笑顔で答える。
「はいやっていますよ。 すいませんね、ちっと所用で空けていました。 この店ワタシ一人でやっているもので」
店員、いや店長というよりおかみか? が鍋に掛かっていた火を消しながらそう言う。
ふむ一人でやっているのか。 この狭さでやっていけるのか採算は取れるのかとと思っていたが、それなら問題ないのだろうか?
まあそんな事は兎も角やっているなら注文したい。 腹の虫どもはストを起こしそうな勢いなのだ。
おかみがオレに差し出してきたメニュー帳を受け取ると、おもむろにメニューを開く。
そこには何とも言えない見たこともない文字と、かろうじて日本語だとわかる定食や蒸し焼きなどの文字が並んでいた。 料理の写真はなかった。
むむ、ここは外国の料理を出す店なのか。
店の雰囲気から日本食メインだと感じていたが、まあいい。
とはいえ、だ。 どんな料理か分からないので注文のしようがないな。
「あーおすすめお願いできますか?」
こまった時はお店のおすすめだ。
おかみも特にイヤな顔を見せず、請け負ってくれた。
「分かりました。 少々お待ちください」
そう言うと、すごい勢いで体を回転させながら体のあちこちにある管を四方八方に伸ばし調理を始めた。
オレはそれを見ながら、スッと差し出してくれた湯飲みを手に取る。
それを口まで運ぶと、さわやかな香りが鼻孔をくすぐる。
青々とした粘液質な水はしかし飲んでみると口当たりよく、まるで喉に飛び込んでくるかと錯覚するほど喉越しもいい。
しばらくすると、おかみの七色に発光していた体が元の黄土色に戻り、数十本あった管が二本になっていた。
「どうぞ、ヴァ・ンガラシュの照り焼き定食です。 お熱い内にどうぞ!」
オレはヴァ・ンガラシュの照り焼き定食と言って出されたモノを見る。
ごはん茶碗によそわれた少し長めの米。 お味噌汁であろう時々こちらをにらんでくる汁物。
そしてこれがヴァ・ンガラシュなのだろうか? 魚の切り身のような鳥の丸焼きのような、いや人間の頭部にも見えるソレが乗っている大皿。 これがヴァ・ンガラシュの照り焼き定食なのだろう。
これはうまそうだ。
食い物が目の前に出て来た事で、オレの腹の虫はすでに大合唱状態であった。
カウンターに置かれていた箸置きから箸を取ると、最初にごはんに箸を伸ばす。
食感は日本のお米ではなく海外のそれに感じるが、すごく甘みがありねっとりとした感じはくせになる。
その食感を口に残しながら、お味噌汁を一口。
少し辛めの、まるで血のような泥のような風味が口内を支配する。
嫌いな味じゃない。
これは当たりを引いたかと思うが、まだメインをいただいてないことを思い出しそれに目を向ける。
表面は照りがつやつやしていて食欲をそそる色合いだ。
一口サイズに切ってあり厚みは均一になっているのもポイントが高い。
まずは一口。
するとパリっとした食感が歯を喜ばせ、続いて甘辛いソースが舌を支配する。
ん? その後に少し魚臭く感じるがこれは魚醤か? どうも照り焼きソースは醤油じゃなく魚醤を使っているようだ。
オレはくせが強い魚醤が苦手なのだがこれはいい魚醤を使っているのか、おかみの仕事が丁寧なのか魚臭さがくどくなくむしろ心地いい。
肉を噛むごとに香りが変わるのもいい。
ソースのせいか日本料理というよりは中華な感じがする。
次は、ごはんの上に乗っけてごはんと一緒に掻き込む!
するとどうだろうさっきはパリっとした食感だったのにお米と共に噛みしめるとバリボリといった歯ごたえのあるものに変わった!
美味い!
美味い!
美味い!!
オレは夢中になってソレをすごい勢いで胃に収める。
まるで工場のロボットのように重機のように決められた動きで定食を平らげる。
バリバリねちゃねちゃグシャグシャどろどろ……
その咀嚼音さえも食欲を刺激してやまない。
あ……夢 中で箸を動かしていたがそれが空になった皿を叩いた音が終わりを告げた。
残念に思うが、腹は満たされていた。
「美味かったよ」
「ありがとうございます。 食後のおちゃ(多分お茶といったのだろう)をどうぞ」
オレはありがたく、その粘り気のあるしかし見ていると脳をかき回されるような気分になるおちゃを一口口に含みほっと息を吐く。
あーうまかったな。
満ち足りた気分で腹をひと撫でする。
ふと時間を見ると日付が変わっていた。
そんなに夢中になっていたのか。 だがそれだけの価値はあった。
おれはぐじゅぐじゅと、くさり、わかれ、とけゆく下半身を眺めながらもう一度おちゃを飲みながら、おかみが伸ばしてきた管に巻かれながら、おかみの腹が大きく開いた口に放り込まれる。
ああ、ああ、なんでおれは、なんでおれは逃げなかったんだ? この化け物から……
まあいい。 飯は美味かった。 うまかったんだ。
そうしておかみの口はゆっくりと閉じていった。
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