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ひまわりの記憶
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蒸し暑さとひまわりそれとアスファルに映る陽炎。それは私にとってかけがえのない思い出の光景だ。
「それじゃあおばぁちゃんまたくるね」
「あい!」
とある特別養護老人ホーム
私の祖母である日向 聡美|《ひむかいさとみ》が車椅子から手を振る。自分の若いころとうり二つの私を見て彼女は何を思っているのだろう。 私には想像もつかないことだった。
私は日向 葵単日向聡美の娘であり彼女のクローンだ。2360年人口減少にともない世界では人類という種を存続させるためクローン技術をもちいて『人間が人間をつくる』という動きとなり世界の人口は次第に安定していった。
わたしもそんなクローン───複製《レプリカ》の一人だ。
祖母と別れた後私は愛車の赤いEV車に顔を窓に近づけ搭載された顔認証システムによりロックが解除される。全自動運転|《フルオートドライブ》なのだが防犯や安全上の観点からハンドルに人が触れないとエンジンが着かない。ピロリン、と言う音とともに外のスピーカーからエンジン音が鳴る。
ホームの駐車場から行動に出ると沿道には大輪のひまわりが年中咲いている。ふと車内の温度計をみると30℃を指していた。今朝の天気予報では晴れ最高気温38℃とでていたのでまだ暑くなるのだろう。300年前、日本では11月が冬と呼ばれる寒い時期だったと言うのが信じられない。
老人ホーム車で10分ほど走らせると私の職場である市役所に到着した。車から降りて急いで職員玄関から建物に入る。紫外線が強いため日中は15分以上外出してはならいからだ。いつものデスクにカバンを置き席に着くと軽く伸びをする。ここで私はパソコンに向かい申請データに目を通し必要な手続きを行い入力するだけの作業を8時間行う。(今日は午後出勤で半分の4時間だ)
書類というものはデータ上に存在し紙として記録されない。そのため役所には最低限の人間さえいればよい。
18時になり市役所の業務はすべて終了した。残業などあるわけもないのでこのまま帰宅する。と言っても市役所の上階にある部屋が私の家だ。
「ただいま」
生活に必要最低限の家電と家具しかない部屋に明かりをつける。これが人間《オリジナル》であれば装飾品を置いたりもするのだろうが私にはその意味がわからない。
冷蔵庫をおもむろに開け冷凍のうどんを調理して食べ食器を片付け脱衣所に向かった。
白いプリーツの入ったスカートと薄い黄色の半袖を脱ぐ、ブラジャーのホックをはずしショーツも脱ぐ。
複製には例外はあるが生殖器官がない。あっても女性の場合妊娠、男性の場合射精、することはない。故に体を触って快感を感じたり、裸になることへの抵抗が少ない。
そのため女性の複製は…これ以上はやめておこう。とにかく私たちは人間扱いされない。幸い私は事務員として産まれただけマシなのかもしれない。
何の気なしに体をさする。ささやかな乳房を包み込みそっと乳首をさするが何の感情も浮かび上がってこなかった。性器と尿道にも触れる。触っている。ただそれだけだった。
シャワーを浴び使い古した紺のキャミソールに白いショーツを穿いてドライヤーで髪を乾かす。時折クシでとかしながら今日のことを考えた。
「葵ちゃんは好きなひととかいるのかい?」
老人ホームでおばぁちゃんからそんなことを聞かれた。
「どうしたの突然?」
「いやね、私葵ちゃんの歳ぐらいには彼氏がいてね、葵ちゃんにもいたんじゃないかって思って」
「うーん…いないよ」
「そう、妙なこと聞いてごめんね」
おばあちゃんは分かっているのだろうか?複製には感情がないことを。
「そうだ、私の彼の写真見せてあげようか?」
「見せて!」
ベッドの脇にあった。引き出しの中から一枚の写真をみせてきた。
「これがおばあちゃんの彼氏」
2人の若い男女が寄り添う一枚の写真。その男性のほうを指さした。
「この人、真一さんっていうの柏木真一|《かしわぎしんいち》シンって呼んでいたわ」
「この丸刈りで日焼けの人?」
「そう!高校生のとき彼野球部でね、今では髪型は自由なんだけどその学校では部員たちが伝統的な丸刈りがいいって決めてそれを守っていたの」
「へぇ」
「私は同じ学校のチアダンス部でね彼が大会にでるたびに応援していたの」
「それ、今のおじいちゃん?」
おばあちゃんは首を横に振る。
「いいえ、大学までは付き合っていたんだけど…戦争で徴兵されてそのまま帰ってこなかった」
戦争、人類とAIの戦争である第4次世界大戦のことだ。
「あれ!待って柏木ってまさか…」
「そう、敵の中核であるスーパーコンピューター零に特攻した教科書では英雄扱い」
「…」
「ゲームでシンがキャラとしてでたときはおもわず天井までガチャを回しちゃった、そのぐらい有名よね」
「その真一さんがおばあちゃんの彼氏だったんだ」
「そう、別れてからも自慢の彼氏」
「真一さんの家族とは連絡をとっていないんですか?」
「うーん、半年ぐらい前までは弟さんから手紙が来ていたんだけど歳だから亡くなったんだって死因は脳出血だった」
「…そっか」
それっきり会話が途絶えてしまい、面会時間が終わってしまいそうだったので職場にもどってきたのだった。
何故そんな会話を思い出したのかわからない。けどその場面が鮮明に浮かんだのだ。
「つかれているんだ…」
そう自分に言い聞かせ眠りについた。
翌朝、私は目覚まし時計の音で目を覚まし止めた。
洗面台に行き顔を洗い歯を磨くそれからセミロングの髪を丁寧にすく。
それからキッチンに行き朝食をつくる。メニューは毎日決まっていて虫の炒め物や煮物が数点。支給される食料を適当に調理して食べる。食糧難のこのご時世昆虫は貴重なタンパク源なのだ。味は薄い(おばあちゃんが言っていたのだが私はなにも感じない)
そのまま歯を磨きそのまま役所へと向かう。おばあちゃんから化粧はしないのか?と聞かれたが学校で禁止されていたし複製|《レプリカ》にはそういう習慣はない。
週に一度おばあちゃんのいる老人ホームを訪ね近況の確認や支払いその他諸々の手続きを行うのが私の役割だ。孫としてではなく複製|《レプリカ》としての、だ。
この世界では人間《オリジナル》の世話をするのが私たちの仕事だ。なのにおばあちゃんは私を本当の孫のように扱ってくれる。なぜなのか皆目見当も付かない。
そんなことを考えながら老人ホームにいくと──
「すみません聡美さん今日体調を崩してしまいましてまた明日おこしいただけますか?」
複製と思われる介護士の女性からそう言わた。
「あの体調を崩したとは?」
「はあ、なんでもお腹が痛いとか病院に行って検査していますので今はいらっしゃいません、詳しいことが分かりましたらまた連絡しますね」
「そうですか…また来ます」
そう言って引き返そうと振り返ったとき目の前の男性とぶつかってしまった。
「す、すみません」
「いえ、大丈夫で…す」
一瞬時が止まったかのように感じた。
その男性はスポーツ刈りに日焼けした肌がっしりとした体格に水色のポロシャツに紺のジーンズという格好だった。
「あ、あのなにか?」
「えっと…どこかであったことありますか?」
「いや…たぶんないかと」
やや焦った様子で否定した。
「…」
お互いどうしてよいのか分からなくなる。
「えっとじゃあこれで」
「はい」
そう言って彼は去って行った。ふと下を見るとひまわりの花をあしらったちいさなバッジが落ちていた。
次の日、老人ホームへいくとあの人がおばあちゃんの部屋から出てくるところに出くわした。その表情はどこかこわばっているような悲しげな顔をしているようにも見えた。こちらに気がついたのか一瞬顔を合わせ何も言わずに立ち去っていった。
私が部屋に入るとおばあちゃんは老眼鏡をかけ手紙を読んでいた。
「おばあちゃん、来たよ」
「ああ、葵ちゃん」
彼女は手紙から顔をあげ老眼鏡をはずした。
「それ誰からの手紙?」
「前に話したかしら、柏木真一、シンからの手紙これが最後の1通なのだけど」
「え?」
「さっきねあの方が持ってきてくれたの」
「病室から出てきた人?」
「そうあの人シンのお孫さんなんだって、はあ時流れは残酷ねぇ」
お孫さん?ということは私と同じ複製かな。
「あら、どうしたの葵ちゃん」
「いやなんでもない」
「複製じゃないわあの人、人間よ…私はこの呼び方好きじゃないけど」
「!」
微笑む祖母。
「うふふ、図星ねこの国では複製と人間は結婚できないどころか恋愛もできない、それで彼はどっちだろうって気になったんでしょ?」
「なっ?え?」
「女の勘、ずばり的中ね」
おばあちゃんは悪戯っぽく笑っていた。
恋?私が?なぜ?私は複製そんなことのために生きているんじゃない。
おばあちゃんが亡くなるまで面倒を見て、臓器に疾患がみつかれば交換されるただのスペアなのに?
「葵ちゃん」
改まって老いた優しい目が私を貫く。
「この時代、それもあなたにこんなことをいうのも酷だけど…」
しばらくの間。
「あなたにはあなたの人生を生きてほしいの」
「…」
「人間でも複製でもそれはできると思うのよ、生き物なんだから」
「…」
「ううん、ちがうわみんな人間よ1人の人間、だから自由に生きて、それがおばあちゃんの葵ちゃんへの最後のお願い」
「最後…?」
「もうすぐ、シンのところにいくことになった、ガンだってこないだの診察でわかったのしかももう手遅れみたい」
「!」
何も言えなかった。
「心配しなくていいのよ、その時が来ただけよ、このあと職員さんから説明があるから聞いておいて」
「わかった」
その日は眠れなかった。職員さんによるとあの施設から終末医療の充実した病院へ入院させたいと言われた。おばあちゃんはそれに同意しその場で手続きをした。実際に入院するのほ1週間後になるとのことだった。
なくなる。自分の存在意義が…そう思うと底知れない不安にかられ…海の…深いところの暗い場所で引っ張り回されるような強い流れの中にいるように感じられた。
2ヶ月後。
おばあちゃんが入院しても私のやることは変わらない。
着替えを持ってきたり職員さんやお医者さんと近況の報告を聞いたり、おばあちゃんの話し相手をしたり…
ただ変わったことは薬臭い部屋でおばあちゃんが日に日に弱っていくことだった。
「あの…」
「はい?」
いつものように病室のドアを開けようとしたら背後から声をかけられた。
「ああ、えっと…」
「はは、あの日以来ですね…覚えていますか?」
「はい、たしか柏木真一さんのお孫さんの」
「柏木翔一といいます」
柏木さんは緑のポロシャツにジーンズ姿だった。
「わたしは日向葵といいます…あのおばあちゃ───祖母とはどういったご関係ですか?」
彼は微笑みながら答える。
「そうですですね…ペンフレンドとでも言っておきましょうか」
なにか含みを持たせた言い方のような気がした。
「そうですか」
ふとこないだ彼が落としたバッチのことをおもいだした。
「あのこれ」
白い合皮のハンドバックからバッチをとりだすと笑顔でこう言った。
「ああ、いいですよ新しいものを買ったので、差し上げます」
「えっ!いただいていいんですか?」
「ええ、特に思い入れがあるとかそういうことじゃなくて気に入っていて身につけていただけですから」
たしかに襟に真新しいひまわりが咲いていた。
「ひまわりお好きなんですか?」
「祖父が昔から好きだったらしいです」
「そうですか…」
「あっと!このあと予定がありますので失礼」
去って行く大きな背中を見送る。そういえばあの人は何をしている人なのだろうか?
平日の夕方6時ぐらいに話をしにくることができるなんて…
その疑問はその夜消し飛んだ。おばあちゃんが亡くなったのだ。
深夜11時頃病院から連絡あった。急いで駆けつけたときにはもう息を引き取っていた。
そのあとは死亡届を役所に提出したり、諸々の手続きを終え帰ってきたのは翌朝の5時だった。届け出と一緒に上司に今日は休むとつたえたので(あとで確認と心配の電話がはいった)
今日は少し寝ようか。そう思って眠った。
「おい、起きろ!」
突然大声で目が覚めた。
「№1696日向葵だな」
声の方を見ると武装し顔をマスクで隠した兵士が8人ほど立っていた。
「はい」
「きさまを複製矯正施設に連行する!これは国の命令だ!さっさと立て」
全て察しがついた。私は廃棄されるんだ。頭が真っ白になった。
男たちに連れられ黒い装甲車にのせられそうになったときふと軒先のひまわりが目にとまった。その瞬間、翔一さんのことが頭に浮かんだ。
さよなら。あれ?なんで悲しいんだろ?役割が終わって死ぬっていうのに、当たり前のことなのに、どうして?
そのとき、マシンガンとおぼわしき銃声が響いた、と同時に私のまわりにいた兵士たちはバタバタと倒れていった。
「大丈夫?」
震える私の元に別の武装兵が近寄る。
「あまり時間がない早くこっちへ」
その声は聞き覚えのあるどこか懐かしい声だった。
兵士にはひまわりの腕章がついていた。確信した。
私は助かったのだと
END
───────────
「それじゃあおばぁちゃんまたくるね」
「あい!」
とある特別養護老人ホーム
私の祖母である日向 聡美|《ひむかいさとみ》が車椅子から手を振る。自分の若いころとうり二つの私を見て彼女は何を思っているのだろう。 私には想像もつかないことだった。
私は日向 葵単日向聡美の娘であり彼女のクローンだ。2360年人口減少にともない世界では人類という種を存続させるためクローン技術をもちいて『人間が人間をつくる』という動きとなり世界の人口は次第に安定していった。
わたしもそんなクローン───複製《レプリカ》の一人だ。
祖母と別れた後私は愛車の赤いEV車に顔を窓に近づけ搭載された顔認証システムによりロックが解除される。全自動運転|《フルオートドライブ》なのだが防犯や安全上の観点からハンドルに人が触れないとエンジンが着かない。ピロリン、と言う音とともに外のスピーカーからエンジン音が鳴る。
ホームの駐車場から行動に出ると沿道には大輪のひまわりが年中咲いている。ふと車内の温度計をみると30℃を指していた。今朝の天気予報では晴れ最高気温38℃とでていたのでまだ暑くなるのだろう。300年前、日本では11月が冬と呼ばれる寒い時期だったと言うのが信じられない。
老人ホーム車で10分ほど走らせると私の職場である市役所に到着した。車から降りて急いで職員玄関から建物に入る。紫外線が強いため日中は15分以上外出してはならいからだ。いつものデスクにカバンを置き席に着くと軽く伸びをする。ここで私はパソコンに向かい申請データに目を通し必要な手続きを行い入力するだけの作業を8時間行う。(今日は午後出勤で半分の4時間だ)
書類というものはデータ上に存在し紙として記録されない。そのため役所には最低限の人間さえいればよい。
18時になり市役所の業務はすべて終了した。残業などあるわけもないのでこのまま帰宅する。と言っても市役所の上階にある部屋が私の家だ。
「ただいま」
生活に必要最低限の家電と家具しかない部屋に明かりをつける。これが人間《オリジナル》であれば装飾品を置いたりもするのだろうが私にはその意味がわからない。
冷蔵庫をおもむろに開け冷凍のうどんを調理して食べ食器を片付け脱衣所に向かった。
白いプリーツの入ったスカートと薄い黄色の半袖を脱ぐ、ブラジャーのホックをはずしショーツも脱ぐ。
複製には例外はあるが生殖器官がない。あっても女性の場合妊娠、男性の場合射精、することはない。故に体を触って快感を感じたり、裸になることへの抵抗が少ない。
そのため女性の複製は…これ以上はやめておこう。とにかく私たちは人間扱いされない。幸い私は事務員として産まれただけマシなのかもしれない。
何の気なしに体をさする。ささやかな乳房を包み込みそっと乳首をさするが何の感情も浮かび上がってこなかった。性器と尿道にも触れる。触っている。ただそれだけだった。
シャワーを浴び使い古した紺のキャミソールに白いショーツを穿いてドライヤーで髪を乾かす。時折クシでとかしながら今日のことを考えた。
「葵ちゃんは好きなひととかいるのかい?」
老人ホームでおばぁちゃんからそんなことを聞かれた。
「どうしたの突然?」
「いやね、私葵ちゃんの歳ぐらいには彼氏がいてね、葵ちゃんにもいたんじゃないかって思って」
「うーん…いないよ」
「そう、妙なこと聞いてごめんね」
おばあちゃんは分かっているのだろうか?複製には感情がないことを。
「そうだ、私の彼の写真見せてあげようか?」
「見せて!」
ベッドの脇にあった。引き出しの中から一枚の写真をみせてきた。
「これがおばあちゃんの彼氏」
2人の若い男女が寄り添う一枚の写真。その男性のほうを指さした。
「この人、真一さんっていうの柏木真一|《かしわぎしんいち》シンって呼んでいたわ」
「この丸刈りで日焼けの人?」
「そう!高校生のとき彼野球部でね、今では髪型は自由なんだけどその学校では部員たちが伝統的な丸刈りがいいって決めてそれを守っていたの」
「へぇ」
「私は同じ学校のチアダンス部でね彼が大会にでるたびに応援していたの」
「それ、今のおじいちゃん?」
おばあちゃんは首を横に振る。
「いいえ、大学までは付き合っていたんだけど…戦争で徴兵されてそのまま帰ってこなかった」
戦争、人類とAIの戦争である第4次世界大戦のことだ。
「あれ!待って柏木ってまさか…」
「そう、敵の中核であるスーパーコンピューター零に特攻した教科書では英雄扱い」
「…」
「ゲームでシンがキャラとしてでたときはおもわず天井までガチャを回しちゃった、そのぐらい有名よね」
「その真一さんがおばあちゃんの彼氏だったんだ」
「そう、別れてからも自慢の彼氏」
「真一さんの家族とは連絡をとっていないんですか?」
「うーん、半年ぐらい前までは弟さんから手紙が来ていたんだけど歳だから亡くなったんだって死因は脳出血だった」
「…そっか」
それっきり会話が途絶えてしまい、面会時間が終わってしまいそうだったので職場にもどってきたのだった。
何故そんな会話を思い出したのかわからない。けどその場面が鮮明に浮かんだのだ。
「つかれているんだ…」
そう自分に言い聞かせ眠りについた。
翌朝、私は目覚まし時計の音で目を覚まし止めた。
洗面台に行き顔を洗い歯を磨くそれからセミロングの髪を丁寧にすく。
それからキッチンに行き朝食をつくる。メニューは毎日決まっていて虫の炒め物や煮物が数点。支給される食料を適当に調理して食べる。食糧難のこのご時世昆虫は貴重なタンパク源なのだ。味は薄い(おばあちゃんが言っていたのだが私はなにも感じない)
そのまま歯を磨きそのまま役所へと向かう。おばあちゃんから化粧はしないのか?と聞かれたが学校で禁止されていたし複製|《レプリカ》にはそういう習慣はない。
週に一度おばあちゃんのいる老人ホームを訪ね近況の確認や支払いその他諸々の手続きを行うのが私の役割だ。孫としてではなく複製|《レプリカ》としての、だ。
この世界では人間《オリジナル》の世話をするのが私たちの仕事だ。なのにおばあちゃんは私を本当の孫のように扱ってくれる。なぜなのか皆目見当も付かない。
そんなことを考えながら老人ホームにいくと──
「すみません聡美さん今日体調を崩してしまいましてまた明日おこしいただけますか?」
複製と思われる介護士の女性からそう言わた。
「あの体調を崩したとは?」
「はあ、なんでもお腹が痛いとか病院に行って検査していますので今はいらっしゃいません、詳しいことが分かりましたらまた連絡しますね」
「そうですか…また来ます」
そう言って引き返そうと振り返ったとき目の前の男性とぶつかってしまった。
「す、すみません」
「いえ、大丈夫で…す」
一瞬時が止まったかのように感じた。
その男性はスポーツ刈りに日焼けした肌がっしりとした体格に水色のポロシャツに紺のジーンズという格好だった。
「あ、あのなにか?」
「えっと…どこかであったことありますか?」
「いや…たぶんないかと」
やや焦った様子で否定した。
「…」
お互いどうしてよいのか分からなくなる。
「えっとじゃあこれで」
「はい」
そう言って彼は去って行った。ふと下を見るとひまわりの花をあしらったちいさなバッジが落ちていた。
次の日、老人ホームへいくとあの人がおばあちゃんの部屋から出てくるところに出くわした。その表情はどこかこわばっているような悲しげな顔をしているようにも見えた。こちらに気がついたのか一瞬顔を合わせ何も言わずに立ち去っていった。
私が部屋に入るとおばあちゃんは老眼鏡をかけ手紙を読んでいた。
「おばあちゃん、来たよ」
「ああ、葵ちゃん」
彼女は手紙から顔をあげ老眼鏡をはずした。
「それ誰からの手紙?」
「前に話したかしら、柏木真一、シンからの手紙これが最後の1通なのだけど」
「え?」
「さっきねあの方が持ってきてくれたの」
「病室から出てきた人?」
「そうあの人シンのお孫さんなんだって、はあ時流れは残酷ねぇ」
お孫さん?ということは私と同じ複製かな。
「あら、どうしたの葵ちゃん」
「いやなんでもない」
「複製じゃないわあの人、人間よ…私はこの呼び方好きじゃないけど」
「!」
微笑む祖母。
「うふふ、図星ねこの国では複製と人間は結婚できないどころか恋愛もできない、それで彼はどっちだろうって気になったんでしょ?」
「なっ?え?」
「女の勘、ずばり的中ね」
おばあちゃんは悪戯っぽく笑っていた。
恋?私が?なぜ?私は複製そんなことのために生きているんじゃない。
おばあちゃんが亡くなるまで面倒を見て、臓器に疾患がみつかれば交換されるただのスペアなのに?
「葵ちゃん」
改まって老いた優しい目が私を貫く。
「この時代、それもあなたにこんなことをいうのも酷だけど…」
しばらくの間。
「あなたにはあなたの人生を生きてほしいの」
「…」
「人間でも複製でもそれはできると思うのよ、生き物なんだから」
「…」
「ううん、ちがうわみんな人間よ1人の人間、だから自由に生きて、それがおばあちゃんの葵ちゃんへの最後のお願い」
「最後…?」
「もうすぐ、シンのところにいくことになった、ガンだってこないだの診察でわかったのしかももう手遅れみたい」
「!」
何も言えなかった。
「心配しなくていいのよ、その時が来ただけよ、このあと職員さんから説明があるから聞いておいて」
「わかった」
その日は眠れなかった。職員さんによるとあの施設から終末医療の充実した病院へ入院させたいと言われた。おばあちゃんはそれに同意しその場で手続きをした。実際に入院するのほ1週間後になるとのことだった。
なくなる。自分の存在意義が…そう思うと底知れない不安にかられ…海の…深いところの暗い場所で引っ張り回されるような強い流れの中にいるように感じられた。
2ヶ月後。
おばあちゃんが入院しても私のやることは変わらない。
着替えを持ってきたり職員さんやお医者さんと近況の報告を聞いたり、おばあちゃんの話し相手をしたり…
ただ変わったことは薬臭い部屋でおばあちゃんが日に日に弱っていくことだった。
「あの…」
「はい?」
いつものように病室のドアを開けようとしたら背後から声をかけられた。
「ああ、えっと…」
「はは、あの日以来ですね…覚えていますか?」
「はい、たしか柏木真一さんのお孫さんの」
「柏木翔一といいます」
柏木さんは緑のポロシャツにジーンズ姿だった。
「わたしは日向葵といいます…あのおばあちゃ───祖母とはどういったご関係ですか?」
彼は微笑みながら答える。
「そうですですね…ペンフレンドとでも言っておきましょうか」
なにか含みを持たせた言い方のような気がした。
「そうですか」
ふとこないだ彼が落としたバッチのことをおもいだした。
「あのこれ」
白い合皮のハンドバックからバッチをとりだすと笑顔でこう言った。
「ああ、いいですよ新しいものを買ったので、差し上げます」
「えっ!いただいていいんですか?」
「ええ、特に思い入れがあるとかそういうことじゃなくて気に入っていて身につけていただけですから」
たしかに襟に真新しいひまわりが咲いていた。
「ひまわりお好きなんですか?」
「祖父が昔から好きだったらしいです」
「そうですか…」
「あっと!このあと予定がありますので失礼」
去って行く大きな背中を見送る。そういえばあの人は何をしている人なのだろうか?
平日の夕方6時ぐらいに話をしにくることができるなんて…
その疑問はその夜消し飛んだ。おばあちゃんが亡くなったのだ。
深夜11時頃病院から連絡あった。急いで駆けつけたときにはもう息を引き取っていた。
そのあとは死亡届を役所に提出したり、諸々の手続きを終え帰ってきたのは翌朝の5時だった。届け出と一緒に上司に今日は休むとつたえたので(あとで確認と心配の電話がはいった)
今日は少し寝ようか。そう思って眠った。
「おい、起きろ!」
突然大声で目が覚めた。
「№1696日向葵だな」
声の方を見ると武装し顔をマスクで隠した兵士が8人ほど立っていた。
「はい」
「きさまを複製矯正施設に連行する!これは国の命令だ!さっさと立て」
全て察しがついた。私は廃棄されるんだ。頭が真っ白になった。
男たちに連れられ黒い装甲車にのせられそうになったときふと軒先のひまわりが目にとまった。その瞬間、翔一さんのことが頭に浮かんだ。
さよなら。あれ?なんで悲しいんだろ?役割が終わって死ぬっていうのに、当たり前のことなのに、どうして?
そのとき、マシンガンとおぼわしき銃声が響いた、と同時に私のまわりにいた兵士たちはバタバタと倒れていった。
「大丈夫?」
震える私の元に別の武装兵が近寄る。
「あまり時間がない早くこっちへ」
その声は聞き覚えのあるどこか懐かしい声だった。
兵士にはひまわりの腕章がついていた。確信した。
私は助かったのだと
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