意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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EXTRA FILM ※一章の幕間

迷想する作家と激突する天才

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━ 燈火ともしび宅 ━

「なあぁんてことだっ!?マイハニー?ジンジャエールがなくなってしまったぁぁ!!」
「うおおぉ!?うるさいです♪はい~♪買ってきますよぉ~♪」

    それは突然に起きた。燈火のたまの休日に二人で仲睦まじくお酒を飲んでいた時に、白ワインと混ぜていたジンジャエールがなくなってしまったのだ。向かいのテーブルにいた天才漫画家にして燈火の旦那である家小路いえのこおじが叫んでいる今は、既に【23:30】を過ぎていた。
    燈火はこのままでは、酒の力も借りて通常の三倍のボリュームで騒ぎ出してしまうと思い、嬉しいけど近所迷惑を考えて買い出しに行こうと靴を履いた。すると家小路がそこに回り込んで燈火の小さな身体を抱き上げて大きな声で言った。

「マァイ、ハァニィィ!!こんな夜更けに幼い子どもが一人でお酒を買いに行くなんて言語道断だっっ!!ここはわたしに行かせてくれ……いや、行かねばぁぁぁ!!ならぬぅっっ!!!!」

    そう言って玄関をこじ開けるような勢いで飛び出して行った。凄いことにちゃんと靴を履きエコバッグと財布を持って出て行くまでのこの間数秒で物静かになった。ぱちりぱちりと瞬きを暫くしてから、燈火はツッコミの言葉を発してその場に大の字になって寝転んでいた。

「ジンジャエールは、お酒じゃないですよ~~……はいっ♪」

    時を同じくして、にも同じ状況が起きていた。

━ トレード宅 ━

    珍しく一日何事も無く休暇を満喫出来ていたトレードは、明日の出勤が昼だからとお酒を嗜むことにした。すると中学に上がったばかりの娘が顔を赤くしているトレードに向かって言った。

「ねぇママ?まだ、お酒飲んでないよね?ま、いつもの事だけど。またパパにドキドキしてるの?」
「なっ!?ん……んなわけねぇだろ!?別に、どんなカクテル作ってくれるんだろうとか?考えて浮かれてる訳……ねぇよ」
「はぁ……。ねぇパパ?」
「……?何……?」
「アタシさ、本当にパパとママの子どもなのかな?」

    娘の一言は最もであった。トレードはいつも旦那を目の前にすると、初恋の相手と二人きりになって緊張している初心な女性ですらそこまでにはならないというくらいには、全身に力が入った状態になっているのだ。そのおかげで、授業参観で両親で見に来た時にクラスの男子生徒にめちゃくちゃ胸デカい誰かのお母さんがガチガチに緊張している様子が目に止まり授業に集中出来なかったと、クラスの笑い物になって恥ずかしい思いをしたと娘は言う。
    そうして落ち込む娘にちゃんと二人の間に生まれた子どもであるとトレードは言うが信じていないと目で訴えていた。すると、そこに静かに補足をつけるように話しに参加した。

「大丈夫。パパとママ……愛し合ってる時……ちゃんとしてる……から」
「でっ!?な、何言ってんだ憐都れんと?あ、ああ……あたいらがベッドでいい……一緒に寝てる時の。話はい、いいだろッ!?」

    顔を茹で上がって赤くしたかのように紅潮させた表情で言ってきた言葉に「!?」と首を傾げてジト目でトレードを見つめた。そして、カクテルのオリジナルレシピを思いつき冷蔵庫を開けた。
    ジンジャエールがない。ないのなら他のレシピでいいとモジモジしながらトレードは言うが、いいやダメだとエプロンを外して近くのスーパーに行けば買ってこれると着替えて玄関へと向かう憐都。

「何かいる?」
「アタシ、アイス欲しい♪バーゲンゲッツのキャラメル味のっ♪」
「うん。■■■は?何か……ある?」
「お、おう……。ク、クルミの……ナッツミックス……」

    こくりと頷き、「10:00~24:30まで営業」と書いてあるスーパーまで出掛けて行った。その様子を見送った後、一気に脱力して深く息を吐いたトレードを見て娘が聞いた。

「ねぇママ。……パパとは、どんなふうに愛し合ってるの?」
「あ?そうだな……」

    熱を帯びている額に手の甲を当てて、何も無い天井をボーッと眺めながら憐都がいた時とは変わって落ち着いた口調でボソッと言った。

「パパには言うなよ?────────、パパが満足するまで……する」

    何で真面目に答えているんだと、自身の両親の変わっている一面に慣れ始めている自分がいる事に違和感を覚え始めている娘であった。

    スーパーの自動ドアを潜り、真っ先に飲料コーナーへと向かうと大きなサイズで売られている我が家の愛好しているジンジャエールが残り一つのなっていた。とりあえず、ジンジャエールは確保しておかないとと憐都は手を伸ばした。その時、視界にもう一つ同じ目的を持った軌道の腕が伸び同時にタッチした。

「……?」
「むっ?」

    その時、強炭酸のペットボトルをはじめて開けた時の空気が一気に抜けるような風が吹き抜ける感覚が二人を過ぎって行った。そして、ぐっと自分の方に引き寄せようとする手を止めて綱引きのように引っ張り合いをする。
    やがて、顔を赤くして力ずくでも我がものにしようと買い物カゴの中に入れようとするのを見かねて口を開いたのは憐都の方だった。

「ちょっと待て。君……遠慮を知った方がいいぞ?」
「なぁにを言うっ!?そういう君こそ、譲るということを知りたまえっ!!」
「声がでかいな君。店内の迷惑になる。まさか、そんなことも分からないのか?」
「そう思うんなら、このジンジャエール。わたしに譲って貰えるかな?」
「断じて却下だ。悪いが、うちの家内が楽しみに待っているんだ」
「ほぉ?それは奇遇ではないかぁ?わたしの妻もわたしの帰りを待っているっっ!!」

    少し論点がズレているなか、口論が始まった。すると、憐都と家小路はお互いの顔を見て同じことを思っていた。と同時に互いに何者なのかを既に認識していることに気付いた。双方の嫁がテレビやネット動画をモニターに接続して流れてきた広告に映っている人を見て言っていた言葉────。

この人、顔が似てるですね……はいこの人、顔がそっくりだな……おい

「家小路……」
喜久汰きくた……憐都……?」

    しばし、顔を見つめ合う時間が続いた。その間もジンジャエールの取り合う手が緩むことはなかった。方や天才漫画家。方や天才実業家。幅広いジャンルで人気タイトルと連続して世に出している漫画家と、医者としてもマーケティングブリーダーとしてもカリスマ性を誇る実業家の史上最底辺のトラブルが始まろうとしていた。

「ぃよぉぉしっ!!わたしに顔が似ているからなんだ?この生命に賭けてもそのジンジャエールは頂くぅぅ!!」
「何故だか分からないが……と遺伝子に言われているような気がするよ」

    すると、止めに来た店員にジンジャエールを託しお互いに両腕を前に出して駆け出す。家小路の右脚が蹴り上がる軌道を見て腕で受け止め指摘しながらカウンターを入れた。

「君はどうやら、強めの攻撃を出す時に腰周りに緊張を強くかけるクセがあるな。その様子では、僕には勝てないっ!!」
「ぐはぁ!?なぁ~んだとォ!!??そういう君は、さっきと打って変わって口調もハキハキとしているようぉぉぉじゃないかっっ!!だが、それも長くは持つまい……」

    カウンターからの追い討ちに突き落とした肘の一撃を敢えて、前に踏み出すことで肩を脇に入れて致命傷を防ぎ憐都を担ぎ上げてジャーマンスープレックスで逆に反撃に移った。がしかし、それをよしとしていない憐都は両脚で背中からの落下を防いでお互いの状態を支え合うブリッジ状態でやり過ごして、振り出しに戻ることになった。
    家小路は息を切らしていないのに対して、憐都は既に少し汗をかき始める程には息に乱れが生じていた。その隙に一気に畳み掛けると言わんばかりに大声を張り上げて向かってくる家小路と両腕を掴み合い頭を激突させて言った。

「はぁ……、やるな……君……」
「フッ。漫画家だから体力はないとでも思っていたのかい?否ッ!だぁぁんじて、否だッッ!!!!こう見えても、学生時代はアメフト部をやっていたの、だぁ!!」
「ぅ、っっ!?」

    取っ組み合いで押し負けはじめた憐都の脚が踏ん張りが効かずに後ろへ後ろへと押し出されていく。最早これまでかと諦めかけていると、勝利を確信した家小路が自分の嫁である燈火の名を叫んでジンジャエールを持ち帰ると言っているのを見て脳裏に過ぎるトレードの悲しむ姿に思考が止まった。
    そうだ。ここで諦めれば、自分のオリジナルカクテルを楽しみに待っているトレードに顔向けは出来ない。例えたった一つだけ残った在庫を賭けて大の大人二人が店内で殴り合いに興じたとしても、この闘いには譲れない物がある。

──い、いや!!あたいはそこまで思ってないぞぉぉ!?

    今、間違いなく聴こえた。トレードは憐都のカクテルを飲まなければ明日の仕事に支障をきたしてしまうと嘆く愛妻の嘆きが───。

「その……勢いを……利用、するっ!!」
「なっ!?ぬぁんだとぉぉ───っっ!!??」

    力で既にパワー負けしているのならと、敢えて後ろに引き体勢を崩した一瞬の隙を突いて家小路の腕を腹這いに抱え込ませた。同時に背後に回って片手取り。意表を突く合気道で勝利をもぎ取った。これには再度止めに入ろうと店長を呼んできた店員達も拍手をして感動していた。

「何でしょう?あのお客さん、よく見るとイケメン♡」
「そうかい?店長としては、負けてしまった彼も素敵だなぁ」
「えぇでも、2人とも指輪してるわ……」

    ザワついている周囲に対し、両頬を人差し指と親指で小顔効果をつくるラインで顎に手を当てて首を傾げる憐都だったが、店員からジンジャエールを渡されて買い物カゴに入れて娘が欲しがっていたアイスとクルミ入りミックスナッツ、その他諸々のつまみになりそうな食べ物をカゴに詰めてレジへと向かう。
    レジには、敗北したことになった家小路の姿があったがやけにハイテンションで会計をしていた。見てみるとジンジャエールの代わりに買ったのはコーラだったようだが、負け惜しみではなく本当にそうだったらしく腰に手を当てて閉店間際のスーパーに鳴り響く音量で叫んだ。

「ぬあぁぁ────ハッハッハッ♪ジンジャエールはつい先程までわたしが飲みたかった飲み物であったが、喜久汰 憐都っっ!!君との闘いを過ごしている間に、飲みたくなったのだっ!!この、コォォォォォラァをっっっ!!!!」
「────。そうか……よかった、な……」

    その後も高笑いを続けている家小路を無視して、家に真っ直ぐ帰る憐都であった。

    家に着いて早速カクテルを作り始めることにした。すると、台所に居る憐都の隣りに心配そうな顔で隣に立ったトレードが恐る恐る頬を触った。触られた箇所がピリッと痛みが生じ、直ぐに内出血を起こしている事に気付かされた。
    すると、作業を中断してソファーに横にならせて傷の手当てをするトレードは言葉を投げかけた。

「ったくよ、何だってジンジャエール一つに怪我して帰って来るんだよ……?し、心配になるだろう……」
「…………、ごめん……」
「っ!?美味いカクテル飲めなくなったら、ちょっとガッカリだからよ?次からはもっと、自分の身体も労れよ?」

    ガーゼ医療テーピングを済ませるとサッと立ち上がり、トレードの方へ向き直る憐都はそっとトレードの頬に口元を吸い寄せられたように接近させた。

────── チュッ...

「なっ────ぁ、ぁぁ……?」
「うわぁお……パパ、カッコいい……」
「────、すぐ作るから……テーブルで待ってて……?」

    ダウナーではないが低音な声が骨に振動してくるようにトレードの耳元から全身に行き渡り、全身茹で蛸状態にさせながらテーブルの椅子へと向かった。ニヤニヤしているようにも見える憐都の顔と、両肩が上がるほど力んだまま赤面した顔を下に瞬きパチパチしているトレードを交互に見ながら、バーゲンゲッツキャラメル味を食べる娘は改めて内心で呟いていた。

本当にアタシ。この2人の娘なのかな……?でも、ママもパパも大好きかな……。

    そうして、完成させたオリジナルカクテルを手に乾杯したトレードと憐都に夫婦の時間を与えようと歯磨きを済ませて先に、寝室へと姿を消して行った。

「これ……、う、美味すぎるぅ!?」
「えへっ……。■■■?」
「ん?────ぬぉ!!??」

    カクテルの味を絶賛してくれたトレードを本名で呼び、背中に手を回して来た憐都をビックリしつつも見つめ返す。先程の頬の口付け。それに絶妙にほろ酔いの状況の憐都が取ってきた行動が何かを察したトレードは、グラスをテーブルに置き憐都と一緒に肩を寄せあって寝室へと向かった。

     翌朝、トレードは筋肉痛を抱えながら噂観測課極地第1課に出勤した。それが一体何故なのかは、誰も知らないのであった────。
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