百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

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【参】巡ル探偵

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 ――七月十九日。

「あああッ!!」
 甲高い叫び声で、犬神零は飛び起きた。
「な、何事ですか!」
 隣を見ると、桜子が青ざめた顔でこちらを見ている。
「アパートメントの大家さんに、電話をするのを忘れてたわ……」
 外はすっかり明るくなり、障子からの白い光に部屋は満たされていた。
 零は頭をくしゃくしゃと掻き乱し、呆然としたまなこで桜子を眺めた。
「そんな事ですか」
「そんな事って何よ。あの人、何かと勘ぐり深いから、もし何かの間違いだなんて思われたら、お嫁に行けなくなるじゃないの!」
 そう言うと、桜子は零の布団を蹴飛ばし、廊下へ飛び出して行った。
「…………」
 再びもじゃもじゃと頭を掻き、零は大欠伸をして立ち上がった。まあ、零としても、ハルアキを頼んでいる、居候先の楢崎多ゑに挨拶をしてもいいかもしれない。

 洗面所で顔を洗ってから、玄関脇の電話室に向かう。すると桜子がまだ、壁に据え付けられた受話器に向かって声を上げていた。
「だから、お仕事なんですよ、探偵社の。……はあ? あの木偶でくぼう唐変木とうへんぼくと、何かある訳ないじゃないですか!」
 ……話の内容は、それだけで理解できる。散々悪口を言われているのを聞き流し、零は玄関の左右にある、かつては遊女が客寄せをしたであろう、格子のある部屋を覗いた。
 向かって左手は、地元の工芸品だろう、味わい深い人形やら日用品やらが並べられている。値札が付けられているところを見ると、土産物屋を兼ねているようだ。
 対して右手は、明治初期と思われる、水川宿や青梅街道の景色を写した写真が飾られていた。かつての多摩荘の煌びやかな姿、露天風呂を楽しむ高島田の芸妓、そして、今の姿と違う来住野家。
 古い写真は過去の証人である。隠された歴史の証拠となったり、故人が残したかった伝言が込められている場合もある。
 それらを眺めながら郷愁に浸っているうち、零の目はある写真に釘付けになった。
 それは、百合園を写したものだった。他の写真と比べても、状態、解像度などからして、明らかに古い。端に小さく写っている人物の格好が、まげに二本刺しの侍のようだから、幕末に撮影されたものかもしれない。
 なだらかな斜面に咲き乱れる百合。その奥に、御堂のようなものが建っているのだが、角度的に、少しだけ中が見える。
「…………」
 その中を覗き込むように、写真に顔を近付ける。目を凝らし、それが何か理解した時、零の背筋を戦慄が走った。
 ――白い何かが吊るされている。ぼやけてはっきりとは見えないが、手足が二本ずつ飛び出した、赤ん坊のように見えるのだ。
 これは果たして、天狗の伝承にある生贄ではないか。双子の片方を天狗に捧げるという、あの忌まわしい風習ではないか。
「……あら、写真に興味がおありなの?」
 急に声を掛けられ、驚いて振り返ると、若女将の史津だった。朝からきっちり化粧をし、今日の来客に備えている様子だ。
「随分古い写真のようですね。どなたが撮られたものですか?」
「青梅の写真館よ。代々撮りためた乾板がたくさんあるから、宣伝がてら飾らせてくれって。毎月初めに、季節に合わせて交換していくわ」
「青梅から、わざわざ?」
「うちの村には、写真館がないからね。出張を頼む事もあるけど、祭りなんかの時は、黙ってても来るわね。絵葉書にして売るんだって。帳場にも置いてあるわよ」
「なるほど……」
 しかし、幕末にはまだ写真は相当貴重なものだったはず。恐らく、外国人が持ち込んだカメラで撮影したのだろうが、よくこの時代のものが残っていたものだ。
 まじまじと写真から目を離さない零の様子を見て、史津もその写真に顔を寄せた。
「これは、やはり、その……」
 零の指が御堂を指すと、
「ああ、天狗堂だよ」
と史津は答えた。
「中に見える、白いのは」
「これは、兎か何かじゃないかしら。……でも、幕末あたりに、実際に赤ん坊が吊るされたのを、まるいやの長老は見てるって話だけどね」

 桜子の後で簡単に電話を済ませ、部屋に戻ると、朝食のお膳が置いてあった。桜子は既に身だしなみを整えている。
 卵焼きに山菜の佃煮で食事をしながら、今日の調査の作戦会議だ。
「桜子さんは、月原川の向こうの東集落で、できるだけ多くの方から話を聞いてください。私は西集落を調べます」
「ちょっと待って。西集落のが圧倒的に住んでる人が少ないんだけど」
「そう言わないでください。善浄寺や、まるいやの長老のところへ行くんですから」
「……まあいいわ」
 茶を啜りながら、桜子は手を出した。
「調査費」
「……はい?」
「よくあるじゃない? 有益な情報を貰うと心付けを置いてくるやつ。それに、泊まりの出張だもの、お手当てはしっかり欲しいわ」
 零は苦笑しながら、財布から一円札を何枚か桜子に渡した。
「お手当ては、帰ったら日数分だけお渡ししますよ」
 桜子はショルダーバッグにそれを収めると、麦わらのクロッシェ帽を被り、
「じゃあ、お先に」
と出て行った。……口ではああ言うが、探偵助手という初めて任される仕事にノリノリなのである。
「さて、と」
 零もいつもの様子に着替え、帳場に向かった。
 帳場では、朝夫や史津と同じ法被を着た初老の男が、算盤そろばんを叩いていた。番頭だろう。
「すいません。ご主人のツテでご厄介になった犬神ですがね、連れがどうしても祭りを見たいと言うもので、もう一晩お願いできませんか?」
「主人からは話を聞いとります。探偵さんだそうで。色々片が付くまで、何日でもご滞在頂いて結構と、申し付かっておりますので」
「それは助かります」
 出かける旨を伝えて、零は多摩荘を出たのだが、月原山道に入ったところで、その佇まいを振り返った。
 朝の明るさで見ると、木目は灰色に煤け、より寂れた風合いが際立つ。宿場町を取り仕切っていた地回りの頭目一家の成れ。――彼らはどうも、事件が起こるのを期待しているように見える。
 しかしすぐに顔を前に戻し、犬神零はまず、善浄寺へと向かったのである。
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