百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

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【参】巡ル探偵

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 参拝客たちが本堂に案内される。中は三十畳ほどの板の間で、藁座布団が三列に並んでいた。
 犬神零は、最後列の端に座り、内陣を眺める。中央奥にご本尊が鎮座し、その周囲に瓔珞ようらくが垂れる、ごくありきたりの様式である。
 そして、奥の襖が開き、現れたのは水川夢子である。お遍路のような装束のまま、登高座の真後ろへ正座して、数珠を揉みながら手を合わせた。
 参拝客がそれぞれ席に落ち着くと、久芳正善は袈裟姿で登高座に腰を据え、読経を始めた。
 それが終わると、彼は外陣に向きを変え、説法をしだす。――先程、資料館で見たあの内容を、巧みな話術で解説し、正善はまとめる。
「人の命というのは、限りがあるものでございます。この世というのは、魂を磨く鍛錬場。魂とは、命のさらに上位に存在するもの。命は消えても、魂は輪廻と言いまして、永劫に続くものでございます。その魂をいかに磨き、いかに極楽浄土へと近付けるかというが、人生の命題なのでございます」
 参拝客たちは神妙に頷きながら耳を傾ける。
「命というものは、この世の人生を暮らすために、仏様からお借りした仮のもの。その命を惜しくしては、魂は磨かれません。せっかくお借りした命を自分のためだけに使うのは、もったいないというものです。誰かのために命を使う、それによって、魂はより高位のものへと磨かれるのです」
 先入観は否めないが、正善の言葉は、生贄を許容するものであると、零には思えた。――生贄となった者は、命は失っても、魂はより高位のものへ磨かれるため、それは正しい事である、と。
 夢子に目をやる。彼女は両手を合わせて数珠を掛け、二重ふたえにならんばかりに頭を下げて聞き入っている。零の背筋にゾッと冷たい物が走った。
「私どもは、仏法に身を捧げる仏徒にございます。その立場からすると、天狗の伝承とは、御仏みほとけが姿を変え、我々の魂を磨くために寄越された試練ではないかと考えております。ですから、謹んでその言葉を受け入れ、命ある限り、そのお言葉に従うのが、我々の使命と思う次第でございます」

 説法が終わると、細君の与志子が隣の社務所の広間に参拝客を案内する。その奥で、若い娘が茶を点てていた。――彼女が、正善と与志子の娘の春子はるこである。
 しとやかに長髪を束ね、母と同じく作務衣姿で茶筅を振る。そして点てた茶碗を母に渡し、席の順に参拝客へ献じていく。
 零は最後尾になるよう席に着いたのだが、その隣に誰かが座った。そちらに目をやり、零はギョッとせずにはいられなかった。――水川夢子だったからだ。
 しかし、ここは探偵、心の動揺を悟られてはならない。平静を装い、愛想良く声を掛けた。
「よくこちらへ来られるのですか?」
 近くで見ると、顔形はなるほど、十四郎に似ている。整った顔立ちは色黒ではあるが、その表情からは気品が感じられた。
 彼女は零に顔を向け、柔らかく微笑みながらこう返した。
「探偵さんこそ、何をお調べにお越しなんですの?」
 ――肝が冷える、とはこの事だ。さすがに動揺を隠し切れず、零は目を泳がせた後、手拭いを額に当てた。
「……そう言われては、立つ瀬がありません」
「オホホ。そう仰らずに。――私どもも、大概の事は心得ておりますのよ。悪いようにはいたしません。ですからね」
 夢子はそう言うと、零の手に何かを握らせた。
「これで美味しいものをお召しになって、お帰りになってくださる?」
 それは、二十円金貨だった。零などからしたら、相当な大金である。……しかし、こうまでして、彼に探られたくないものとは一体?
 零はひと呼吸して気持ちを落ち着けると、いつもの表情に戻して夢子を見た。
「ありがとうございます。これで、私の手に入れたいものが分かりました。これはお礼です」
 零はそう言って、夢子の手に金貨を置くと、そそくさと部屋を出た。
 ――その後ろ姿を睨む夢子の形相は、見るまでもない。



 山門を抜け石段を下り、次に向かうのは「まるいや」の住まいとなっている農家である。今朝、又吉史津から聞いた。
 通常、監査役というのは回り持ちをするものだ。不正や癒着を防ぐためである。しかし、この村の監査役として百姓代の役を預かってきた丸井家は、ことさら律儀な家風で、村人たちからの信頼も篤く、代々その役を仰せつかってきたらしい。
 青々と田んぼが広がるその奥、山裾に一歩踏み入れた場所に、それはあった。藁葺き屋根だが立派な構えは、他の農家とは一線を画している。
 低いツツジの生垣を抜けると、鶏が草の種をつついて歩いていた。それを避けて縁側に向かう。そこで遊ぶ二人の子供に話し掛けるためである。
「こんにちは」
 同じ年恰好の女の子だ。どちらもおかっぱ頭に浴衣で、ペチャクチャと喋りながら、人形遊びをしていた。そのうちの一人が、零の顔を見ると「あ!」と声を上げた。
「顔のいいお客さんだ!」
 言われて思い出した。――彼女は多摩荘のサチコだ。
「おや。今日は学校ではないのですか?」
 零が聞くと、サチコは向き合う女の子とクスクス笑った。
「お祭りの日は学校が休みなんだよ」
 答えたのは、この家の子であるヨシコである。
「子供はお神楽の準備があるから」
 ネーと言い合い、またクスクス笑う。準備と言いつつ、そう忙しい訳ではないらしい。
「おじさん、何の用?」
 ……犬神零は、特に呼ばれ方にこだわりはない。しかし、面と向かって「おじさん」と呼ばれると、微妙な気持ちになるものである。零は苦笑しながら答えた。
「長老にお会いしたいのですが、おられますか?」
「ひいひい爺ちゃんなら奥にいるよ。呼んで来ようか」
「助かります」

 しばらくしてやって来た、腰の曲がった老人は、サチコとヨシコを「おっ母ぁのとこに行っといで」と追い出すと、縁側に腰を据え、竹ひごを器用に操りだした。――彼が、「まるいや」の長老・丸井宗右衛門である。
「あんたみたいな若いモンが、この老いぼれに何の用じゃ?」
 零も隣に腰を下ろす。
「天狗の生贄を、ご覧になった事があるとか」
「…………あぁ?」
 耳が遠いようである。零は同じ内容を、声を大きくしてゆっくりと繰り返した。
 すると宗右衛門は手を止め、鼻眼鏡超しに零に目をやった。
「そんな事、聞いてどうする?」
 零は少し迷った後、率直に答えた。
「竹子さんか梅子さんが、再び天狗堂に吊るされる事のないようにしたいのです」
 宗右衛門はしばらく零を眺めていたが、やがて庭を歩く鶏に目を移した。
「……あれは、まだ元号が天保と呼ばれとった頃の事じゃ。わしはまだほんの小僧じゃった。なんにも分からんと、爺様婆様に連れられて、陣屋様のお祭りに行ったんじゃ」
 ――白装束の巫女が、天狗堂に胡瓜や茄子といった作物を供えた後。真っ白な着物に包まれた赤ん坊を、時の領主が抱いて現れた。そして……。
「天狗堂の梁に、注連縄しめなわが輪になってぶら下がっとってな。そこに、赤ん坊の首を引っ掛けたんじゃ」
 それと同時に読経が始まる。脇に控えた僧だけでなく、天狗堂を取り巻く人々全てが、声を合わせて経を唱え合掌した。
 赤ん坊は、泣き声も上げられないまま、小さな手足を精一杯動かしてもがき苦しんだ後、動かなくなった。その時間、一分程度のものだった。
「――人とは、あげえに簡単に死ぬんじゃと思った。あげえに簡単に殺せるんじゃと」
 子供の声のしない庭先では、コッココッコと鶏だけが騒いでいる。
「恐ろしいもんじゃった。随分長う生きとるが、あれだけはよう忘れん」
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