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第3話

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 ……泣き顔を見られた弱みもあるし、家に一人でいても気が滅入るし、昼ごはんに何かいいモノを奢らせてもいいかと、私はジジイについて行く事にした――トナカイのソリは断固拒否したけど。

 駅前の広場では、クリスマスの飾りを正月飾りに付け替える作業で大忙し。
 だから、サンタの赤い服を着たジジイが歩いていても、バイト帰りとでも思われるのか、誰も気にしない。

 適当に電車に乗る。通勤ラッシュ過ぎの車内は閑散としていて、二人並んで眺める車窓はほの青かった。
 幾つかの駅を過ぎた街中は、こんな時でもせわしなくて、流れに弾かれるように入った小さな映画館で、やっぱり二人並んで興味のない映画を観た。
 ありきたりな青春映画だった。それだけならまだしも、ヒロインのアイドルの演技がヘタくそで、物語は平坦で退屈かと思えば、何の脈絡もなくピンチに陥るよく分からないもの。最後に無理矢理泣かせに来たのが想像通りで、私は胸焼けしそうな気持ちで、エンドロールの途中で席を立った。

 誰もいない廊下でジジイが聞いてきた。
「どうじゃった?」
「なんであんなクソ映画を撮る気になったんだろうな。バカだよ、あれを撮った監督は。時間の無駄だった」
「ほむほむ、なるほど……」
 それにしても、買い物に来たんじゃなかったのか? とジジイを睨むと、その先に置かれた看板が目に入った。
 シネコンとは違う、ポップコーンスタンドすらない小さなロビー。自販機がみっつ並んだ前に、ガラステーブルを囲むように、病院の待合室みたいなソファが置かれている。

 その端っこに、『夢丘監督追悼上映会』と書かれた札が立て掛けられていたのだ。

 それを見て、私は固まった。
「ん? どうしたんじゃ」
 ジジイが聞くから、私はそれを指差した。
「パパの……名前」
「ほほう、そうなのか。とすると、あの映画の監督は……」

 ――多分、知っていたんだろう。
 知っていて、私を連れて来たんだろう。
 そして、何も知らない私に映画を見せて、酷評させた。
 なんて意地の悪いジジイだ!

 ココアのカップを両手に持って、黒くて硬いソファーに座っていると、憤りと後悔で消えたくなる。
「いやいや、そんなモンじゃなかったさ。あの映画が公開された時の評判は」
 映画館の館長らしきおじさんが、私の前に座っている。コーヒーと煙草の混ざり合う匂いに酔いそうになりながら、私は重い顔を上げた。
「父を、知っているのですか?」
「知ってるも何も、大学の映像研の仲間だからね。彼は監督の道に進み、僕は映画館に就職した。インディーズの頃には、頼むからうちで流してくれ、いつか大作を撮って恩返しするからと、よく泣き付いてきたものだよ」

 私の知らない父の姿を語るおじさんは凄く楽しそうで、私は少し嫉妬した。

「でもね……」
 と、煙草をアルミの灰皿で揉み消しながら、おじさんは看板の横に貼られたポスターに目を向ける。
「ようやくメジャーデビューとなったアレが、失敗だったんだ」
「…………」
「いや、彼の名誉のために言っておくが、アレより前の彼の作品は、少しばかりクセは強いがいい作品ばかりでね。うちでも評判だったんだ――悪いのは、決して彼じゃない」
 おじさんはそう言うと、紙カップのコーヒーに口を付ける。
「撮影中、よくここに来ては愚痴って行ったよ。主演をアイドル事務所のゴリ押しでキャスティングしたはいいが、演技は出来ないセリフは覚えて来ない。事務所も事務所で、ダブルブッキングやら移動の手配ミスやらで、撮影の予定がガタガタだと」
「…………」
「だけど、スポンサーの手前、公開予定は変えられない。脚本を捻じ曲げてでもスケジュールは守れと迫られる。共演者やら脚本家やら撮影スタッフやらには不満をぶつけられる。参ってたよ、こんな仕事を受けるんじゃなかったと」

 ジジイはテーブルを囲んだお誕生日席に座って、我関せずとオレンジジュースを啜っている。

 私は居心地の悪さよりも、あの映画を撮った――撮らなくてはならなかったパパの思いを知りたくて、ギュッとスカートの裾を握った。
「それで、父は……」
「完成させたさ、アレを。責任感の強い奴でね。本当によくやったよ……でも、その結果が、これさ」
 と、おじさんは何冊かの映画雑誌をテーブルに投げた。
 そっと手を取り、ページを開く。それだけでも、

 世紀の失敗作
 新人監督の独断による原作改悪
 十数億円の赤字確定か
 撮影関係者が語る夢丘監督の醜悪な素顔
 脚本家は訴訟の構え

 と、見出しが並んでいるのが目に入って、私は苦しくなってすぐ閉じた。
 おじさんは言った。
「そして、失敗の全責任を取らせれたんだよ」
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