さえずり

芝川 千曲

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さえずり

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 昨日、実家に帰ってきた。旧友たちが声をかけてくれて、昨夜はそのまま酒盛りコースに突入した。明け方帰ってきて、すぐベッドに入ったわけだが、もう夜が明けたようだ。カーテンの隙間から光が差し込み、チュンチュンとスズメが鳴いている。今日は出かける用事もないし、このさえずりをBGMに、二度寝を決め込もう。
 
 チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン。
 
 うん、元気に鳴いているな。

 チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュチュン、チュンチュン、チュチュンチュチュン、チュンチュン、チュチュンチュンチュン。

 ……ちょっと、多くね?

 チュンチュチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュチュチュンチュン、チン、チュンチュン、チュチュンチュチュン、チュンチュン、チュチュンチュチュンチュン、チュンチュンチュチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュチュチュンチュン、チン、チュンチュン、チュチュンチュチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュン、チュンチュン、チュチュンチュチュン、チュンチュン、チュチュンチュチュンチュン、チュンチュンチュチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュチュチュンチュン、チン、チュンチュン、チュチュンチュチュン、チュンチュン、チュチュンチチュチュンチュチュンチュンチュン、チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ……!

 何千、何万という声が重なり、一つの巨大な生き物の唸り声のようになって、僕に襲いかかってきた。
 
「いや、うるせえな!!」
 
 思わず窓側の壁を蹴りつけたが、その拍子に、足の小指を窓枠の縁に強く打ち付けてしまった。
 
「痛えっ!」
 
「お前がうるさい! 今何時だと思ってる! いい加減早く起きんか!」
 
 部屋に乗り込んできた祖父に、一喝された。
 
「せっかく気持ちよく寝てたのに……休みで帰省してきてるんだからさ、ゆっくりさせてよ」
 
「たまに帰ってきたからこそ、早く起きて家の仕事を手伝え! お前はいつもいつも……」
 
 祖父が説教を始めながら、カーテンを開けた。
 
「……えっ? 何もいない……?」
 
 窓の外を見て、僕は思わず声を上げた。さっきからあんなに騒いでいるスズメの姿が、一つも見当たらない。
 
「じいちゃん、窓の外に、スピーカーでも仕込んでるのか?」
 
 僕はベッドから立ち上がり、窓を開ける。
 
 その途端、無数の見えない何かが、一斉に羽音を立てて飛び立った。姿は見えない。それなのに、小さな羽ばたきが起こした風を顔に感じる。
 
「お前、知らんのか? 透明スズメだよ」
 
 唖然としている僕に、祖父が教えてくれた。
 
「透明スズメ……!?」
 
「姿は見えづらいが、ほれ、あの辺りを群れで飛んでる」
 
 祖父が指差す方へ目をやるが、スズメの群れなど見えない。ただ、さえずりだけが聞こえてくる。
 
「虫なんかもな、天敵の姿が透明だと、気づけずに逃げ遅れるようだ。お陰で田畑の害虫駆除ができて助かるんだよ」
 
「マジか……」
 
 その刹那、窓の隙間から何かが部屋に飛び込み、風を切って僕の頬をかすめた。そのまま窓と反対側の壁にぶつかる音が聞こえた。
 
「うわっ! 何だ?」
 
 姿の見えないそれは、激しく鳴きながら、狭い部屋のあっちの壁、こっちの壁に、ぶつかり続けている。
 
「透明スズメだ。間違って迷い込んで、パニックになっとるな」
 
「ああ、それじゃ、早く逃がしてやらないと……」
 
 僕はスズメが逃げやすいように、窓を全開にした。それに驚いたのか、スズメはさらに激しく鳴き続ける。
 
「ほら! ここから出られるんだぞ!?」
 
 僕はスズメに呼びかける。
 
 しかし透明スズメは、天井にぶつかったり、壁に当たったりを繰り返すばかり。なかなか窓にたどり着けず、部屋の中を飛び回っている。
 
「おい、網はあるか?」
 
 祖父が尋ねた。
 
「そうだ! 子どものときに使っていた虫取り網が、確か……」
 
 僕は押し入れを開け、雑多に詰め込まれたその中から、虫取り網と古びた飼育ケースを取り出した。
 
「貸せ!」
 
 パニックになりながらバサバサと羽ばたき、ガツガツと壁にぶつかり、ヂュン!ヂュン!と鳴き続ける、その音を頼りに、祖父が網を振り回した。
 
「よし! 捕まえたぞ!」
 
 網が激しく暴れ、必死の鳴き声がその中から聞こえる。
 
 祖父は、逃げないように網越しにスズメの脚を掴むと、それを飼育ケースへと移し替えた。スズメの激しく暴れる音が、ケースから聞こえる。
 
 そして祖父は、僕にそのケースを見せつける。……透明だから、見えないが。
 
 いや、輪郭に当たった光と、その透明な体を通して見た向こう側が屈折して見えるから、そこにスズメがいると分かる。爪がカツカツとケースに当たる音も、僕の手に伝わってくる。
 
「透明だ……本当にいるんだ……」
 
 僕は信じられない思いで、食い入るようにその姿を見つめた。
 
「野鳥だからな。気が済んだら逃してやれよ」
 
「ああ、そうだな……」
 
 僕は飼育ケースの蓋を外すと、ケース本体を持って、腕を伸ばして窓の外に突き出した。
 
「もう大丈夫だからな。ほら、行きなよ」
 
 スズメの羽ばたく音が聞こえ、巻き起こった風が僕の腕に当たった。そして、その気配は消えた。
 
「行っちゃったな……」
 
「ああ……。これで一安心だ」
 
 祖父が言った。
 
 僕はスズメが飛んでいった先を、ずっと眺めていた。
 
「あのスズメを発見したのは、実は俺なんだ」
 
 不意に祖父が呟く。
 
「えっ? そうなの?」
 
「ああ、数年前、草刈りをしていたらな、草についた虫を、虫に気づかれることなく捕食している透明なスズメがいたんだ。その姿を見て、これは使えると思ったんだ」
 
「使える、って?」
 
「これだけ効率よく虫を捕まえてくれるスズメがいれば、農薬をあまり使わずに害虫駆除ができる。そう思ってな。できるだけ数を増やせるよう、透明スズメの保護活動をした。今では、この町内は透明スズメの楽園となっているよ」
 
 得意げに話す祖父に、僕は素直に感嘆の声を上げた。
 
「すごいな……」
 
「すごいだろう? もうだいぶ群れも大きくなったから、最近は本当に虫を見かけなくなった。これで今年の米の出来もバッチリだ」
 
 祖父は満足そうに笑うと、窓の外に広がる田畑を、うっとりとした目で眺めた。

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 そして、秋が来た。
 
 テレビのローカルニュースは、スズメによる深刻な稲の食害の話題で持ちきりだった。
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