大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第二章 いつの間にか育まれていたもの

  南十字星のもとで(3)

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 連れ去られてからおよそ三週間後、私は無事に日本へと帰って来た。膨らんでいた桜の蕾はすっかり姿を消し、今では若々しい緑が顔を覗かせている。

「夢のようです!やはり朝霧さんに依頼して正解だった!……もう、諦めていたんですが。まさか今頃手元に戻って来るなんて!」
 すぐに副支配人に会って、例の宝石を返却した。彼は文字通り泣いて喜んだ。
「遅くなってしまってごめんなさい。ちょっと、色々ありまして……」
 名前も知らない土地で、生まれて初めて盗みを働いた。

 きっとあそこは異空間で、全部夢の出来事だったに違いない!などと都合の良い解釈をしてみる。

 宝石が戻った事をいたく喜んだ支配人までが、自ら面会を求めてきた。そして、直々に報酬の五千万円の小切手をいただいた。
 何でもあの宝石には一億の保険が掛けられていて、盗まれたと判断されてその支払いを受けたのだそうだ。


「これでどうにか依頼完遂!」自宅にてようやく一息つく。

 もうかれこれ半年もあの人に会っていない。
 新堂さんの顔が思い浮かんで、思いきって電話してみた。

「もしもし。ユイですが」
『やあユイ。久しぶりだな、元気か?』
 感情の読み取れない、いつもの口調で新堂さんが電話口に出た。
「ええ。あなたは?」
『こちらも順調だ。そう言えば、部屋の掃除してくれたみたいで助かったよ」

 そんな事などすっかり忘れていた。
「ああ……ええ……」あの散乱振りを思い出してしまい、返答に困る。

『で、どうかしたのか。何かあったか?』
 そんな私の困惑など知る由もない彼は、さっさと話題を変えて質問を始める。
「いいえ、別に用はないの。迷惑だったわね、切るわ」
 彼の素っ気ない口調にさらに困惑して、電話を切ろうとした。

『待て!迷惑なんかじゃない。ユイの声が聞けて嬉しいよ』
 耳を疑うような言葉が返ってきて、大いに驚く。

『もしもし?聞こえてるか?』沈黙する私に再び声がかかって、「あ、うん!もちろん聞こえてる」と慌てて返事をする。
『今の仕事が片付いたら、会いに行こうと思ってたんだ』
「ホントに……?」

 新堂さんが会いに来てくれようとしていたなんて!そんな喜びを悟られまいと、わざと話を反らす。
「今のお仕事、大変なの?」

『まあな。経過観察のために、少なくとも半年は必要だった。それがもうすぐ終わる』
 どうやら彼は外にいるようで、電話越しに僅かに車のクラクションなどが聞こえる。
「ごめんなさい、今、外でしょ」
 状況も知らずに話し始めていた事にようやく気づく。
『ああ。これからまた別件が入ってるんだ。落ち着いたらこちらから連絡する』

 返事を返してすぐに電話を切った。

 相変わらず忙しそうな新堂先生。彼を掴まえるのは、依頼でもない限り難しそうだ。何だか力が抜けてしまった。


 それから彼が連絡をくれたのは、日差しに初夏の勢いを感じ始めた頃だった。
 結論から言えば、会っても何の事もなく私の部屋でワインを飲んだ、ただそれだけ。別にそれ以上の進展を望んでいる訳でもないけれど!

 この日は離れていた間に起こった近況報告などをした。取りあえず私の方は、エリックの事を除いて南半球で依頼を受けた事にして語る。
 何しろ、イケメン怪盗に誘拐されたなどとは口が裂けても言えない。

「向こうのワイン、美味しかったわよ!」
 大まかに掻い摘んで話した後に、こう締めくくる。
「それは興味深い。どこの国だ?」
 この質問には困った。結局、正確な地名がどれ一つとして分からなかったから。

「ええっと……どこだったかしら、忘れたわ」
 誤魔化してみるも、明らかに怪しんでいる様子。「ユイ。何を隠している?」
 意外に鋭いじゃない……と彼を見上げる。
「実はさ、自分で行ったんじゃなくて、連れ去られたっていうか……」段々声が小さくなる。
「何だって?!」

 仕方なく例の美術館の依頼の件を説明。そして怪盗エリック・ハントに誘拐された事を打ち明けた。

「何て事だ!なぜ言ってくれなかったんだ?」
「だって……、新堂さんに言ってどうするのよ」
 この反応は予想外だった。助けに来てくれるつもりだったとでもいうのか。

「勝手な事をされては困る!」荒げた声でそう言って、いきなり立ち上がった。
 誰に言ってるのよ……。もしかして、エリックに?
「落ち着いて、新堂さん!何もなかったから!ケガもしてないし、ね?」
 彼の着衣を引っ張りながら慌てて宥める。

「あ、ああ……済まん、大声を出して」彼が思い直して腰を降ろした。
 そんな新堂さんの姿が嬉しくて、思わず笑みが漏れた。
「私の事、心配してくれたのね。嬉しいわ」
 もしかして、私がエリックをほんの少しでも魅力的だと思ってしまった事を知ったら、本当に嫉妬してくれるかもしれない。

 こんな妄想をして、途端に虚しくなった。この人は私の恋人にはなり得ない。私に一切恋愛感情はないと断言した彼。
 あれから幾らかの年月が経っているとはいえ、強固そうなこの人の気持ちがそうそう変わるとは思えない。彼の態度もそれを表している。

 けれどここ数年の彼の言動は、時折愛情を感じてしまうような瞬間がある。

「ユイ」不意に彼が私を呼んだ。
「はいっ!」妄想の最中だったため、反射的に出た声は妙に響いた。
 そんな事は気にも留めず、彼は無表情で言う。「あまり、危険な仕事は受けるな」

 私が黙っていると、口元に手をやりながらあっさり言い直された。
「いや。私が口を出す事ではなかったな。今のは忘れてくれ」

 複雑な心境のまま飲んだこの日のワインは、あまり美味しくなかった。


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