イケメンマフィアの仰せのままに~断れるはずありません!

氷室ユリ

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第五章 築き上げるカクゴ

40 誘拐事件(1)

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「行って来ま~す」
「行ってらっしゃい、ヴァシル。あなた達、今日もよろしくね」
 登校するヴァシルを玄関で見送った後、いつもの護衛達にユイが告げる。
「かしこまりました、ユイ様」

 慣れた様子で黒塗りセダンの後部席に乗り込んだヴァシル。その横顔はラウルに瓜二つで、毎回ユイの顔がほころぶ。
「ラウル小型版、何て可愛いのっ!…それにしてもホント、兄弟でどうしてこうも違うのかしらねぇ」
 ユイがこう嘆くのは、双子達が送迎や護衛の人間を嫌がるためだ。
 小1の双子達はヴァシルと登校時間が異なるため、後から送り出している。

「ま、気持ちは分かるけど…」
 遠い昔の自分にも覚えがあるからこそ、ユイには共感できる。

 子供に護衛付きの厳つい送迎車は、明らかに普通ではない。だがこういう家に生まれた以上は避けられない事だ。
 何せあのラウル・フォルディスの息子達、危険に晒されないはずがないのだから!

「ユイ。私も出かける」
「あらラウル、もう行くの?」
「少し早いが、ヴァシルと途中まで一緒に行く事にした」

 ラウルの言葉を聞き、部下の一人が慌てて運転手の元に走り状況を伝える。
 走り出す寸前だった車は再び待機状態となった。

「そう。今回はニューヨークだっけ。本当にダンは連れて行かなくていいの?」
「ああ。ダンには子供達の警護を言いつけた」
「私がいるから平気なのに!」
「私もそう思うが、いればおまえの手足として使えるだろう?」
「それもそうね~」ユイが笑う。

 ラウルは今日からしばらくニューヨークで開かれるマフィアの会合に出かける。
 いつも同伴するダンは、今回居残りを命じられた。もちろんこれには理由がある。
――はっきりした事は言えない。何となく、嫌な予感がするのだ――
 そう、それはラウルの勘である。
 だがしかし侮るなかれ、ラウルの勘はダンのとは違ってほぼ当たる。

 今やユイを意のままに手の上で転がすラウルだから、気分を害させずに自身の主張を通す事は容易い。
 ダンの任務はユイと子供達を守る事。それとなく察したダンもすんなりと受け入れている。

――本来は側近として共にあるべきところですが、ラウル様の命令は必ずや果たします。このダンが、全力でお守りいたします!――
 後方に控えるダンは強い意志を宿した目でラウルを見る。
 一瞬だけ目が合って、ラウルが微かに頷くと、ダンは深々と頭を下げた。
 この二人の間に言葉はいらない。

「良かったじゃない、ダン。遠方の出張となると愛娘に会えなくなるものね~」
「あなたと違い、自分は仕事とプライベートの切り替えをきっちりしておりますので問題ありません。ご一緒できず残念です」
――ラウル様が同じ状況なのによくもそんな事を?――
「何よ、私だってしてるもん!」
「それはどうでしょうなぁ」

 こんな事を言い合いながらエントランスまで出る。

 後部席に二人並んだ姿は、どこから見ても良く似ている。
 窓が開き、ラウルがユイに告げた。「では、留守を頼む。ユイ、愛している…」
「気をつけてね、ラウル。愛してるわ」
 そのまま顔を寄せてキスを交わす。

 名残惜しさ満載で離れた二人は、微笑みと共に別れた。

「さて!問題はこれからよ?ダンも協力して」
「何をですか」
「何をじゃないわよ、分からず屋の双子ちゃんの説得に決まってるでしょ」
「ああ…そちらで」
 いつもの日課と化しているこの件に、ダンは軽くため息をつく。

「ねえ?どうせならここにスクールバス呼びつけてよ。それならあの子達も納得するわ」
「ご冗談を!できる訳がないでしょう」
「あらなぜ?あのお金持ち学校、遠方の子供はバスで送迎してくれる事になってるじゃない」

――また…お金持ち学校などと!――
 一瞬顔をしかめたダンだが、気を取り直して淡々と答える。
「その必要はございません。第一バスにここまで巡回させるとなると、他の生徒の通学に倍の時間がかかってしまいます」

 正論を突き付けられてユイが閉口する。
――何でこういう時にまともな事言うのよ?どうせならお金持ちにその必要はない、とか言ってよね!――
「んもうっ。あの子達に負けず劣らずの屁理屈ね!」
「屁理屈ではございません、現実問題です」
「あ~はいはい!ラドゥ、シャーバン!用意はできた?そろそろ登校時間よ!」

 憤慨しながら屋内に入って行く後ろ姿を眺め、ダンはまたもため息を吐く。
「ユイ様の庶民振りは変わらずだな!」
 この屋敷に来た当初の事を思い起こして、ダンは苦笑した。そんなユイの息子もまた、金持ち体質になりきれないのか?と思うも、そうではない。

 彼等においては単に煩わしく思っているだけである。特にシャーバンは。
「なんで学校に行くのに護衛の人が必要なの?誰もそんな人連れて来てないよ!」
「だから、あなた達はその辺の子達とは違うの。お金持ちの家に生まれたんだからしょうがいないでしょ」

――これまた何という陳腐な説得…頭が痛いわい!――
 ダンが心で嘆く。

「お友達に嫌われたらどうするんだよ?僕達が一人ぼっちで寂しい学校生活を送る事になっても、ユイはいいんだ!」
 シャーバンに続いて、いいんだ!とラドゥがこだまを返す。
「あ~分かった、じゃあ全部無しでいいわ。歩いて行くのね。ここから学校は遠いから、かなり体力付くわよ~結構結構!」
「うぇぇ~…それはちょっと」ラドゥが真っ先に根を上げる。

「おいラドゥ!そこで折れるからいつも負けるんだぞ?僕は歩くよ、ユイ」
「良くぞ言った!さすがは我が息子」
「ユイ様!いけません、そのような…!」
「ボクは…ボクは…」
「ラドゥは?どうする?」
 折れかけているラドゥにユイが迫る。

「送り迎えだけならいいかな」
「ラドゥの裏切り者!」
「シャーバン。そうやって張り合わないの。ほら、もう行かないと遅刻するわよ?一年生から遅刻なんて、私だってしてなかったんだからね」
「じゃあユイは何年生から遅刻してたの?」
「う~んと、三年生くらい?」
「ユイ様!」
――してたんですかっ!ラウル様は一日たりともなさった事はございませんぞ?――

 えへっ、と笑うユイはどう見ても母親ではない。

 ダンは嘆き顔をキリっと戻し、子供達に向き直る。
「さあさあ、行きますぞお二方。お忘れ物はございませんな?」
「ある」
「おお、それは大変!何です?このダンが持って来て差し上げましょう」
「ユイを忘れてる~!一緒に行こうよ、ね、ユイ?」
 さっきの言い合いなどすっかり忘れたのか、二人は声を揃えて言うとユイに抱き付く。

 二人ともユイが大好きなのだ。それは母としてというよりも、賑やかなお姉さん的感覚かもしれない。

「きゃ~っ、私も行きたい!付いてっちゃおうかなぁ」
「うんうん!なら送迎大歓迎!」
「って事で、私ちょっと出て来るわ。ついでに護衛もできるし」
「かしこまりました…」

 そんなこんなで嵐のように3人は出て行った。

 取り残されたダンは呆然とする。
「何ともあの方は、本当にいつまでも変わらない」
 小娘だったユイも今や35歳。そしてダンはもう50を過ぎている。それでも変わらないものは変わらない。
 だがそれが逆に頼もしくもある。


 ユイが帰宅すると、ダンは改めて説教を始める。

「ラウル様がご不在の今、油断は大敵なのです。過度の警戒も時には必要かと」
「それ、私の気が緩んでるって聞こえるんだけど?」
「そうです。護衛の者を付けずにお子達を送り出そうなどと、正気とは思えません!」
「ラウルが不在だからって、何かあるっていうの?」
「私が敵なら狙いますね。ユイ様は違うのですか」

 ユイは大きく息を吐き出した。
「確かに。ボスの不在時に目を付けて家族を狙う。攫って交渉材料にするか、怨恨の復讐なら皆殺しね」

――…この冷酷さ、ラウル様に匹敵する!――
 ダンが日頃ラウルに向けている羨望の眼差しがユイに注がれる。
「分かってるわ。ラウルがあなたを置いて行った理由くらい!言っとくけど、それくらい気づいてるから」
「でしたら安心しました」

 過去にユイはラウルに危険が迫る中、知らずに屋敷を離れてしまった。ダンの無言の訴えに気づかずに。あの時の教訓は固く胸に刻み込んでいる。

「あの子達に持たせてる携帯のGPSで居場所は分かる。何かあれば警報も来る。車両は防弾、運転手もそれなりに武装してる。油断してるつもりはないんだけど?」
「…申し訳ございません」思わずいつもの調子で謝るダン。
「で?脅威のお相手は分かってるの?」
「いえ。特定の敵は今のところ浮上しておりません」
「そう」

――勘、ってヤツね。ならこれ以上の情報は得られないか――
 冷やかしもせず短く返事をして、ユイは口を閉ざす。

「ヴァシルは差し当たり問題ないとして、問題は双子達ね。帰りも私が迎えに行くわ」
「いいえ。ユイ様は屋敷にいてください。自分が参ります」
「分かった」
 いつもならば反論するユイも、今回はすんなり受け入れる。ここに留まった方が、不測の事態が起きた際に動きやすいからだ。

「それにしてもです、ユイ様は、お子様達に甘すぎませんか?」
「愛する子供達の意思を尊重したまでよ。これが私の教育方針なの。周りから好奇な目で見られる事が苦だなんて、あなた達には分からないでしょうけど!」
「ええ分かりませんね。ヴァシル様はあの通り何も申しておりませんが?」
「双子が私に似たって言いたいんでしょ!どうせ一般庶民の出よ、私は!だけどね、そんなの血に反映するかっつーの!」

 二人の言い合いは、次第にエスカレートし始める。

「大体子供に向かって、金持ちの家に生まれたんだからしょうがないって何です?ラウル様でしたら、そんな陳腐な説得の仕方は絶対に致しません」
「陳腐で悪かったわねっ!ならあなたなら何て言うのよ」
「この歴史あるフォルディス家に生まれた自覚を持ち…」
「固いわね~そんなんじゃ子供の心は掴めないわよ?娘さんに嫌われないように気をつけてね!んじゃ」

 ユイは会話を一方的に終わらせて出て行く。
「あっ、まだ話している途中だ!…」

 すでにユイはいなかった。この二人の言い合いにおいて、ダンが勝者気分を味わえる事はほぼない。ほとんどが消化不良で終わる。
「…あああ!モヤモヤする!」


 その晩。息子3人を寝かしつけ終えてユイが寝室へ向かうと、示し合わせたように電話が鳴った。

「ハロー?」
『ユイ。そろそろ休む頃だろうと電話してみた。今大丈夫か?』
「完璧なタイミングよ、ダーリン!どう?そっちは」
『ああ。至って快適。問題ない。そちらはどうだ』
「ええ。毎朝の荒波を除けば…」
『荒波?天候でも悪いのか』

――違うっ、そうか、ラウルは知らないんだった――
 双子が送迎やボディガードを嫌がっている事はそれとなく伝えたが、ユイの教育方針についてラウルは完全には把握していない。
『荒波…そこは位置的に海からは遠いだろう…ユイ?』
――ルーマニアが面しているのは黒海だが…。荒波?――
 返事を貰えないラウルは、言葉を真に受けてまだ考えている。

「ごめん、バタバタしてるって意味で言ったの。日本語のニュアンスは英語にはないよね。問題の内には入らないわ。皆元気よ」
『それを聞いて安心した。おまえも元気だな?』
「私?私はいつも絶好調よ!どうして?」
『いや…特に理由はない』
「もう!心配性なんだから、ラウルは」
『会えなくて寂しいよ』
「私も…」

 少しの間の後ラウルが言う。『あまり、ダンとケンカするな?』
「だったらあの減らず口を何とかして!」
『分かった』
 あまりにも真剣な声が返って来て、再びユイは焦る。
「あの!ラウル?その…冗談だからね?」
『分かっている』

 小さな笑い声と共に返された言葉で、ユイの焦りは安堵に変わった。
――分かりずらい…冗談か本気か、電話だとさらに分かんない!――

 ラウル相手では、対面であっても見抜くのは至難の業である。

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