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5 探りあい(1)
しおりを挟む今日は全校生徒の健康診断を行う事になっている。何やらの手違いがあったらしく、昨年に予定されていたものがずれ込んだのだ。
この時期は受験シーズンのため登校する生徒が少ないので、俺的には大いに不満だ。
俺が校医を仰せ付かってからは血液検査も加えた。それはもちろん食糧確保のためだ。断っておくがこれは純粋に検査。俺が戴くのは検査終了後の余った血液のみなので念のため。
それは例外なく、朝霧ユイにも行なわれるはずだった。というのも、彼女が直前にまたも気を失って倒れたためタイミングを逸したのだ。残念ながら、朝霧ユイの血を味見する機会は失われた。
今回彼女が倒れたのは、鬼とは何の関係もなく、単に注射を恐れての失神だった。
これは彼女の友人達の思考を読んで、推測した事だが。
「気がついたかな?」
医務室のベッドにて、薄っすらと目を開けた朝霧ユイに声をかける。
「えっ、新堂先生?何で……?」
「検査の順番待ちの最中に倒れたんだ」
説明してやると、どこか恥かしそうに顔を赤らめた。なぜかそんな姿が妙に可愛らしく感じた。くれぐれも言っておくが、俺はロリコンではない。
「急に起き上がらない方がいい。また、めまいが起こってしまうからね」
起き上がろうとしたため注意する。少々血圧が低めのようだったので。
「心配するな。君は元々色白だから、説明などどうとでもなる。貧血で倒れたと言ってあるよ」不安そうにする彼女に伝える。
「まさか、注射が怖くて卒倒する女子生徒が、本当にいるとはね!医者をしていて初めてお目にかかったよ」つい本音を言ってしまった。
対する朝霧ユイは返す言葉もないようだ。
黙り込む彼女に付け加える。「少しは気分が良くなったかな?朝霧ユイさん」
正体を知られたとはいえ、ここでは校医と生徒として普通に振る舞う。そして彼女も今までと何ら変わらずに接してくる。
ここ数日、朝霧ユイの会話に聞き耳を立てて過ごした。その周辺にいる生徒等にも監視の目を伸ばして。だがヴァンパイアに関する話は一切出てこなかった。
秘密にするというのは、どうやら本当のようだ。
不思議なヤツだ。普通ならば周りに言い振らさずにはいられないだろうが?
「あ、あの……それで私の採血は?」
「もう済んでるよ。気を失っている間に終わらせた。感謝して欲しいね」
そういう事にしておこう。
「ありがとうございます」
彼女が心からそう言った事が心を読めなくても分かった。それくらいホッとした顔をしたのだ。
「今日はもう帰りなさい。週末はゆっくり休む事、いいね?君の母親に連絡を入れておいたから、時期に迎えに来る」
それからおよそ三十分後。スリッパで廊下を走る音が響き渡る。
やがて足音は医務室の前で止まり、母親のミサコが顔を覗かせた。
「ユイ、大丈夫?最近、あんまり眠れてないって言ってたし。心配してたのよ」
鬼退治は済んだと、母親にも報告すべきだろうか?
「お母さん、心配し過ぎ。単に注射が……怖かっただけよ」
安心させるべく言った言葉だろうが、本人は何とも恥かし気だ。そんな様子に思わず笑いが込み上げそうになる。
「まあ……。あなた、まだそんななの?実は前にもあったんですよ、こういう事が」
俺に向かってミサコが打ち明ける。
「おや、そうだったんですか?」もうダメだ、笑いが堪え切れない。
そんな俺の顔を見てさらに顔を赤らめ、朝霧ユイはついにベッドから飛び降りた。
「もういいから!そんな話は!帰る!」
慌てて母親を引っ張って医務室から出て行った。
やれやれ。それでは俺も帰るか。
今日は金曜。週末はここへ来る必要がないから、遠出して遠方の患者でも見繕って食事をさせて戴くとしよう。
そして迎えた翌週、昼休みに入って少し経った頃。
「新堂先生、朝霧ですが……あ、ごめんなさい、失礼しました!」
朝霧ユイが医務室のドアを開ける事は、数分前からすでに分かっていた。芳しい血の香りが濃厚になってきていたから。
彼女が入室を躊躇したのは先客があったからだが、ちょうど良かった。なかなか解放して貰えなくて困っていたところだ。
「朝霧さん。入って大丈夫だよ、何か用事かな」
「あの、用ってほどの事はなくて……取り込み中みたいなので出直します」
「待って!そうだ、私から君に用事があったんだ。さあ、君達はもう教室へ戻って」
出て行こうとする朝霧ユイを引き止め、俺の周囲を固める騒がしい女子生徒達を追い払う。
「はぁ~い。朝霧センパイ、失礼しますね!」
「はいはい……ごめんね、邪魔して」朝霧ユイが面倒そうに下級生達をあしらう。
「私達、もう目的果たしたので大丈夫です!ではごゆっくり~」
意味深な視線が朝霧ユイに向けられている。邪魔された腹いせか?
試しに出て行った彼女達の心の内を探ってみる。
――新堂先生が学校に来る貴重な日なのに!ムカつく~。独り占めする気?
――朝霧センパイじゃ仕方ないよね。あんな見た目でも、怒らせると怖いって聞くし!
――センパイ可愛いし、新堂先生もセンパイの事好きなのかなぁ。
どれも単純な思考だ。とにかく嫉妬という感情が全面に出ている。慕っている相手に向けるにしては尖った感情だ。年頃の娘の考えは、心を読んでさえも謎が多い。
彼女達が出て行くと、部屋は途端に静かになった。
「ちょうどいいところに来てくれたね。困っていたんだ」
「困ってただなんてホントですか?先生ったらモテモテ……」ヤキモチ、妬いちゃうんだからね?と小さな声で囁いている。
「……おいおい、君まで困らせないでくれよ?」
「はい?」
キョトンとする朝霧ユイを見て、どうやらヤキモチの件は冗談だったのだと理解した。
「そんな事より、これ、良かったら食べるか?」
机には、彼女達が置いて行った手作り弁当が三つ並んでいる。
「もう食べたからいらない。それに、あんな子達が作った物なんて!」
「おや。彼女達は君をとても慕っているようだったけど?」先生はね、君が彼女達をどう捉えているのか興味があるんだ。向学のためにね。
「慕ってるだなんて!上辺だけですよ。ほら、私の親父ヤクザだから?もう離婚してますけど!それ知ってるんでしょ」
なかなか鋭いな、朝霧ユイ。彼女達は実際君を恐れているようだよ。
それにしてもヤクザとは!それは知らなかった。どうりで君は肝が据わっている訳だ。
「で、それ、どうするんですか?三つも食べ切れないんじゃない?何で全部貰っちゃうかなぁ」並んだ弁当に目を向けて、呆れたように言う。
誰のせいだと思ってる?俺だって好きで受け取っている訳じゃない。
「君が転校してくる前までは、全て断ってたよ。……まあいい。それで?何か用か」
「あ……、だから別に。あれからちゃんと、話してないなって思って」
「何について?」
黙り込んだ彼女を見てすぐに内容を把握する。ここではまずい話だと。
「良ければ帰り、私の車で家まで送ろう。その間に話せばいい。どうかな?」
「ホント?!嬉しいです!今日雨だからお母さんに送って貰ったので。それならお迎え断っとかないと……」
「ああ、そうして。授業が終わったらまた来なさい」
元気な返事を残して、朝霧ユイは出て行った。
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