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7 挑発(1)
しおりを挟むその後二日間はユイに会う事はなかった。別に避けていた訳ではなく、たまたま隣町でオペが入ったりと忙しくしていたのだ。
その間、彼女は例の男に送迎されていたようで、厳重な警戒体勢には恐れ入る。
そして三日目の午後、校内にて廊下を歩くユイを見かけ、その後ろ姿に声をかけた。
「朝霧さん。君が保健係だってね、今後よろしく頼むよ」
「うわっ!驚かさないでください……。先生が私を指名したんでしょ?どうしてですか。もう三学期も終わるっていうのに!」
俺は朝霧ユイを保健係にさせるよう担任に願い出た。呼び出す時に口実にできる。
「一緒に過ごすなら、気の合う人間とがいいからね」
「気が合うって……。もしかして私が秘密をバラさないか、監視する気ですか」
ああその通り。強烈な人物が現れてユイが洗脳されでもしたら厄介だ。今の驚きようからすると、すでに手遅れかもしれないが……。
俺にじっと見下ろされて、ユイは戸惑い始めた。
「何ですか……?」その声はいつもよりも随分と弱々しい。拒絶の意思を感じる。
「放課後、時間あるか」
呆然としたまま答えないユイに止めを刺す。
「ユイ。付き合って、くれるね?」
瞳の魔力が暗示を掛ける。俺の要求を断る事は不可能だ。
「……はい」
ユイはそう答えたまま、俺の瞳に惹き寄せられているのか、その場から動けないでいる。
「今日はお迎えは断りなさい」どうせ、あの男が迎えに来るんだろう?
「……今日は、自転車で来てるので」
意外だった。あの厳重警戒態勢はもう解除されたのか。確かにあの強烈な思考は、昨夜から途絶えている。この町から出たという事か?
俺は最後の仕上げに耳元で囁いた。「それでは後ほど」
放課後、愛車の元でユイを待っていると、彼女は思いのほか早く現れた。
「早かったな」
「この受験真っ只中に、悠長に教室にいる人なんていませんよ」
「君は受験しないのか?」
少しの間の後ユイは、「しません」ときっぱり言い切った。そんな経済的余裕は家にはないから、と呟く声も余さず聞き取る。
俺は軽く微笑むだけにして、何も聞かずに静かに助手席のドアを開けた。
「失礼します」
「どうぞ」
ユイを乗せて自分も乗り込む。
「さて。少し遠出して、夕食でも一緒にどうかな?」
「それは困ります、お母さ……母に、何も言ってないので」
「ミサコさんにはもう連絡を入れておいた。保健係の仕事で少し付き合ってもらうので、夕飯はご馳走して家に送り届けるとね」早速言い訳に使わせて貰おう。
「え!そんな、勝手に……」
「迷惑、だったかな」
控え目に尋ねてみると、彼女は俯いて萎縮した。「私的にはそうじゃないけど……」
あの男の命令に背く罪悪感か。
「心配そうだな」
「まさか!……」勢い良く返ってきたが、その後の言葉が続かない。
「いいのか?君のナイトが不在中に、こんな誘惑に乗っても」
ユイはあからさまにギクリとして、俺の方を見る。
「今晩は帰さないかもしれないぞ?」面白くなってわざと悪戯っぽく言ってみた。
「でもお母さんに、送り届けるって言ったんでしょ?」
「今夜、とは言ってない」
ユイは黙り込んだまま何も言い返してこない。やはりこの娘は悪魔ではないようだ。
初心な小娘相手に大人げなかったか。「安心しろ、冗談だよ」
「だがもう、自分に嘘をつくのはやめる事にする。思うままに進むよ。この先に待つのが、例え地獄であってもね」
あの男が現れて決心した。いや、決心させてくれた。あそこまで敵対心剝き出しで来られると逆に挑みたくなる。大いにこの娘に近づいてやろうじゃないか?
……それに、こんなに興味を惹かれる相手になど、そうそう出会えないのだから。
「どういう意味?それって……目に付いた人間の血を飲むって事?」
またその話か。俺の食事の話はいい。これから君の食事に行くんだからね。
「そんな事より、何が食べたい?リクエストに答えるよ」
リクエストが戴けなかったので、手頃なレストランを見繕って駐車場に入った。
「ここでいいか」
「はい、どこでも」
「今日はやけに大人しいな。体調でも悪いか?」
「いいえ」
さっきからずっとこの調子だ。口数少ない彼女に不安が募る。一体何を考えている?
心が読めないのは大いに痛手だ。
平日の夜とあって店内は閑散としている。それが狙いなのだが。例え夜であっても、あまり混雑した店には極力入りたくない。
「二人だ」
女性ウェイトレスは、後ろで俯いているユイを確認すると、席に案内した。小柄な彼女は俺の影に隠れて、見えていなかったらしい。
案内されたテーブルにつくと、ユイが不満そうに言った。
「ねえ先生?そういう笑顔、やたらに見せない方がいいですよ」
「そういう笑顔って?」
「その気があるとか!思われちゃうって事!」どうやらご機嫌斜めのようだ。
「ユイはどうなんだ。そう思った事、あるとか?」
もう少し、からかってみる事としよう。
「イジワル!」分かってるクセに、と付け加えて俺を睨んだ。
まあ、散々避けられた男の事をそんなふうに思うはずはないか。これは失礼。
それにしても自分は、そんなに笑顔を振りまいていたのか。そんなつもりは全くなかったが……。今後気をつけるとしよう。
やがて料理が運ばれ、ユイの前だけに並ぶ。
「さあ。遠慮なく食べてくれ」
「先生は、本当に何も食べないの?」
「ああ。必要ないんでね」
「……つまんないの」
こんな呟きは聞き流した。
こんなふうに人間の食事風景を眺める事(それも一対一で!)など今までなかった。とても不思議な気分だ。
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