52 / 55
52 船出
しおりを挟む静かな一夜が明け、しめやかに葬儀の準備が進められる。
「新堂先生に全部やらせてしまって、ごめんなさいね」肩を落としたミサコが言う。
「いいえ。夫としての務めですから。それでお願いなのですが、私の国のやり方でユイを送ってやりたいと思っています。よろしいでしょうか」
「構わないわ。ユイはあなたの籍に入ったんだもの」
すぐにこんな答えが返って来て、丁重に礼を述べる。
貸し切ったセレモニーホールにて、通常は教会で行う手続きを進める。その後墓地へ移動となるのだが、土葬と聞いてミサコの親族が異議を唱え始める。
〝この時代に何でだね?〟
〝全く!結婚式の後に、立て続けに葬式だなんて不吉だ。何かあるんじゃ?〟
〝あの旦那だって死にそうな顔じゃないか!ユイの死因は?何かの伝染病か〟
声はとても小さいが、あからさまに敵意の視線を向けられている。
一部始終、聞こえているんだが?
向こうの一帯に立ち込める、モヤモヤとした思考の固まりが次第に大きくなる。
こんな状況に、ついにミサコの堪忍袋の緒が切れた。
「静かにして!私の娘夫婦に文句がある人は、この私を通してから言ってちょうだい。影でコソコソ言うのは禁止よ!」
辺りは一気に静まり返った。
「これでいいわ。ごめんなさいねユイ。こんなんじゃ、うるさくて眠れないものね」
俺は何も言わず、ミサコに誠意を込めて深く一礼した。
その後葬儀は順調に進み、掘られた穴に棺が静かに下ろされる。
参列者が一人ずつ思いの丈を口にしながら土を投げ入れて行くのを、ミサコと共に側でじっと見守る。
そして最後に、牧師が祈りの言葉を述べる。
「新堂ユイ。ここに永遠の、輝かしい記憶を……アーメン」
全てを終えて、参列者は次々と帰って行った。ミサコと俺が残される。
「新堂先生、今日は本当に良くやってくれたわ。きっとユイも満足してる。私もよ。こちらの親族が失礼な事を言って、ごめんなさいね」
「いいえ。ありがとうございました。ミサコさんのタンカ、ユイの言葉のようでした」
「あら!嫌だわ!」
俺達はユイの威勢を思い出して笑った。
「先生、これからどうするの?」
「国に、ロシアに帰ろうかと。ここに一人でいるのは、少々辛いので」
「そう。でもそうすると、ユイがここで一人ぼっちになってしまうわね……」
そもそもここだって縁もゆかりもない地だ。たまたま俺がここに家を建てたというだけなのだから。
「それでミサコさんに、折り入ってお願いがあるんですが」
ミサコにだけは嘘はつきたくない。ここからユイはいなくなる。
「それはもちろん、ユイにとっても良い事なのでしょう?」
どこかワクワクした様子のミサコ。こんなプラス思考なところも、ユイそっくりだ。
「向こうで住まいを確保してから、彼女を向こうに連れて行こうと思っています」
「つまりお墓を移すって事?」
俺は頷いた。「そんな事が許されないのは分かっています。ですが、私もどうしてもユイを一人にさせたくない。側に、いてやりたいんです」
しばらく考え込んでいたミサコ。
問題はもちろん親族の意見だ。間違いなく猛反対されるだろう。
「やっぱり、難しいですよね」諦めモードで言ってみる。反対されても強行突破するつもりなのだが。
ミサコの頭の中には、親戚達の顔が次々浮かぶ。そして最後にユイの顔。
さあ、どう出る?なかなか答えが見えてこず、やきもきする。
「いいえ。それがいいわ」唐突にミサコは言った。
「いいんですか?しかし……」問題は解決していないのでは?
「さっきみたいな心ない事を、平気で言う人達の事を気にしてるの?」
肯定の意味で沈黙を保ち、ミサコの次の言葉を待つ。
「問題ないでしょ、黙ってれば。誰もここを掘り起こして見ようなんて思わないもの!」
またもドキリとする事を!まさに自分が、今夜それをするのだ。
「ミサコさん。こちらの我がままを聞いていただいて感謝します。あなたは大丈夫ですか?」何か要望があれば伺います、と意見を聞き出しに入る。
どうにも今のミサコの心は読みにくい。本人自身が混乱している証拠だ。
「ええ大丈夫よ、新堂先生のお陰。覚悟ができていたからかしら。自分でも不思議と冷静でいられてるの。今はただ、単に実感がないだけかもね」微笑さえ浮かべるミサコ。
あなたを、こんな事に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。喉元まで謝罪の言葉が出かかった。
「あの子も、私の涙なんて見たくないでしょうし」散々泣くなって叱ってきたから、とミサコがおどけて言った。
そんな様子につられて微笑んだ。「そうですよね」
「あれ、いいわね、最後の牧師さんの言葉。気に入ったわ。永遠の輝かしい記憶をって。新堂先生?どうか忘れないでいてね、娘の輝いた日々の事……」
「もちろんです。国に帰っても、私達はずっと一緒ですから」本当の事だったが、もちろんミサコには言えない。
「ありがとう……。あなたの住所と連絡先、決まったら教えて。ユイのお墓参りも、たまには行きたいから」
「もちろんです」感謝の意味を込め、心からの笑みを向けて答えた。
この日、ミサコは最終便で日本を発った。
「こっちの親戚達にはうんざりよ!私にはイタリアの陽気さが性に合ってるみたい!」
こんな捨てゼリフを残して笑顔で手を振る姿は、やっぱりユイそのものだ。
こんなミサコならばきっと大丈夫だ。この事を早く、ユイに伝えてやりたい。
0
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる