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1話 『瑠衣はこういう奴である』

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 「君の寿命は尽きた。 私の管理する世界の所為で、君の運命を変えてしまった事、本当に申し訳なく思っている。 その代わりに、次の人生は君が生まれ変わりたいものに変えて上げよう。 何が良いかな?」

 主さまが目の前に立ち、しわがれた声で微笑んでいる。 相変わらず年齢と性別が分からない姿をしている。 瑠衣は全てが真っ白な世界にいた。

 「もしかして、元の世界で生まれ変わるのか?」
 「うん、そうだよ。 私の作った身体から抜け出した君の魂は、元の世界、日本で生まれ変わる」
 
 瑠衣は主さまの話を聞き、考えて答えを出した。
 
 「なら、答えは一択だ。 元の世界に帰れるなら、優斗と華ちゃんと一緒に帰る。 俺の勘だけど、優斗はまだこっちの世界に残るんだろう?」
 (主さまの言う事が本当なら、仁奈はもう、日本で生まれ変わってるだろうな)
 「ふふっ、君のその感情は本当に友情なのだろうか?」
 「友情に決まってる。 俺は優斗と華ちゃんを連れて帰るよ。 あいつは華ちゃんを置いて帰れないからな」
 
 主さまは瑠衣の言葉を聞くと、面白そうに笑った。
 
 「そう、本当に君たちは面白いね。 そうだよ。 彼らはまだ元の世界には戻れない。 次の生を全うし、魂に帰る事で元の世界に帰れる。 君たちの魂は、あちらで生まれたのだからね。 君の望みを叶えよう。 どうせだから、オプションも付けてあげるね。 君にとっても必要だろうしね。 丁度まだ、生まれ変わるのを待っている状態だし。 ふふっ、賭けは私の負けのようだ。 最初から分かってたけどね」

 主さまがにっこり笑うと、瑠衣の意識が遠いていく。 光の粒に包まれ、鳥籠の様な物に入れられる。 籠の中には、色とりどりの光の粒に包まれた光る球体が2体、並べて置かれた。

 「その時になったら、目覚めさせてあげる。 それまではおやすみ。 この子と一緒にね」

 主さまは、しわがれた声でそう言うと、独りでに白いカーテンが閉められた。

 ――海岸沿いにある丘の上に、瑠衣たちが通う私立の高校がある。
 
 瑠衣は渡り廊下の端で友人の小鳥遊優斗と、同じクラスの花咲華が話しているのを見守っていた。

 「あの、花咲。 今度の日曜に、部活で試合があるんだけど。 良かったら見に来ない? それでその後さ、カフェで」
 「ごめんなさい、小鳥遊くん。 その日、用事があるの! だから行けない!!」

 優斗の『カフェでお茶しない?』と言う声に被せ気味で、優斗が全てを言い切る前に、華は断りの返事をし、走って何処かに行ってしまった。 優斗の方を見ると、物凄く落ち込んでいる。

 瑠衣の華の印象は至って普通で、何処も突出している所のない女子生徒だ。 唯一、優斗の事を『王子』というあだ名で呼ばない女子としか、思っていなかった。 蓋を開けてみれば、中身があんなに面白い子とは思ってもみなかった。

 ちらりと優斗の方を見れば、頭を抱えて屈み、自身の両手を見つめて愕然としている。

 「優斗、これで何連敗?」
 「10連敗くらい? いや、もっとか? でも、諦めるつもりないけど。 正直、へこむ! 暫くは無理! 立ち直れない!」
 「お前、そんなんで試合大丈夫なのかよ」

 瑠衣は呆れた声を出した。 優斗はあだ名が『王子』なだけ、外国の血が入ってるのかっていうくらい、容姿が『王子様』の様だ。 巷では『顔で女を落とせる』と言われているくらいだ。 しかし、優斗の中身が全く王子ではないと、瑠衣は知っている。

 (もう、はっきりと好きだって言えばいいのに。 でも、入学当初はあいつら、結構仲良かったよな。 このまま付き合うんじゃないかって、周りも思ってたし。 優斗も期待はあったはず。 やっぱ、あの女の所為か)
 
 ――男子運動部の部室がある部室棟は、体育館裏を通らないといけない。
 
 瑠衣が部室に行く先で、空気の震えるような声が轟いた。 丁度近くを通った瑠衣は、身体をビクつかせて驚いた。 覗いてみると、何やら数人の女子が揉めている様だ。

 (うわぁ、まじか! こんな少女漫画にしか出てこない現場に出くわすとはっ。 ドッキリとかじゃないよな?)

 よく見ると、1人の女子生徒が薙刀を持って仁王立ちし、複数の女子を睨みつけていた。 睨まれている女子数人を見て気が付いた。 優斗と華が気まずい関係になった原因の女子たちだった。 数人の女子が震えながら、仁王立ちしている女子を見上げている。 仁王立ちした女子がビビっている女子に向かって、何かの抗議をしていた。

 「あんたたち! 王子から相手にされないからって、華にネチネチ嫌がらせするんじゃないわよ!! 今度やったらその自慢の胸っ! この薙刀で突き刺すわよ!!」

 (ええぇぇ、1人で数人を相手にしてんのか? 男前だな、誰だよ。 ってか、突き刺したら犯罪だぞっ! 死ぬしな)

 黒髪のポニーテールが風になびいて揺れている。 仁王立ちしている女子は、後ろ姿で誰かはっきりとは分からないが、大体の予想がついた。 華の友人の鈴木仁奈だ。 そして、自慢の胸を突き刺すと言われた女子は『結城真由』と言う。

 真由の取り巻きをしていた女子たちは、仁奈に恐れをなし『自分たちは真由に言われてやっただけ』と言い残し、蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。 本当に刺しそうな雰囲気に、真由の身体が小刻みに震えている。

 瑠衣は溜め息を吐いて、仁奈に近づいた。 止めた方がいいだろうと思ったからだ。 このまま放置すれば、瑠衣たちの学校から犯罪者が出る。 他に人が居るとは思わなかったようで、瑠衣の声が背後でして、仁奈は驚いた顔をして振り向いた。

 「鈴木、そこまでにしとけ。 大事になったら面倒だぞ。 結城なんか殺ってもいい事ないぞ」
 「篠原!!」
 「篠原くんっ! 鈴木さんが私を虐めるの!」

 何故か、結城が媚びたような表情で瑠衣を見つめてきたが、瑠衣は1歩、結城から後ずさった。

 「いや、それはどうでもいいから、さっさとどっか行って」
 「ひどい!! 篠原のバカ!」

 真由はそう言うと、まだ睨みつけてくる仁奈を引き攣った顔で見た後、そそくさと走り去っていった。

 「馬鹿くらい、漢字で言えよな」

 瑠衣は仁奈を見ると、面白そうに眺めた。 仁奈に嫌そうな視線を向けられ、更に興味をそそられた瑠衣は笑みを深める。 仁奈からは、瑠衣が胡散臭い奴に見えたんだろう。 嫌そうな表情で見つめ返してきた。

 「鈴木にさ、頼みがあるんだけど」
 「何、頼みって?」
 「今度のレクリエーションで遊園地に行くだろう? その時さ、一緒に回らない? 俺と優斗、鈴木と花咲の4人で。 優斗が誘っても花咲は断るだろう? だから内緒で示し合わせて、遊園地のカフェで待ち合わせしない?」
 
 仁奈は寄せていた皺をほどいて、目を見開いた。 そうして、示し合わせたカフェで偶然を装い、絶叫マシーンに乗った4人は勇者召喚に巻き込まれ、異世界へと転移して行った。

 ――異世界に転移して色々な事があり、瑠衣たちは20歳を迎えていた。
 
 今日は優斗と華の結婚式だ。 華が自身の魔法陣で作り上げたウエディングドレスと、優斗はタキシードを身に着けている。 結婚式と言っても行きつけのカフェを貸し切り、少ない友人を招待して行われた。

 今日は皆、ドレスアップしている。 背後からヒールが木の床を打つ音が近づいてくる。 瑠衣はカフェのテラスに寄りかかり、魔道具の街の夜の灯りを眺めていた。 ヒールの音が直ぐ後ろで止まる。 振り返ると、仁奈がドレスアップした姿で立っていた。 瑠衣は仁奈の姿を見止めると、涼し気な目元を細めた。

 「瑠衣、ここに居たの」
 「仁奈。 似合ってるじゃん、そのドレス」
 「こんなの着慣れないから、気恥ずかしいわ」

 仁奈は、華が作ったドレスを着ていて、髪もドレスに合わせ、ハーフアップにしてシニヨンを作っている。 えんじ色に近いドレスは、オフショルダーの肩口に、マーメイドライン。 裾から膝上までスリットが入っていた。

 (随分、大人っぽいな。 華ちゃんからこんな妄想が出るとはな。 意外性あり過ぎて面白いんだけど)

 胸元には、瑠衣があげた追跡魔法付き『一生、外れない』ネックレスの魔法石が光っている。 瑠衣がしている指輪と対になっていて、追跡魔法を掛けた者の居場所を指輪が示してくれる。

 瑠衣も黒のタキシードを着ていた。 知り合いと楽しそうに話している優斗と華の話し声がテラスまで届いて来た。 2人の幸せそうな笑顔が視界に飛び込んで来る。 テラスの柵に寄りかかり、仁奈と2人で並んでワインを片手に言葉をかわす。 仁奈の少しキツメの瞳に、慈愛に満ちた熱が混じっていく。

 「今日の華は、一段と綺麗だよね。 幸せそうで良かった」
 「俺たちの結婚式はいつにする?」
 「えっ?! 誰と誰の?! 付き合ってもないのに、結婚するわけないでしょっ!」
 「だよねぇ」
 
 (全く、刺さらねぇなっ)

 一応、異世界に来てから3年間、瑠衣なりにアプローチして来たのだが、仁奈には全くと言っていいほど刺さらなかった。 瑠衣の冗談とも取れる次の言葉に、仁奈の瞳が大きく見開いて間抜けな顔を晒した。

 「じゃ、取り敢えず、お付き合いを始めませんか?」
 「えぇぇ、いやいや。 なんで?!」
 
 (これでも刺さらんのか?! あれだな、もっとはっきり行動で示さないとだな)

 仁奈の後頭部を掴むと、少し強引に唇を重ねた。 仁奈は瞳を最大限に開き、唇を離すと信じられないくらい真っ赤になっていた。 仁奈の様子に少しは脈があるかと、瑠衣は意地悪な笑みを仁奈に向けた。
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