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15話 『ボス戦、開始』
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人型の魔物を見た事が無かった瑠衣たちは、分かりやすく狼狽えた。 人型の魔物は、魔族と同じ技を使って来た。 黒いオーラの刃を創り出し、瑠衣たちに放ってくる。
砂地や砂壁、天井が抉られ、崩れた砂が土砂となって流れていく。 複数の大小の砂山が出来、足場が悪く走りづらい。
抉られた砂地から黒いオーラが染みだしてくる。 瑠衣たちの喉がゴクリと鳴った。 優斗と仁奈が同時に駆け出し、ボスに突っ込んで行く。 瑠衣は弓を構え、前の2人の援護に集中した。
背後では華の結界が強化され、砂地の地面から湧き出てきた黒い魔物を吹き飛ばしていた。 金属が震えて澄んだような音が結界から鳴り響く。 結界は硬い球体に変わった様だ。 ボスが黒い鎌を振ると、地面から魔物が湧き出して来る。 瑠衣は『チッ』と舌打ちをした。
「優斗! こっちは気にせず、お前はボスをやれ! 仁奈、華ちゃんを頼む! 俺は、優斗をサポートする」
(風神! お前も仁奈たちの所で援護してくれ)
『承知した、主』
「了解っ! 瑠衣も気を付けてね」
心配そうな顔した仁奈に、親指を上げて『心配するな』と合図を送った。 仁奈は足場の魔法陣から降り、華の所まで走っていった。
(よし、これで、優斗がボスに集中できるだろう。 正直、結界があるから大丈夫だとは思うけど。 優斗、過保護だからなっ)
瑠衣の側に来た優斗が声を掛けて来た。
「悪いなっ、瑠衣」
「悪いと思うなら、もう少し、華ちゃんを信頼したら?」
優斗は瑠衣の言葉に『うっ』と声を詰まらせ、分かりやすく動揺している。 親友の動揺に、瑠衣は面白そうな笑みを浮かべた。
「まぁ、気持ちは分からなくもないけどな。 正直な所、2人は居ない方が勇者の力を使いやすいしな。 2人が必要ないとか言っている訳じゃないけど。 でも、雑魚をやってくれるのは助かる」
斜め上からフィルの声が落ちて来る。
「ふたりとも『かほご』ってことでいいんじゃない」
「フィル、俺は優斗ほどでもないだろうっ」
耳がいいのか、離れた場所に居る風神の声が聞こえてきた。 どうやら、瑠衣たちの会話は離れていても風神には、聞こえるらしい。
『私もフィルの言う通りだと思うぞ。 何かにつけて、主は我を番につけるしな』
(だから、言い方っ!! 普通に仁奈って呼べよっ! 動物じゃないんだからっ! 番って呼び方が、何か生々しいなっ)
珍しく瑠衣が頬を染めているので、優斗が瑠衣を見て大きく瞳を開けている。 珍しい物を見たという表情の優斗に向かって、瑠衣が眉を顰めて問いかけた。
「ん? 何?!」
「いや、瑠衣が照れてるのあんまり見ないから。 もしかして瑠衣も鈴木に過保護なとこあるの、気付ていないのかと思って」
「えっ?! いや、これは違うっ! 風神の奴が仁奈の事を『番』とか言うからっ!」
「つ、番って、それはちょっとっ」
優斗の頭の上からフィルの知った風な声が落ちてくる。
「ふうじんは、うまだからね。 『つがい』がいないから、うらやましいんじゃない?」
フィルの言いように『ははは』と2人は苦笑を零した。 風神の瞳が、鋭い矢の様にフィルに飛んだ事は、全く気付いていなかった。
『チリッ』
魔族の攻撃の気配に2人は身構えた。 瑠衣と優斗はボスを見上げ、それぞれの武器を構えた。 隣の優斗から声がかかる。 優斗は白いマントを翻し、砂地を駆けだした。 蹴り上げた砂が小さい山を作る。
「瑠衣、黒いオーラに気を付けろよ! 俺には効かないけど、瑠衣には毒だからなっ!」
「ああ、分かってる。 それに、俺には当たらねぇよ」
瑠衣は、ボスまで走り出して行った優斗に群がる魔物を、強化した矢で射ちぬいて行く。 優斗が魔物に邪魔をされずに、ボスの所まで辿り着いた後ろ姿を眺めた。
ボスに標準を合わせ、弱点の黒い心臓を探す。 瑠衣の左目に魔法陣が描き出されると、瞳にボスの弱点が映し出された。 ボスの黒い心臓は、みぞうち部分にあった。
「優斗! そいつの黒い心臓はみぞうちだ!」
瑠衣の声を聞き、優斗が素早い動きでみぞうちを狙って突きを繰り出す。 ボスは身体を歪め、優斗の突きはボスの身体をすり抜けていった。 優斗の口から『チッ』と舌打ちが零れる。
「くそっ! こいつもあの時の魔族と同じかっ!」
優斗の顔が歪んでいるのが見える。 瑠衣の弓が優斗に標準を合わせる。 矢に瑠衣の魔力を流すと、援護魔法を掛けた。
(スピードを上げれば、すり抜ける前に捉えれるはずっ)
『スピード強化!!』
優斗の身体に瑠衣の矢が吸収され、スピードが上がる。 それでも、ボスの黒い心臓を捉える事は出来なかった。 優斗の渾身の突きは、またもやボスの身体をすり抜けた。
(何て奴っ! これだから魔族は面倒なんだっ!)
背後で魔物の雄たけびが砂地の洞窟内に轟いた。 背後を振り返ると、華が魔法陣で浄化の魔法弾を放っていた。 仁奈は槍で魔物を突き刺している。 顔の半分が溶けた魔物は、苦痛の叫び声を上げていた。 魔物は仁奈の槍に突き刺され、電撃を浴びて絶命していく。
(そうかっ! 効かないからって、使わなかったけど。 目つぶしくらいにはなるかっ!)
瑠衣は腕に嵌めたユリの花の魔道具に魔力を流した。 ばさりと白いマントを翻し、掌を前に突き出す。 瑠衣の掌にユリの花を模した魔法陣が拡がる。 浄化の魔法弾を腕輪に取り込み、ボスの目に狙いを定め放った。
放たれた浄化魔法弾に標準を合わせ、瑠衣は弓を構えた。 全身に魔力を纏わせ、矢に魔力を流す。 瑠衣の周囲に暴風が吹き荒れ、白いマントが舞い上がる。 魔力の開放と共に、風を纏った矢を放った。
『全てを切り刻めっ!!』
瑠衣の魔法と浄化の魔法が合わさり、ボスの胸に中る。 浄化の魔法がボスの全身を溶かし、蒸気を上げ、暴風がボスの目を潰して全身を切り刻んだ。 ボスは雄たけびを上げて動きが止まった。
目を潰した事で周囲が見えないのか、ボスは覚束ない動きを見せた。 瑠衣と優斗の瞳がきらりと光る。
「優斗!」
優斗がボスのみぞうちに、氷を纏った木刀で突き刺した。 弱点である黒い心臓を捉えた様だ。 瑠衣が弓を構えている間に、優斗も攻撃の準備をしていた。 木刀から桜の花びらが舞い、桜の香りが漂うと、優斗の凍結の魔法が放たれた。
ボスは全身から氷の棘を突き出し、ボス部屋の砂で出来た洞窟も、四方八方から氷の棘を突き出して凍結された。 視界の全てが氷の世界に変わる。 凍り付いたボスが砕け散る。
砕け散った氷の欠片が魔法石へと変わると、1つだけ違う色の魔法石が砂地の地面に転がった。 1つだけ他と違う魔法石は青紫色で、一際煌めいていた。 直ぐに優斗の頭の上から降りたフィルは、跳ねながら降り注ぐ魔法石を拾いだした。
優斗が青紫色の魔法石を拾い上げると同時に、天井が抜け落ちて来た。 顔を上げた優斗は、上を睨みつけていた。 優斗の木刀と、魔族の剣が打ち合わされる。 澄んだ音が抜けた天井に響き、上に抜けていった。
「お前、は、テッド?」
瑠衣は優斗と鍔迫り合いをしている魔族を見て声を上げた。 次いで、魔族を見た仁奈も信じられない声を上げた。
「テッド?」
睨みつける優斗とは対照的に、テッドは妖しい笑みを浮かべていた。 鍔迫り合いをしていた優斗とテッドは、同時に押し合い後方に飛んで距離を取った。 改めて魔族を見つめた瑠衣は、分かっていたが驚愕の表情を浮かべた。
(間違いないテッドだっ! テッドが成長した姿だ!)
テッドと呼ばれた魔族は、ニヤリと嗤って瑠衣を見た。 テッドの手には先ほど倒したボスの魔法石が握られていた。 気づかないうちに奪われていたらしい。 優斗が目を細めて『チッ』と舌打ちをする。
「おい、それを返してもらおうか」
「駄目ですよ。 これは元々、私が貴方たちに依頼した物です。 これで武器を作るんですから」
テッドの言葉に瑠衣と優斗は『やっぱりか』、と口を引き結んだ。 仁奈たちは気づいていない様子だ。 訝し気にテッドを見ている。
「もう少し、ルイさんの勇者の力を見られると思ってたんですけど。 やっぱり相手は魔族でないと、本当の力を見せてはくれないんですね。 魔物を強くしても、貴方たちの相手にならないみたいだ」
テッドの言葉に優斗の顔が歪む。
「お前! やっぱり、瑠衣の力を狙って?!」
「そうですよ。 まだ、馴染んでないみたいですし、簡単に奪えるかと思ったんで」
銀色の少年に変わったフィルが声を上げる。
「君は、魔王候補なのか?! でも何で、3年も経ってからっ?!」
「それは簡単ですよ。 私はね、あの日見に行っていたんです。 ベネディクトと君たちが戦うのをね。 ベネディクトが最初に放った攻撃で観客席が壊れたでしょ?。 私はそこで見ていたんです。 それで魔の森まで飛ばされたんですよ。 それで、瀕死の大怪我をして、身体を再生するのに3年もかかってしまった」
瑠衣たちは、テッドの話を呆然として聞いていた。 隣まで来た優斗がポツリと呟いた。
「そう言えばあの時、下僕に落ちた魔道具街の人達が吹き飛ばされてた。 君はそこにいたのかっ」
優斗が呟いた言葉はテッドに届いていた。
「思い出しました? そうですよ。 10歳の時でした。 私は、ベネディクトの下僕ではなかったですけどね。 5歳の時に闇落ちして、10歳の時にベネディクトの所為で死にかけたんです」
テッドは笑いながら、平然と自身が闇落ちしたと言った。
「5歳の時?! でも、君の魔族の力、魔王候補に近づいてる。 魔王候補となるには何百年もかかるのにっ?! ベネディクトの時って、3年前だよね。 3年で魔王候補まで上り詰めたの?!」
「信じられないわ! そんな事ってあるのっ?!」
フィルとフィンが驚愕の表情で叫んだ。 仁奈と華は理解が追いつかず、黙って成り行きを見守っている。 フィルとフィンの疑問に、テッドが妖しい笑みを浮かべると宣った。 テッドから魔族の気配がゆらりと歪む。
「さぁ、私にはどうしてかなんて分からないですよ。 でも、結果的にそうなっているから、そうなんでしょうね。 でも、面白いからいいんじゃないですか?」
テッドはそれの何がいけないのかと、首を傾げた。 優斗がハッとして声を上げる。
「待って! 10歳の時って言ったよね? じゃ、君は今、13歳なのか?!」
「そうですよ。 13です。 でも、そんなの関係ないでしょ? さぁ、お喋りはここまでにしましょうか? 欲しい武器も手に入れましたし、早く使ってみたいので。 後は、ルイさんの世界樹の武器を頂いて、勇者の力を奪うだけです」
テッドがニヤリと嗤うと、手に持っていた魔法石が光り、黒いオーラを纏っていく。 黒いオーラを纏った魔法石は黒い弓矢に変わった。
しかも、瑠衣が持っている弓矢と、姿も形、デザインが同じだった。 黒以外はだが。 テッドの年齢を聞いた瑠衣たちは、テッドと闘う事に躊躇していた。 瑠衣の視線が、テッドが着ている防具と、腰に下げた飾り紐へ落ちる。
(レヴィンが身に着けていた物と同じだな)
「テッド、いや、レヴィンって呼んだ方がいいのか?」
「私はどっちでも構わないですよ。 本当の名前なんて忘れたましたしね」
隣の優斗に耳打ちをした。
「なぁ、優斗。 レヴィンを敵認定したよな?」
優斗は目を細めながら、苦笑を零した。
「ああ、でも、目の前の魔族はレヴィンだと指してないんだ。 どうやってるのか分からないけど、監視スキルも見破れなかったみたいだ」
「そうか」
優斗の話を聞いた瑠衣は小さく息を吐いた。 瑠衣とテッドの話を聞いて、仁奈と華が『えええええ』と叫んだ。 レヴィンとテッドが同人物だと考えもしなかったらしい。 2人の顔が面白い事になっていた。
「悪いけど、簡単には奪わせないよ。 あんたの年齢を聞いたからには、余計にな」
(風神、仁奈たちについててくれ。 雷神に出口の確保をしてくれって頼んでくれ)
『ふふっ、了解した』
風神の苦笑に、瑠衣は面白くなさそうに目を細めた。 穴が開いた天井付近で、雷神の鳴き声が響いていた。
「華と鈴木は、もっと下がっていて。 フィン、頼む」
「分かったわ」
優斗の指示にフィンが巨大化し、華と仁奈を飲み込んだ。 フィルが優斗の頭の上に飛び乗ると、優斗の魔力が上がるのを感じた。 瑠衣と優斗は武器を構えると、ニヤリと嗤っているテッドと対峙した。
砂地や砂壁、天井が抉られ、崩れた砂が土砂となって流れていく。 複数の大小の砂山が出来、足場が悪く走りづらい。
抉られた砂地から黒いオーラが染みだしてくる。 瑠衣たちの喉がゴクリと鳴った。 優斗と仁奈が同時に駆け出し、ボスに突っ込んで行く。 瑠衣は弓を構え、前の2人の援護に集中した。
背後では華の結界が強化され、砂地の地面から湧き出てきた黒い魔物を吹き飛ばしていた。 金属が震えて澄んだような音が結界から鳴り響く。 結界は硬い球体に変わった様だ。 ボスが黒い鎌を振ると、地面から魔物が湧き出して来る。 瑠衣は『チッ』と舌打ちをした。
「優斗! こっちは気にせず、お前はボスをやれ! 仁奈、華ちゃんを頼む! 俺は、優斗をサポートする」
(風神! お前も仁奈たちの所で援護してくれ)
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「了解っ! 瑠衣も気を付けてね」
心配そうな顔した仁奈に、親指を上げて『心配するな』と合図を送った。 仁奈は足場の魔法陣から降り、華の所まで走っていった。
(よし、これで、優斗がボスに集中できるだろう。 正直、結界があるから大丈夫だとは思うけど。 優斗、過保護だからなっ)
瑠衣の側に来た優斗が声を掛けて来た。
「悪いなっ、瑠衣」
「悪いと思うなら、もう少し、華ちゃんを信頼したら?」
優斗は瑠衣の言葉に『うっ』と声を詰まらせ、分かりやすく動揺している。 親友の動揺に、瑠衣は面白そうな笑みを浮かべた。
「まぁ、気持ちは分からなくもないけどな。 正直な所、2人は居ない方が勇者の力を使いやすいしな。 2人が必要ないとか言っている訳じゃないけど。 でも、雑魚をやってくれるのは助かる」
斜め上からフィルの声が落ちて来る。
「ふたりとも『かほご』ってことでいいんじゃない」
「フィル、俺は優斗ほどでもないだろうっ」
耳がいいのか、離れた場所に居る風神の声が聞こえてきた。 どうやら、瑠衣たちの会話は離れていても風神には、聞こえるらしい。
『私もフィルの言う通りだと思うぞ。 何かにつけて、主は我を番につけるしな』
(だから、言い方っ!! 普通に仁奈って呼べよっ! 動物じゃないんだからっ! 番って呼び方が、何か生々しいなっ)
珍しく瑠衣が頬を染めているので、優斗が瑠衣を見て大きく瞳を開けている。 珍しい物を見たという表情の優斗に向かって、瑠衣が眉を顰めて問いかけた。
「ん? 何?!」
「いや、瑠衣が照れてるのあんまり見ないから。 もしかして瑠衣も鈴木に過保護なとこあるの、気付ていないのかと思って」
「えっ?! いや、これは違うっ! 風神の奴が仁奈の事を『番』とか言うからっ!」
「つ、番って、それはちょっとっ」
優斗の頭の上からフィルの知った風な声が落ちてくる。
「ふうじんは、うまだからね。 『つがい』がいないから、うらやましいんじゃない?」
フィルの言いように『ははは』と2人は苦笑を零した。 風神の瞳が、鋭い矢の様にフィルに飛んだ事は、全く気付いていなかった。
『チリッ』
魔族の攻撃の気配に2人は身構えた。 瑠衣と優斗はボスを見上げ、それぞれの武器を構えた。 隣の優斗から声がかかる。 優斗は白いマントを翻し、砂地を駆けだした。 蹴り上げた砂が小さい山を作る。
「瑠衣、黒いオーラに気を付けろよ! 俺には効かないけど、瑠衣には毒だからなっ!」
「ああ、分かってる。 それに、俺には当たらねぇよ」
瑠衣は、ボスまで走り出して行った優斗に群がる魔物を、強化した矢で射ちぬいて行く。 優斗が魔物に邪魔をされずに、ボスの所まで辿り着いた後ろ姿を眺めた。
ボスに標準を合わせ、弱点の黒い心臓を探す。 瑠衣の左目に魔法陣が描き出されると、瞳にボスの弱点が映し出された。 ボスの黒い心臓は、みぞうち部分にあった。
「優斗! そいつの黒い心臓はみぞうちだ!」
瑠衣の声を聞き、優斗が素早い動きでみぞうちを狙って突きを繰り出す。 ボスは身体を歪め、優斗の突きはボスの身体をすり抜けていった。 優斗の口から『チッ』と舌打ちが零れる。
「くそっ! こいつもあの時の魔族と同じかっ!」
優斗の顔が歪んでいるのが見える。 瑠衣の弓が優斗に標準を合わせる。 矢に瑠衣の魔力を流すと、援護魔法を掛けた。
(スピードを上げれば、すり抜ける前に捉えれるはずっ)
『スピード強化!!』
優斗の身体に瑠衣の矢が吸収され、スピードが上がる。 それでも、ボスの黒い心臓を捉える事は出来なかった。 優斗の渾身の突きは、またもやボスの身体をすり抜けた。
(何て奴っ! これだから魔族は面倒なんだっ!)
背後で魔物の雄たけびが砂地の洞窟内に轟いた。 背後を振り返ると、華が魔法陣で浄化の魔法弾を放っていた。 仁奈は槍で魔物を突き刺している。 顔の半分が溶けた魔物は、苦痛の叫び声を上げていた。 魔物は仁奈の槍に突き刺され、電撃を浴びて絶命していく。
(そうかっ! 効かないからって、使わなかったけど。 目つぶしくらいにはなるかっ!)
瑠衣は腕に嵌めたユリの花の魔道具に魔力を流した。 ばさりと白いマントを翻し、掌を前に突き出す。 瑠衣の掌にユリの花を模した魔法陣が拡がる。 浄化の魔法弾を腕輪に取り込み、ボスの目に狙いを定め放った。
放たれた浄化魔法弾に標準を合わせ、瑠衣は弓を構えた。 全身に魔力を纏わせ、矢に魔力を流す。 瑠衣の周囲に暴風が吹き荒れ、白いマントが舞い上がる。 魔力の開放と共に、風を纏った矢を放った。
『全てを切り刻めっ!!』
瑠衣の魔法と浄化の魔法が合わさり、ボスの胸に中る。 浄化の魔法がボスの全身を溶かし、蒸気を上げ、暴風がボスの目を潰して全身を切り刻んだ。 ボスは雄たけびを上げて動きが止まった。
目を潰した事で周囲が見えないのか、ボスは覚束ない動きを見せた。 瑠衣と優斗の瞳がきらりと光る。
「優斗!」
優斗がボスのみぞうちに、氷を纏った木刀で突き刺した。 弱点である黒い心臓を捉えた様だ。 瑠衣が弓を構えている間に、優斗も攻撃の準備をしていた。 木刀から桜の花びらが舞い、桜の香りが漂うと、優斗の凍結の魔法が放たれた。
ボスは全身から氷の棘を突き出し、ボス部屋の砂で出来た洞窟も、四方八方から氷の棘を突き出して凍結された。 視界の全てが氷の世界に変わる。 凍り付いたボスが砕け散る。
砕け散った氷の欠片が魔法石へと変わると、1つだけ違う色の魔法石が砂地の地面に転がった。 1つだけ他と違う魔法石は青紫色で、一際煌めいていた。 直ぐに優斗の頭の上から降りたフィルは、跳ねながら降り注ぐ魔法石を拾いだした。
優斗が青紫色の魔法石を拾い上げると同時に、天井が抜け落ちて来た。 顔を上げた優斗は、上を睨みつけていた。 優斗の木刀と、魔族の剣が打ち合わされる。 澄んだ音が抜けた天井に響き、上に抜けていった。
「お前、は、テッド?」
瑠衣は優斗と鍔迫り合いをしている魔族を見て声を上げた。 次いで、魔族を見た仁奈も信じられない声を上げた。
「テッド?」
睨みつける優斗とは対照的に、テッドは妖しい笑みを浮かべていた。 鍔迫り合いをしていた優斗とテッドは、同時に押し合い後方に飛んで距離を取った。 改めて魔族を見つめた瑠衣は、分かっていたが驚愕の表情を浮かべた。
(間違いないテッドだっ! テッドが成長した姿だ!)
テッドと呼ばれた魔族は、ニヤリと嗤って瑠衣を見た。 テッドの手には先ほど倒したボスの魔法石が握られていた。 気づかないうちに奪われていたらしい。 優斗が目を細めて『チッ』と舌打ちをする。
「おい、それを返してもらおうか」
「駄目ですよ。 これは元々、私が貴方たちに依頼した物です。 これで武器を作るんですから」
テッドの言葉に瑠衣と優斗は『やっぱりか』、と口を引き結んだ。 仁奈たちは気づいていない様子だ。 訝し気にテッドを見ている。
「もう少し、ルイさんの勇者の力を見られると思ってたんですけど。 やっぱり相手は魔族でないと、本当の力を見せてはくれないんですね。 魔物を強くしても、貴方たちの相手にならないみたいだ」
テッドの言葉に優斗の顔が歪む。
「お前! やっぱり、瑠衣の力を狙って?!」
「そうですよ。 まだ、馴染んでないみたいですし、簡単に奪えるかと思ったんで」
銀色の少年に変わったフィルが声を上げる。
「君は、魔王候補なのか?! でも何で、3年も経ってからっ?!」
「それは簡単ですよ。 私はね、あの日見に行っていたんです。 ベネディクトと君たちが戦うのをね。 ベネディクトが最初に放った攻撃で観客席が壊れたでしょ?。 私はそこで見ていたんです。 それで魔の森まで飛ばされたんですよ。 それで、瀕死の大怪我をして、身体を再生するのに3年もかかってしまった」
瑠衣たちは、テッドの話を呆然として聞いていた。 隣まで来た優斗がポツリと呟いた。
「そう言えばあの時、下僕に落ちた魔道具街の人達が吹き飛ばされてた。 君はそこにいたのかっ」
優斗が呟いた言葉はテッドに届いていた。
「思い出しました? そうですよ。 10歳の時でした。 私は、ベネディクトの下僕ではなかったですけどね。 5歳の時に闇落ちして、10歳の時にベネディクトの所為で死にかけたんです」
テッドは笑いながら、平然と自身が闇落ちしたと言った。
「5歳の時?! でも、君の魔族の力、魔王候補に近づいてる。 魔王候補となるには何百年もかかるのにっ?! ベネディクトの時って、3年前だよね。 3年で魔王候補まで上り詰めたの?!」
「信じられないわ! そんな事ってあるのっ?!」
フィルとフィンが驚愕の表情で叫んだ。 仁奈と華は理解が追いつかず、黙って成り行きを見守っている。 フィルとフィンの疑問に、テッドが妖しい笑みを浮かべると宣った。 テッドから魔族の気配がゆらりと歪む。
「さぁ、私にはどうしてかなんて分からないですよ。 でも、結果的にそうなっているから、そうなんでしょうね。 でも、面白いからいいんじゃないですか?」
テッドはそれの何がいけないのかと、首を傾げた。 優斗がハッとして声を上げる。
「待って! 10歳の時って言ったよね? じゃ、君は今、13歳なのか?!」
「そうですよ。 13です。 でも、そんなの関係ないでしょ? さぁ、お喋りはここまでにしましょうか? 欲しい武器も手に入れましたし、早く使ってみたいので。 後は、ルイさんの世界樹の武器を頂いて、勇者の力を奪うだけです」
テッドがニヤリと嗤うと、手に持っていた魔法石が光り、黒いオーラを纏っていく。 黒いオーラを纏った魔法石は黒い弓矢に変わった。
しかも、瑠衣が持っている弓矢と、姿も形、デザインが同じだった。 黒以外はだが。 テッドの年齢を聞いた瑠衣たちは、テッドと闘う事に躊躇していた。 瑠衣の視線が、テッドが着ている防具と、腰に下げた飾り紐へ落ちる。
(レヴィンが身に着けていた物と同じだな)
「テッド、いや、レヴィンって呼んだ方がいいのか?」
「私はどっちでも構わないですよ。 本当の名前なんて忘れたましたしね」
隣の優斗に耳打ちをした。
「なぁ、優斗。 レヴィンを敵認定したよな?」
優斗は目を細めながら、苦笑を零した。
「ああ、でも、目の前の魔族はレヴィンだと指してないんだ。 どうやってるのか分からないけど、監視スキルも見破れなかったみたいだ」
「そうか」
優斗の話を聞いた瑠衣は小さく息を吐いた。 瑠衣とテッドの話を聞いて、仁奈と華が『えええええ』と叫んだ。 レヴィンとテッドが同人物だと考えもしなかったらしい。 2人の顔が面白い事になっていた。
「悪いけど、簡単には奪わせないよ。 あんたの年齢を聞いたからには、余計にな」
(風神、仁奈たちについててくれ。 雷神に出口の確保をしてくれって頼んでくれ)
『ふふっ、了解した』
風神の苦笑に、瑠衣は面白くなさそうに目を細めた。 穴が開いた天井付近で、雷神の鳴き声が響いていた。
「華と鈴木は、もっと下がっていて。 フィン、頼む」
「分かったわ」
優斗の指示にフィンが巨大化し、華と仁奈を飲み込んだ。 フィルが優斗の頭の上に飛び乗ると、優斗の魔力が上がるのを感じた。 瑠衣と優斗は武器を構えると、ニヤリと嗤っているテッドと対峙した。
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