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21話 『英美理ちゃんの亡霊なんかに負けない』

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 魔道具の街のスラム街、外れに廃墟がある。 昔は貴族の屋敷だったらしいが、住んでいた貴族が亡くなり誰も住まなくるなると、幽霊が出ると噂がたち、今では誰も寄りつかない。

 テッドはいつもの様に、下僕たちに餌を与えていた。 下僕の中に、茶髪で長い髪の15・6歳の少年がいた。 テッドは侮蔑の表情で少年を見た。

 「まだ、生きているのか、レヴィン。 君のその姿で街中を歩かれると迷惑なんだよな。 もう、用済みだし。 悪いけど、死んでもらうよ」

 テッドの瞳に仄暗い光りが宿る。 黒い鎌を振ると、レヴィンの叫び声が廃墟に響き渡った。 能力の1つで、テッドは人の姿をコピーする事が出来る。 捕まえた下僕の姿を用途に合わせ、コピーして姿を変えていた。

 下僕たちが押し込まれている部屋の奥に、ふわふわの銅色の髪が揺れ、白い肌が満月に反射していた。 白い肌の持ち主の少女は、満月をじっと眺めていた。

 ――魔道具の街にある瑠衣たちの店は、今日も賑わっていた。
 
 瑠衣はカウンターでお客の相手をしている仁奈を盗み見る。 そして、昨夜の事を思い出し、深い溜め息を吐いた。 瑠衣と仁奈は、昨夜は同じベッドで眠ったが、とても気まずかった。

 喧嘩ではないが、こんな時は同じベッドだと気疲れするな、と瑠衣は眠れなかった。 ごちゃごちゃと考えていると、店の扉に取り付けた呼び鈴が鳴る。

 「「「いらっしゃいませ」」」

 客の来店の知らせに、瑠衣たちは愛想よく挨拶をする。 入店して来たエミリーに、皆の視線が集まった。 瑠衣はエミリーの来店にとても嫌な予感がした。

 カウンター前で、エミリーのはしゃぐ声が響いている。 エミリーは飾り紐の注文に来たという。 そして、瑠衣と同じデザインが気に入ったと言い、同じ物にしたいと瑠衣におねだりしていた。

 瑠衣からは、乾いた笑い声しか出ない。 チラリと仁奈の方を見ると、とてもお怒りの様だった。

 キラリと瞳を光らせたフィンは、ぼそりと呟いた。 フィンの言葉で店にいたお客も、瑠衣たちもお喋りを止め、呼吸音もうるさいと言うように静まり返った。

 「やっぱり、愛人が本妻に負けじとやって来たわねっ! この後、どうなるのかしらっ」

 フィンはまるで昼ドラを見ている様な感想を述べた。 優斗が接客していたお客や、並んで待っているお客がひそひそと話し出す。 『不倫』という不穏な言葉が店の中に充満した。

 店の中の状況に慌てたフィルがフィンに駆け寄る。 フィルは泣き出しそうな表情で、青くなっていた。

 「フィン、2階に居ようね」
 「ええっ、フィル。 これからが良い所なのにっ」

 フィンはフィルに連れられて、2階へと引っ張って行かれた。 瑠衣たちが残された店の中は、何とも言えない空気に包まれた。 一瞬だけ静まり返ったお店は、再びヒソヒソ話が拡がった。 瑠衣は堪らず、エミリーを応接室に促した。

 「エミリーさん。 話は応接室で聞くからっ」

 瑠衣が自身をさん付けで呼んだ事に不満を露わにしたが、エミリーは大人しく瑠衣の後について行った。 フィンとフィル、瑠衣とエミリーが退場した事で、更にヒソヒソ話が大きくなった。

 「次の方、どうぞ」

 優斗は、変な雰囲気になっているお客に向けて、とびっきりの営業スマイルを繰り出した。 優斗の営業スマイルに当てられ、店の雰囲気が一瞬で元に戻った。 女性客は頬を染めて、ソワソワとカウンターに並んだ。


 一方、応接室ではフィンのお陰(?)でしおらしくなったエミリーが、デザイン画を眺めて飾り紐を選んでいた。 瑠衣は何とか、エミリーとお揃いを阻止できてホッと安堵していた。 時折、エミリーは頬を染めて、瑠衣を盗み見てくる。

 (う~ん、これは、もしかして俺に好意があるのかっ)

 暫くして、お茶を持って応接室に入って来たのは、優斗だった。 華は、作業場でオーダーメイドの仕事をしているので手が離せない。 仁奈は、きっと嫌がったのだろう。 ノックの音に瑠衣は応接室の扉を開けた。

 「悪いな、優斗。 ありがとう」
 「ああ、大丈夫。 エミリーさん、いらっしゃい。 わざわざ、店まで来てくれてありがとう。 良かったら、紅茶どうぞ」

 営業スマイルを浮かべた優斗は、ソファーの間に置いてあるローテーブルに紅茶を置いた。 エミリーもにこやかに笑顔を浮かべる。

 「ありがとうございます。 頂きます」

 優斗は紅茶を置くと、直ぐに応接室を出て行った。 エミリーは紅茶を飲みながら、デザイン画を眺める。 何故か、瑠衣は居たたまれなくて仕方がなかった。 そして、少し腕に針を刺されたような痛みが走り、眉を顰めた。

 (なんだ? 気づかないうちにどっかへぶつけたか?)

 エミリーが顔を上げ、にっこりと瑠衣に微笑みかけた。
 
 「こちらのデザインにします。 付与魔法は『私の願いが叶いますように』にします。 どうかしました?」
 
 瑠衣がしきりに腕を気にしているのに気づいたのか、エミリーが心配そうにしていた。
 
 「いや、だ丈夫だよ。 ちょっと、どっかにぶつけたみたいだ。 あ、デザインはこちらですね。 エミリーさんの順番は、18番目なります。 今日の夕方には出来上がりますので、その頃に店へ受け取りに来て下さい」
 
 瑠衣は羊皮紙に必要事項を書き込み、エミリーと視線を合せずに応対した。
 
 「はい、楽しみに待ってます」

 瑠衣が擦っていた腕を見たエミリーの瞳は、少し訝し気だった。 エミリーは大人しく帰って行ったが、カウンターで優斗と話す仁奈に、意味深な笑みを向けて店を出て行った。 エミリーが店を出た事を確認すると、瑠衣は深く溜め息を吐いた。

 (まずいっ! いつもの様に、全く上手く立ち回れなかったっ。 あんなのいつもなら、笑顔でかわせるのにっ。 まさか、英美理に似てるからとかないよなっ。 懐かしさから気持ちが高1の時に戻ってるのかっ? そうだとしたら俺は、優斗の事ヘタレだと言えないくらい、ヘタレだぞっ!)

 仁奈がじっととした目で瑠衣を見ている事に全く気づかない。 呆然としていると、新たな客の入店で鈴が鳴る。 入店して来たのは、魔道具の街にあるギルド職員だった。

 「ルイ!」
 
 また、ピクリと仁奈のこめかみが引き攣る。
 
 「ミサさん、いらっしゃい。 また、いつもの薬湯?」
 
 瑠衣が胡散臭い笑顔を浮かべる。
 
 「ええ、そうよ。 でも、今日はもう1つ用事があるの」
 「え、用事?」
 「忘れたの、ルイ。 この間、約束したでしょ? デートしましょって」
 「ええっ?! そうだったかな?」
 
 ミサが瑠衣の腕を絡めとる。
 
 「もう、またそんな事言うっ! そろそろお昼でしょ? いいお店見つけたの。 一緒に行きましょ」
 
 瑠衣はにっこり笑って、やんわりとミサの腕を振りほどいた。
 
 「ミサさん。 今から、俺は買い出しとかありますから、今日は行けません。 今度、必ず付き合いますから。 それにギルド職員の皆さんにも誘われてるので、その時にご一緒しましょ」
 「えええっ! 私はルイと二人で行きたいのにっ!」
 「あ、ほら急いでランチに行かないと、時間なくなりますよ」

 そう言うと、瑠衣はミサを店から追い出した。 ミサが何か騒いでいたが、諦めたのか『今度は絶対だからね』と叫ぶとギルドに戻って行った。 ミサの声が店の中に轟くと、瑠衣は深い溜め息を吐いた。

 店のカウンターを見ると、仁奈の不機嫌な顔があった。 瑠衣の顔から表情が無くなった。

 (くそっ! 今日は踏んだり蹴ったりだなっ。 ま、買い出しに行くのは本当だからな)

 気まづい空気の中、カウンターの奥の扉が開いた。 出て来たのは、フィルとフィンだ。 カウンターから出てくると、瑠衣の側へ駆け寄って来た。

 「どうだった? わたしの演技。 わざと馬鹿な子供の振りしたんだけど。 エミリーさんとのお揃いは阻止できた?」
 「ああ、何とか回避できたよ。 ありがとな、フィン」
 
 瑠衣はフィンの頭を優しく撫でた。
 
 「ねぇ、ルイ! 買い出しに行くんでしょ? ぼくも行く」
 「あ、わたしも行くっ!」
 「分かった、分かった。 一緒に連れて行ってやるからっ。 悪いけど、買い出しに行ってくるわ。 後、よろしく」

 チラリと仁奈を見たが、視線が合わなかった。 瑠衣は溜め息を吐いてフィルとフィンを連れて買い出しに出かけた。

 ――瑠衣たちが買い出しに出かけた後、店の中は暗雲が立ち込めていた。
 
 仁奈も分かっているのだが、やっぱり英美理にそっくりなエミリーが気になって仕方がない。 特に、瑠衣は嫌いになって英美理と別れた訳でないのだ。 しかも、エミリーはどうやら、瑠衣に気があるらしい。

 (はぁ、駄目だな私。 ちっとも私らしくなくない? しかも瑠衣、さっきのギルドの受付嬢とデートの約束したって言ってたわよね)

 「瑠衣がさ、来る者は拒まぬ、去る物は追わずって感じで、女子と付き合い出したのって。 英美理ちゃんと別れてからなんだよね」
 
 優斗が仁奈と瑠衣のギクシャクした様子に、瑠衣のフォローを入れて来た。
 
 「基本、瑠衣から女子を口説いた事はないよ。 黙っていても女の子の方から寄って来るから。 さっきのミサさんみたいにな。 鈴木以外だと、英美理ちゃんだろうけど。 英美理ちゃんはここには居ないぞ。 他人の空似、あの子は英美理ちゃんじゃないよ」

 さっきの瑠衣と受付嬢のやり取りを思い出し、気が付いた。 瑠衣は『ギルドの職員の皆さんとご一緒しましょう』と言っていた。 仁奈はきまり悪そうに優斗を見た。

 「心配しなくても、今は瑠衣、鈴木一筋だぞ。 あいつ、鈴木と話してるの楽しそうだしな。 瑠衣が他の女子と話してるの見てると、なんか胡散臭い奴に見えるからな」
 
 小さく息を吐くと、仁奈は店の出口まで急いだ。 今ならまだ、瑠衣に追いつくだろう。
 
 「ごめん、王子。 お店、お願い」
 
 にっこりと優斗は笑顔を浮かべる。
 
 「任された。 瑠衣の事よろしく。 落ち込んでるだろうからさ」
 
 仁奈は苦笑を零した。 扉が開くと、呼び鈴が店の中に響いた。
 
 「行ってらっしゃい」


 店を出た仁奈は、瑠衣を探した。 フィルとフィンがついて行っているから、直ぐに見つかるだろうと思っていたが、甘かった。 市場も広い、元の世界の様に携帯があったらな、と思った所で、通信機がある事を思い出した。

 仁奈の首にかかっているネックレスは、瑠衣と繋がっている。 仁奈は胸元で光るネックレスの鎖を掴んだ。ネックレスに向かって、瑠衣に話しかけようとした時、噴水広場で瑠衣の後ろ姿を見つけた。 フィルとフィンは噴水広場に並んでいる屋台で食べ歩きをしていて、瑠衣の側に居なかった。

 しかし、瑠衣1人ではなかった。

 瑠衣の側には、楽しそうに笑っているエミリーが居た。 エミリーの笑顔が、英美理の面影を映す。 2人の様子が、いつか見た音楽室の光景と重なる。 不意にエミリーが近づき、瑠衣とエミリーの顔が重なったように見えた。

 離れたエミリーが背後の仁奈に気づき、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。 エミリーに喧嘩を売られ、仁奈は反射的に身体が動いた。 そして、自身の両頬を叩いた。 肌を打つ乾いた音が噴水広場で響く。

 「瑠衣っ!」
 
 肌を打つ音と、仁奈の声で瑠衣は肩を跳ねさせて振り向いた。
 
 「仁奈っ! あ、えとこれはっ」

 にっこり笑って仁奈は、瑠衣の腕を取った。 瑠衣の瞳が僅かに見開かれ、エミリーの眉間に皺が寄った。 そして、瑠衣の腕を思いっきり引っ張り、仁奈から唇を重ねた。

 短いキスでは牽制にならないので、それなりの時間、唇を重ね合わせた。 瑠衣の身体は誰が見ても分かるくらい硬直していた。

 エミリーは、まさか仁奈がそう来るとは思わずに、ぽか~んと口を開けた。 唇を離し、呆けている瑠衣とエミリーを他所に、仁奈はエミリーの方に顔を向けた。
 
 「エミリーさん、瑠衣、返してもらいますね。 それと、ご注文の品、予定通り夕方には出来上がりますから。 じゃ、また夕方に」

 仁奈は、まだ呆けている瑠衣を引っ張って歩き出した。 フィルとフィンが視線の先で焼き串を頬張っているのが見える。 瑠衣は何も言わなかった。 仁奈も何も言わない。 触れ合うというのは、安心感ももたらすのだな、と仁奈は内心で呟いた。

 「あのさ、仁奈」

 珍しく頬を染めた瑠衣が、何か言おうとしていたが、仁奈は無視して自身の言葉を重ねた。

 「さっき、2人がキスしてる様に見えた」
 「ええっ! してないよ! まつ毛ついているって言われて、止める間もなく顔が近づいただけだ」

 瑠衣がお約束のフレーズを言い、慌てた様子に本当の事を言っている事が分かった。 仁奈は、瑠衣の慌てた様子なんてレアだと思い、笑いが込み上げてきた。

 (まぁ、それは分かってたけどね。 あからさまに煽って来たもんね、彼女)

 「瑠衣、私は英美理ちゃんの亡霊なんかに負けない。 私が瑠衣の本妻なんだからっ、だから、瑠衣も英美理ちゃんの亡霊なんかに負けないでっ」
 
 瑠衣が息を呑む音が落ちて来る。 瑠衣の手が仁奈の手を強く握った。
 
 「ごめん。 うん、俺も負けない。 仁奈が一番、好きだから」


 2人が手を繋ぎ、銀色の少年少女を連れて市場に消えていく背中を眺めながら、エミリーは口を引き結んだ。

 「泣いて帰ると思ってたのに、中々どうして、やるじゃない、ニーナさん。 宣戦布告も返されたし、もう遠慮しなくてもいいよね」
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