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34話 『月日は巡る』
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真っ白い世界に光り輝く球体が1つ、今、主さまの掌に降りて来た。 主さまは光り輝く球体を眩しそうに見つめると、しわがれた優しい声で言った。 相変わらず、主さまは性別が分からない姿をしている。
「君の命は尽きた。 君に迷惑を掛けてしまったお詫びに、次の人生を選ばせてあげよう。 何になりたい?」
「何でもいいの?」
「うん、いいよ。 何でも聞いてあげよう。 アイドルでもいいし、セレブでもいい。 王族でもいいよ。 反対に、しがないサラリーマンでもいいよ」
(主さま、何でそんなに日本かぶれっ?!)
主さまの例を聞いた後、仁奈は決意した。 球体が力強く光る。
「なら、私の生まれ変わりは待って欲しい。 あいつ、瑠衣が来るまで」
主さまは面白そうな笑みを浮かべた。
「それはどういう事かな?」
「瑠衣は絶対に小鳥遊を選ぶ。 だから、私はっ、瑠衣が選んだ方を選びたいっ」
(きっと、瑠衣は私の後は追って来てくれないと思うからっ)
「愛する人よりも親友を取ると? でもね、ずっと魂のまま留まらせるのも、問題があってね」
仁奈の心情を表すように、球体の光りが弱く輝く。 主さまは暫く考えると『仕方ない』と眉を下げた後、こんな事を提案した。
「分かった。 彼が来るのを待とう。 でもね、私が思うに彼は君を選ぶと思うよ」
「ううん、瑠衣はきっと小鳥遊を選ぶ。 次の人生を賭けてもいいよ」
「では、賭けをしようか。 彼がどちらを選ぶか。 私が勝ったなら、君の次の人生は私が決めるからね」
「いいよ」
「じゃ、暫くこちらで眠っていてもらおう。 彼が来るまでね」
仁奈の球体は、色とりどりの光りに包まれ、鳥籠の様な物に入れられた。 そこで瑠衣が来るのを待つ。 仁奈は白いカーテンが引かれるのを見つめながら、意識が遠のいていった。
――主さまに、優斗と華を連れて帰ると言った瑠衣が、次に目覚めたのは真っ白い部屋だった。
真っ白い壁に、真っ白い天井。 そして、デカいベッドだけが部屋の中央にあった。 理解が追いつかず、ベッドから飛び起きた瑠衣は、自身がどうなったのか、身体中を触って調べた。 自身の小さい両手を見て、理解した。 着ている白いパジャマよりも白い肌に、嫌な予感がした。
「俺、子供になってるのか? しかも、何か肌が白いっ」
小さい両手を眺めていると、隣で寝返りをうつ人の気配がして振り返った。 瑠衣の隣で寝ていたのは、12・3歳の少女で、見覚えのある寝顔だった。
(あれ? もしかしなくても、仁奈かっ? なんで? しかも、どう見てもエルフじゃないかっ! まさか、またそっくりさんじゃないだろうなっ!)
仁奈にそっくりのエルフの少女をじっと眺めていると、少女は小さい声を上げて瞼を開けた。 自身をじっと見ている瑠衣を見て、目を見開いた。
「瑠衣? ん、おはよう。 今、何時? 朝練、」
そこまで言って仁奈は、動きを止めた。 瑠衣をじっと見つめ、髪や尖った耳、真っ白い手に触れて来る。 最後に両頬を両手でつかみ、瑠衣と視線を合わせて来た。 力強い目線に瑠衣の胸が小さく跳ねた。
「瑠衣、エルフに生まれ変わってるっ?! なんでっ?! でも、似合ってるじゃん。 その色」
仁奈があの時の様に、屈託なく笑う。 目の前の少女は、そっくりさんではなく、正真正銘、瑠衣が知っている仁奈の様だ。 瑠衣の頬がほんのりと、赤く染まる。
「仁奈も似合ってるよ」
瑠衣は自然と笑みが零れ、真っ白い仁奈を見つめた。 瑠衣の言葉で、仁奈もエルフに生まれ変わっている事に気づき、自身の身体を瑠衣がしたように調べ出した。
「仁奈、日本で転生してたんじゃないのか?」
仁奈は顔を上げると、目を細めてじっと見つめて来た。
「主さまに頼んだの。 瑠衣が主さまの元に来るまで、私の転生は待ってって。 それで、主さまと賭けをしたのよ」
瑠衣は嫌な予感に喉を鳴らした。
「賭けって?」
「瑠衣が私か小鳥遊のどっちを選ぶか。 次の人生を賭けたの」
「な、お前、何してんの?!」
仁奈はムスッとした顔で瑠衣を見た。
「だって、絶対に瑠衣は小鳥遊の方を選ぶと思ったから。 絶対に、こっちに残るって思って。 主さまは、私を選ぶんじゃないかって言ってくれたけど。 私は、確信があったから」
『ふふん』とドヤ顔をする仁奈を瑠衣は、信じられないと見つめた。
「でも、お互いエルフに生まれ変わってるって事は、私が賭けに勝ったって事ね!」
瑠衣は深い溜め息を吐いて見つめた後、仁奈の手を取ると強く抱きしめた。 仁奈の肩に顔を乗せると、瑠衣は呟いた。
「馬鹿だな、仁奈」
「なっ!」
「俺が仁奈を見捨てる訳ないだろう。 次の人生が終わった後、優斗と華ちゃんを連れて、仁奈が生まれ変わった時代に転生させてもらおうと、お願いしようと思ってたのに」
「えっ、でもそんな何度もお願い出来ないんじゃ」
「よく考えてみろ。 セレンさんたちの思惑があって、優斗たちに何かしたにせよ。 主さまが何もなく、エルフに生まれ変われせてくれると思うか? 主さまなら邪魔しようと思ったら出来るはずだ」
12・3歳にしか見えない瑠衣が仁奈を離すと、黒い笑顔を浮かべる。
「優斗と華ちゃんに何かをやらせようとしてるに違いない。 だから、その見返りを貰っても文句は言えないだろう?」
「瑠衣っ、本当にいい性格してるわっ! 王さまに続き、主さままで脅そうとするなんてっ」
仁奈が慌てふためく様子を面白そうに眺めると、瑠衣は内心で呟いた。
(全く、俺が追いかけようと思ってたのにな。 計画がおじゃんになったな。 でも、)
「追いかけて来てくれてありがとうな。 仁奈、ずっと俺の隣でいて」
「うん、ずっと離れないよ。 後、私の事も考えてくれてたんだね、ありがとう。 でも、主さまを脅すのは、流石に怖いから止めてね」
瑠衣の顔が近づき、2人の唇が重なる。 同時に、部屋の扉が乱暴に開けられ、フィルとフィンが入って来た。 油断していた2人に、フィルとフィンはジャンピングして抱きついて来た。
「「お帰り! ルイ、ニーナ!!」」
瑠衣と仁奈が『ぐえっ』と情けない声を上げると、4人はもつれ合ってベッドに倒れ込んだ。 相変わらず元気過ぎるフィルとフィンを2人は抱きしめた。
「お前らが居るって事は、ここは世界樹ダンジョンかっ」
「「ルイ、ニーナ苦しいっ!」」
『お帰り、ルイ、ニーナ』
蹄の足音を聞きつけ、瑠衣と仁奈は振り返った。 従魔の契約は瑠衣が亡くなった事で、解除されている。
「ただいま、風神。 って呼んでいいのか?」
瑠衣が気まづそうにしている。
『ああ、いいぞ。 ニーナがつけてくれた名前だ。 気に入っている』
仁奈にも風神の声が聞こえた様で、自身がつけた名前を気に入ってくれている事に喜んでいた。 仁奈は『そうだ、雷神はいないんだった』と寂しそうにしていた。 雷神は主さまの使いではないから、普通の魔物で、もうとっくに亡くなっている。
瑠衣と仁奈は、優斗たちと再会するまで、世界樹ダンジョンで過ごした。 瑠衣の勇者の力は、やっぱり薬を飲んで当てるクジで決められた。
『またかっ!』と瑠衣と仁奈は叫んだが、今回は1回で勇者の力を引き当てた。 そして成人の日に、世界樹ダンジョンで、エルフに生まれ変わった優斗と華と再会した。
優斗と華は物凄く驚いていたが、とても喜んでいた。 そして、主さまの『君たちの今世の使命は、エルフの魔族退治事業の復活だからね』の無茶ぶりに、優斗たちが弱腰になったのは言うまでもない。
――優斗たちは深い森の中を歩いていた。
森を抜けた先の開けた場所に、幾つもの天幕が張られている。 天幕の外を歩いている人々が見えた。 グレーの髪に褐色の肌、グレーの瞳を持っている人々が生活をしている。 ダークエルフだ。 優斗たちは、ずっとダークエルフの村を探していた。
「優斗、見つけたぞ」
前を歩いていた瑠衣が優斗を振りかえった。
「ああ、これでやっとこの書簡を届けられる」
優斗が手に持っているのは、次期エルフの長としての書簡で、今後のダークエルフとの付き合い方を改める事などが書いてある。 長い間、エルフとダークエルフは疎遠になっていた。 ダークエルフの長に、この書簡を届ける事が、華との結婚の条件の1つとして、華の父親から出されていた。
「ツリーハウスじゃないのね。 遊牧民の天幕に似てる」
華が優斗の直ぐ隣に立った。
「うん、行こうか。 ダークエルフの長へ会いに」
優斗の号令に、瑠衣たちが頷いて返事を返して来た。 優斗たちは、ダークエルフたちに凝視されながら、一人のダークエルフに先導されて長の天幕まで案内された。 ダークエルフの長は、思っていたよりも気さくな人だった。 話し合いはスムーズに進んだ。
今後、ダークエルフと共に『魔族退治事業』を設立する事になる。 同時にまた、魔族との闘いがあるんだなと長いエルフの人生を思い、優斗たちは深い溜め息を吐くのだった。
――おまけ。
優斗たちの異世界生活も十数年経っていた。 2組の夫婦は、今も仲良く隠れ家に住んでいる。 隠れ家の庭にある池の側に、1人の少年が屈みこんでいた。 池の水面に映る少年は泣きべそ顔だ。
父親にそっくりな顔が映る水面に石を落とし、水面に映る少年の顔が歪む。 先程、3歳年上の幼馴染に、コテンパンにやられた所だった。
(くそっ! ハナトの奴っ、少しくらい手加減しろよっ! って言っても、手加減されたら更にムカつくけどっ)
背後から足音がし、人の近づく気配がしたが、少年は振り返らなかった。 誰が来たのか、分かったからだ。 少年の頭を撫でる大きな手の感触で、堪えきれずに少年の瞳から涙が零れ落ちた。
「やっぱりここにいた。 哲、また華斗に負けて泣いてるのか」
「父さん」
哲は隣にしゃがんだ父親を見上げた。
「無理して剣道をしなくてもいいんだぞ」
「でも、身を守る術がないと、この世界では生きていけない。 直ぐに死んじゃうっ。 それに、僕は弓が全然ダメだったしっ」
所謂、ノーコンというやつで、哲が放った矢は全く的に中らなかった。 頑張って練習したが、結果は同じだった。 哲は父親の弓を大人になったら譲り受けたいと思っていたので、余計に落ち込んだ。
「哲、人には向き不向きがあるから、お前は自分の出来る事、好きな事をすればいいよ。 ほら、この前哲が作ったお菓子、美味しかったし。 店に来たお客さんへお茶請けで出したけど、とっても喜んでたぞ」
「本当にっ!」
「ああ、だから無理して苦手な事をしなくてもいいよ。 学園都市に製菓の学科が出来るみたいだし、そっち方面に進んでもいいじゃないのか」
「うん」
哲は暗い表情で俯いた。 十数年前、スラム街だった場所は、学園都市として生まれ変わり、色々な事を学べる施設が立ち並ぶ学園都市になっていた。 それというのも、王が面白がって色々な施設を増やしたからだ。
スラム街はもう、スラム街とは呼ばれていない。 優斗たちが保護した子供たちも、学園都市で色々な事を学び、それぞれ自身の希望する職種に就いて巣立っていった。 哲は昔の事を思い出していた。
(僕がした前の人生での事は許されない。 でも、主さまは言った。 前の人生の記憶は、大人になるにつれて忘れていくって。 ルイさんの子供に生まれ変わったけど、勇者の力は受け継がれてない)
優斗と華の間にも2人子供がいるが、どちらにも勇者の力は受け継がれなかった。 両親たちは皆、受け継がれない方がいいと言う。 哲にも姉が一人いるが、姉にも勇者の力は受け継がれなかった。
『悩む事はいい事だよ。 まぁ、大人になったら忘れていくだろうけどね。 前の人生を後悔しているなら、記憶があるうちに、今世はどう生きるか考えなさい。 それに折角君の望が叶ったんだから、楽しむ事も忘れないでね』
哲の脳裏に主さまの言葉が駆け巡る。 顔を上げると、瑠衣に決然とした表情で言った。
「取り敢えず、ハナトに一発入れてから考えるっ! 負けっぱなしは悔しいもん」
「そうか。 なら、頑張れ」
哲は明るく瑠衣に返事をして、池の向かいにある多目的道場へ戻って行った。 立ち去る自身の息子の後ろ姿を眺めながら、瑠衣は小さく呟いた。
「負けるなよ、哲(テッド)」
哲は自身がテッドの生まれ変わりだとは、誰にも言っていない。 特に、父親の瑠衣には知られたくないと思っている。 なぜ、瑠衣が知っているのかと言うと、幼い頃に口を滑らせた事を哲は気づいていなかった。
それは、優斗たちも知っていて、皆は知らない振りをしている。 知らないのは本人ばかりなりだ。 瑠衣と仁奈の息子である哲と、優斗と華の娘が結婚し、哲の孫がエルフに嫁ぐのだが、それはまだまだ先の話である。
「君の命は尽きた。 君に迷惑を掛けてしまったお詫びに、次の人生を選ばせてあげよう。 何になりたい?」
「何でもいいの?」
「うん、いいよ。 何でも聞いてあげよう。 アイドルでもいいし、セレブでもいい。 王族でもいいよ。 反対に、しがないサラリーマンでもいいよ」
(主さま、何でそんなに日本かぶれっ?!)
主さまの例を聞いた後、仁奈は決意した。 球体が力強く光る。
「なら、私の生まれ変わりは待って欲しい。 あいつ、瑠衣が来るまで」
主さまは面白そうな笑みを浮かべた。
「それはどういう事かな?」
「瑠衣は絶対に小鳥遊を選ぶ。 だから、私はっ、瑠衣が選んだ方を選びたいっ」
(きっと、瑠衣は私の後は追って来てくれないと思うからっ)
「愛する人よりも親友を取ると? でもね、ずっと魂のまま留まらせるのも、問題があってね」
仁奈の心情を表すように、球体の光りが弱く輝く。 主さまは暫く考えると『仕方ない』と眉を下げた後、こんな事を提案した。
「分かった。 彼が来るのを待とう。 でもね、私が思うに彼は君を選ぶと思うよ」
「ううん、瑠衣はきっと小鳥遊を選ぶ。 次の人生を賭けてもいいよ」
「では、賭けをしようか。 彼がどちらを選ぶか。 私が勝ったなら、君の次の人生は私が決めるからね」
「いいよ」
「じゃ、暫くこちらで眠っていてもらおう。 彼が来るまでね」
仁奈の球体は、色とりどりの光りに包まれ、鳥籠の様な物に入れられた。 そこで瑠衣が来るのを待つ。 仁奈は白いカーテンが引かれるのを見つめながら、意識が遠のいていった。
――主さまに、優斗と華を連れて帰ると言った瑠衣が、次に目覚めたのは真っ白い部屋だった。
真っ白い壁に、真っ白い天井。 そして、デカいベッドだけが部屋の中央にあった。 理解が追いつかず、ベッドから飛び起きた瑠衣は、自身がどうなったのか、身体中を触って調べた。 自身の小さい両手を見て、理解した。 着ている白いパジャマよりも白い肌に、嫌な予感がした。
「俺、子供になってるのか? しかも、何か肌が白いっ」
小さい両手を眺めていると、隣で寝返りをうつ人の気配がして振り返った。 瑠衣の隣で寝ていたのは、12・3歳の少女で、見覚えのある寝顔だった。
(あれ? もしかしなくても、仁奈かっ? なんで? しかも、どう見てもエルフじゃないかっ! まさか、またそっくりさんじゃないだろうなっ!)
仁奈にそっくりのエルフの少女をじっと眺めていると、少女は小さい声を上げて瞼を開けた。 自身をじっと見ている瑠衣を見て、目を見開いた。
「瑠衣? ん、おはよう。 今、何時? 朝練、」
そこまで言って仁奈は、動きを止めた。 瑠衣をじっと見つめ、髪や尖った耳、真っ白い手に触れて来る。 最後に両頬を両手でつかみ、瑠衣と視線を合わせて来た。 力強い目線に瑠衣の胸が小さく跳ねた。
「瑠衣、エルフに生まれ変わってるっ?! なんでっ?! でも、似合ってるじゃん。 その色」
仁奈があの時の様に、屈託なく笑う。 目の前の少女は、そっくりさんではなく、正真正銘、瑠衣が知っている仁奈の様だ。 瑠衣の頬がほんのりと、赤く染まる。
「仁奈も似合ってるよ」
瑠衣は自然と笑みが零れ、真っ白い仁奈を見つめた。 瑠衣の言葉で、仁奈もエルフに生まれ変わっている事に気づき、自身の身体を瑠衣がしたように調べ出した。
「仁奈、日本で転生してたんじゃないのか?」
仁奈は顔を上げると、目を細めてじっと見つめて来た。
「主さまに頼んだの。 瑠衣が主さまの元に来るまで、私の転生は待ってって。 それで、主さまと賭けをしたのよ」
瑠衣は嫌な予感に喉を鳴らした。
「賭けって?」
「瑠衣が私か小鳥遊のどっちを選ぶか。 次の人生を賭けたの」
「な、お前、何してんの?!」
仁奈はムスッとした顔で瑠衣を見た。
「だって、絶対に瑠衣は小鳥遊の方を選ぶと思ったから。 絶対に、こっちに残るって思って。 主さまは、私を選ぶんじゃないかって言ってくれたけど。 私は、確信があったから」
『ふふん』とドヤ顔をする仁奈を瑠衣は、信じられないと見つめた。
「でも、お互いエルフに生まれ変わってるって事は、私が賭けに勝ったって事ね!」
瑠衣は深い溜め息を吐いて見つめた後、仁奈の手を取ると強く抱きしめた。 仁奈の肩に顔を乗せると、瑠衣は呟いた。
「馬鹿だな、仁奈」
「なっ!」
「俺が仁奈を見捨てる訳ないだろう。 次の人生が終わった後、優斗と華ちゃんを連れて、仁奈が生まれ変わった時代に転生させてもらおうと、お願いしようと思ってたのに」
「えっ、でもそんな何度もお願い出来ないんじゃ」
「よく考えてみろ。 セレンさんたちの思惑があって、優斗たちに何かしたにせよ。 主さまが何もなく、エルフに生まれ変われせてくれると思うか? 主さまなら邪魔しようと思ったら出来るはずだ」
12・3歳にしか見えない瑠衣が仁奈を離すと、黒い笑顔を浮かべる。
「優斗と華ちゃんに何かをやらせようとしてるに違いない。 だから、その見返りを貰っても文句は言えないだろう?」
「瑠衣っ、本当にいい性格してるわっ! 王さまに続き、主さままで脅そうとするなんてっ」
仁奈が慌てふためく様子を面白そうに眺めると、瑠衣は内心で呟いた。
(全く、俺が追いかけようと思ってたのにな。 計画がおじゃんになったな。 でも、)
「追いかけて来てくれてありがとうな。 仁奈、ずっと俺の隣でいて」
「うん、ずっと離れないよ。 後、私の事も考えてくれてたんだね、ありがとう。 でも、主さまを脅すのは、流石に怖いから止めてね」
瑠衣の顔が近づき、2人の唇が重なる。 同時に、部屋の扉が乱暴に開けられ、フィルとフィンが入って来た。 油断していた2人に、フィルとフィンはジャンピングして抱きついて来た。
「「お帰り! ルイ、ニーナ!!」」
瑠衣と仁奈が『ぐえっ』と情けない声を上げると、4人はもつれ合ってベッドに倒れ込んだ。 相変わらず元気過ぎるフィルとフィンを2人は抱きしめた。
「お前らが居るって事は、ここは世界樹ダンジョンかっ」
「「ルイ、ニーナ苦しいっ!」」
『お帰り、ルイ、ニーナ』
蹄の足音を聞きつけ、瑠衣と仁奈は振り返った。 従魔の契約は瑠衣が亡くなった事で、解除されている。
「ただいま、風神。 って呼んでいいのか?」
瑠衣が気まづそうにしている。
『ああ、いいぞ。 ニーナがつけてくれた名前だ。 気に入っている』
仁奈にも風神の声が聞こえた様で、自身がつけた名前を気に入ってくれている事に喜んでいた。 仁奈は『そうだ、雷神はいないんだった』と寂しそうにしていた。 雷神は主さまの使いではないから、普通の魔物で、もうとっくに亡くなっている。
瑠衣と仁奈は、優斗たちと再会するまで、世界樹ダンジョンで過ごした。 瑠衣の勇者の力は、やっぱり薬を飲んで当てるクジで決められた。
『またかっ!』と瑠衣と仁奈は叫んだが、今回は1回で勇者の力を引き当てた。 そして成人の日に、世界樹ダンジョンで、エルフに生まれ変わった優斗と華と再会した。
優斗と華は物凄く驚いていたが、とても喜んでいた。 そして、主さまの『君たちの今世の使命は、エルフの魔族退治事業の復活だからね』の無茶ぶりに、優斗たちが弱腰になったのは言うまでもない。
――優斗たちは深い森の中を歩いていた。
森を抜けた先の開けた場所に、幾つもの天幕が張られている。 天幕の外を歩いている人々が見えた。 グレーの髪に褐色の肌、グレーの瞳を持っている人々が生活をしている。 ダークエルフだ。 優斗たちは、ずっとダークエルフの村を探していた。
「優斗、見つけたぞ」
前を歩いていた瑠衣が優斗を振りかえった。
「ああ、これでやっとこの書簡を届けられる」
優斗が手に持っているのは、次期エルフの長としての書簡で、今後のダークエルフとの付き合い方を改める事などが書いてある。 長い間、エルフとダークエルフは疎遠になっていた。 ダークエルフの長に、この書簡を届ける事が、華との結婚の条件の1つとして、華の父親から出されていた。
「ツリーハウスじゃないのね。 遊牧民の天幕に似てる」
華が優斗の直ぐ隣に立った。
「うん、行こうか。 ダークエルフの長へ会いに」
優斗の号令に、瑠衣たちが頷いて返事を返して来た。 優斗たちは、ダークエルフたちに凝視されながら、一人のダークエルフに先導されて長の天幕まで案内された。 ダークエルフの長は、思っていたよりも気さくな人だった。 話し合いはスムーズに進んだ。
今後、ダークエルフと共に『魔族退治事業』を設立する事になる。 同時にまた、魔族との闘いがあるんだなと長いエルフの人生を思い、優斗たちは深い溜め息を吐くのだった。
――おまけ。
優斗たちの異世界生活も十数年経っていた。 2組の夫婦は、今も仲良く隠れ家に住んでいる。 隠れ家の庭にある池の側に、1人の少年が屈みこんでいた。 池の水面に映る少年は泣きべそ顔だ。
父親にそっくりな顔が映る水面に石を落とし、水面に映る少年の顔が歪む。 先程、3歳年上の幼馴染に、コテンパンにやられた所だった。
(くそっ! ハナトの奴っ、少しくらい手加減しろよっ! って言っても、手加減されたら更にムカつくけどっ)
背後から足音がし、人の近づく気配がしたが、少年は振り返らなかった。 誰が来たのか、分かったからだ。 少年の頭を撫でる大きな手の感触で、堪えきれずに少年の瞳から涙が零れ落ちた。
「やっぱりここにいた。 哲、また華斗に負けて泣いてるのか」
「父さん」
哲は隣にしゃがんだ父親を見上げた。
「無理して剣道をしなくてもいいんだぞ」
「でも、身を守る術がないと、この世界では生きていけない。 直ぐに死んじゃうっ。 それに、僕は弓が全然ダメだったしっ」
所謂、ノーコンというやつで、哲が放った矢は全く的に中らなかった。 頑張って練習したが、結果は同じだった。 哲は父親の弓を大人になったら譲り受けたいと思っていたので、余計に落ち込んだ。
「哲、人には向き不向きがあるから、お前は自分の出来る事、好きな事をすればいいよ。 ほら、この前哲が作ったお菓子、美味しかったし。 店に来たお客さんへお茶請けで出したけど、とっても喜んでたぞ」
「本当にっ!」
「ああ、だから無理して苦手な事をしなくてもいいよ。 学園都市に製菓の学科が出来るみたいだし、そっち方面に進んでもいいじゃないのか」
「うん」
哲は暗い表情で俯いた。 十数年前、スラム街だった場所は、学園都市として生まれ変わり、色々な事を学べる施設が立ち並ぶ学園都市になっていた。 それというのも、王が面白がって色々な施設を増やしたからだ。
スラム街はもう、スラム街とは呼ばれていない。 優斗たちが保護した子供たちも、学園都市で色々な事を学び、それぞれ自身の希望する職種に就いて巣立っていった。 哲は昔の事を思い出していた。
(僕がした前の人生での事は許されない。 でも、主さまは言った。 前の人生の記憶は、大人になるにつれて忘れていくって。 ルイさんの子供に生まれ変わったけど、勇者の力は受け継がれてない)
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『悩む事はいい事だよ。 まぁ、大人になったら忘れていくだろうけどね。 前の人生を後悔しているなら、記憶があるうちに、今世はどう生きるか考えなさい。 それに折角君の望が叶ったんだから、楽しむ事も忘れないでね』
哲の脳裏に主さまの言葉が駆け巡る。 顔を上げると、瑠衣に決然とした表情で言った。
「取り敢えず、ハナトに一発入れてから考えるっ! 負けっぱなしは悔しいもん」
「そうか。 なら、頑張れ」
哲は明るく瑠衣に返事をして、池の向かいにある多目的道場へ戻って行った。 立ち去る自身の息子の後ろ姿を眺めながら、瑠衣は小さく呟いた。
「負けるなよ、哲(テッド)」
哲は自身がテッドの生まれ変わりだとは、誰にも言っていない。 特に、父親の瑠衣には知られたくないと思っている。 なぜ、瑠衣が知っているのかと言うと、幼い頃に口を滑らせた事を哲は気づいていなかった。
それは、優斗たちも知っていて、皆は知らない振りをしている。 知らないのは本人ばかりなりだ。 瑠衣と仁奈の息子である哲と、優斗と華の娘が結婚し、哲の孫がエルフに嫁ぐのだが、それはまだまだ先の話である。
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