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第ニ十七話 武術大会〜後半戦〜
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午後の試合が開催された。 ベスト16を決める試合で、アルフにとって強敵の相手、ローゼンダール王国の王太子が対戦相手だ。 魔法一発で相手を倒してしまう。 トゥールと対峙したアルフは、諦めの境地にいた。 何処からかグランの厳しい視線が突き刺さる。 グランが言いたい事は分かっている。 最初から諦めてはいけないという事だ。
「ふっ、グラン、諦めるなって言われても無理かなっ」
『さぁ、皆様、期待の試合が始まりした。 殿下は今回も魔法一発でロイヴェリク選手を吹き飛ばすのか、または、ロイヴェリク選手は、あの高級杖を壊して殿下に勝つのかっ! この試合に勝利した選手が本線へ進めます』
トゥールの身体から魔力が溢れ出し、爽やか笑みを浮かべているが、とてもじゃないが恐ろしくて、頬を引き攣らせた。
(うん、やっぱり無理だ。 ごめん、グランっ! そして、アナウンスっ! 高いって教えてくれて、ありがとう! 壊さないように気をつけるよっ!)
審判の『始め』の合図の後、トゥールが持っている杖、先の方に付いている魔法石が光を放つ。 トゥールの魔法が実行されるのだ。 徐々に大きくなる魔力に、アルフも直ぐにチャクラムを取り出す。 回転数を上げて、トゥールの魔法が放たれたと同時に、アルフはチャクラムをトゥールへ飛ばした。 トゥールが怯んだ瞬間、チャンスだと、無意識に身体が動いていた。
(いつものグランとの練習の癖が出たっ! あ、不味いっ! 回転数を上げすぎてるっ!)
下から斜め上へトゥールを斬りつける。
チャクラムが何かに弾かれる音が響き、二つのチャクラムは弾き飛ばされてしまった。 直ぐに新たなチャクラムを取り出す。 チャクラムは透明の壁に阻まれた様だ。 最初に遠距離から飛ばしたチャクラムが、前へ差し出したトゥールの杖を後方へ飛ばした。 同時に観客席から歓声が上がる。 ちょっとだけアルフの胸に勝利を期待して希望の光がしたが、『どうか、壊れてません様に』と、心から祈った。
「まだまだ甘いよ、アルフ。 私は杖なしでも魔法を放てるんだ」
「えっ?!」
知らぬ間に、アルフの頭上に魔法陣が展開されていた。 魔力が火花を散らしている。 見上げた頭上から雨が降り出し、一瞬で豪雨に変わり、アルフだけがゲリラ豪雨を浴びた。 周囲に水蒸気が発生し、視界が遮られた。 狼狽えている間に、トゥールに背後を取られ、首筋にひんやりとしたしたアイスニードルの感触を感じ、アルフは直ぐさま白旗を上げた。 完璧な敗北だ。
アルフの白旗を受け、トゥールの勝利がアナウンスされた。
『圧倒的な魔法力により、殿下が勝利し、本線に進むのは殿下に決まりましたっ! ロイヴェリク選手は残念でしたが、健闘した方でしょう。 殿下を本気で仕留めに行ったのは、ロイヴェリク選手だけでしょう。 ベスト16が決まりましたので、次の試合から本戦となりますっ!』
(本気で仕留めるってっ!! いや、アナウンス、言い方っ! 気をつけてっ!)
トゥールの最初の魔法は罠だった、アルフが武器を壊して勝ち進んでいるのを見て、一発目からトゥールの杖を狙うように誘導されていた。
ガクッと膝はつかなかった。 アルフは武術大会が無事に終わってホッと胸を撫でおろした。 とりあえず、今アルフに必要なのは、お風呂だ。 ゆっくりと湯に浸かりたいと切に願っていると、トゥールが近づいてくる気配を感じ、アルフは顔を上げた。
少しだけ駆け足で駆けてくるトゥールの頬は、戦いの後だからか、蒸気していた。
「アルフ、大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。 でも、流石です。 完敗でした」
「いやいや、アルフも流石だよ。 王族相手にあんなに回転数上げて斬りつけて来るんだもん。 ちょっとだけびっくりした。 防御が間に合って良かったよ」
「……それは、すみませんっ」
「謝る事じゃないよ。 私はとても楽しかったよ」
トゥールの背後から、グランがバスタオルを持って駆けてくる様子が視界に入った。 グランが駆けてくる足音を聞きつけたのか、トゥールが『あぁ』と、納得した様に頷いた。 トゥールの身体から巻き起こった風がアルフに巻き付く。
風は暖かく冷たくなったアルフの身体を優しく包み込んだ。 数秒もかからず、アルフの身体と服は乾いた。 心なしか、バスタオルを持って側で立っているグランは、無表情な顔を僅かに歪めた。 表情の変化も、アルフかアテシュ家の面々にしか分からないだろう。
「これで乾いただろう? 後は、風邪をひかない様に、暖かい紅茶でも飲んでね」
「殿下、本線出場おめでとうございます。 殿下の最初の相手は私ですので、どうぞよろしくお願いします」
グランの表情が全く『よろしくお願いします』とは言っていない。 トゥールは、グランの態度が面白いのか、笑いのツボに入った様で片眉を下げて小さく笑っている。 グランには珍しく、トゥールに笑われて僅かにムッとした表情を浮かべた。
「アルトゥール殿下っ! 本線出場おめでとうございますっ!」
知らぬ間にアルフたちは令嬢たちに囲まれ、ジルフィアがトゥールにピッタリと側に張り付いていた。 ジルフィアを皮切りに、次々とトゥールへ勝利の祝福を捧げる。 アルフとグランは令嬢たちの波に押され、押し出されてしまった。 ルヴィやレイは巻き込まれない様に、少し離れた場所で遠巻きにして見ていた。
トゥールもジルフィアは苦手なのか、笑みを絶やさない王子の顔が引き攣っている。 ジルフィアは周囲の令嬢たちを威嚇しまくり、負けじと突っ込んで行く令嬢たち。 ちょっとしたカオス状態だった。
(……トゥールには、同情しかないなっ)
既に表情が無に戻っているグランが徐にアルフを振り返って来た。
「若様、殿下には勝てないかも知れませんが、若様の敵は取ります」
「いや、無理しなくてもいいよ。 トゥールに勝てる人間は、この魔法学校にはいなさそうだしね」
「……若様がびしょ濡れにされた刑、必ず晴らしますので」
力強く頷くグランに、『腹立ててるとこ、そこなの?!』と、内心でツッコミを入れた。
(今、気づいたけど、グランちょっとだけズレてるよね?! 刑って何っ?! 僕犯罪者だっけ? あ、対戦相手の武器を壊してるからかっ……グランにも、そういう所あるんだな)
「よう、アルフ。 残念だったな」
「本当に、殿下の杖を飛ばしたのはアルフだけだ。 殿下を本気で仕留めに行ったのもな」
「ちょっと、レイ様にルヴィ様、言い方、その言い方はやめて下さいっ!! そんな事より、殿下をあのまま放置していいんですか?」
「ああ、いいんだ。 あの中に殿下が気にいる令嬢がいるかも知れないしな」
「そそ、王命なんだ。 トゥールに令嬢と話す機会を作れってね。 俺もウイーズ家の姉妹は苦手だけどな。 妹は何を考えているのか分からないし、姉の方は、話しかけてくる時、いつも胸を押し付けてくるし、アレはどう対処したらいいんた?」
「いや、僕に聞かれても……」
(女の子からそんな事、された事ないから、なんて答えたらいいか分からないっ! 流石、美男子! 悩みも普通じゃないっ!)
『思春期の悩みだよねぇ。 見た目は女の子を騙しそうなのに、意外と純情なんだ』
また、突然に姿を現した主さまモドキに、アルフは肩を振るわせた。 アルフの状況も考えず現れて、耳元で囁くものだから、とても驚く。 主さまモドキのしたり顔に深いため息を吐いた。
「また、そんな知った風な口をきいて」
『アルフよりは知ってるもんっ!』
アルフの意思を無視して現れる主さまモドキは、とても得意げに腰に手を当てた。 そして、少しだけ拗ねた様な声を出す。
『それにしても水くさいじゃないか、どうして試合の時、私を呼び出さなかったの?』
「何でって、そんな事まったく思い付かなかったよ。 主さまモドキは検索スキルなんだから、戦闘は出来ないだろう?」
アルフの言葉に、小さい指を自身の顔の前で振って、主さまモドキは舌を数回ならした。 ちょっとだけアルフはムッとして顔を歪める。
『だからだよ、アルフ。 対戦相手の事なら、何でも検索出来るのに。 弱点とか相手の苦手なものとか、弱みとか』
主さまモドキに言われて、やっと何が言いたいかのか分かった。 主さまモドキで調べれば、相手の全てが分かり、武器を壊さずに試合に勝てた可能性に気づいた。
借金が少しだけ増えたかも知れないアルフにとってショックな出来事だった。
「もっと早く出て来て欲しかったっ!!」
「……わざと使わないんだと思っていました。 私との訓練でも使っていませんでしたので、能力的に何かあるのかと思ってツッコミもしませんでした」
「グランまで……まぁ、目立ちたくなかったし、過ぎた事を言っていても仕方ないか、うん、切り替えよう。 増えた借金をどうやって返すか考える方が建設的だね」
「壊した武器をアルフが弁償する必要なくないか? 試合で起こった怪我とか、武器の故障は責任を追求しないって、誓約書にサインしたろ? まぁ、そんな物なくても試合での事故は自己責任が常識だぜ」
レイの話に、ルヴィも頷いている。 しかし、彼らは高位貴族だから、試合で相手の武器を壊しても何も言われないが、アルフは下位貴族だ。 絶対にイチャモンを付けられる。
「大丈夫だよ、アルフ。 君が壊した武器は王家が弁償するからね」
いつの間にか令嬢の波を掻き分け、アルフたちの元へ戻って来たトゥールは、レイとルヴィに裏切り者の眼差しを向けている。 レイとルヴィは肩をすくめただけだったが、トゥールはあまり気にしていなかったのか、アルフに向き合う。
「えっ? でも、自己責任になるのでは?」
「実は毎年、その手の事で下位貴族が高位貴族から、弁償しろと圧力を掛ける案件があってね。 どうにかして欲しいと、嘆願書が出されてる。 今年は私が学園にいるから、その件を陛下から任されてるんだ。 まぁ、弁償ではなくて、復元だけどね」
トゥールの話を聞き、迷わず願い出た。 お金に関しては、長いものに巻かれる事を覚えた。 因みにルヴィの祝福は鑑定なので戦えない。 武術大会は不参加だった。
レイは二回戦で三年生と当たり大敗している。
トゥールとグランの試合は、隠し持っていたバケツ一杯の水を、トゥールの頭からぶっ掛けたグランの攻撃から始まった。
グランの所業に観客席はしんと静まり返った。
びっしょりと濡れたトゥールは、一瞬だけ動きが鈍った。 グランの周囲で七本の剣が浮かぶ。 トゥールの魔法が既に発動していて、右手を振り下ろした後、魔法陣から雷撃が降り注いだ。 雷撃は全て七本の剣が受け止めた。
(うわぁ、本気モードだ……グラン、僕の時と全然、違う。 やっぱり手加減されてたんだな)
グランも中々、健闘したが、トゥールの魔法の前では歯が立たなかった。 グランは敗退し、ベスト16で終わった。 トゥールは決勝まで勝ち進み、トゥールの魔法力に優った者は誰一人居なく、難なく優勝した。
『今年度の優勝者はローゼンダール王国、王太子であられるアルトゥール・エーレ・フォン・ローゼンダール殿下です。 皆様、大きな拍手をお送り下さいっ!! おめでとうございます、殿下!!』
武樹大会は大歓声の中、無事に幕を閉じた。 マントイフェル出身の生徒たちも健闘したが、アルフのベスト17とグランのベスト16という成績で終わった。 『まぁ、一年生なんてこんなものだ。 トゥールが規格外過ぎるんだよ』と、アルフは内心で呟いた。
「ふっ、グラン、諦めるなって言われても無理かなっ」
『さぁ、皆様、期待の試合が始まりした。 殿下は今回も魔法一発でロイヴェリク選手を吹き飛ばすのか、または、ロイヴェリク選手は、あの高級杖を壊して殿下に勝つのかっ! この試合に勝利した選手が本線へ進めます』
トゥールの身体から魔力が溢れ出し、爽やか笑みを浮かべているが、とてもじゃないが恐ろしくて、頬を引き攣らせた。
(うん、やっぱり無理だ。 ごめん、グランっ! そして、アナウンスっ! 高いって教えてくれて、ありがとう! 壊さないように気をつけるよっ!)
審判の『始め』の合図の後、トゥールが持っている杖、先の方に付いている魔法石が光を放つ。 トゥールの魔法が実行されるのだ。 徐々に大きくなる魔力に、アルフも直ぐにチャクラムを取り出す。 回転数を上げて、トゥールの魔法が放たれたと同時に、アルフはチャクラムをトゥールへ飛ばした。 トゥールが怯んだ瞬間、チャンスだと、無意識に身体が動いていた。
(いつものグランとの練習の癖が出たっ! あ、不味いっ! 回転数を上げすぎてるっ!)
下から斜め上へトゥールを斬りつける。
チャクラムが何かに弾かれる音が響き、二つのチャクラムは弾き飛ばされてしまった。 直ぐに新たなチャクラムを取り出す。 チャクラムは透明の壁に阻まれた様だ。 最初に遠距離から飛ばしたチャクラムが、前へ差し出したトゥールの杖を後方へ飛ばした。 同時に観客席から歓声が上がる。 ちょっとだけアルフの胸に勝利を期待して希望の光がしたが、『どうか、壊れてません様に』と、心から祈った。
「まだまだ甘いよ、アルフ。 私は杖なしでも魔法を放てるんだ」
「えっ?!」
知らぬ間に、アルフの頭上に魔法陣が展開されていた。 魔力が火花を散らしている。 見上げた頭上から雨が降り出し、一瞬で豪雨に変わり、アルフだけがゲリラ豪雨を浴びた。 周囲に水蒸気が発生し、視界が遮られた。 狼狽えている間に、トゥールに背後を取られ、首筋にひんやりとしたしたアイスニードルの感触を感じ、アルフは直ぐさま白旗を上げた。 完璧な敗北だ。
アルフの白旗を受け、トゥールの勝利がアナウンスされた。
『圧倒的な魔法力により、殿下が勝利し、本線に進むのは殿下に決まりましたっ! ロイヴェリク選手は残念でしたが、健闘した方でしょう。 殿下を本気で仕留めに行ったのは、ロイヴェリク選手だけでしょう。 ベスト16が決まりましたので、次の試合から本戦となりますっ!』
(本気で仕留めるってっ!! いや、アナウンス、言い方っ! 気をつけてっ!)
トゥールの最初の魔法は罠だった、アルフが武器を壊して勝ち進んでいるのを見て、一発目からトゥールの杖を狙うように誘導されていた。
ガクッと膝はつかなかった。 アルフは武術大会が無事に終わってホッと胸を撫でおろした。 とりあえず、今アルフに必要なのは、お風呂だ。 ゆっくりと湯に浸かりたいと切に願っていると、トゥールが近づいてくる気配を感じ、アルフは顔を上げた。
少しだけ駆け足で駆けてくるトゥールの頬は、戦いの後だからか、蒸気していた。
「アルフ、大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。 でも、流石です。 完敗でした」
「いやいや、アルフも流石だよ。 王族相手にあんなに回転数上げて斬りつけて来るんだもん。 ちょっとだけびっくりした。 防御が間に合って良かったよ」
「……それは、すみませんっ」
「謝る事じゃないよ。 私はとても楽しかったよ」
トゥールの背後から、グランがバスタオルを持って駆けてくる様子が視界に入った。 グランが駆けてくる足音を聞きつけたのか、トゥールが『あぁ』と、納得した様に頷いた。 トゥールの身体から巻き起こった風がアルフに巻き付く。
風は暖かく冷たくなったアルフの身体を優しく包み込んだ。 数秒もかからず、アルフの身体と服は乾いた。 心なしか、バスタオルを持って側で立っているグランは、無表情な顔を僅かに歪めた。 表情の変化も、アルフかアテシュ家の面々にしか分からないだろう。
「これで乾いただろう? 後は、風邪をひかない様に、暖かい紅茶でも飲んでね」
「殿下、本線出場おめでとうございます。 殿下の最初の相手は私ですので、どうぞよろしくお願いします」
グランの表情が全く『よろしくお願いします』とは言っていない。 トゥールは、グランの態度が面白いのか、笑いのツボに入った様で片眉を下げて小さく笑っている。 グランには珍しく、トゥールに笑われて僅かにムッとした表情を浮かべた。
「アルトゥール殿下っ! 本線出場おめでとうございますっ!」
知らぬ間にアルフたちは令嬢たちに囲まれ、ジルフィアがトゥールにピッタリと側に張り付いていた。 ジルフィアを皮切りに、次々とトゥールへ勝利の祝福を捧げる。 アルフとグランは令嬢たちの波に押され、押し出されてしまった。 ルヴィやレイは巻き込まれない様に、少し離れた場所で遠巻きにして見ていた。
トゥールもジルフィアは苦手なのか、笑みを絶やさない王子の顔が引き攣っている。 ジルフィアは周囲の令嬢たちを威嚇しまくり、負けじと突っ込んで行く令嬢たち。 ちょっとしたカオス状態だった。
(……トゥールには、同情しかないなっ)
既に表情が無に戻っているグランが徐にアルフを振り返って来た。
「若様、殿下には勝てないかも知れませんが、若様の敵は取ります」
「いや、無理しなくてもいいよ。 トゥールに勝てる人間は、この魔法学校にはいなさそうだしね」
「……若様がびしょ濡れにされた刑、必ず晴らしますので」
力強く頷くグランに、『腹立ててるとこ、そこなの?!』と、内心でツッコミを入れた。
(今、気づいたけど、グランちょっとだけズレてるよね?! 刑って何っ?! 僕犯罪者だっけ? あ、対戦相手の武器を壊してるからかっ……グランにも、そういう所あるんだな)
「よう、アルフ。 残念だったな」
「本当に、殿下の杖を飛ばしたのはアルフだけだ。 殿下を本気で仕留めに行ったのもな」
「ちょっと、レイ様にルヴィ様、言い方、その言い方はやめて下さいっ!! そんな事より、殿下をあのまま放置していいんですか?」
「ああ、いいんだ。 あの中に殿下が気にいる令嬢がいるかも知れないしな」
「そそ、王命なんだ。 トゥールに令嬢と話す機会を作れってね。 俺もウイーズ家の姉妹は苦手だけどな。 妹は何を考えているのか分からないし、姉の方は、話しかけてくる時、いつも胸を押し付けてくるし、アレはどう対処したらいいんた?」
「いや、僕に聞かれても……」
(女の子からそんな事、された事ないから、なんて答えたらいいか分からないっ! 流石、美男子! 悩みも普通じゃないっ!)
『思春期の悩みだよねぇ。 見た目は女の子を騙しそうなのに、意外と純情なんだ』
また、突然に姿を現した主さまモドキに、アルフは肩を振るわせた。 アルフの状況も考えず現れて、耳元で囁くものだから、とても驚く。 主さまモドキのしたり顔に深いため息を吐いた。
「また、そんな知った風な口をきいて」
『アルフよりは知ってるもんっ!』
アルフの意思を無視して現れる主さまモドキは、とても得意げに腰に手を当てた。 そして、少しだけ拗ねた様な声を出す。
『それにしても水くさいじゃないか、どうして試合の時、私を呼び出さなかったの?』
「何でって、そんな事まったく思い付かなかったよ。 主さまモドキは検索スキルなんだから、戦闘は出来ないだろう?」
アルフの言葉に、小さい指を自身の顔の前で振って、主さまモドキは舌を数回ならした。 ちょっとだけアルフはムッとして顔を歪める。
『だからだよ、アルフ。 対戦相手の事なら、何でも検索出来るのに。 弱点とか相手の苦手なものとか、弱みとか』
主さまモドキに言われて、やっと何が言いたいかのか分かった。 主さまモドキで調べれば、相手の全てが分かり、武器を壊さずに試合に勝てた可能性に気づいた。
借金が少しだけ増えたかも知れないアルフにとってショックな出来事だった。
「もっと早く出て来て欲しかったっ!!」
「……わざと使わないんだと思っていました。 私との訓練でも使っていませんでしたので、能力的に何かあるのかと思ってツッコミもしませんでした」
「グランまで……まぁ、目立ちたくなかったし、過ぎた事を言っていても仕方ないか、うん、切り替えよう。 増えた借金をどうやって返すか考える方が建設的だね」
「壊した武器をアルフが弁償する必要なくないか? 試合で起こった怪我とか、武器の故障は責任を追求しないって、誓約書にサインしたろ? まぁ、そんな物なくても試合での事故は自己責任が常識だぜ」
レイの話に、ルヴィも頷いている。 しかし、彼らは高位貴族だから、試合で相手の武器を壊しても何も言われないが、アルフは下位貴族だ。 絶対にイチャモンを付けられる。
「大丈夫だよ、アルフ。 君が壊した武器は王家が弁償するからね」
いつの間にか令嬢の波を掻き分け、アルフたちの元へ戻って来たトゥールは、レイとルヴィに裏切り者の眼差しを向けている。 レイとルヴィは肩をすくめただけだったが、トゥールはあまり気にしていなかったのか、アルフに向き合う。
「えっ? でも、自己責任になるのでは?」
「実は毎年、その手の事で下位貴族が高位貴族から、弁償しろと圧力を掛ける案件があってね。 どうにかして欲しいと、嘆願書が出されてる。 今年は私が学園にいるから、その件を陛下から任されてるんだ。 まぁ、弁償ではなくて、復元だけどね」
トゥールの話を聞き、迷わず願い出た。 お金に関しては、長いものに巻かれる事を覚えた。 因みにルヴィの祝福は鑑定なので戦えない。 武術大会は不参加だった。
レイは二回戦で三年生と当たり大敗している。
トゥールとグランの試合は、隠し持っていたバケツ一杯の水を、トゥールの頭からぶっ掛けたグランの攻撃から始まった。
グランの所業に観客席はしんと静まり返った。
びっしょりと濡れたトゥールは、一瞬だけ動きが鈍った。 グランの周囲で七本の剣が浮かぶ。 トゥールの魔法が既に発動していて、右手を振り下ろした後、魔法陣から雷撃が降り注いだ。 雷撃は全て七本の剣が受け止めた。
(うわぁ、本気モードだ……グラン、僕の時と全然、違う。 やっぱり手加減されてたんだな)
グランも中々、健闘したが、トゥールの魔法の前では歯が立たなかった。 グランは敗退し、ベスト16で終わった。 トゥールは決勝まで勝ち進み、トゥールの魔法力に優った者は誰一人居なく、難なく優勝した。
『今年度の優勝者はローゼンダール王国、王太子であられるアルトゥール・エーレ・フォン・ローゼンダール殿下です。 皆様、大きな拍手をお送り下さいっ!! おめでとうございます、殿下!!』
武樹大会は大歓声の中、無事に幕を閉じた。 マントイフェル出身の生徒たちも健闘したが、アルフのベスト17とグランのベスト16という成績で終わった。 『まぁ、一年生なんてこんなものだ。 トゥールが規格外過ぎるんだよ』と、アルフは内心で呟いた。
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