満月に魔力が満ちる夜 ~黒薔薇と黒蝶~

伊織愁

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15話 『ヴィー、洗礼を受ける』

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 王族との晩餐でヴィーは、洗礼を受けた。 王妃様や側室方のドレスの色が被らない様に、あらかじめドレスの色を訊いていた。 しかし、間際になってから、第二夫人がドレスの色を、ヴィーが着るドレスの色に変えると言ってきたのだ。

 (これって、後宮だとあるあるなんでしょうね。 まぁ、私はドレスの色なんて何でもいいし、何だったら、コルセットなんてしたくないと思ってる方だし)

 第二夫人の嫌がらせは、ヴィーにはあまり効果はなかった。 人気の色は他の側室方に取られていて、第二夫人が最初に言っていた淡い紫の色も着れない。 最終的にネイビーというヴィーの年としては、落ち着いた色になってしまったが、切れ長の紫の瞳の顔立ちは、大人っぽく見える事もあり、ヴィーにとても似合っていた。

 夜会でもないので、黒蝶の紋様はチラリと少し開いた胸元から覗くくらいに抑えていた。 それに

 「結果的には、殿下の瞳の色を纏う事になりましたし、とても似合っておりますし、良かったですわ。 絶対に殿下もお喜びになられますわ」

 メイドたちはヴィーのドレス姿を見ると『きゃあきゃあ』と騒ぎ出した。 メイドたちのチビ煙幕も小躍りをして、どんちゃん騒ぎだ。 とても城勤めのメイドの所作ではない。 ヴィーは乾いた笑いを漏らすと、深い溜め息を吐いた。 離宮に来てからというもの、初対面の人が多く、幼い頃のようにチビ煙幕がもくもくと出てくる。 これでは、能力をコントロール出来てるとは、とても言えない。

 (どの口でコントロール出来るって宣ったのよ。 恥ずかしすぎるわ。 でも、お城で何も視えないのも怖すぎるのよね)

 『これだから、小心者は困る』と自虐的な思考に陥っていると、ヴィーの部屋の扉がノックされた。 メイドが対応に出て入って来たのは、離宮の家主のネロだ。 ネロは濃紺の正装をしており、奇しくもヴィーと装いがあっていた。 ポッケトチーフはヴィーの瞳の色、紫が使われていた。

 「ファラ、支度は出来た?」

 ネロは、ヴィーのドレス姿を見て一瞬黙り込むと、ゆっくりと目を細めた。 ヴィーの黒蝶は、直ぐにネロの黒蝶の元へと飛んでいく。 ネロの黒蝶も優しく受け止めいる様に見えるから不思議だ。

 「とても似合っているよ。 私の瞳の色を着てくれたんだね」
 「そういう訳では、間際になって色々とバタバタしてしまって、色の選択肢が無くなってしまったからです」
 (あ、やな言い方になってしまったわ)

 ヴィーは咄嗟に口を塞いだが、ネロは気にしていない様だった。 ヴィーの様子を面白そうに眺めている。 頬を染めて『しまった』と顔に出ている時点で、ヴィーが心にもない事を言ってしまったと、後悔している事は手に取るように分かる。 ネロはヴィーに手を差し出すとにっこりと微笑んだ。

 「さぁ、意地っ張りな、お姫様。 お手をどうぞ。 わたくしめに、晩餐会場までエスコートする名誉を与えて下さい」

 気障なネロのセリフに、ヴィーは少し引いたが、頬を染めておずおずと、差し出された手に、自身の手を置いた。 ネロは嬉しそうにヴィーの手を引き、エントランスに向かう。

 「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」


 晩餐会場に着くと、既に王以外の王族が揃っていたが、ヴィーたちは最後ではなかった。 ヴィーたちの後に現れたのは、件のお人、第二夫人だった。 第二夫人は、最初に言っていた通りの淡い紫のドレスを纏っていた。 第二夫人のドレスの色を見て、ヴィーは口元が引き攣るのを頑張って抑えた。

 (この人、堂々と報告と違うドレスを着て来たわ! 今、ちょっと睨まれた?! それにルカ殿下にそっくり、何を考えているのか表情からは読み取れないわね)

ヴィーの様子にネロがクスリと笑う。
 「ファラ、気にしないで。 いつも第二夫人は、あんな感じなんだ。 周りを振り回して楽しんでるんだよ。 受け流しておけばいい」
 「はい、ネロ殿下」

 ネロの優しい声が耳元で囁かれ、ヴィーは早くなる鼓動を抑えられそうになかった。 しかも、最近までは離宮でほったらかしにされていて、突然のネロの距離の近さにドギマギしていた。

 (だから私は、恋なんてしないんだってばっ! ときめいてるんじゃない、殿下の距離に慣れてないだけなんだからっ! はっ! また前世の感情に流されてしまったわっ!)

 2匹の黒蝶は、空気を読んだのか、ヴィーの黒蝶は髪に止まり、髪飾りのようにじっとしていた。 ネロの黒蝶は、クラバットの留め具に止まっており、お揃いの装飾品のように見えたが、ネロとヴィー、アルバとエラの4人にしか見えていない。 アルバとエラの水鳥は、相変わらず2人の肩に大人しく乗っている。

 王子王女たちは、まだ席に着いておらず、アルバがエラを王女たちに紹介していた。 ルカだけは、既に席に着いていた。 ネロはアルバの方を見ると、ヴィーを誘った。

 「ファラ、私の妹たちを紹介するよ。 第一王女のソフィアだ。 隣がクレアで第二王女、アルバの隣に居るのが第四王女のジュリアだ。 第三王女のマルティーナは、今は隣国に留学中でいないんだ。 ソフィアとクレアは、私たちと同い年だよ。 ジュリアとマルティーナは2つ下だ。 夫人たちは、父上が紹介すると思うから、父上が来るまで待ってくれ」

 チビ煙幕がもくもくと現れる事を覚悟していたが、流石は王族、彼女たちのチビ煙幕も出なかった。 勿論、王妃様や夫人たち、第二夫人さえもだ。 アルバだけは、わざと視せているのか、チビ煙幕がヴィーに片目を瞑って笑いかけてくる。 ヴィーが自己紹介をする前に王が到着して、晩餐の前に軽く自己紹介が始まった。

 王族方は、第二夫人以外はだが、皆気さくな方ばかりで緊張はしたが、ヴィーは上手く出来たと思っている。 

 「ヴィオレッタ嬢、エルヴェーラ嬢、硬くならなくてもよいぞ。 今日は仲を深める為の晩餐会だ。 楽しんでいってくれ」
 「「はい、陛下」」
ヴィーとエラは淑女の礼をすると、王子王女たちも自身の席へ着いた。

 「ファラ、どうぞ」

 ネロがファラの椅子を引いて座らせてくれる。 当たり前だが、今更ながらに紳士な王子さまに、ヴィーはドギマギした。

 「ありがとうございますっ」

 一番困ったのは、ネロが終始、ヴィーに構って来た事だ。 この日の晩餐は何を食べたのか、全く覚えていないヴィーだった。 ネロとヴィーの仲睦まじい姿に、皆が生温い目を向けていた事に、ヴィーは全く気付いていなかった。 第二夫人だけが、機嫌が悪そうにしているのをネロとアルバは注意深く見ていた。



――ヴィーは自室のリビングで古代語の詠唱を練習していた。
 何回も舌を噛んだ後、『爆発的に魔力の受け皿を大きくする方法 ステップ2』の古代語を噛まずに詠唱が出来た。 これで、大きくした受け皿を長時間維持する為の魔法が掛けられる。 やっと結界石を作り出す為のスタートラインに立てたヴィーは、喜びもひとしおである。

 「これでやっと、結界石を作る事が出来るわ! 殿下方より、大分遅れてて、殿下との魔力を合わせる事も出来なかったものね。 早速、試してみよう」

 ヴィーは気合いを入れて、ステップ1の詠唱に自身の魔力を乗せた。 すると、魔力の受け皿がブワンと、手の先や足先まで拡がる感覚を感じる。 続いてステップ2の詠唱に魔力を乗せた。 ステップ1の時の様な身体の感覚は何もしないが、大きくなった受け皿が帯電している感覚がした。

 「うん、なんかやれそうな気がするわ!」

 主さまからの羊皮紙をもう1度よく読むと、1回の詠唱で24時間継続できると書いてあった。 なので、結界石の詠唱をしてみようと、別の羊皮紙を取り出した。 ヴィーは両手を前に出すと、魔力に乗せて詠唱を始めた。 すると、掌の上に小さい石の欠片が現れる。 詠唱を続けていくと、小さな欠片が徐々に大きくなり、1輪の黒薔薇が作り出された。 本番はもっと大きな物を作らなければいけないが、取り敢えずはこれでいいだろうとヴィーはご機嫌になっていた。 が、満面の笑みのまま、ヴィーは意識を失った。 この感覚には、覚えがあると、ヴィーは満面の笑みを浮かべながら、ソファーに倒れ込んだ。

 (主さまっ! このままの状態でメイドに見つかったら、私『変な人』認定されること間違いないんですけどっ!)

 案の定、紅茶を運んできたメイドが、満面の笑みを浮かべて気絶しているヴィーを見つけて慌てふためき、ネロの執務室に駆け込んだのは言うまでもない。

ヴィーは強制的に主さまの所へ移動させられ、主さまの呆れた第一声が耳に届いた。

 「まさか、いきなり結界石を作り出すとは思わなかったよ。 書いておけばよかったね。 今、君は魔力を使い果たしてしまって枯渇寸前だよ」
クッションから起き上がったヴィーが主さまを見つめる。
 「えっ!」
 「何でもそうだけど、いきなりは駄目だよ。 少しずつ慣らさないと。 ヴィーの身体は、少量の魔力を使った事しか無いのだから、大量の魔力を使うのは、身体を慣らしてからじゃないとね」
 「それ! 教えといてくださいよっ! じゃ、今頃、私は変な状態で気絶してるじゃないですかっ!」

 『ああ、恥ずかしくて戻れないっ!』とヴィーは頭を抱えるのだった。 主さまは『大丈夫だと思うよ』と呑気に笑っていた。


 ヴィーが作り出した結界石は、純度が高く、他の誰のよりも魔除けの力があった。 ヴィーが倒れたと聞いたネロは急いで離宮に戻り、そばに落ちている結界石を拾うと、羊皮紙がひらりと天井から落ちて来る。

 羊皮紙の内容を読むと、ネロの眉がピクリと跳ねる。 結界石をポケットに仕舞い、羊皮紙も内ポケットに仕舞う。 ヴィーを抱き上げると、起こさないように慎重に寝室へと運ぶ。 そっとベッドに寝かせると、満面の笑みを浮かべて横たわるヴィーを見て、ネロからクスリと笑いが零れた。 ネロは額に口づけを落とすと、静かに部屋を出て行った。

 「ファラ、ゆっくりおやすみ」
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