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第二十三話

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 早朝の陽射しが生徒会室に射し、室内を明るく照らしている。 朝早くから生徒会室に集まって来た生徒会のメンバーは、少しだけざわついていた。

 誰よりも早く生徒会室を訪れたマリーは、2番目に早く生徒会室へ訪れた生徒を凝視した。

 「えっ……クローディア様っ?!」
 「何を驚いた顔をしているの?」

 驚いて目を丸くしているマリーを見つめ、不機嫌そうにクローディアは視線を逸らした。 いつまでも呆けているマリーに、クローディアが呆れた様に息を吐き出した。

 「ちょっと、生徒会の仕事をしろって言ったのはそっちでしょ。 何をすればいいのか指示を出して」

 クローディアの指摘に慌ててマリーは、机に散らばった書類を分けてクローディアに渡す。 受け取ったクローディアは羊皮紙の束を次々と捲り、内容を読み込んでいる。

 「私の机は何処かしら?」
 「あ、クローディア様の机はこちらです」

 生徒会長の机の前に5つの机が並べられている。 マリーに背を向けて座る事になるが、生徒副会長の机を示した。 黙って机に腰掛けると、クローディアは黙々と仕事に取り掛かった。

 マリーも自身の机に向かい、目の前に見えるクローディアの背中に向かって感謝の言葉を述べた。

 「あ、あの、ありがとうございます」
 「お礼を言われる筋合いはないわ。 生徒副会長としては、当たり前ですしね。 それに……生徒会の仕事をしないと、私の学院卒業資格を失うのよっ! あの、くそ王太子っっ」

 (ん? 王太子って言った? もしかしなくても、デーヴィッド殿下が何かしてくれたのね……。 私の説得のお陰ではなかったのか……)

 クローディアは、マリーが思っていた以上に有能だった。 デーヴィッドがクローディアに生徒会の仕事をやる様に促してくれたお陰で、生徒会の仕事の進み具合が格段に上がった。

 問題だった中庭の枯れ葉掃除の問題は、学院の行事で行う事になった。 行事に参加をしたのは、下位貴族の生徒と平民の生徒だけだったが、内申書の点数が増える報酬を貰える。 参加しなかった高位貴族たちにはペナルティーを与える事になっている。

 (まぁ、高位貴族の子息令嬢はそんな事、気にしないだろうけどね)

 暫く2人で書類仕事をしていると、他の生徒会メンバーも集まり、張りつめたように仕事をしているクローディアに戸惑っていた。

 ◇

 枯れ葉が舞い散る中庭で、大勢の生徒が内申書の点数を稼ぐため、箒を片手に枯れ葉をかき集めている。 皆は概ね真面目に枯れ葉をかき集め、中には楽しそうにおしゃべりしながら箒を動かしている。

 生徒の話し声と、枯れ葉をかき集める箒の音が中庭で鳴らされている。

 マリーの隣では感激でいっぱいの表情をしている美化委員長のカレン、対照的にどんよりとした表情を浮かべているクローディアがいた。 満面の笑みを浮かべたカレンがマリーへ頭を下げる。

 「マリー様、ありがとうございます。 美化委員の仕事も楽になります」
 「そ、そんな頭を上げて下さいっ!」

 同じ伯爵家だが、家格としてはカレンの家の方が上になる。 カレンに深々と頭を下げられて、マリーはたじろいだ。

 「いえ、クレイグ様の婚約者様に失礼があってはなりませんわ。 マリー様は、いずれは公爵夫人になられますもの。 今からでもしっかりと繋がりがありませんと」
 「……っ」

 (カレン様、意外とちゃっかりしてらっしゃる)

 カレンに握られた手をそっと失礼にならない様に外した。 一代限りだったクレイグのアストレーマー公爵位だが、ランディーニ家が降格させられた為、クレイグが学院を卒業後、正式に徐爵される。 アストレーマー領はランディーニ領の隣にあり、ランディーニ領から削られた土地は、アストレーマー領となる。 アストレーマー領は、王都に次ぐ広大な領となる。

 マリーは王妃、王太子妃に次ぐ高位の女性となり、貴族女性の中でも一番の高位女性になるのだ。

 引きっ攣らせた笑みを浮かべて、枯れ葉掃除に向かうカレンを見送り、横目で恨めしそうにクローディアを見た。 隣では小さく笑みを零すクローディアがいる。

 「ちょっ、クローディア様、笑うなんてひどいですよっ」
 「ごめんなさい、悪気はなかったのよ。 ただ、気の毒なくらい狼狽えてたから」
 「……っ」
 「大丈夫よ、マリー様なら。 なんなら、王妃でも良いと思うわ」
 「何言ってるんですかっ?! 王妃なんて無理に決まってますよっ!」
 「そう? 王太子殿下が言う王と同じように王国の事を考えられる王妃っていう条件は当てはまっていると思うけれど」

 クローディアは楽しそうに言うと、枯れ葉掃除を始める。 マリーも少し離れた場所で枯れ葉掃除を始めた。 意外にも楽しそうに枯れ葉集めをしているクローディアを見つめ、思い出した事がある。

 「あ、そう言えば、クローディア様も婚約者がおられましたね。 どんな方か訊いてもよろしいですか?」

 (これを機にもう少し、仲良くなりたいものね)

 中庭では今まで接した事が無かった生徒達も交流を始め、ちょっとした交流会になっていた。 しかし、枯れ葉掃除の行事も1回が限度で、次に行っても参加する生徒は少ないだろう。

 マリーの懸念している事を予想しているのか、御庭番の人達が梯子を使い木に登り、枯れ葉を落としていく。 大量の枯れ葉が落とされていく音が、中庭のあちらこちらでしていた。

 枯れ葉が落とされる音と同時にクローディアの溜め息が吐き出された。

 「あ、あの私、何か訊いてはいけない事を訊きましたか?……」
 「……っ」

 クローディアはバツが悪かったのか、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 「……っ嘘よ」
 「えっ?」
 「婚約者がいるなんて嘘だって言ったのよっ」

 (えええええっ、また、何でそんな噓をっ?!)

 「えっと、訳を訊いても?」
 
 小さく息を吐いたクローディアは、枯れ葉にマッチで火をつけ始めた。 クローディアの所業に驚いたマリーは、何が行われるのか分からず、分かりやすく狼狽えた。

 狼狽えるマリーを他所にクローディアは淡々と作業を続けていく。 侍女を呼んで指示を出したクローディアは、笑みを浮かべながら燃やされている枯れ葉にサツマイモを中に入れていった。

 「あの、クローディア様は何をなさっているんですか?」
 「えっ、焼き芋だけど?」
 「えっ!」
 「あら? やらない? 家では枯れ葉を集める時は必ずやるのだけど」
 「そ、そうなんですか? 家ではやらないですね……」

 暫く燃やされる枯れ葉を眺めていると、甘そうないい香りが周囲に漂った。 サツマイモの香りに中庭で掃除をしていた生徒達も集まり、クローディアの侍女たちが集めた枯れ葉の山もいつの間にか燃やされ、サツマイモの香りが漂っていた。

 「もういいわね」

 クローディアはウキウキとした様子で、焼けたサツマイモを侍女に取り出させ、焼き芋がマリーに手渡された。 周囲で集まっている生徒達の視線がマリーに集中する。

 「マリー様、どうぞ」
 「あ、でも、これはクローディア様の物では?」
 「ここに集まっている人数分はありますよ。 それに、一番、高位のマリー様が食べないと、私が食べられませんので」
 「……っ」

 無言で焼き芋を受け取ったマリーは、甘くて美味しそうな匂いに負け、小さく齧り付いた。

 「んん~っ!」

 口内でトロッとして広がる蜜と、ふわっとした柔らかいサツマイモはとても美味だった。 マリーの笑みにクローディアも焼き芋に齧り付く。 マリーの周囲に集まっていた貴族たちも口にすると、一般生徒たちが次々と口にしていった。

 中にはカレンやヘンリー、ダレルとドロシーたちも焼き芋を頬張っている姿があった。

 いつの間にか集まっていた生徒たちを見渡し、枯れ葉掃除を続けられる雰囲気ではなくなってしまったと、肩を落とした。 生徒たちが集まった向こう側にいた御庭番と視線が合う。

 御庭番が笑顔で頷いたので、枯れ葉は大方、片付けられている事が報告された。

 (なら、いいわね)

 「次回もこの方法で行けるかしら」
 「無理ね」

 ボソッと呟いたマリーの独り言に、クローディアが容赦なく切り捨てる。

 「今回は内申書の点数稼ぎだから、美化委員以外はほぼ3年生でしょ? そろそろ就職活動ですものね。 それに、焼き芋欲しさに集まらないわよ。 今回は得したくらいでしょうね」
 「……っそうね。 枯れ葉が溜まって来たら、また何か考えないと駄目ね」

 溜め息を吐いたマリーは、隣で美味しそうに焼き芋を頬張るクローディアを見つめる。 最初の印象と大分違い、気さくな話し方をするクローディアに内心で驚いていた。 そして、何故、婚約者がいるなんて嘘をついたのか、聞きそびれた事を家に帰ってから気づくのだった。

 ◇

 数日後、キャロラインから再びお茶会に誘われ、マリーはランディーニ邸を訪れていた。

 「本日は、お招きありがとうございます」

 マリーが淑女の礼をすると、キャロラインも淑女の礼をする。 お互いに視線を合せ微笑みあうと、ランディーニ邸のサロンのソファーへ向かい合って座る。

 優雅な所作でソファーに座るキャロラインの姿は洗礼されている。 マリーも見習わなければならない。 キャロラインとのお茶会は、高位貴族の仕草を学ぶ機会でもある。

 「突然なのだけれど、わたくし領地へ戻る事になりましたの。 もう冬も近いですしね」
 「まぁ、そんなんですね。 キャロライン様と会えなくなるのは寂しくなります」

 優雅にカップを持ち上げたキャロラインは、マリーが寂しがる様子にとても嬉しそうに笑った。

 「わたくしも寂しいですわ。 今では、お茶会に来てくれるのはマリーだけですもの」
 「は、恥ずかしながら……私もお茶会に誘われるのはキャロライン様だけですわ」

 クレイグとデーヴィッドを天秤にかけていたという噂が今でも尾を引いていて、マリーをお茶会に誘う貴族がいないのだ。 モスフロックス家とは今でも変わらず家族ぐるみの付き合いをしているが、祖父の代から身内も同然のモスフロックス家は数に入れない。

 会話は進み、祖父に出された条件をキャロラインに伝える。

 「まぁ、ではマリー様とレグは個人で頑張らないといけませんわね」
 「そうなんです……」

 クレイグが留学先へ戻る前に、祖父の条件に付いて話し合っていた。 祖父との話し合いからフランネル領へ戻る馬車の中で、話し合った事をマリーを思い出していた。

 『マリー、俺は公務があって会えないまま留学先に戻る。 直ぐには戻って来られないから、各々で誤解を解かないといけない。 留学先にはアデラも居ないし、もう俺の不甲斐ない噂はなくなる。 留学先で不名誉な噂を払拭してくるよ。 それで、兄上の様に何かを成して帰って来られるように頑張るよ』
 『うん、クレイグ様が帰ってくるのを待っているわ。 私もデーヴィッド殿下との噂を解いて、クレイグ様がいなくても生徒会を運営してみせるわ』

 微笑み合ったマリーとクレイグは、近づくとそっと口づける。 馬車の中なので直ぐに離れたが、マリーは照れ隠しの様に不安が口を吐いた。

 『デーヴィッド殿下が邪魔しなけらばいいんだけど……』
 『兄上がもう邪魔する事はないと思うぞ。 気になる令嬢が出来たみたいだしな』
 『ええっ、デーヴィッド殿下がっ?!』

 クレイグの言葉の後に絶叫した後、マリーはボソッと呟いた。

 『……相手の方、可哀そうに……』
 『ああ、俺も同情するよ』

 口づけを交わした事を思い出してしまい、頬を染めたマリーは無意識に紅茶を口に運び、大いに咽た。 マリーの様子に何かを察したキャロラインが瞳を細め、楽しそうに揶揄って来る。

 「仲がよろしくていい事ですわね」
 「……っ」

 気恥ずかしくなり、話題を変えようと、クレイグに訊きそびれていた事をキャロラインへ訊ねた。

 「クレイグ様には聞きそびれていたんですけど、デーヴィッド殿下は留学先で何か大変な事をして来たんですか?」
 「ああ、それはね。 デーヴィッド殿下は留学先で数多のご令嬢を魅了し、丁度、流行していた病の特効薬を開発したんでしたわ。 デーヴィッド殿下に救われたグイディ王国はとても感謝しているわ。 だから、レアルコ王子はアデラ様が欲しくても諦めていたと思うわ」
 「……っそうんなですね」

 (クレイグ様にデーヴィッド殿下以上の功績って残せるのっ?!)

 素直に顔に考えている事が出るマリーに、キャロラインは苦笑を零した。

 「マリー様、デーヴィッド殿下の場合は規格外ですから。 デーヴィッド殿下以上の事を成さなくてもいいのですよ。 死者を出すほどの事を解決しなくてはならない訳ではありませんわ」
 「そうですよね」
 「ええ、あちらでは公務もありますしね。 レグは公務で頑張ればいいと思いますわ」
 「ええ、ありがとうございます。 キャロライン様」
 
 キャロラインの励ましにマリーは笑みを浮かべた。 後は近況報告をし、他愛ない話に会話が弾み、キャロラインとのお茶会は楽しく終われた。

 フランネル邸へ戻って来たマリーは自室の離れの居間から見える中庭を眺めていた。 陽が沈み、すっかり暗くなっている。 マリーの手にはクレイグからの手紙が握られていた。

 手紙の内容は。

 『マリー、元気にしているか? こちらではアデラの噂が拡がっていて、俺は婚約者とアデラに捨てられた可哀そうな王子様だという噂が流れている。 1人1人に経緯を話すのはとても面倒だが、こちらの王太子の仲良くさせてもらっているから、大事にはなっていない。 今後の公務によっては、いい仕事が出来そうだよ。 その話は、またマリーと会えた時にするよ』

 後はいつもの様に甘い言葉が続いた。 甘い言葉の羅列に頬を引き攣らせたが、内心ではとても嬉しく思っていた。 たまにはマリーも本音を書いてみようと、筆を執った。
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