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第三十九話
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夜の教会。
奇しくも今日は金曜日。
今日も月は綺麗に光り、ステンドグラスが綺麗な影を作る。れいこはいつもと同じように祭壇の蠟燭に火を灯す。
「可笑しい。これ、昔した気がする。」
れいこはクスクスと笑った。
「毎週していたもの。ずっとしていたもの。」
「そうだったかしら。」
「そうよ。」
「そんなことどうでもいい、本題に戻しましょうよ、ゆり。貴女、何を終わらせるつもりなの?」
れいこは祭壇にもたれかかると、目を閉じた。
「今なら、何でも話を聞いてあげる。」
「じゃあ、聞いて。れいこ、お願い。もうやめて。」
「何をやめるの?」
「徳島さんにも、山代さんにも、沢山今まで傷つけてきた人にも、私にも。もうやめて。悪魔のようなことはしないで。」
れいこはゆっくり、ゆりに近づくと彼女の頬を撫でる。
「仕方がないわよ、私は悪魔なんですもの。」
「お願い、戻って。私、れいこが悪魔に酷い目に合うようなことがあったら、絶対に助けに行く。れいこが悪魔にならないように助けに行く。私を貴女が救ってくれたように。」
「ふーん。そう。」
ゆりはれいこの手を掴むと自分の胸へと当てた。そして、もう片方の手をれいこの胸に当てる。
「れいこ、私が助けるから。絶対に助けにいくから。貴女は天使なの。誰よりも綺麗で、穢れのない・・・きゃっ!!」
れいこは、ゆりの言葉を遮るように彼女を突き飛ばすと肩を足で踏みつける。
「絶対、助けに行く?穢れのない私?ふざけないで!何も知らないくせに、何も知らないくせに、何も知らないくせにっ!!」
怒鳴りながられいこはゆりを蹴り飛ばす。
しかしゆりは、れいこの足に縋り付いてずっと同じことを言う。
「戻ってきて、れいこ、戻ってきて、れいこ。」
「私は、戻れない。戻ることができない。あの日から戻ることができなくなった!」
急にれいこの動きが止まった。
その隙にゆりはゆっくりと立ち上がると、彼女を揺さぶった。
「れいこ、あの日何があったの?私が教会に行かなかった日に何があったの?教えて、れいこ!!」
「私、貴女にはずっと言うつもりはなかった。これからも言うつもりはなかった。でも、話してあげる。そんなに聞きたいなら、話してあげる。私が悪魔になった話を。」
「れいこ・・・?」
れいこはゆりに背を向けると一瞬、黙り込んだ。だがすぐに語りだした。恐ろしい昔話を。
「ねぇ、ゆり。中学二年生の時にいた・・・数学の三田村って男の教師、覚えている。あの気持ち悪い顔をした。」
「・・・えぇ、みんなから評判の悪かった先生でしょ?確か変な時期に学校を辞めたのよね。なぜだろうってみんな言っていたから覚えている。」
れいこは、また少し間を置く。
そして、肩を震わせながら言う。決してゆりに顔を見せずに。
「私、あの日・・・そいつに犯されたの。」
「え・・・?」
「私、綺麗な人が好き。綺麗な女の人が好き。でもあの男、私を犯したの。私の中に汚いものを何度も挿れてきたの。」
「嘘でしょ・・・?」
今度は、ゆりが震えだす。れいこの肩に触れようとしたができない。れいこがこんなにも怯えているのに。
「信じられる!?あいつ、私の中に何度も何度も汚いものを挿れてきたのよ!綺麗な私に!!毎週毎週金曜日にそれは続くの!」
「そんな、れいこ。そんなこと・・・。」
「ずっとずっと!!何度も何度も!!私、気持ち悪かった。気持ち悪くて、気持ち悪くて。・・・でも、ある日ね。気持ちよくなった時があって、悦びの声・・・あげてしまったの。信じられる!?私が、綺麗な私が!!汚いものを受け入れたの。その時、悟った。あぁ、私。もう天使になれない・・・って。」
れいこはやっとゆりの方を振り返ると、今度はふっと微笑んだ。
「私の悦ぶ声を聞いて、あいつどんどん私にのめり込んでいった。その時、私、気づいたの。私がこの男に屈したのじゃないわ。あの男が私の美に屈したのって。それから、悪に堕ちるのは早いものね。あいつを私の美で屈服させて、滅茶苦茶にしてやろうって。不思議よね。私、その時・・・凄く自信に満ちあふれていたのよ。」
そこまで話すと、れいこはまたゆりに背を向けてしまった。ゆりはもう何も言えない。足が震えて立つのがやっとであった。
「それから、私、あいつを思うように動かして辞職へ追いやった。その時の悦びっていったらないわよ!勝った!勝った!!勝った!!!私の美しさが勝った!!でも、私の美しさはもう天使のものじゃない。じゃあ、何だろ。あぁ、きっとこれは悪魔の美しさだって思った。」
「・・・れいこ、そんな、れいこ。」
「私、綺麗なものを見ると腹が立った。綺麗なままなんて苛立つ。だから目に留まるもの全員、滅茶苦茶にした。私の美しさで。そして壊して捨ててやった。だって、私だけが汚れているなんて許せないじゃない?人を壊すたび、私は悦びに満ちてくる。汚れろ!苦しめ!壊れてしまえ!!お前も悪魔になってしまえ!!」
れいこはもう一度ゆりを見る。だがその表情は、話の内容とは反対に穏やかなものだった。
「天使はいない。こんな汚れた天使はいない。私は、悪魔。」
ゆりはれいこに思わず駆け寄る。震えは止まった。それより、れいこを助けたい。必死にゆりはれいこの腕をつかむ。
「れいこ!今からでも間に合う!!神様に赦してもらいましょう!?神様はきっと赦してくださる!!だから、私と一緒に・・・!!」
「やめてっっ!!」
れいこは大声で叫ぶと、今度はゆりの手首をつかんだ。そして、泣きながら訴えだす。
「神様なんていない!!神様がいたら、どうして私はあんな目にあったの!?どうしてあんな目に合わないといけなかったの!?私は誰よりも、神様に近づきたかったのに!!どうして・・・そんな目に合うのよ!?神様なんているはずがない!!いるのは、悪魔だけ!!」
「れいこ、れいこ・・・れいこ。私、私・・・何も知らなかった。私・・・私。」
今度はゆりが大粒の涙を流し始めた。
「・・・取り乱してごめんなさい。なんで貴方が泣くのよ。だから嫌だったのよ。こんな話をするの。」
「ごめんなさい、れいこ!!」
ゆりは、そう言うとれいこの胸に飛び込んで抱きしめる。泣きながら。
「・・・ゆり。貴女、色々勘ぐっていたみたいだけど、どうして私が貴女を壊さなかったか知ってる?」
「れいこ・・・?」
「簡単なことよ。私・・・貴女には綺麗なままでいてほしかったから。だから、壊さなかった。ギリギリのところで私、いつも思いとどまっていた。ゆりには汚くなってほしくないから。」
れいこはそう言うと思い切りゆりを抱きしめ返した。
「れい・・・こ?」
「ゆり、大好きだった。誰よりも愛してた。」
「やめてよ、そんな・・・今、そんなこと言わないで。」
「貴女と過ごした、綺麗な時間。すごく楽しかった。ずっと胸のどこかにあった。でも、もう終わりにしようと思う。」
れいこは、ゆっくりとゆりに口づけた。
この感覚は覚えている。
ゆりはまた涙を流し始める。
あの時の、れいこだ。
私と天使でいた時のれいこだ。
そんなことを思い出していると、れいこはゆりにそっと何かを手渡した。
ロザリオだ。銀色に光る。美しいロザリオ。
「私、ずっと持っていた。これを持っていたら、戻れるんじゃないかって。どこかで思っていた。でも、持っているだけ無駄だった。私の悪は止まらない。止めることがもうできない。もう引き返せない。私、悪に悦びを覚えてしまった。もう、戻れない。」
「れいこ、ずっと持っていてよ!持っていなきゃだめよ!!」
「貴女に、あげる。私の最後の良心。貴女が持っていて。そして・・・せめて貴女の中の私だけは、綺麗なままでいさせて。」
れいこは、そのロザリオを持つゆりの手をそっと離すと去っていこうとする。
ゆりは慌てて何度も彼女を呼び止めた。何度も何度も。
するとれいこは一度だけ振り返って、ゆりを見据えた。
「今から私は最大の総仕上げをしようと思う。みてなさい、私の黒い悪の華が咲き乱れる様を!私が悪の華の道に行く様を!私が地獄の底まで堕ちていく様を!!」
「れいこ・・・お願い。やめて。れいこ・・・。」
ゆりはロザリオを抱きしめて泣き崩れる。だが、もう彼女を止めることはできない。
「さようなら、ゆり。さようなら、私の綺麗な日々!!」
奇しくも今日は金曜日。
今日も月は綺麗に光り、ステンドグラスが綺麗な影を作る。れいこはいつもと同じように祭壇の蠟燭に火を灯す。
「可笑しい。これ、昔した気がする。」
れいこはクスクスと笑った。
「毎週していたもの。ずっとしていたもの。」
「そうだったかしら。」
「そうよ。」
「そんなことどうでもいい、本題に戻しましょうよ、ゆり。貴女、何を終わらせるつもりなの?」
れいこは祭壇にもたれかかると、目を閉じた。
「今なら、何でも話を聞いてあげる。」
「じゃあ、聞いて。れいこ、お願い。もうやめて。」
「何をやめるの?」
「徳島さんにも、山代さんにも、沢山今まで傷つけてきた人にも、私にも。もうやめて。悪魔のようなことはしないで。」
れいこはゆっくり、ゆりに近づくと彼女の頬を撫でる。
「仕方がないわよ、私は悪魔なんですもの。」
「お願い、戻って。私、れいこが悪魔に酷い目に合うようなことがあったら、絶対に助けに行く。れいこが悪魔にならないように助けに行く。私を貴女が救ってくれたように。」
「ふーん。そう。」
ゆりはれいこの手を掴むと自分の胸へと当てた。そして、もう片方の手をれいこの胸に当てる。
「れいこ、私が助けるから。絶対に助けにいくから。貴女は天使なの。誰よりも綺麗で、穢れのない・・・きゃっ!!」
れいこは、ゆりの言葉を遮るように彼女を突き飛ばすと肩を足で踏みつける。
「絶対、助けに行く?穢れのない私?ふざけないで!何も知らないくせに、何も知らないくせに、何も知らないくせにっ!!」
怒鳴りながられいこはゆりを蹴り飛ばす。
しかしゆりは、れいこの足に縋り付いてずっと同じことを言う。
「戻ってきて、れいこ、戻ってきて、れいこ。」
「私は、戻れない。戻ることができない。あの日から戻ることができなくなった!」
急にれいこの動きが止まった。
その隙にゆりはゆっくりと立ち上がると、彼女を揺さぶった。
「れいこ、あの日何があったの?私が教会に行かなかった日に何があったの?教えて、れいこ!!」
「私、貴女にはずっと言うつもりはなかった。これからも言うつもりはなかった。でも、話してあげる。そんなに聞きたいなら、話してあげる。私が悪魔になった話を。」
「れいこ・・・?」
れいこはゆりに背を向けると一瞬、黙り込んだ。だがすぐに語りだした。恐ろしい昔話を。
「ねぇ、ゆり。中学二年生の時にいた・・・数学の三田村って男の教師、覚えている。あの気持ち悪い顔をした。」
「・・・えぇ、みんなから評判の悪かった先生でしょ?確か変な時期に学校を辞めたのよね。なぜだろうってみんな言っていたから覚えている。」
れいこは、また少し間を置く。
そして、肩を震わせながら言う。決してゆりに顔を見せずに。
「私、あの日・・・そいつに犯されたの。」
「え・・・?」
「私、綺麗な人が好き。綺麗な女の人が好き。でもあの男、私を犯したの。私の中に汚いものを何度も挿れてきたの。」
「嘘でしょ・・・?」
今度は、ゆりが震えだす。れいこの肩に触れようとしたができない。れいこがこんなにも怯えているのに。
「信じられる!?あいつ、私の中に何度も何度も汚いものを挿れてきたのよ!綺麗な私に!!毎週毎週金曜日にそれは続くの!」
「そんな、れいこ。そんなこと・・・。」
「ずっとずっと!!何度も何度も!!私、気持ち悪かった。気持ち悪くて、気持ち悪くて。・・・でも、ある日ね。気持ちよくなった時があって、悦びの声・・・あげてしまったの。信じられる!?私が、綺麗な私が!!汚いものを受け入れたの。その時、悟った。あぁ、私。もう天使になれない・・・って。」
れいこはやっとゆりの方を振り返ると、今度はふっと微笑んだ。
「私の悦ぶ声を聞いて、あいつどんどん私にのめり込んでいった。その時、私、気づいたの。私がこの男に屈したのじゃないわ。あの男が私の美に屈したのって。それから、悪に堕ちるのは早いものね。あいつを私の美で屈服させて、滅茶苦茶にしてやろうって。不思議よね。私、その時・・・凄く自信に満ちあふれていたのよ。」
そこまで話すと、れいこはまたゆりに背を向けてしまった。ゆりはもう何も言えない。足が震えて立つのがやっとであった。
「それから、私、あいつを思うように動かして辞職へ追いやった。その時の悦びっていったらないわよ!勝った!勝った!!勝った!!!私の美しさが勝った!!でも、私の美しさはもう天使のものじゃない。じゃあ、何だろ。あぁ、きっとこれは悪魔の美しさだって思った。」
「・・・れいこ、そんな、れいこ。」
「私、綺麗なものを見ると腹が立った。綺麗なままなんて苛立つ。だから目に留まるもの全員、滅茶苦茶にした。私の美しさで。そして壊して捨ててやった。だって、私だけが汚れているなんて許せないじゃない?人を壊すたび、私は悦びに満ちてくる。汚れろ!苦しめ!壊れてしまえ!!お前も悪魔になってしまえ!!」
れいこはもう一度ゆりを見る。だがその表情は、話の内容とは反対に穏やかなものだった。
「天使はいない。こんな汚れた天使はいない。私は、悪魔。」
ゆりはれいこに思わず駆け寄る。震えは止まった。それより、れいこを助けたい。必死にゆりはれいこの腕をつかむ。
「れいこ!今からでも間に合う!!神様に赦してもらいましょう!?神様はきっと赦してくださる!!だから、私と一緒に・・・!!」
「やめてっっ!!」
れいこは大声で叫ぶと、今度はゆりの手首をつかんだ。そして、泣きながら訴えだす。
「神様なんていない!!神様がいたら、どうして私はあんな目にあったの!?どうしてあんな目に合わないといけなかったの!?私は誰よりも、神様に近づきたかったのに!!どうして・・・そんな目に合うのよ!?神様なんているはずがない!!いるのは、悪魔だけ!!」
「れいこ、れいこ・・・れいこ。私、私・・・何も知らなかった。私・・・私。」
今度はゆりが大粒の涙を流し始めた。
「・・・取り乱してごめんなさい。なんで貴方が泣くのよ。だから嫌だったのよ。こんな話をするの。」
「ごめんなさい、れいこ!!」
ゆりは、そう言うとれいこの胸に飛び込んで抱きしめる。泣きながら。
「・・・ゆり。貴女、色々勘ぐっていたみたいだけど、どうして私が貴女を壊さなかったか知ってる?」
「れいこ・・・?」
「簡単なことよ。私・・・貴女には綺麗なままでいてほしかったから。だから、壊さなかった。ギリギリのところで私、いつも思いとどまっていた。ゆりには汚くなってほしくないから。」
れいこはそう言うと思い切りゆりを抱きしめ返した。
「れい・・・こ?」
「ゆり、大好きだった。誰よりも愛してた。」
「やめてよ、そんな・・・今、そんなこと言わないで。」
「貴女と過ごした、綺麗な時間。すごく楽しかった。ずっと胸のどこかにあった。でも、もう終わりにしようと思う。」
れいこは、ゆっくりとゆりに口づけた。
この感覚は覚えている。
ゆりはまた涙を流し始める。
あの時の、れいこだ。
私と天使でいた時のれいこだ。
そんなことを思い出していると、れいこはゆりにそっと何かを手渡した。
ロザリオだ。銀色に光る。美しいロザリオ。
「私、ずっと持っていた。これを持っていたら、戻れるんじゃないかって。どこかで思っていた。でも、持っているだけ無駄だった。私の悪は止まらない。止めることがもうできない。もう引き返せない。私、悪に悦びを覚えてしまった。もう、戻れない。」
「れいこ、ずっと持っていてよ!持っていなきゃだめよ!!」
「貴女に、あげる。私の最後の良心。貴女が持っていて。そして・・・せめて貴女の中の私だけは、綺麗なままでいさせて。」
れいこは、そのロザリオを持つゆりの手をそっと離すと去っていこうとする。
ゆりは慌てて何度も彼女を呼び止めた。何度も何度も。
するとれいこは一度だけ振り返って、ゆりを見据えた。
「今から私は最大の総仕上げをしようと思う。みてなさい、私の黒い悪の華が咲き乱れる様を!私が悪の華の道に行く様を!私が地獄の底まで堕ちていく様を!!」
「れいこ・・・お願い。やめて。れいこ・・・。」
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