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第二章 セリア
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「……俺にはもともと親なんていないんだ。だから親っていうのがどんな存在なのか、セリアに聞きたいと思ったんだ」
アージェに家族がいなかったことを、セリアはその時はじめて知った。同じ天秤の上で量れる悲しみではないのに、むきになってしまった自分が恥ずかしい。
逡巡したものの、アージェの気持を汲むならそれでもいいかな、と自身に妥協を許す。
「いいわ。ちょっとだけ自慢になっちゃうけど、不機嫌にならないでね」
「なるわけねえだろ、俺から頼んだことだからさ」
その一幕をきっかけに、セリアは塞いだ記憶の扉を開き、両親との思い出を旅し始めた。脳裏に浮かぶのは両親の笑顔ばかり。もう二度と戻ることのない時間は、セリアの幸せを願う言葉で満ちあふれていた。
思い出をアージェに語るたび、両親が望んでいることは何なのか、セリアの心中に明瞭な輪郭が描かれる。
『セリア、魔法は本来、戦いの武器なんかじゃない。誰かを幸せにするためにあるんだ。だから魔法を上手になりたければ、まずは誰よりも自分自身を幸せにしてあげなさい』
両親はセリアの幸せを一番に望んでいたからこそ、そんな心構えを持たせたに違いない。
アージェとの語らいの中で両親の思い出を甦らせたセリアは、涙を見せながらも、少しずつ前を向けるようになっていた。何年もかけて、ようやっと笑顔を取り戻せるようになった。
思い返せば、アージェはセリアの悲しみを吐き出せる場所になろうとしてくれていたに違いなかったのだ。
★
それから5年が過ぎた。
ポンヌ島で魔法博士の研究室が襲撃され、博士が殺されるという事件が起きた。セリアは孤児院のマザーからそのニュースを聞くと同時に、ひとつの使命を与えられた。
「セリアにお願いがあるの。――あなただったら、この子を慰めてあげられるんじゃないかしら」
案内された寝室には、ひとりの少女が横たわっていた。寝息を立てているが、その頬には流れた雫の跡がある。ふわふわした綺麗な金髪のくせっ毛がしっとりと濡れていた。
その少女の名は、メメル。
セリアは少女の世話役として指名を受けたが、同じ境遇ゆえ、孤児となった少女を支え、希望を与えてあげる意味が大きかった。とはいえ不幸を背負った少女にどう接していいのか最初は困惑した。
けれどその心配はすぐに吹き飛んだ。
メメルはかつてセリアが孤児となった時とは対照的で、礼儀正しく明るい声で挨拶をし、常に笑顔を絶やさなかった。運動も食事も人並み以上に貪欲だった。セリアに懐くのもさして時間はかからなかった。
そんなメメルは、ある競技に興味を抱くようになる。
「セリア姉ちゃん、空飛ぶグライダーって楽しそう!」
通年にわたりほどよい上昇気流が流れているポンヌ島は、空に憧れる人々の聖地である。だからグライダーを楽しむためにポンヌを訪れる観光客は数知れない。年に一度開かれるスカイ・グライダー大会を見物したメメルは興味を抱いたようで、目を輝かせてそう言い出した。
「グライダーかぁ。最初は怖いかもしれないけど、思い切って挑戦してみる?」
「うんっ!」
ポンヌ島にはグライダーのレンタル設備が揃っている。だからショップの手伝いをするかわりに時々、練習をさせてもらった。
それにセリアが風魔法の使い手だったことは、グライダーの技術を会得するうえで大いに役立った。セリアはメメルと並んで飛びながら操作法を教え、危険な場面は魔法で補助してあげられた。だからメメルは臆することなく高度なテクニックに挑戦し、みるみるうちに腕を上げていった。
「メメルちゃん、すごくうまくなったねー!」
「あははっ、天国にいる父ちゃんと母ちゃん、見てくれているかなー?」
「うんうん、きっと見てる! 天国からはアストラルの世界がぜーんぶ眺められるんだって」
「そっかー! メメル、今日も元気だからねー!」
メメルは青空に向かって大きく手を振る。
セリアはメメルの屈託のない表情を見て、メメルちゃんはもう大丈夫だろうな、と胸をなでおろした。
アージェに家族がいなかったことを、セリアはその時はじめて知った。同じ天秤の上で量れる悲しみではないのに、むきになってしまった自分が恥ずかしい。
逡巡したものの、アージェの気持を汲むならそれでもいいかな、と自身に妥協を許す。
「いいわ。ちょっとだけ自慢になっちゃうけど、不機嫌にならないでね」
「なるわけねえだろ、俺から頼んだことだからさ」
その一幕をきっかけに、セリアは塞いだ記憶の扉を開き、両親との思い出を旅し始めた。脳裏に浮かぶのは両親の笑顔ばかり。もう二度と戻ることのない時間は、セリアの幸せを願う言葉で満ちあふれていた。
思い出をアージェに語るたび、両親が望んでいることは何なのか、セリアの心中に明瞭な輪郭が描かれる。
『セリア、魔法は本来、戦いの武器なんかじゃない。誰かを幸せにするためにあるんだ。だから魔法を上手になりたければ、まずは誰よりも自分自身を幸せにしてあげなさい』
両親はセリアの幸せを一番に望んでいたからこそ、そんな心構えを持たせたに違いない。
アージェとの語らいの中で両親の思い出を甦らせたセリアは、涙を見せながらも、少しずつ前を向けるようになっていた。何年もかけて、ようやっと笑顔を取り戻せるようになった。
思い返せば、アージェはセリアの悲しみを吐き出せる場所になろうとしてくれていたに違いなかったのだ。
★
それから5年が過ぎた。
ポンヌ島で魔法博士の研究室が襲撃され、博士が殺されるという事件が起きた。セリアは孤児院のマザーからそのニュースを聞くと同時に、ひとつの使命を与えられた。
「セリアにお願いがあるの。――あなただったら、この子を慰めてあげられるんじゃないかしら」
案内された寝室には、ひとりの少女が横たわっていた。寝息を立てているが、その頬には流れた雫の跡がある。ふわふわした綺麗な金髪のくせっ毛がしっとりと濡れていた。
その少女の名は、メメル。
セリアは少女の世話役として指名を受けたが、同じ境遇ゆえ、孤児となった少女を支え、希望を与えてあげる意味が大きかった。とはいえ不幸を背負った少女にどう接していいのか最初は困惑した。
けれどその心配はすぐに吹き飛んだ。
メメルはかつてセリアが孤児となった時とは対照的で、礼儀正しく明るい声で挨拶をし、常に笑顔を絶やさなかった。運動も食事も人並み以上に貪欲だった。セリアに懐くのもさして時間はかからなかった。
そんなメメルは、ある競技に興味を抱くようになる。
「セリア姉ちゃん、空飛ぶグライダーって楽しそう!」
通年にわたりほどよい上昇気流が流れているポンヌ島は、空に憧れる人々の聖地である。だからグライダーを楽しむためにポンヌを訪れる観光客は数知れない。年に一度開かれるスカイ・グライダー大会を見物したメメルは興味を抱いたようで、目を輝かせてそう言い出した。
「グライダーかぁ。最初は怖いかもしれないけど、思い切って挑戦してみる?」
「うんっ!」
ポンヌ島にはグライダーのレンタル設備が揃っている。だからショップの手伝いをするかわりに時々、練習をさせてもらった。
それにセリアが風魔法の使い手だったことは、グライダーの技術を会得するうえで大いに役立った。セリアはメメルと並んで飛びながら操作法を教え、危険な場面は魔法で補助してあげられた。だからメメルは臆することなく高度なテクニックに挑戦し、みるみるうちに腕を上げていった。
「メメルちゃん、すごくうまくなったねー!」
「あははっ、天国にいる父ちゃんと母ちゃん、見てくれているかなー?」
「うんうん、きっと見てる! 天国からはアストラルの世界がぜーんぶ眺められるんだって」
「そっかー! メメル、今日も元気だからねー!」
メメルは青空に向かって大きく手を振る。
セリアはメメルの屈託のない表情を見て、メメルちゃんはもう大丈夫だろうな、と胸をなでおろした。
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