カテゴリー

けろけろ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

カテゴリー

しおりを挟む
 たくさん思い出すんだ。
 君と過ごした日々の眩しさ。
 確かに君は今も存在している、だけど。



 季節は夏の盛り、今日はいわゆるデートの真っ最中。公園のベンチに座った優一郎が、うざったそうに、こう言った。
「ったく、暑いな……そんな中で男二人か」
「猫科の優一郎でも、暑いと思うことなんかあるんだ?」
 優一郎はしなやかな肢体と、ツンと澄ましたところが猫そっくり。自販機で買ってきた冷たいお茶を差しだして、僕はからかう。
「どうぞ、僕の猫ちゃん」
「馬鹿かっ! 俺はホモ・サピエンスだ!」
 優一郎が強く反応したので、余計にからかってみたくなったと同時に――とある考えが浮かんだ。
「あのさ、僕たちホモはホモだよね、確かに……」
「そのホモには差別的ニュアンスを含む! ホモなんて単語は使うな! 使うとすれば、『ゲイ』と呼べ!」
 本来の男同士はゲイって言うらしい。また一つ勉強になってしまった。
「ねぇ、僕たちって『ゲイ』なんだ?」
「む……、正しく言えば、ゲイというのは性愛の対象が男性に限られた人間のことを言うらしいが……」
 うーん、それは何か微妙に違う気がする。でも。
「確かに僕たちはそういう関係だよね。昨夜だって、僕と……」
「待て待て! 話がズレる!」
 優一郎はコホンと咳払いして続けた。
「──宏和は、男性だけが性愛の対象なのか?」
「いや、違う……そういう訳じゃない」
「じゃあ『ゲイ』では無いな」
「へぇ~」
 だとすると、僕はどこにカテゴリーされるんだろう。なんとなく気になって、優一郎に尋ねてみる。
「男性の場合、ゲイの他には何があるの?」
「何だったかな……確か女性と男性どちらでもいけるのが『バイ』、一般的な異性愛が『ヘテロ』。また、女性同士が『ビアン』で、身体は男性だが心が女性で性愛の対象が男性というのが……」
 僕が聞いたこと以上を披露してくる、優一郎のウンチク。随分詳しいみたいだけど、暑さのせいで半分くらいしか頭に入ってこない。
 僕は適当な所で優一郎の台詞を遮った。
「えっと、僕はバイなのかも。優一郎は男性だし、女の子と付き合ってた事もあるし」
「俺も、その件について考えた事は無かったが……しかし結果を見ればバイという事かもしれん」
「バイ!? え!? じゃあ優一郎には女の子がいたの!? 初耳だよ!」
「まぁ幼い頃の話だからな」
 その後、優一郎は黙ってしまう。
 幼い頃──もしかして、初恋だったんだろうか。嫉妬深いと言われればそれまでだけど、思い出に浸ってるかもしれない優一郎の沈黙が落ち着かなかった。
 だから、重い空気を逃がすように考える。
(幼い頃、か。言葉の通りに取れば、幼児の辺りなのかなぁ)
 その年齢で本格的に女の子と付き合えるわけが無い。そんな内容で自分を『バイ』にカテゴリーするだなんて、優一郎と来たら。
(ねぇ優一郎。当時、抱きたかったわけじゃないでしょ? あ、それとも、もしかして!!)
 考えていて、さらに疑念が湧いてしまった。気になったので優一郎に尋ねてみる。
「ねぇ今は? 優一郎って女の子に興味あるの?」
「今はお前と付き合っている。そんな不貞はしない」
 優一郎は真面目に答える。答えるけど――『今は』っていうのがチクリと痛んだ。しかも、女の子に興味が無いとも言ってない。僕は追求したかったけれど、しつこいと言われたくないので会話の矛先を変えた。
「あのさ……僕以外の男とでも付き合える?」
「……不貞はしないと言っているだろうが」
 ああ、今度は他の男と付き合うのかどうかが謎だ。暗に僕が居ない場合という仮定のつもりだったんだけど、それも通じていなかった。仕方ないのでもう一度聞いてみる。
「じゃあ、僕と別れたらどうするの? 男性と付き合う? それとも女性? 求められればどっちでも? それで性癖が判るんじゃない?」
「……相手の性別は判らないな。どの可能性も否定できない。未来において、絶対に『これ』というのは無いんだ」
 僕から言い出しておいてなんだけど、今の質問にはハッキリした回答と共に「別れは考えられないな」とか言って欲しかった。
 質問したことで優一郎の脳内に、僕との別れや他の男女が浮かんでいるだろうし――不愉快だ。その上、性的嗜好はわからないままで、僕は何のために聞いたんだか。
 うーん、と考える。
 まぁとにかく、優一郎は可能性を決して否定しない。世に絶対は無い。そんな考え方らしい。じゃあ絶対を作っちゃおう。
「よし。ゲイとかバイとか、そういうのはこの際超えて、新しく『宏和』っていうカテゴリーを作ろう」
「なんだそれは!?」
「優一郎用の新しい枠組みだよ。そして、もちろん僕にも『優一郎』のカテゴリーを作る」
 我ながらナイスアイディアだ。これならゲイだろうとバイだろうとヘテロだろうと何だろうと困らない。
「ねぇ、誰かに告白でもされたら、『悪いね、俺は宏和だから』って使ってよ。ね?」
「馬鹿馬鹿しいにも程がある! 俺ルールもいい加減にしろ!」
 ああ、呆れてる、呆れてる。
「『宏和』っていうカテゴリー、便利でいいでしょ? 僕にだって『優一郎』は便利だ」
「……宏和。つまりお前は言いたいのは、ゲイでもバイでもヘテロでもなく」
「そう、もう『優一郎』だけ」
 優一郎が、ぷるぷると飲み物を握り締めたまま、そっぽを向いた。
「はっ、恥ずかしい奴だ!」
 眉間に皺を寄せて紅くなる、いつもの照れた顔が可愛い。
「性的嗜好は関係なく、君だけなんだよ、優一郎……」
「解ったからもうやめろ!」
 ぎゅっと抱き締めようとしたが、公衆の面前であると断られた。
「……だめ?」
「ベタベタするのはダメだ。それより……その『優一郎』『宏和』というカテゴリーは一般的なものではない、それは判るだろう?」
「うん、わかる。いま僕が作ったし」
「その一般的なものではない理由で告白を断られたら、あの人ちょっとおかしいのかしらと思われるだろう? それも判るか?」
「そうかもね」
 僕は頷いたけれど、本当は一般的じゃなくてもいいと思っている。とりあえず僕と優一郎の身の回りで通じるようになれば。それに僕は、関係ない男女からどう思われても構わない。
 そんな風に続ける前に、優一郎は安堵したようだ。
「わ、判ってくれたか! ははは、良かったよ宏和。お前が『悪いね、僕は優一郎だから』って言うのを止められて」
 優一郎は周囲をかなり気にしているらしい。だとしたら、僕には謝らなくてはいけない事がある。
 僕は優一郎の瞳を見つめた。
「……君が嫌がってるのは判ったけど。もう既にかなり近い、似たような言葉で断ってるんだよ……ごめん」
 優一郎は、『衝撃を受けました』という表情をする。
「──お前って奴は……!!」
 本当に優一郎は周囲を気にしすぎだ。僕の苦労も知らないで。
「やだな、僕、これでも結構モテるんだよ? 断るのが大変で──」
「そうだったのか。それは知らなかった。というか待て、また話がズレそうだ」
「え? そう?」
 僕は好意とはいえ、いかに被害を被っているかを話そうとしたんだけれど。夜討ち朝駆け、休み時間に囲まれてトイレに行けないとかもあるし。
「宏和よ。今は、お前がどういう言葉で断っているのかが問題だ」
 優一郎は真面目な表情だ。僕がモテてることに、興味でも持ってくれたんだろうか。だとしたら嬉しい。
「何をニヤついている、俺は真剣に聞いているんだぞ」
「ごめんごめん、えーと、『悪いね、僕は優一郎だから』みたいな返事で断ってるって話だよね」
「もしもそうだとしたら、俺の名前は入ってるし、文法もおかしいし、まとも扱いされないぞ! それは俺にとっても不愉快千万! なぁ宏和、大丈夫だよな? 大丈夫だと言ってくれ!」
 優一郎は慌てふためいた様子で、僕の襟元を掴んだ。あぁ、首ががっくんがっくんと揺れる。
「や、やだな、大丈夫だよ、安心して」
「はっきり言って心配だ……どうやって断っているんだ? 聞かないと安心できない」
 そこまで心配されるのは、嬉しいような情けないような。優一郎がどう思うか判らないけど、嘘を吐いても仕方ないし、今後のためにも正直に答える事にした。
「えーと、あっさり引き下がる子と、しつこい子が居るんだけど……それによって返答は変えてるよ」
「参考までに教えてくれ。あっさりだとどんな感じだ?」
「僕は優一郎と付き合ってて、だから他は見えないし、この先別れる可能性も無いから絶対無理、って言ってる」
 いい笑顔で言うのがコツなんだ。あっさり派はこれで呆然としてくれる。
「おい!」
「なに?」
「思いっきり俺の名前が出ている! しかも、かなりきつい返事じゃないか!! 俺の立場ってものは、どうなってる!?」
 今更だ。二人一緒の高校で、別のクラスとはいえ、登校から下校プラス放課後まで貼り付いてる。昼休みなんかは大抵二人で優一郎の手作り弁当をつつき、優一郎に危険があれば身体を張って守っていた。もちろん優一郎の具合が悪くなればお姫様抱っこで保健室。手を繋いだり抱き締めたりは、優一郎が恥ずかしがって怒るから出来ないけど――堂々と付き合ってるつもりだったのに。
 それでもアタックしてくる女の子は、その段階で空気が読めないか気合がある子。そういう子は、きちんと断らないと後が怖い。僕が断って、その話が周囲に回れば、優一郎へ恋心を抱く輩への牽制にもなるし、一石二鳥で上手く行ってるはずだ。そう思うけど、これを言ったら優一郎が気づいて――例えば一緒にお弁当を食べてくれなくなるとか、僕の幸せ学園生活に支障を来たすから黙っておこう。
 僕がそう考えている一方で、優一郎は溜め息をついている。
「まさか俺の知らない所で、そんな風に扱われているとは……」
「うーん、僕としては軽めのつもりだったんだけど……じゃあ、しつこい子への返事の例は言わない方が良いね」
「言うな! 絶対に言うな!!」
 良かった、言わなくて済んだ。
 今のうちに他の話題へと思ったけれど、これに関連して優一郎に言いたい事があったのを思い出した。いい機会だ。
「あのね、この際だから言うけど、僕は大変なんだ。自分だけじゃなく、君に群がる蟻も蹴散らしているんだよ? 時間が幾らあっても足りやしない」
「蟻って……」
 ピンと来てないみたいだから、説明する。
「今年のバレンタイン、どうだった?」
「どうって……そういえば比較的平和だったような……」
 そうだよね。登下校前の下駄箱の中は片付けて、ずっと優一郎にくっついて隙を与えなかったし。それでも突っ込んでくる不逞の輩には──。
「いい? 優一郎。それは僕がむぎゅ!」
「いや待て! 聞きたくない!!」
 優一郎は僕の口を塞ぐけど……でも、もう過ぎちゃった事だし、そんなに気にしなくていいのにと思う。
 僕は優一郎の手首を握って、唇から剥がした。
「ねぇ、どうして聞きたくないの?」
「聞いたら後悔しそうだからだ!」
「平気、大した事じゃないよ。優一郎に手を出したらどうなるかを優しく──」
「やめろ~~!!!」
 優一郎だってかなりモテて、しかも隙だらけだから本当に困るんだ。お陰で僕は、かなりの苦労をしている。
「俺のことは放っておいてくれ!」
「ダメだ。君が危険になる。心当たりはあるだろう?」
 僕の脳裏に、男から無理やり告白されて押し倒されそうになる優一郎や、女の子に囲まれて好き放題に毟られている優一郎が思い出された。放っておくのは絶対に無理だ。
「じゃあ、せめて……宏和、これはお願いだ。よく聞いてくれ……」
「なに?」
「断りの文句には、『ごめん、いま好きな人がいるんだ』──これを使ってくれ!」
 優一郎は、いつもそうやって断っているんだろうか。
 でも甘い。
「それだと、『好きな人にフラれたら、もしくは押せばイケるかも』というチャンスがあるみたいじゃない?」
「実際そうだろ?」
「無いよ!」
 そんな事、あるわけがない。
 でも、君は言う。
「宏和、可能性というものは必ずあるんだ」
 だからさっき、『絶対』を作ったのに。僕がどれだけ君を大事に思っているか、解らないのだろうか。
 それを伝えたけど優一郎は――今はそう決めたとて、それが真実ではなくなる瞬間が来る、その可能性は必ずあると頑なだ。僕が刹那的なんだろうか。それとも優一郎が慎重すぎるのか。
「いいよ。君がそう言うのなら……全力で可能性を潰すから」
「それこそ無理というものだ」
 憎たらしい即答。同時に僕の胸へ湧き上がる気持ち。不安とか、嫉妬。独占欲。
「優一郎は……僕と別れる事になってもいいの? 例えば僕が強気な女の子に押されて付き合うことになっても?」
「いい悪いの問題ではない! いま話しているのは可能性の問題だ!」
「ねぇ……答えてよ!」
 今日は、はぐらかされる事が多い気がしたから、強く訊ねる。優一郎は静かに遠くを見つめてから、ゆっくりと答えた。
「お前が本当に別れたいなら別れるさ。でも、そうでないなら──俺としては、別れるつもりは無い。ただ、今後、俺たちを取り巻く状況は変わる……その場合は仕方がないと思っている。それが『可能性』の意味だ」
「ふーん。常識的な意見だね」
 あまりにも当たり障りが無いので、なんだか気になってしまう。ちらっと優一郎を見ると、彼は眉を寄せていた。僕の不満げな表情を見て取ったらしい。
「なんだ……? やけに絡んでくるな今日は」
「優一郎が嫉妬させたんだ」
「何故そうなる」
 優一郎は鈍い。でも、そんな優一郎も好きだ。
 僕は握ったままだった優一郎の手首から手を外し、恋人繋ぎをやってみた。
「あのさ。優一郎が言ってるのは真実だけど、恋人同士の会話としては寂しいじゃない? 多分それだけだったんだ」
「……そうか」
 優一郎はポツリと言う。小さい声だ。
「すまない宏和。未来永劫を考えると、軽く答えられなかった」
「未来永劫か、すごいな」
 そんな先まで考えていたのかと思うと、とても嬉しくなる。慎重なのも当然な気がして、思わず微笑が浮かんでしまった。
「ふん……笑わば笑え」
 優一郎の言葉で、心が急に軽くなる。終わってみれば、何という痴話喧嘩。優一郎の事になると、余裕がなくなるからすぐこれだ。しかめっ面で赤くなっている優一郎を、今すぐ抱きしめたい。でもガマン。
「僕が言ってる未来は、そこまで先でなくてもいいよ。例えば来月」
「短すぎるだろう?」
「そうだよね、じゃあクリスマス」
「夕食でも振舞うか」
「来年の今頃は? またこうして公園でダラダラしようか」
「……それはどうかな」
 優一郎が一瞬、寂しそうな表情を浮かべた。けど、すぐに平静を装う。
 来年。当たり前だけど優一郎は今の高校に通い、勉学に部活に大活躍し、僕の恋人として過ごしているだろう。
 僕もきっと苦手な勉強に励みながら、幼い頃から鍛錬を続けた空手道をやっている。こう見えても腕は立つし、もしかしたら段が上がってるかも。
 とても普通な未来予測だ。優一郎もそう思ってるはず。なのに何故、そこで彼は詰まるんだろうか。
「来年、何かあるの?」
「いや──何も無い」
 薄い笑顔に影があって、とても気になる。
「何かありそうだ」
「何も無いが……ああ宏和! しまったぞ、時間を見ろ!」
 優一郎が慌ててベンチから立ち上がった。確かに今日はまだ映画と買い物の予定があって、そろそろ向かわないと間に合わない。僕は映画をけっこう楽しみにしていて、買い物では優一郎の妹に誕生日プレゼントを選ぼうと思っていたっけ。
 だから僕たちは薄暗い話題を打ち切って、また幸せが動き始める──。



 君はある意味、誠実だった。
 あの時言った通り、一年間で状況は変わって。
 ブレーキを踏まなかった車のお陰で、君は記憶喪失。僕の事を綺麗さっぱり忘れてる。もう一度恋愛を始めようと思っても、翌日には何も無かった事にされてしまうんだ。
 他愛無い会話で予言されていたね。僕は君が提示した『可能性』の意味を痛いほどに感じてる。

 愛しているよ。
 僕の中に今も存在している『優一郎』のカテゴリー。特別なんだ、何もかもが。君はいつになったら思い出してくれるのかな、『宏和』のカテゴリーを。

 これはラブレター。
 僕が消えた、君へ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...